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1・魔女は買い物に出かけ
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しおりを挟む「それでしたら、寝室で使っているピチャーにご自分の手で日の出と同時に水をくみ上げ、そのピチャーに水を入れたままお休みください。
水は、ここの、この噴水のものが最適です。
翌朝、目覚めたらすぐにその水で顔を洗えば、悪夢は見なくなりますよ」
ヴレイは穏かな顔を客の紳士に向けた。
「水を汲む?
……本当にそんなことで悪夢から開放されるのか? 」
いかにも貴族らしい上等な衣服を着込んだ中年の男が訊き返す。
「くれぐれもご自分の手で、日の出と同時ですよ。
人任せにしたり、時間が少しでも違っていたら効果はありませんから。
悪夢を見なくなるまで毎日続けてください」
「ああ、そうする。
日の出と同時だな」
どこか晴れ晴れした様子で中年の男が立ち上がる。
男はポケットからコインを取り出すとヴレイに支払い、帰宅に向く。
「なんか、この街って怪異だらけじゃね? 」
客の切れるのを待っていたアースがようやくヴレイに話し掛けた。
「せっかく占いの看板立てているのに、さっきから見てれば、占いの客より怪異払いの客の方が多いよな?
あっても恋占いとかかわいい奴じゃなくて、失せ物探しとか先祖の因縁占えとかばっか」
「ああ、そうだな。
まぁ、その理由もわからない訳ではないが」
呟いたヴレイの視線が空へと向かう。
「やっぱり、あの穴だらけの結界のせいか? 」
「恐らくな。
あちこちに空いた穴から小物の妖魔が入り込んできているんだ」
「それが、適当な家に住み着いて体調不良や怪異を起こしているって、か?
この街の魔導師って何やっているんだろうな? 」
「さて?
他にやらなければならない大きな案件でも抱えているか、もしくは逃げ出したか」
「なんだよ、それ?
街に住み着く魔導師ってのは、普通街の人間と契約してるんだろ?
住まわしてもらう代わりに結界を張ったりして街を護るっていう。
逃げ出すってなんだよ? 」
「例えば、領主に自分の力量以上の大仕事を押し付けられたとか、な」
「それって昨日のアレかぁ」
「逃げた魔導師がこの街の魔導師だったという確証はないけどな」
「なぁ?
やっぱり誰かに見られている感じ、しね? 」
妙に意識していたせいか強張る躯を動かしついでに周囲を見渡す。
「気のせいではないのか?
お前朝からそんなことを言っているだろう?
朝からずっとお前のことを眺めているなんて、よっぽどの暇人か何かだ。
どこぞのご令嬢に一目惚れされたとか? 」
「あると思うか? 」
ほとんど筋肉と言うものがない、自分の少女のような細い腕を視界に入れながらアースは呟く。
「わからぬぞ。
女は女、子供でも一目惚れくらいする。
十かそこらの子供なら、お前だって充分魅力的に見えるだろう」
「子供に好かれてもな」
アースは困惑気味に吐き捨てる。
「あと、思い当たることといえばあれだな? 」
何かを思い出したようにヴレイが呟いた。
「あれ? 」
「いや、たいしたことではないし、だとすれば見られているのはお前じゃなくて私のはずだ。気にするな」
「なんだよ?
言ってみろよ。
このままはぐらかされるのは気持ち悪いだろ? 」
「たいしたことではない。
夕べ昨日の依頼人がまた訊ねてきただけの話だ」
「やっぱり、昨日別れ際に余計なこと言ったのが効いたんだろ。
それで、せっかくその気になって依頼に来たのに、気の毒に断ったんだろう? 」
「無理な注文をつけてくるからだ」
「無理な注文? 」
「理由はなんとしても明かせない。
明かせないが姫君にこれ以上の災いが降りかかるのだけはなんとしても阻止して欲しいとかなんとか」
ヴレイはあからさまにため息をついて見せた。
「そりゃ無理だよな」
アースは何度となく頷いた。
「いや、でも大金稼ぐチャンスだったかも?
住み込みで事が起こった時にちまちま対応すればいいんだから、こんな楽な仕事ないだろう。
んでもって食費別で特殊業務だからって日当吹っかければ、一年で軽く家一見建てるくらいは稼げるんじゃね? 」
「お前、それ本気で言っているのか? 」
あっけに取られた顔でヴレイがアースの顔を覗き込んだ。
「いや、なんとなく思いついただけだけど?
今度、あのおっさん来たら言ってみる価値あるかもな」
「……もう言った。
あんまりしつこいんで、大金でも吹っかけたら諦めるかと思ってな」
「ヴレイさ、もしかしてとんでもない金額を吹っかけたとか。
さすがに諦めるしかないような」
「まぁな。
最初からそれが目的だったし。
ただ、あまりの高額に驚いてとりあえずは引き上げたものの、諦めきれずに我々の様子を探っている可能性はある」
「ああ、だからあの視線がヴレイを見ているって、思った訳だ」
「そう言うことだ。
だからおまえは何も気にしなくていい」
「なんか、でも違うような気がするんだよな」
周囲を見渡して、振り返ったままもう一度探るように物陰を見つめてアースは呟く。
「違う? 」
「ああ。
そのおっさんが用があるのはヴレイだろ?
だけど見られているのは俺のような気がするんだよな」
「私が駄目なら、おまえに頼めば私を説得してくれるとでも思ったのだろう?
おまえの方がいかにも人のよさそうな顔をしているからな」
「なんだか、嬉しくない…… 」
本日もう何度目かもわからない欠伸をすると同時に強烈な眠気が襲ってきた。
そのくせ鼓動は早まり、目の奥に圧迫されるような痛みが広がる。
アレが覚醒をはじめた証拠だ。
「悪い、そろそろ俺、帰るわ」
もう一度大きな欠伸を噛み殺し、アースは立ち上がる。
西に傾いて空を茜色に染めながら半分姿を消しはじめた太陽を目に、眠気は更に強まる。
目の奥のジクジクとした痛みが一層強くなり頭痛に変わってゆく。
「待て、私も一緒に帰ろう」
明らかに様子の変わったアースを目にヴレイは足元に置かれた板切れを拾い上げた。
「いい、あんたはまだもう一仕事できるだろう? 」
立ち上がろうとしたヴレイを、こちらへ向かってくる客らしい人影を目にアースは押し止めた。
痛む頭を抱えてようやく宿の一室に辿りつくとアースはぽすんとベッドに身を投げた。
「つ…… どうし、て…… 」
額に浮かんだ油汗を無意識に手で拭う。
頭痛はそのままに、身動きするだけで、激しい吐き気が襲ってくる。
手足の皮膚が引きつり骨がねじれるような感覚。
まるで全身が組替えられていくような不快な感覚と気の遠くなるような全身の痛み。
毎日のように繰り返してきたが、何度経験しても慣れることはない。
「畜生っ……
冗談じゃない……
今に…… 」
シーツを握り締め、うわごとのように恨み言を繰り返す。
それすらも限界で、断続的に続く痛みにアースは自分を手放した。
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