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1・魔女は買い物に出かけ
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しおりを挟む大きな街なら必ず一つはある職業斡旋所の看板が吊るされた建物のドアをアースは押し開いた。
妙な埃っぽい空気で室内が煙っている。
おまけに窓の半分の鎧戸が閉まっているせいで昼間とは思えないほど薄暗い。
何回となく出入りしたことのある施設だが、この街の物は様子を事にしていた。
必ずと言っていいほど順番を待っている人影はなく、それどころかカウンターにも誰もいない。
「誰かいるか? 」
声を張り上げて曇った室内へ目を凝らす。
「そんなに怒鳴らなくても聞えているよ」
奥の暗がりから痩せぎすの老人が顔を出した。
「悪いが店じまいだ。
帰っとくれ」
アースの顔を見るなり言う。
「店じまいってどういうことだよ? まだ昼間だろう? 」
「言葉どおりだ、斡旋する仕事がないんでな」
そっけない返事をしながらも老人は腰を擦りながらカウンターに出てくる。
「ない?
俺まだ希望の条件とか何も言ってないんですけど? 」
老人の言葉にアースは目を見開く。
「ああ、条件以前の問題だ。
申し訳ないがこの街では今求人はほとんどないんだよ。
何しろ数年前に道が変わってから寄り付く旅人が少なくなってな。
以来宿屋も食堂も閑古鳥。
そのせいで食材を扱うマーケットの売上もそこそこ。
人を雇いたいなんていう余力は何処にもないんだよ」
「それでも何かあるだろ?
俺何でもできるぜ。
水汲みでも薪割りでも、畑仕事に牛馬の世話」
「そうは言われても、ない物はないんだよ」
「そう言うなよ。なんでもやる。力だけはあり余ってんだ」
「だいたいな、ここを何処だと思っているんだ? 都の真ん中だぞ。
お前さんの言うような野良仕事なんかあるもんか」
「んじゃあさ普請工事とかは? 」
アースはまだ諦められずにいいつのる。
「ここ、道だってぼろぼろだしどっかで修繕工事してるだろう? 」
「お前さんの目にはそう映るかい?
残念だな。
修理ができないからこの有様なんだよ。
ここじゃな、街だけじゃない。
領主の一家もぶっ壊れているんだよ。
街の普請どころか自分の躯の養生だけで精一杯なのさ。
わかったら諦めて帰りな! 」
老人は腹立たしそうに言う。
「わかった。
んじゃ、掃除洗濯、マーケットの店番から呼び込みでも何でもいいから。
頼むよ。
稼がないと俺今夜の宿代にも事欠いているんだ」
アースは更に言い募る。
ついでに少しだけ泣き落とし要素も入れてみる。
「話のわからないガキだな。
じゃぁ、これに名前と宿泊先書いていきな。
何か仕事が入ったら紹介してやる」
老人はカウンターの上の帳簿を開きペンを差し出した。
「わかった」
言われるままにカウンターに近付いてペンを取る。
「えっと、名前はここか?
あーす…… 」
薄暗がりでの視界を確保しようとアースは帳簿に顔を寄せた。
「ほぉ、お前さんなかなか綺麗な顔をしているな」
顔を上げると老人がカウンターの上のアースの顔を覗き込んでいた。
「そうか? 」
アースはそっけなく答える。
正直顔つきなんか誉められても嬉しくも何ともない。
むしろこの顔でなかったら、アレが自分をここまで気に入らなかったんじゃないかと思うと腹立たしくもなる。
「水汲みも客引きも……
確か今、お前さんそう言ったな? 」
老人は背後の棚から別の帳簿を引っ張り出してカウンターの上に載せると徐に開いた。
「確か…… 」
老人の目でこの暗闇の中視力を確保するのは難しいのだろう。
何度か顔を上下して帳簿との距離を推し量る。
「あった。
これだ……
おまえさん年齢は幾つだ? 」
綴られた文字の一つを確認するように指でなぞった後、訊いてきた。
「十八」
老人の問いに普段のとおり適当に答える。
「十八?
にしちゃ、ちと幼い顔だが」
アースの顔をまじまじと見つめて老人は首を傾げる。
「まぁいいか、顔はそこそこ整っているし。
会話も充分できそうだ」
自分を納得させるかのように老人は呟いた。
「いいよ、紹介してやる。
ここをでて右手にまがって三番目の路地を入ったところに、『風待ちの風車亭』っていう飲み屋がある。
そこの女将が従業員の補充を考えているらしい。
行ってみたらどうだ? 」
「飲み屋? の従業員? 」
「気に入らなくてもそれしかないが」
「わかったよ、呼び込みか皿洗いだろ?
ありがと、おっさん。
紹介料いくらだ? 」
礼を言うとアースはポケットから小銭を引っ張り出す。
「それにしても変な名前の飲み屋だな? 」
「そう思うか? 」
「ああ、普通食い物屋とかってのはその店の看板料理が店名になってるだろ?
猪肉が自慢なら『猪亭』
魚料理だったら『銀の鱗屋』
料理より麦酒が美味ければ『大麦亭』って具合に。
風車って何の料理のことだよ? 」
「行ってみればわかるさ」
老人は意味のありげな答えをしてアースの差し出した小銭を突っ返した。
「いいよ。
ウチは紹介先から斡旋料を貰うことにしているんだ。
その代わり不採用でもここに文句は言ってくれるなよ」
「わかった。
じゃぁな」
アースは軽い足取りで教えられたと路地へ向かった。
教えられたとおり店を出て三番目の路地に足を踏み入れ、アースは周囲を見渡した。
馬車の入れない細い道には石畳も敷かれず、あちこちにぬかるみができていた。
「『風待ちの風車亭』ねぇ…… 」
乗って来た馬をつなぐ場所もないほどの細い通りの両脇に、並んで下がる看板を目にアースは呟いた。
旅人の中には言葉に不自由する異国の人間もいて、そんな人々にもここが飲食店だとわかるように大概は店名や自慢料理を描いた看板が使われている。
「風車亭なら文字通り風車。
もじって小麦粉? いや、パンか? 」
連想される絵柄を捜して上を向く。
カツン……
爪先に軽く走った衝撃とともに躯が傾く。
バランスを調えると足元に一枚の看板が転がっていた。
本日二度目の躓きに苦笑いしながらアースは転がった板切れに手を伸ばす。
風雨に晒されほとんど消えかかってはいたが、とりあえず青い風車の絵柄が見て取れる。
見上げるとかつてそれが下がっていたと思われる枝木が軒先に伸びていた。
「ここか…… 」
空っぽのそれを目にアースは呟く。
「いや、でもここって武器屋か? 」
店先のウインドーに飾られた剣を目に首を傾げた。
「ま、いいや入ってみればわかるって」
意を決してアースは店のドアを押し開いた。
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