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しおりを挟む「エジェ……
エジェオ! 」
誰かの呼ぶ声でオレは目を開ける。
「エジェ、良かった気がついたのね…… 」
ぼんやりとした視界に映るのは金色の巻き毛の少女。
青い目が涙で潤んでいた。
「えっと、グリゼルタ? 」
何を泣いているんだろう。
ってか、その前に、何故自分は縁も縁もないはずの外国人のこの少女の名前を知っているのか。
のろのろと躯を起こしながら考える。
確か、仕事の途中で常連客のミナミさんを送りに出て、店に戻ろうとした時何故か速度を増し店の中に突っ込んできたワンボックスカーにもろはねられたような……
「動いちゃ駄目よ。
あなた暴走した馬車に突っ込まれて三日も意識がなかったのよ。
今、お兄様を呼んでくるわ」
少女は起き上がろうとした俺を慌てて押しとどめると、軽やかな足取りで部屋を出て行った。
床まで届く長いスカートの裾が翻る。
まるで時代映画のヒロインのようなドレス。
随分時代錯誤な……
思いながら室内を見渡すと枕元に重たげに下がるカーテンが目に入った。
ベッドを取り巻く帳に天蓋。
いかにもアンティーク臭のしてきそうな豪華な家具に似合わない真新しい繊維や塗料の匂い。
初めてのような気がするが、何故か俺にとっては良く馴染んだ匂いだ。
少女は確か馬車に突っ込まれたといった。
だが俺が突っ込まれたのはワンボックスカーだったはず。
何がどうなっているんだろう?
俺は頭を傾げた。
先ほど少女が姿を消したドアから若い男が顔を出す。
少女と同じく淡い髪色の彫りの深い顔立ちの男。
「よ。エジェオ。
気がついたか? 」
ベッドの中を覗き込むようにして、俺の機嫌を訊いてきた。
「あぁ、セルジェ兄さん。
心配をかけて済まない」
男の名前がさらりと口をついて出た。
しかも『兄さん』って、なんだ?
「何時から俺の兄弟は外国人になったんだ?
それ以前に俺に兄弟なんか居ない筈だ」
思わず口に出る疑問。
茶色掛かった金色の髪に群青の瞳、堀の深い顔立ち。
日本人の俺とはどう見てもかけ離れている。
でもって、オヤジの隠し子とかだったとしたら面識はないはずだ。
「何言っているんだよ?
もしかして頭でも打ったか? 」
男は俺の顔を覗き込んできた。
「あ、いや…… 」
無意識にかきあげた前髪が手からこぼれる。
目に入った色は目の前の男と同じ茶色掛かった金色だ。
あの時の俺の髪は確か黒かった筈。
前日に地毛に近い色に染め直したのだから間違いない。
なんだろう?
何か記憶が混雑している。
俺の名前は小野原順平。
職業ホスト。
生まれは日本東京。当然黒髪黒目の黄色人種。
正真正銘一人っ子。
と、同時にエジェオ・ブブリオ・ディ・ジュストと言うなんともご大層な名前も自分のものだと言う記憶がある。
ジュスト伯爵家の三男で、金茶の髪に、瞳は青灰色。
「どうかした、エジェ? 」
考え込んでいると何時の間にか戻ってきたさっきの少女が訊いて来る。
幼馴染で婚約者のグリゼルタ。
誰に聞いた訳でもないのに俺はそう理解していた。
「悪いね、グリゼルタ。
もしかしたら事故のショックで少しだけ混乱しているかも知れない。
とにかく、君はもう休みなさい。
エジェオも気が付いたし、君ももう気が済んだだろう?
明日は送っていくからね」
「ねぇ、伯爵様。
もう少しここにいちゃ駄目? 」
男の言葉を受け、少女が懇願する。
その表情はいかにも切実だ。
「駄目だよ。
エジェオの目が覚めるまでという約束だっただろう? 」
それを男は簡単にあしらう。
「少しエジェオを休ませたいんだ。
周りであれこれ問い掛けると、余計思考が散漫になるだろう? 」
そういって、少女をこの部屋から追い出しにかかる。
「わかりました。
お大事ね、エジェ」
少女は諦めたように一つため息をつくとしぶしぶ立ち上がる。
「お前は休むって、言っても三日も寝た後じゃ休めないかも知れないが、とにかくしばらくおとなしくしてろ」
言い置いて男は少女に続いて部屋を出た。
一人残され、俺は見慣れたようで見慣れないという妙な違和感を抱えた部屋をもう一度見回しながら考える。
「……なにが、どうなっているんだ? 」
確かに俺は「エジェオ」で、ここに生まれてこの年まで生きてきた記憶がある。
他界した両親に二人の兄、美人の婚約者。
寄宿学校時代の恩師や友達の顔、そこで何を学びどんな悪さをしたのか。
誰かに問われたら全部言える。
だが、それと同じくらいはっきりした記憶。
今居るこの部屋の様子が映画かなんかの作り物、もしくはアンティークと思われるほどに文明の発達した時代。
両親の顔、小中高校の悪友の顔、そこでの出来事。
大学を出て就いた仕事。
やっぱり問われたら全部言える。
それと、自動車が目の前に迫ってくる恐怖、あまりの咄嗟の出来事に凍りついた身体の感触にいたっては、飛び込まれたという馬車以上にはっきり覚えている。
思い返すだけで、額に冷や汗が滲むほどの恐怖の感覚と共に……
「どうした?
難しい顔をして? 」
思わず浮かんだ汗をぬぐっていると、さっきの男が戻ってきて俺の顔をのぞきこむ。
「どこか、具合の悪いところがあるんだったら、遠慮なく言ってくれ。
医者に対して隠し事は不要だ」
そうだった、この男。
セルジェは俺の上の兄で、この伯爵家の当主。でもって代々この家が家業にしている魔術医を生業にしている。
「いや、大丈夫だ」
とりあえず俺はそういって首を振る。
正直、何処にも痛みがないことから身体のほうは大丈夫なんだと思う。
問題は、この記憶だ。
さっき思い出した二つの記憶、どちらの記憶も俺の記憶として定かなようで……
他人事や、映画やドラマのワンシーンの記憶なら脂汗を浮かべるほどの恐怖までは感じないはず。
現実として前者に身を置いていて、後者の俺はおそらく死んでいる。
記憶が途切れたのがあのシーンの最中だから、そうだろうと思えるってだけだけど。
「もしかして、前世の記憶とか? 」
ポツリと呟く。
考えられることとしては、あの時、ワンボックスカーに跳ねられたか轢かれた俺はおそらく即死。
めでたく別の世界で転生を果たしたものの、ひょんなというか奇しくも人を乗せて移動する類の物に突進されるという同じ状況下に俺の前世の記憶が甦った?
……の、かも知れない。
こんなこと、俺の後者の世界じゃ言っても誰も信じてくれない。
いい年齢して中二病かと笑いものになる。
今ここでだって、どうだか。
目の前の男に話してみるか?
いや、それで頭でも打ったとか思われたら、それはそれで厄介かも。
何しろ相手は一応医者だ。
「悪い、兄さん。
俺、まだ眠い」
ベッドの中もぞもぞと毛布を引っ張りながら言う。
「……だろうな。
一緒に跳ねられそうになったグリゼルタ助けるために、なけなしの魔力あらかた放出したんだ、動けるようになるまでゆっくり休めよ」
わずかに笑みを浮かべて男は部屋を出て行った。
とりあえず、思考の妨げになりそうな人間は追い出した。
これで、ゆっくり考え事ができる。
そう、思ったのに……
なんだろう?
やたら、眠い。
さっきの少女の話じゃ三日も寝ていたってことだけど、そんなの嘘だと思えるほどの睡魔が俺の思考を邪魔してくる。
……だから、どうして、車……
そのまま俺は眠りに引き込まれた。
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