陽月公奇譚 -女装の俺が、他人のベッドで目覚める理由ー

弥湖 夕來

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1・魔女は買い物に出かけ

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「ヴレイはそれでよくっても、俺は納得できないぜ。
 自分の宿代くらいは自分で稼ぐ」

「稼いでるだろ? 
 夕べだって金貨三枚だ」

「それは俺の稼ぎじゃなくてアイツの稼ぎだろ。

 女に特にアイツに養われるくらいなら野宿で道端の草でも齧っていたほうがマシだ」

「物は考えようだ。
 宿へ泊まるのも食事を摂るのもアイツだ。
 実際お前は野宿でもいいと言っているのを無理に宿を使うのはアイツのせいだからな」

「……だったら。
 だったら、俺の存在はどうなるんだよ? 」

 自分を否定されたように聞えたヴレイの言葉にアースの身体中の血が一斉に頭に上る。
 絞り出すように呟くとそのまま感情に任せて叫んでいた。

「あんたが俺とつるむ理由もやっぱりアイツなんだろう! 
 冗談じゃない。
 これは俺の躯だ。
 アイツの物じゃない! 
 なんであんた達の好きにされなくちゃならないんだよ? 」

「解ったから、少し黙れ…… 
 周りに迷惑だ」

 アースの怒鳴り声を耳に、ヴレイはお茶のカップを手に涼しい顔で睫を伏せると穏かに言う。

「っ…… 」

 促されて周囲を見渡すと、そう広くはない食堂の所々にある人の視線が呆然としながらもこちらに向いていた。

「悪い…… 」

「サラダがまだだ」

 謝罪の言葉を口にして席を立とうとするアースをヴレイが引き止める。

「いらないっていつも言ってるだろう。
 そんなに食いたきゃあんたが食…… 」

 言いかけた言葉をアースは飲み込んで徐に周囲を見渡した。

「どうした? 」

 その様子に何かを感じ取ったのかヴレイが訊いてくる。

「なんか…… 
 その、いやぁな視線が…… 」

 視線を戻しながらアースは言う。

「当たり前だろう。
 朝っぱらから、こんな人の多い場所で大声を出せば目立たないほうが不思議だ」

 いいながらヴレイはお茶を飲み干す。

「いや、そう言うのじゃなくて、さ。
 なんて言うかもっとねっちっこい。
 俺誰かに恨みでも買った? 」

「さぁな? 
 それは知らぬが。
 とにかくそれだけは食べないと、今夜アイツに恨まれるのは確かだろうな」

「く…… 
 食えばいいんだろう。
 食えば…… 」

 脅しに屈してアースは皿の中の青菜を自棄になりながら口の中に押し込んだ。


 
 
 食事を済ませて出た街中は相変わらず閑散としていた。

 行き交う人にも活気がなく、まるで重たげな今日の空のようだ。

「なぁ? こんなんでお客来るの? 」

『占い。
 -人相、手相、占星術、恋占い等なんでも致します』

 拾った板に適当に書いた看板を前に置き、マーケット広場の中央にある噴水脇に座り込んだヴレイにアースは訊く。

「多分、来るだろう。
 昨日はただ歩いていただけで五人に呼び止められたくらいだ」

 周囲をのんびりと眺め回しながらヴレイは呟いた。

 ヴレイはそう言うが、ここに腰を下ろしてから早数時間、誰も二人の前で立ち止まってはくれていない。

「ふあぁ~ 」

 人出はまあまあありながらどこか沈んだ雰囲気のマーケットを目に、アースは今日何回目かの大あくびをこぼした。

「眠いのなら無理に私に付き合わなくてもいいぞ。
 宿へ戻って休め」

 それを目にヴレイが言う。

「いや、いい。
 どうせ帰って寝て体力戻したって、結局今夜アイツに使われて明日の朝には眠いんだ。
 なんだって夜活動するアイツの体力の補給を俺がしなくちゃなんないんだよ? 」

「気持ちはわかるがぶっ倒れない程度にしておけよ」

 ヴレイが薄らと笑みを浮かべた。

「それだけじゃない、俺が前後不覚に寝ている間にアイツがまた出てきたらどうすんだよ? 」

「心配するな。
 アイツが出てくるのは日が沈んでからの月が出ている間だけだ。
 月の魔女は日光が苦手らしい」

「何だかな。
 ふあぁ…… 」

 確かに新月の朝は目覚めがいいとは言え、どうなっているのか自分には全くわからない。

「ん? 」

 立て続けにしていた大あくびを不意に飲み込み、アースは周囲を見渡す。

「どうかしたか? 」

「なんか、誰かに見られているような気が…… 」

「往来でそんな大口あけて立て続けに欠伸をしていたら嫌でも目に入るだろう」

「いや、そうじゃなくてさ。
 今朝のと同じよう…… 」

「昨日の魔導師さまですよね? 」

 アースの言葉は突然訊いてきた女の声に遮られた。

「ああ、どうでしたか? 
 またお声を掛けていただけるということは、あまり効き目がなかったとか? 」

 顔を上げて身なりの良い初老の女の声にヴレイが答える。

「いえ、そうじゃないの。
 お礼をいおうと思って」

 女はどこか吹っ切れたような声で言う。

「あなたのいうように家の中央から北の裏口へ順番に蝋燭を立てていったら、あんなに長いこと続いていた孫の咳がぴたりとまったわ」

「それはよかったです」

「ついでに主人の頭痛もね。
 まさかあんな簡単なことで孫が楽になるなんて、これはお礼よ」

 女は持っていた小さなバックからコインを取り出してヴレイに差し出した。

「いただけませんよ、代金は昨日きちんといただいていますから」

 それには手を伸ばさずヴレイは首を横に振る。

「代金じゃないの。
 あたしの感謝の気持ち」

 女はそう言ってヴレイの手を取るとその中に金貨を握らせる。

「そうですか? 
 ではお心に甘えて…… 」

 グレイは極上の笑顔を浮かべる。

 それを向けられ、老婦人の頬が嬉しそうにほころび桜色に染まった。

「あなた、まだ暫くこの街にいるって言ってたわよね。
 商売をしているのはこの辺りかしら? 
 お友達にも紹介しておくわね」

 初老の女ははしゃいだ様子で帰ってゆく。

「全くよくやるよ」

 その背中を覚めた目で見送りながらアースは呟いた。

「何がだ? 」

「オバサン相手に愛想振り撒いて…… 」

「これも営業努力だ」

 涼しい顔でヴレイは言う。

「……いたいた。
 ね? あなたよね? 
 ミラーさんちの赤ん坊の咳治したっていう、魔導師さん! 」

 若い女が声を掛けてきた。




 
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