陽月公奇譚 -女装の俺が、他人のベッドで目覚める理由ー

弥湖 夕來

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1・魔女は買い物に出かけ

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「仕事って言っても、何をする気だ? 」

 流行遅れだが造りのいい上品な家具で囲まれたレストランの一郭で、周囲を見渡しながらアースはため息交じりに訊いた。

「料理は最高、しかも部屋代込みとリーズナブル。
 なのにこの閑古鳥。
 ほとんど人なんかいないんじゃね? 」

 アースは食べ終わった肉料理の皿に残ったソースをパンで纏め口に運ぶ。
 本来ならめったにそんな下品なことはしないが、ソースの最後の一滴まで残すのが惜しいほどの絶品料理だ。

「旅人相手に占いや 呪いまじないをしなくても他に仕事があるだろう」

 向かい合わせに座ったアースの行動に眉を顰めながらヴレイはお茶のカップを口元に運ぶ。

「う~ん? 
 俺は、薪割とか畑仕事や狩の手伝いとか馬の世話とか、なんかどう仕事があるけど。
 ヴレイ 呪いまじないと占い以外に何かできたっけか? 
 昨日のように妖魔退治の依頼でもあればだけど、そうそうそんな大仕事転がっているわけないしな」

「私にだって薪割くらい…… 」

「できるよな、確かに。
 薪を割らせても畑を耕してもノルマ終わる前に手の豆潰して血だらけにするけどな」

「ぐ…… 
 私は頭脳労働派なんだ。
 家庭教師とかなら完璧にこなせるぞ」

「何処の資産家で、目の中に入れても痛くないほど可愛がっているご令嬢の教育を、得体の知れない流れ者の魔導師なんかに任せてくれるんだよ? 」

「それは…… 」

 さすがにこの件に関してはアースに分があったと思っていいだろう。

「失礼ですが、ご職業は魔導師ですかな? 」

 ヴレイがバツの悪そうな表情で黙ってお茶を飲み干すとそれを見計らっていたように突然声を掛けられた。
 何も残っていない料理の皿から顔をあげると、身なりの良い男が人のよさそうな笑みを浮かべて近付いてくるのが見える。
 きかれて困る話をしていたわけではないが、何処から話を聞かれていたのかとアースは一瞬ぞっとした。

「間違っていたのでしたら、申し訳ございません。
 その黒い長いマント、魔導師の方々が好んでよく羽織られる物ですからてっきり」

 言葉に詰っていると男が謝罪する。

「いや、間違いはないが、何か用か? 」

 手にしていたカップをテーブルに置くとヴレイがようやく口を開いた。

 魔導師と思える人間に簡単に声をかけてくるなど、何か事を抱えている者以外の何者でもない。

 わかっているといいたそうにヴレィは聞いた。

「私、この都のとある貴族の家で家令をしているファーガソンと申します。
 実は魔導師様に是非、お願いしたいことがございまして。
 もちろん今手がけているお仕事が終わってからで構わないのですが」

 テーブルを囲む空いた席に座を移して男は持ちかけてきた。

 この家業、看板を背負って売り歩かなくても時々こうして仕事が舞い込んでくる。

「事情によっては、お引き受けしないこともないが」

「ヴレイ、仕事を選んでいる場合じゃないだろ! 」

 ヴレイの勿体ぶった口ぶりにアースは口を挟む。

「黙っていろ。
 安易に引き受けて手におえないほどの大仕事だったらどうする気だ。
 私は責任の持てない仕事は引き受けるつもりはないんでね」

「とか、何とか言って。
 気が乗った面白い仕事しか引き受ける気ないくせに」

 押さえつけられたことに気分を害してアースはぶつなる。

「それで、依頼の内容は? 」

 そんなアースを横目にヴレイは男に酷く真面目な顔を向ける。

 先ほどのアースの保護者役の顔は姿を消し、魔導師の顔になっている。
 こうなってしまっては口を出しても仕方がない。

「実は、私共の仕えております主の姫君が長いこと病の床についておりまして…… 」

「何か勘違いをしておいででは? 
 私は医者ではないのだが。
 医術で治せるものは医者に任せるべきだ」

 案の定男の前置きの言葉だけでヴレイは渋い顔をして男を睨みつける。

「いえ、その…… 実は問題はこれからでして…… 」

 その気迫に男は一瞬たじろいだようだ。
 ただ、本当に病気治療が目的の人間ならここですごすごと引き下がるのだが、男は話を切り上げようとはしなかった。

「この都に住まう医者どころか国中の名医と名高い医者をあちこちから招いてみたのですが、どの医者からも匙を投げられまして」

「それで魔導師に医者の真似事をせよと? 」

 やはり気に入らないとばかりにヴレイは鋭い視線を男に向ける。

「ですから話はこれからなのですが。
 姫君を送ってはいただけませんでしょうか? 」

「話にならないな。
 葬送は神官の仕事だ」

 話はこれまでだとばかりにヴレイは席をたとうとした。

「お願いします、私の話をもう少しだけ聞いてはいただけないでしょうか? 」

 男が訴えるような声をあげた。

「話だけでもきいてやれば? 」

 さすがに男が気の毒になって、折りよく運ばれてきたデザートをすすめながらアースは口添えする。

 男は安堵の表情を滲ませた。

「お話したとおり姫君は既に医師に見放されております。
 医師が匙を投げてから数年、宣告された期限は既に過ぎているのですが未だに姫君の息は繋がっております。
 ただ病が癒えた訳ではなく、激しい苦痛を伴いながら一日一日と躯の肉と骨を溶かし続けているのです。
 既に生きているのが不思議なほどの状態で、病の原因は何か妖魔にでも憑かれたのかとしか思えません」

 男は一息に話した後、息を整える。

「食物どころか水さえも一口も口に運ぶことなく連日苦痛に耐えてうめき声をあげる姫君の姿を、主はもはや見ていることも苦痛のご様子で、『一刻も早く憑き物を落として、せめて安らかに送ってやりたい』と仰いまして。
 退魔を専門にしている魔導師を捜していたところだったのです」

 ヴレイに逃げられてはと思ったのか、男は口をはさませずに説明する。

「私にその姫君を殺せと言うことか? 」

 専門外だと言いたそうにヴレイは渋い顔をした。

「残念ながら私が扱えるのは生きた人間ではない。
 本来この世界にいるべきではない妖魔だけだ」

 その時点で明らかに嘘八百。
 ヴレイが遠まわしに断っているのは見え見えだ。

「無理を承知でお願いしております。
 私共ももうこれ以上苦しむ姫君の姿を見るのはあまりにも辛くて…… 
 他の魔導師殿に頼もうにももうこの街には一人もおらず、困り果てているのです」

 最後の方はなんとなく涙声になっているようにさえ思える。

「なぁ? 
 その姫さん物を食えなくなっているって言ったよな? 
 もう長いのか? 」

 それでも依頼を断る雰囲気の見え見えなヴレイの様子に、男のあまりにも気の毒になりアースは口を挟んだ。

「はい、もう三年以上になりますか」

「それって不自然じゃね? 
 普通健康な人間だって飲まず食わずでそこまで生きていられるものか? 」

 言うだけ無駄だとは承知しつつ、あくまでも遠まわしに妖魔そのものでないかと匂わせてみる。

「だからといって妖魔だとは言い切れないだろう。
 医者にもわからぬそう言う稀有な病かも知れぬし」

 ヴレイはまるで動こうとはしない。
「じゃぁさ、こうしたらどうだ? 

 とりあえずその姫さんの見させてもらって、その様子によって判断するってのは」

「ご迷惑は重々承知ですが、是非ともそうしていただけませんか? 
 高名な魔導師殿の手にも負えないようでしたら主も私共も諦めが付きます」

 アースの言葉に、男が顔を輝かせた。
 
 
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