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1・魔女は買い物に出かけ
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しおりを挟む「では、暫く出ていてもらえるか? 」
目的の物を手に入れてヴレイは早速仕事に取り掛かる。
「私には事の顛末を主に報告する義務がありますので、できることならこのまま隅にでも控えさせていただきたいのですが」
男は困惑したように懇願する。
「主に忠実なのは結構だが。
失礼ながら貴殿はその人形より姫君との付き合いが長くはないか? 」
「よくお分かりで。
私は姫君が生まれる前から主におつかえさせていただいておりますが、それが何か? 」
「ならばやはり遠慮してもらうほうがよさそうだな。
下手をすると貴殿に危害が及ぶ」
「このような状況では多少の危険は覚悟の上です。
お心遣いは無用ですので」
「多少じゃすまないかもな」
見かねたアースは口を挟んだ。
「あんた『使い物にならなくなる』かもしれない人形の代わりになりたいのか?
命が惜しかったら黙って出ていたほうが身のためだぜ。
ついでに言うと俺たちにしても余計な部外者を側におくと仕事を仕損じる確率が多くなるから、正直迷惑なんだけどな。
心配するなよ。状況なら後で俺がきちんと説明してやるよ」
「そう、ですか……
では、お願いいたします」
さすがに命は惜しかったのだろう。
家令の男はしぶしぶと言った様子ながら部屋を出てゆく。
「またお前は依頼者の気分を害するようなことを言って…… 」
ドアの閉まる音を耳にヴレイがため息混じりにたしなめてくる。
「本当のことだろう?
あの手のおっさんには恰好つけて遠回しに言ったって通用しないぜ。
意地で見届けるつもりでいたんだからな。
ついでに言うなら俺が言う分には角が立たない」
「……
とりあえず礼を言っておく」
苦虫を潰したような顔でヴレイはしぶりながら言う。
「なぁ?
この人形って、アレだろ? 」
「ああ、我々以前にも同じような方法で呪いを解こうとした者がいたようだな」
「いいのかよ?
それを勝手に使っちまって」
「構わないだろう?
恐らくは、呪いを解くつもりで作らせたものの、人形の仕上がりを待つ間冷静に考えたら全ての呪いを解くと姫君の命に関わることに行き当たり、逃げ出した。
と、言うところだろう。
近隣で噂を聞かなくなったという話だから、もうこの辺りにはいないだろう」
「じゃ、遠慮なく使っていいってことだな。
手っ取り早くはじめようぜ。
あんまり時間が掛かると、あのおっさん様子を見に顔を出しそうだし」
窓辺に向かい開けてあったカーテンを閉めるとアースは向き直る。
先ほどまで心もとなかった燭台の炎の光が、僅かだが輝きを増し周囲をほの暗く照らし出している。
窓を閉め切り人気のなくなった室内は、真昼とは思えない不気味な静寂に支配される。
言いようのない居心地の悪い空気が広がった。
「何より、こんな暗闇でもたもたしてたらアイツが夜と勘違いして出てきそうだ」
口にしただけで背中を何か冷たいものに撫でられたような気がして、アースは肩を震わせる。
「心配ない。
月が出ぬ限りアイツが現れることはない」
「てめぇは他人事だからそんな悠長なことが言ってられるんだよ。
俺の不安もこいつの痛みや恐怖も、てめぇには所詮わからないからな」
目の前に横たわる者に視線を走らせ、アースは叫んでいた。
「そうかも知れぬな…… 」
納得したようにヴレイは呟く、とベッドの周囲を歩き手際よく帳を上げて行く。
それまで限られた空間に押し込められていた腐臭が、一気に部屋に充満する。
ベッドの上で絶えることなくうめき声を上げる者の左手に、ヴレイは先ほど預かった人形を握らせた。
「準備はいいか? 」
視線を上げると確かめるように言う。
「多分、な」
腰に下げた剣の柄に手を這わせながら答えるアースの声にあわせ、ヴレイは大きく息を吸い込んだ。
ついでベッドの足元に移動して横たわる人物の身体にそっと手を寄せる。
触れるか触れないかの微妙な位置で何度となく撫でるような行動を繰り返す。
両足から始まったその行動は腹部に移動し胴をとおる。
そして左手の先からはじめなおし、頭部の先からも同じようにまるで何かを扱き出しているかのように何度も行ったり来たりしながら少しずつ身体の中心へと移動して行く。
やがて心臓の位置に集まったと思えたそれを、人形の握り締められた左手へと押してゆく。
カクン! カクカクカクカク……
左の上腕から肘へヴレイの掌が滑った時だ。
突然人形が音と共に震えだした。
咄嗟にヴレイはそれを握られていた手から引き離し、様子を見守っていたアースの足元に放り投げた。
「両足と左腕だ!
間違ってもそれ以外を壊すなよ」
絞り出すように叫ぶ。
「無茶言うよな。
こんな小さいものそこだけ狙えって方が無理あるだろ」
アースはぶつなりながらも腰の剣を引き抜く。
足元に投げつけられた人形は、誰が触っているわけでもないのにカクカクと不気味に震えつづけている。
「足と左腕だな? 」
念の為確認するとアースは引き抜いた剣の柄を持ち直し、刃ではなく柄の方で言われた腕を押しつぶす。
パキン!
アースの手にした剣が触れるか否かで、乾いた音を伴ってそれは砕け落ちた。
「ギーーーーーーーーーーーー! 」
悲鳴ともうめき声とも取れる不気味な声が人形の口からほとばしる。
「おい。ヴレイ? 」
さすがにこれは場数を踏んでいるアースも気味が悪くて顔色を蒼白にさせながらヴレイに視線を向けた。
「逃がすなよ? 」
「逃がすってこいつをか? 」
本来動くはずのないものに何を言っているのかと思いながら視線を戻すと、人形は残った右手を動かし、まるで人が這うかのように必死に床の上を移動している。
しかもそれが思ったより速い。
咄嗟にアースは足を出し、床に広がったドレスの裾を踏みつけた。
「残念でした」
茶化すように言って人形を摘み上げる。
ドレスの袖からぱらぱらと腕のかけらが零れ落ちた。
「手足以外壊すなと言ったよな? 」
人形の顔に入った僅かなひびを目にヴレイが眉を顰める。
「仕方がないだろう。
こいつよっぽど柔にできていたみたいで、ちょっと触ったら崩れるように簡単に壊れたんだぜ」
「人形の作りのせいではない。
その剣が刃だけでなく剣全体に退魔の効力があったというだけだ」
「ふぅん?
なぁ、これこのままでいいのかよ?
下手したら逃げるんじゃね? 」
ヴレイの手に戻っても尚不気味に動きつづける人形を目にアースは言う。
「ああ、だから…… 」
ヴレイの口から普段妖魔を縛るのものとやや音韻をことにした別の言葉が流れ出す。
いつものように視覚化したそれは柔らかに人形を取り巻き縛り上げた。
ゆっくりと人形の動きが止まると、言葉の縄がすうっと消える。
ヴレイはそれをそっとベッドの枕元に置く。
「終わりだ、もういいぞ」
次いでドアに向かって声を張り上げた。
締め切ったドアの反対側でずっと聞き耳を立てていたのだろう。
ヴレイの声を待っていたかのようにドアが開く。
大またで部屋の中に駆け込むと男はベッドへ直行した。
「姫君? 」
病人を刺激しないように声を顰めて呼びかけながらベッドの中をのぞきこむ。
「奇跡です! 」
家令の男が高揚した声をあげる。
「まさか、こんな……
今までどんな手を使っても眠ることさえできずにうなされつづけていた姫様が……
安らかに根息を立てる日がこようとは!
ありがとう、ありがとうございます! 」
ヴレイの手を取ると男は大げさに何度となく振る。
「とりあえず、身体を腐らせる呪術だけは取り除いた。
暫くすれば傷も塞がるだろう。
一つ忠告しておくが。
その人形。
そう遠くないうちに崩れ落ちるはずだが、それまではこのまま動かさずにいてくれ。
でないと姫君のこの先の命は保証しかねる」
「かしこまりました。
これでもう終わりであれば、こちらへいらして下さい。
お約束の報酬をお支払いいたします。
ようやく落ち着きを取り戻した主を少しでも休ませてやろうとでも言うのか、家令は二人を室外へ促した。
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