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1・魔女は買い物に出かけ
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しおりを挟む「どうしてお前はそう言う余計な言葉を吐くんだ? 」
迎えに来た馬車に揺られながら、ヴレイは忌々しそうに呟いた。
「いいだろ?
ただ見るだけなら。
それだけでも報酬手付の分だけはくれるって言うんだしさ」
っつ…… なんだよ? 」
馬車がボロイのか道が悪いのか街中だとは思えないほどがたがたと馬車はきしんだ音を立てひっきりなしに揺れる。
黙っていないと舌を噛みそうだ。
と思った途端にきた予想外の揺れに内頬を噛んだ。
正直こういう場所の痛みは半端じゃない嫌な感じがする。
「そもそもヴレイだろ? 」
それでも気を取り直して話を続ける。
「何かして稼がないとアイツが何をしでかすかわかったもんじゃないって脅しを掛けたの」
「そんな、目先の金に騙されて……
だからお前は浅はかだと言うのだ」
アースの顔を見ようともせずにただ先方へ視線を向けたままヴレィは淡々と答える。
「考えなくてもわかるだろう。
衰えた人間が何も食さず何の処置もされずに三年も生きているわけがないだろう」
「だから、アレだろ?
妖魔に憑かれているかもしくは妖魔が化けて入れ替わっているか。
どっちにしろ切れば解決だろ? 」
アースは腰に下げた剣の柄を軽く握る。
「お前は暢気でいいな」
アースの言葉にヴレイは呆れた声をあげた。
「切るのは確かに簡単だ。
しかし、相手は街外れに住むヘンゲネズミじゃないんだぞ。
妖魔に身体を乗っ取られていた場合、その剣で妖魔を切ると本体も同時に傷つくよな? 」
「わかってるって。
だからここはヴレイにちゃちゃっと本体と妖魔を引き離してもらって、すかさず俺が切る! 」
アースは自身満万にドヤ顔を向ける。
「残念だが、妖魔と本体が完全に融合していた場合、引き離すのは困難だ。
失敗するケースも多いし、分離に成功しても何らかの後遺症が残る。
それも生きていればいいが、妖魔の入り込んでいたのが死体だったりしたら目も充てられないぞ」
ヴレイは渋い顔で頭を抱え込む。
「じゃ、妖魔が姫さんと入れ替わっていることを祈っとけば。
それなら引き離す手間はないだろ? 」
「なお、不味いだろ。
妖魔が人間と入れ替わるにはおおよそその人間を喰っている場合が多いんだ。
もしお前が妖魔を切って目の前にいる人間が霧散でもしてみろ、大騒ぎだ。
どっちにしても我々は姫君殺しの重罪をかせられていいところ牢屋行き、悪くすれば括首だ」
「そんなの心配していたのか?
考えるのなんか後でいいだろ?
いってみてさ、駄目だったら逃げるだけの話だ」
「お前は気楽でいいな」
ヴレイはあからさまに大げさなため息をついて見せた。
「ヴレイが考えすぎなんだよ。
どうせ逃げたところでこの街から出てしまえば仕事を干されるようなことないだろ? 」
「干されるんだよ。
こういった話は吟遊詩人とかの口からあちこちに広まるんだ。
それにな、貴族の依頼って言うのは厄介なんだよ。
こちらが依頼どおりにこなしたつもりでも、依頼主が依頼時点で話さない裏の希望に添ってなければ、失敗したことにされるんだ」
「裏の希望? 」
「ああ、前にもあっただろ?
今回の場合だと今の時点では
『例え姫君の命はどうであれ苦しみから開放してやって欲しい』
だが、事が済んだ時に姫君の命がなかったら終わりなんだよ」
「そういえば、そんなようなことあったな。
ばあさんに取り付いた妖魔、払ってくれって言うから払ったら、ばあさん寿命が尽きていて息していなかったての」
何ヶ月か前の仕事を思い出し、アースは呟く。
「そんなの常識だろ? 」
「私たちの間ではな。
だが魔術や妖術にほとんどかかわりをもたない人間の認知は違うんだよ。
ああ、もう、どうしたら…… 」
今にも噛付きそうな勢いで言ったあと、もはや絶望的だと言いたそうにヴレイが頭を抱え込む。
それとほぼ同時に、軽い衝撃と共に馬車が止まりようやくアースは不快極まりない馬車の揺れから開放された。
「到着しました。
こちらが主の館……
いかが致しました? 」
突然ドアを開けた男は頭を抱え込んだ姿のヴレイを目に首を傾げた。
「いや、急に馬車が止まるから、こいつ頭を打ったんだ」
アースは適当にでまかせを口にする。
「それは失礼致しました。
一刻も早くとの思いから少し飛ばしすぎまして、ブレーキを掛けた衝撃がきましたか」
「気をつけてくれよ。
こいつは見かけよりかぁなり柔なんだから」
言いながらアースは勢いよく馬車を降りる。
「うへぇ……
なんだよ、ここ」
馬車のつけられた車寄せから頭上に聳える豪華な建物を目に、アースは思わず吐き気を覚えた。
館を取り巻く異様な妖気に胸が悪くなり足が竦む。
「何分古い館ですから、かなり痛んではおりますが」
エントランスのドアを開いて二人を招きいれながら男は自慢気に言う。
確かに造りはこの界隈のどの街の街長の邸より立派だ。
二人を連れて来た男は自分の主人を『主』としか言わないが、恐らくはこの近辺一帯を納めている領主なのだろう。
「どうぞ、こちらでございます」
この空気にすっかり慣れているのか男は平然と二人を邸に招きいれ中へ案内する。
「俺、吐きそう…… 」
大きな廊下の隣を歩くヴレイの袖を軽く引っ張るとアースは囁いた。
「ああ、この空気だろう?
わかっている」
囁きの意図を察して、ヴレイは掌を口元に当て何かを呟くと、その掌でアースの頭を軽く撫ぜた。
それだけのことで、胸のむかつきが軽くなる。
「悪い、助かった」
アースは改めて息を吐く。
呼吸するたび胸に入ってくる空気もなんだか綺麗になったような気がする。
「失礼ですが、何か?」
小声で交わしていた筈の会話を聞きつけたのか、先になって案内していた男が振り返った。
「いや、何でもない。
単なる今後の方針の打ち合わせだ」
「そうですか?」
半信半疑の視線を隠そうともせずに男は首を傾げる。
とは言え、今更胡散臭そうな目で見られても正直困る。
「ヴレイのこと信用できないって言うんなら、このまま帰ってもいいぜ」
既に半分以上傾いているヴレイの機嫌をこれ以上傾けたくなくて、アースは切り出す。
「いえ、とんでもございません。
ただ、お連れ様はこちらに来ないほうがよろしかったのではないかと。
初めて入った免疫のない方は必ず体調を壊します。
私共もここで生活をするのは正直躊躇していますので」
それを早く言って欲しかったと思うが今更遅い。
広大な邸の中はその設えに不似合いなほどに静まり返っていて、三人の靴音がやけに大きくこだまする。
全ての窓を締め切っているのか、むっとするほど熱気がたまっていてただ歩いているだけで汗が噴出してくる。
ホールを通り、大階段を上りギャラリーを抜けた先の細い廊下の突き当たりにあるドアで男は足を止めた。
「こちらが姫君のお部屋でございます」
主に配慮するように軽くノックしてから男はドアを開ける。
開け放たれたドアの奥から、ぞっとするほど冷たい空気が一気に流れ出してきた。
邸の中に充満していた蒸し暑い空気が嘘のようだ。
次いで鼻を突く絶えがたいほどの腐臭にアースは思わず口元を被う。
ほとんど死臭とも言っていい肉の腐ったおぞましい匂いが部屋中に充満していた。
鎧戸を閉ざしカーテンも締め切っているせいで、まだ昼日中だを言うのにそこには闇が広がり、天蓋から下がる帳がそっくり下ろされた一台のベッドだけが浮かび上がっている。
「あ、ファーガソンさん」
枕元に置かれた椅子に腰掛けた人影が、男の入室を察して慌てて立ち上がると軽く頭を下げた。
「様子はどうだ? 」
「はい、今日はどちらかというと安定しておられます」
男の問いにメイドと思われる若い女の声が答えた。
「後は私が看よう。
少し休みなさい」
労をねぎらってか、人払いのつもりなのか男は小声で言ってメイドを部屋から追い出した。
言われるままに軽く頭を下げるとメイドは部屋を出てゆく。
「姫君、術者をお連れ致しました。
今度こそ、姫君を苦痛から救っていただけるかも知れません」
それを見送ってから、男は一人ベッドに歩み寄ると、穏かな声で横たわる人影に話し掛けた。
「どうぞ、こちらへ」
暫く主の返事を待っていたようだが、やがて男は部屋の入り口に立ち尽くしたままの二人を促した。
室内へ足を踏み入れると、異臭は更に強さを増し息をするのも辛いほどに強烈になる。
ベッドの中からは低いうめき声が絶えず漏れてくる。
そして同時に声は出ないが明らかな拒絶の気配。
きっと病人の状態がもう少しよければ、枕や罵声が飛んできそうだ。
それができないから、術者でないアースにも感じ取れる程の立ち入るものを拒む空気を作り出している。
「もう充分だという、姫君の仰りたい事は充分承知しておりますよ。
今まで何人もの医者や神官、魔導師を頼りましたから。
ですがもう一度だけ、この爺にチャンスをいただけませんか?
少しはお楽になりますよ」
それは何の能力もないこの男にも伝わっているのだろう。
何も言わないベッドの中へとりなすように言い聞かせる。
「済まぬが何か灯りを、窓を開けても? 」
先ほどまで気乗りしない様子を隠そうともしなかったヴレイがいきなり口を開いた。
その言葉を拒絶するかのようにうめき声が酷くなる。
「私はこのまま何もせずに帰ってもいいのだが。
そもそもそこの男とは、様子を見るだけとの話だったことだし」
あっさりとヴレイは背を向けようとする。
「お待ちください、今窓を…… 」
せっかくここまで連れて来た術者を逃すまいとするかのように、男は慌てて窓際に駆け寄ると締め切っていたカーテンの一枚に手を掛けた。
鎧戸の隙間からこぼれるかすかな光に部屋の調度がぼんやりと見えた。
更に男はその鎧戸にも手を掛ける。
「いや、もういい」
病人の様子を察してかヴレイがそれを制する。
「お前はここから動くな」
ドアを潜ったところで立ち尽くすアースをその場に押しとどめ、ヴレイは大またで帳の下ろされたベッドに歩み寄る。
「これは、どういうことだ? 」
天蓋から下がる帳を軽く開け、中をのぞきこんでヴレイは呟いた。
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