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1・魔女は買い物に出かけ
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しおりを挟む夜も大分ふけたというのに、その通りは活気に満ちていた。
並んだ店先からは光がこぼれ、人々の談笑する賑やかな声がもれ聞えてくる。
「う~ん、たしかこの辺りだって聞いたんだけどな。
魔道具屋らしきものなんてないじゃないの」
小さな箱を手に、少女は軒下に下がる看板に目を向け呟いた。
教えられたとおりに来たはずなのに、目的の店は見つからない。
そもそも飲食店らしき店ばかりが集まるこの界隈に本当にあるのだろうか。
諦め半分でその口から大きなため息が出た。
「もう一度ちゃんと訊いてから出直そうかな」
呟いて顔を上げたその途端、少女の目が釘付けになる。
のろのろと進めていた足を止めると、光のこぼれる飲食店のウインドーに張り付いた。
「嘘、なんでこんなものがここにあるのよ? 」
腰まである長い銀色の髪と揃いの瞳で、窓の向こうに飾られたものをじっと食い入るように見つめる。
店の軒先に下がった看板は
『風待ちの風車亭』
飲食店それもどちらかと言うと深夜に酒を提供するたぐいの店だと判断できる。
恐らくこれは単なるディスプレイ用で売り物ではないと思われる。
カラン……
「奥様、ありがとうございました。
またきてくださいね」
ドアベルの音とともにドアが開くと、甘い男の声が耳に届いて少女は振り返る。
「あっれー お嬢ちゃん、こんなところで何をしているのかな? 」
身なりの良いイケメンな若い男がおどけたように訊いてくる。
「ね? あれ! あの、売り物、売って! 」
男に駆け寄ると少女はいきなり口にした。
「あれって、ウインドーの中の? 」
突然詰め寄られ男は呆然と答える。
「それはボクのものじゃないし……
売れって言われてもそもそも売り物でもないし……
じゃ、なくて君みたいな女の子がこんな時間にこんな場所で何をしているんだよ?
もうおねむの時間だろ? 」
からかうように言って少女の顔を覗き込む。
「そんなの、余計なお世話よ。
それより、ね? あれの所有者に会わせててくれる? 」
「所有者って……
参ったな」
男は困ったように頭を掻く。
いかにも貴族の子弟といった上等な身なりにその行為がなんだかそぐわないことに少女は首を傾げた。
「おい、ジュンお客様のお見送りに何時まで掛かっているんだよ? 」
もう一度ドアが開くと目の前の男よりやや年かさらしい別の男が現れた。
この男もまた見目の良い顔つきに上等な衣服。
「なんだよ? このガキ」
少女の顔を見ると同時に吐き捨てるように言う。
「あ、先輩。
なんかこいつ、剣売ってくれって、ウインドーのディスプレー用の…… 」
「はぁ? そんなもの何すんだよ?
お友達とちゃんばらごっこってか? 」
いかにも莫迦にしたように笑い声をあげた。
その品のない様子が先ほどの男同様、やっぱり身なりにそぐわない。
「それで?
売ってくれるのくれないの?
持ち主と直談判しろって言うんならするから、話をさせて」
二人の男を睨み付け少女は言う。
銀色の瞳が一瞬だけ赤みを帯びる。
「あ? ああいいぜ。
今日はオーナーいたっけ? 」
「いますよ。
バーテンが休んでいるんでカウンターの中」
先ほどの勢いが消え去り、半ば放心状態で二人の男はうめくように言う。
「入って自分で話をつけな」
いともあっさりと男達は少女を店の中に招き入れた。
照明の落とされた薄暗い室内には煙草の煙と酒の匂いが充満している。
男達の衣裳同様、どこか貴族の持ち物を思わせる豪華な応接セットが何組も所狭しと置かれ、数名の男女が酒を片手に談笑に花を咲かせていた。
男女のどこか媚びた声が室内に広がる。
少女はその間を縫って教えられたカウンターに急いだ。
「あら、珍しいお客だね」
カウンターの奥から中年の女が顔を出すと、先ほどの男達とは違う当たり前のような態度で声を掛けてきた。
「用事があるのはあたしじゃなくて、ウチの亭主の方だろう?
奥にいるよ」
用事はわかっていると言った様子で、女はカウンターの奥のドアを指し示した。
「ほら、何をぐずぐずしてるんだい?
そんなところに立っていられると目立つから、早い所行っておくれ」
促すように言ってドアを開けてくれる。
背中を押されて足を踏み入れた室内は、先ほどの部屋と同様に灯りが落とされ薄暗い。
しかし煙草と酒の匂いの代わりに、かび臭い匂いが鼻をつく。
同時に押し寄せてきた妙な違和感に思わず腕をかき寄せた。
「いらっしゃいませ。
どんなものをお探しですかな」
部屋の奥からのそりと一人の男が顔を出す。
「ここ、魔法道具屋?
どうしてこんなところに? 」
思わず粟立った肌を擦りながら部屋の中に無造作に置かれた品々を見渡して少女は訊く。
「そうですよ。
可愛い魔女さん。
今日は何をご入用ですかな? 」
「あのね、表に飾ってあった剣」
「ああ、あれですか。
いいでしょう?
造りはそこそこだけど威厳があって」
男がにこりと笑みを浮かべる。
「どうしてこんなところで商売をしているの? 」
捜しても見つからない訳だ。
よりによってホストクラブらしい飲食店の奥で、よもや魔道具を扱っていようとは誰も思わないだろう。
「表の店のお客さんが、うちのホスト達にとああいった物を何処からか捜してくるんですよね。
王子様や騎士には自分のイメージどおりの武器や装備を備えてもらいたいって。
もっとも彼らはただのホストですから、剣の振り方一つ知らないものもおりまして。
そう言った『宝の持ち腐れ』的な物を店の方で買い取っていたらこんな状態に…… 」
「ふうん。
じゃ、ね。
あの剣おいくら? 」
「あれは、その少し、お値段が張りますよ。
うちのナンバーワンが太客に貰ったものですから」
「二足三文って訳に行かない? 」
少女は媚びるように言ってみる。
「残念ながらこちらも商売ですから。
そうですね……
特別にこのくらいで」
男は少女の手を取るとその掌に指で数字を書く。
「嘘、そんなに?
それじゃぼったくりじゃない! 」
その金額を目に少女が不満そうな声を上げた。
「申し訳ありませんが、さっきも言った通り、こちらも商売ですから仕入れ値以下では販売しかねますので」
店の主人は意味ありげな笑みを浮かべた。
「それよりお嬢さん、こちらへは売り物があって訊ねて下さったのでは? 」
少女の手に握られた物に視線を止め、男は訊いてきた。
「あ、そうなの。
これ……
買い取ってもらえる? 」
少女は今まで大切そうに持っていた小箱を男に手渡した。
「『悪夢』ですかな? 」
箱を手にそっと耳を近づけると男は訊いてくる。
人の悪夢を閉じ込めた小箱は時に魔術に欠かせないアイテムの一つとなる。
夢の質にもよるが時には大金で売買されるものだ。
「駄目? こういった物扱っていない? 」
「いや、いいですよ。
ところでこれはどちらから? 」
「んと、この街を取り囲んでいる塀があるでしょ。
その門番のおじいさんの孫」
「ああ、カタル爺さんのところのビオレッタ」
男は部屋の片隅に置かれた書き物机の引出しから数枚の金貨をつまみ出した。
「いいの? こんなに」
その枚数に少女は目を見開く。
「子供の悪夢は値が張ります。
数は多いですが逃げ足も速くて。
よく捕獲できましたね」
男は満足そうに微笑んだ。
「でも、これだけじゃあの剣は売ってくれそうにないわよね? 」
「ええ、先ほども申しましたように、あと少なくともこれくらいは…… 」
あまりにも高額な金額をストレートに口にするのが躊躇われたのだろう。
男はまたしても指を何本か立てて見せる。
「わかったわ。
今すぐって訳には行かないけど用意する。
だからそれまで待っていてもらっていい? 」
「構いませんよ。
ですがうちも商売ですから、その辺りはお忘れなく」
意味のありそうなことを言って男は笑みを浮かべた。
「じゃ、また来るわ。
ありがとう」
貰った金貨を握り締め、少女は店を出て行った。
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