舌先三寸に覚えあり 〜おヌル様は異界人。美味しいお菓子のプロ技キラめく甘々生活

蜂蜜ひみつ

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羽馬渓谷編

第117話 タンデムううう!

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 出がけにクレールが、
「これ、コニーの魔石だけど。一応持っていこう」
 ビー玉魔石とプースカフェ横縞の棒状魔石を一つづつ、ハンカチに包んで渡してくれた。

 説明は向こうでするね、と言われ。
 よく分かんないけど、早速ニャンスキーのポシェットにしまい、肩から下げた。

 

 「この取手にしっかり掴まってろよ」
 エタンの乗ったプランシュの後方に、オプションでつけたお立ち台には、グリップ付きのT字バーがついてる。

 「うん! 分かった」
 意気揚々と、湖に背を向ける方角へ出発……したはいいが。

 は、速いいいい!
 ぎゃぃぃぃ怖いよおお!!!

 馬の駈歩*かけあしはスピードが出るっつっても、20キロメートル程度だもん。
 しかも全然感覚が違う~!

 昔、一度だけ。
 知人男性のモトクロスバイクの後ろに乗せられて、ものすごく嫌で、二度と乗りたくないしもう会いたくないって思った、あの記憶に通じるものが。

 これから馬に乗ろうってのに。
 肩と腕に力が入り過ぎて、私のなけなしの筋肉がやられそう。

「止まれ止まれ! エタン!!」
私の横を併走へいそうしていたクレールから、大きな声がかかる。

「なんだ?」
 エタンはすぐに止まり、クレールへ振り向く。

「コニー大丈夫かい? エタン、コニーの顔がヤバい」

「っマジか?!」

「あ、う、うん……怖かった……」
 クレールは初めて二人乗り移動する私が心配で、真横で観察してくれてたんだね。
 うう、ありがとう。

 慌ててがばっと振り返ったエタンが、私を覗き込み。
 大きくうなづいた。
 納得するヤバい顔って……もう、一体どんなよぉ。

 そしてクレールに向かって口を開いた。
「荷台パーツに取り替えるか? それか、握り棒を外して、直接俺に抱きついてもらって、安全の為に紐でくくるか?」
 
「紐……そうか! なるほど。その手があった」
 クレールがプランシュをちゃんと停めて降り、私のほうにやってきた。

「コニー怖い思いをさせてごめんね、もうこれはなしにしようね。
食後すぐに馬に乗ったらお腹がしんどいの、コニーなら分かるよね? だから先を急いじゃったんだけど」

 うん、分かる。
 食べてすぐ乗馬で軽速足*けいはやあしすると横っ腹が痛くなる。
 速足はやあしなんかしたら、胃がシェイクされてオエっとしてヤバい。
 
「今すぐここで昼食をパッと食べてから、ゆっくりした速度で現地に移動することも一案だけど……
羽馬渓谷はとても不思議な地形をしていて、コニーに是非とも見せたい絶景なんだ。
草原の中に、ものすごい大きな石柱みたいな山が、幾つもそびえ立って、目の覚めるような色をした神秘的なドーナツ型の湖があって。
野生の羽馬の生息地である一番巨大な岩山を、その湖が取り囲んでいるんだ。
羽馬湖と呼ばれ、光の湖に次ぐ高濃度魔素湖だから、人間は容易に触れないけど。
羽馬は好んで水浴びしているんだよ」

 なにやら想像がつかないけど、凄そうな場所だ。

「せっかくコニーの作ってくれたサンドイッチだもの。僕はゆっくりそこで食べたいな。コニーもそう思うでしょう?」

「もちろんよ。うん、魅力的な提案だね」

「怖い思いもせず、危険もなく疲れもしない、早く着いて羽馬湖でのんびりできる方法が僕にはあるよ? 僕のおとっときのお勧めなんだけど。試してみない? コニー。どうかな?」

 ええ? なにそれ、サイコーじゃん。
 んもう、最初っから提案してよね~。

「うん、クレールのお勧め、試してみる!」






 そして今。
救護背負子きゅうごしょいこに入って、クレールの背中で……

 私は絶賛バブり赤ちゃん中。

 もちろん乗る前に、すったもんだありましたとも。
 クレールの背にぴとり張り付いて思い起こす。


——「なんでクレールが当然のように装着しようとしてんだ?」

「もちろんに決まってるだろう。昨夜コニーから『クレールはおんぶの係』って任命されているからな」
 
 なぬ?! そんなんまるで、飲み会の悪ノリで作った日本語手書きの『あんたが大将』ってタスキを、『おヌル様直々に大将に任命された証』だ、って翌朝ドヤってんのとおんなじくらいのアホさ加減だぞ、クレール。

「はあ? 酔っ払いの戯言ざれごと持ち出してんじゃねえよ。今日は俺がコニー移動係だ。二人乗りが背中のおんぶに、方法が変わっただけだかんな」

 ぐぬう! 『酔っ払いの戯言』って。
 正し過ぎるぞ、エタン……でも、そ、そうだけれどもっ……容赦ないなっ!
 しかも、なんか私の名前を配した不名誉な新しいコニー移動係、勝手に作ってるし。

「背に張り付くときはその分、脚を開かなきゃなんないんだぞ。オマエの無駄に広いの背幅なんか、コニーが可哀想だろ。
その点、僕の方がシュッとした身体付きだからな。
股関節にかかる負担が軽減される」

「チッ、股関節か……確かに」

 やめてえええ、股関節、つまり私のお股の辺りを見ながら二人して話さないでえ!
 エロさはなくとも、ものすごくヤダ!!

「も、もう、早く行こう! クレールお願い」

 ああ、なんか……エタンが心なししょんぼりしてる、ように見えるのは私の気のせいか?

 そうだよね、せっかく一人で裏庭で連結パーツつけて、私のために準備してくれたのに。
 日頃のプランシュ乗りの腕前を、異界の女の子に初めて披露する初舞台っていうか。
 
 よし、ここは私が。

「エタン。昨日の薄荷はっかって、森の中で野生で生えてたりもするの?」

「ん? そうだな。よく見てたらあると思うぞ」

「昨日のとっても美味しかったから、今日もあったら嬉しいな、なんて思って。
エタンは巡回で森に慣れてるから、エタンなら見つけられるかもしれない?」

「ああ。俺は森のこういう箇所には、こういった植物が自生しやすいとか、わりと分かるぜ」

「ほんと?! できればでいいから、無理のない程度に、頼んでもいい?」

「おう! もちろんだ。近種とかでも大丈夫か?」

 エタンのテンションも上がったし、運が良ければミントも手に入りそうだし。
 やったね、一石二鳥だ。

「薄荷っぽければ、なんでもいいのでお任せで。
さっすがエタン、頼もしい! ありがとう!」——




 あれはケーキの箱作戦の応用。
 クレールの背中で、地球での接客のことを思い出す。

 お店にくる親子で、小さな子がケーキの箱を持ち歩きたがる案件。
 渡したらぐちゃぐちゃになるのが目に見えてるから、親もダメって言うわけ。
 そこで私が空箱に、こっそり親御おやごさんに許可とって、お菓子の生地の切れ端とか、原料のチョコレートのタブレットとかを一つ包んで入れて。
「これ、おうちまで上手に運べるかな~」って手渡すの。

 新たに任務ができたので、私が注文の品とは別に渡す空箱を、納得して持ってくれるんだよね。
 『おてつだいありがとう! がんばったこのおやつどうぞ!』って、自分では読めないだろうけど、一応お手紙も入れておくの。

 お家に帰って開けたらケーキの箱が空っぽで、なんか騙されたかもって思わないように。
 お店から帰るとき、のわくわく楽しい気分がなくなんないように。

 美味しいものと一緒に楽しい気持ちも、お渡ししたいからね。
 食べて美味しくって楽しくなって、また来たいって思ってもらえたらサイコー最強じゃん。

 だから。
『コニーの役に立ってあげたい』
 エタンのありがたい優しい気持ちを、私は大事にしたいの。






【次回予告 第118話 これは……すごい!!!】


*をつけた馬用語 
𓃗 ぷち解説𓃗 

駆足(かけあし)は、パカラッパカラッ、三拍子のリズムでまさに爽快に駆ける、といった速度のことです。持続30分が限度。およそ自転車を全力で飛ばすような時速、とネットに書かれていました。

軽速歩(けいはやあし)とは。
馬のあゆみの種類ではなくて、速足で走る馬の速度に合わせて、人間が馬上で、立ったり座ったり上下運動することです。

速歩(はやあし)は、トットットットッ、馬が二拍子のリズムで走る速度のことです。人間のジョギングのような感じです。

ついでに。
常歩(なみあし)は、ポコポコカポカポ馬が歩いてる基本の速度です。体験乗馬や引き馬にて、初めて乗ってもでも楽しめます。
また、馬が普通に歩いてるのと、乗馬で騎手が技を繰り出しきびきび歩かせるさまは、はたで見ていても違いに気づくことでしょう。

襲歩(しゅうほ)は、ドダダダダダダダ、とにかく猛スピード。競走馬のスピードは時速で、約70km程度と言われています。五分が限度。
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