舌先三寸に覚えあり 〜おヌル様は異界人。美味しいお菓子のプロ技キラめく甘々生活

蜂蜜ひみつ

文字の大きさ
上 下
122 / 131
羽馬渓谷編

第117話 タンデムううう!

しおりを挟む
 出がけにクレールが、
「これ、コニーの魔石だけど。一応持っていこう」
 ビー玉魔石とプースカフェ横縞の棒状魔石を一つづつ、ハンカチに包んで渡してくれた。

 説明は向こうでするね、と言われ。
 よく分かんないけど、早速ニャンスキーのポシェットにしまい、肩から下げた。

 

 「この取手にしっかり掴まってろよ」
 エタンの乗ったプランシュの後方に、オプションでつけたお立ち台には、グリップ付きのT字バーがついてる。

 「うん! 分かった」
 意気揚々と、湖に背を向ける方角へ出発……したはいいが。

 は、速いいいい!
 ぎゃぃぃぃ怖いよおお!!!

 馬の駈歩*かけあしはスピードが出るっつっても、20キロメートル程度だもん。
 しかも全然感覚が違う~!

 昔、一度だけ。
 知人男性のモトクロスバイクの後ろに乗せられて、ものすごく嫌で、二度と乗りたくないしもう会いたくないって思った、あの記憶に通じるものが。

 これから馬に乗ろうってのに。
 肩と腕に力が入り過ぎて、私のなけなしの筋肉がやられそう。

「止まれ止まれ! エタン!!」
私の横を併走へいそうしていたクレールから、大きな声がかかる。

「なんだ?」
 エタンはすぐに止まり、クレールへ振り向く。

「コニー大丈夫かい? エタン、コニーの顔がヤバい」

「っマジか?!」

「あ、う、うん……怖かった……」
 クレールは初めて二人乗り移動する私が心配で、真横で観察してくれてたんだね。
 うう、ありがとう。

 慌ててがばっと振り返ったエタンが、私を覗き込み。
 大きくうなづいた。
 納得するヤバい顔って……もう、一体どんなよぉ。

 そしてクレールに向かって口を開いた。
「荷台パーツに取り替えるか? それか、握り棒を外して、直接俺に抱きついてもらって、安全の為に紐でくくるか?」
 
「紐……そうか! なるほど。その手があった」
 クレールがプランシュをちゃんと停めて降り、私のほうにやってきた。

「コニー怖い思いをさせてごめんね、もうこれはなしにしようね。
食後すぐに馬に乗ったらお腹がしんどいの、コニーなら分かるよね? だから先を急いじゃったんだけど」

 うん、分かる。
 食べてすぐ乗馬で軽速足*けいはやあしすると横っ腹が痛くなる。
 速足はやあしなんかしたら、胃がシェイクされてオエっとしてヤバい。
 
「今すぐここで昼食をパッと食べてから、ゆっくりした速度で現地に移動することも一案だけど……
羽馬渓谷はとても不思議な地形をしていて、コニーに是非とも見せたい絶景なんだ。
草原の中に、ものすごい大きな石柱みたいな山が、幾つもそびえ立って、目の覚めるような色をした神秘的なドーナツ型の湖があって。
野生の羽馬の生息地である一番巨大な岩山を、その湖が取り囲んでいるんだ。
羽馬湖と呼ばれ、光の湖に次ぐ高濃度魔素湖だから、人間は容易に触れないけど。
羽馬は好んで水浴びしているんだよ」

 なにやら想像がつかないけど、凄そうな場所だ。

「せっかくコニーの作ってくれたサンドイッチだもの。僕はゆっくりそこで食べたいな。コニーもそう思うでしょう?」

「もちろんよ。うん、魅力的な提案だね」

「怖い思いもせず、危険もなく疲れもしない、早く着いて羽馬湖でのんびりできる方法が僕にはあるよ? 僕のおとっときのお勧めなんだけど。試してみない? コニー。どうかな?」

 ええ? なにそれ、サイコーじゃん。
 んもう、最初っから提案してよね~。

「うん、クレールのお勧め、試してみる!」






 そして今。
救護背負子きゅうごしょいこに入って、クレールの背中で……

 私は絶賛バブり赤ちゃん中。

 もちろん乗る前に、すったもんだありましたとも。
 クレールの背にぴとり張り付いて思い起こす。


——「なんでクレールが当然のように装着しようとしてんだ?」

「もちろんに決まってるだろう。昨夜コニーから『クレールはおんぶの係』って任命されているからな」
 
 なぬ?! そんなんまるで、飲み会の悪ノリで作った日本語手書きの『あんたが大将』ってタスキを、『おヌル様直々に大将に任命された証』だ、って翌朝ドヤってんのとおんなじくらいのアホさ加減だぞ、クレール。

「はあ? 酔っ払いの戯言ざれごと持ち出してんじゃねえよ。今日は俺がコニー移動係だ。二人乗りが背中のおんぶに、方法が変わっただけだかんな」

 ぐぬう! 『酔っ払いの戯言』って。
 正し過ぎるぞ、エタン……でも、そ、そうだけれどもっ……容赦ないなっ!
 しかも、なんか私の名前を配した不名誉な新しいコニー移動係、勝手に作ってるし。

「背に張り付くときはその分、脚を開かなきゃなんないんだぞ。オマエの無駄に広いの背幅なんか、コニーが可哀想だろ。
その点、僕の方がシュッとした身体付きだからな。
股関節にかかる負担が軽減される」

「チッ、股関節か……確かに」

 やめてえええ、股関節、つまり私のお股の辺りを見ながら二人して話さないでえ!
 エロさはなくとも、ものすごくヤダ!!

「も、もう、早く行こう! クレールお願い」

 ああ、なんか……エタンが心なししょんぼりしてる、ように見えるのは私の気のせいか?

 そうだよね、せっかく一人で裏庭で連結パーツつけて、私のために準備してくれたのに。
 日頃のプランシュ乗りの腕前を、異界の女の子に初めて披露する初舞台っていうか。
 
 よし、ここは私が。

「エタン。昨日の薄荷はっかって、森の中で野生で生えてたりもするの?」

「ん? そうだな。よく見てたらあると思うぞ」

「昨日のとっても美味しかったから、今日もあったら嬉しいな、なんて思って。
エタンは巡回で森に慣れてるから、エタンなら見つけられるかもしれない?」

「ああ。俺は森のこういう箇所には、こういった植物が自生しやすいとか、わりと分かるぜ」

「ほんと?! できればでいいから、無理のない程度に、頼んでもいい?」

「おう! もちろんだ。近種とかでも大丈夫か?」

 エタンのテンションも上がったし、運が良ければミントも手に入りそうだし。
 やったね、一石二鳥だ。

「薄荷っぽければ、なんでもいいのでお任せで。
さっすがエタン、頼もしい! ありがとう!」——




 あれはケーキの箱作戦の応用。
 クレールの背中で、地球での接客のことを思い出す。

 お店にくる親子で、小さな子がケーキの箱を持ち歩きたがる案件。
 渡したらぐちゃぐちゃになるのが目に見えてるから、親もダメって言うわけ。
 そこで私が空箱に、こっそり親御おやごさんに許可とって、お菓子の生地の切れ端とか、原料のチョコレートのタブレットとかを一つ包んで入れて。
「これ、おうちまで上手に運べるかな~」って手渡すの。

 新たに任務ができたので、私が注文の品とは別に渡す空箱を、納得して持ってくれるんだよね。
 『おてつだいありがとう! がんばったこのおやつどうぞ!』って、自分では読めないだろうけど、一応お手紙も入れておくの。

 お家に帰って開けたらケーキの箱が空っぽで、なんか騙されたかもって思わないように。
 お店から帰るとき、のわくわく楽しい気分がなくなんないように。

 美味しいものと一緒に楽しい気持ちも、お渡ししたいからね。
 食べて美味しくって楽しくなって、また来たいって思ってもらえたらサイコー最強じゃん。

 だから。
『コニーの役に立ってあげたい』
 エタンのありがたい優しい気持ちを、私は大事にしたいの。






【次回予告 第118話 これは……すごい!!!】


*をつけた馬用語 
𓃗 ぷち解説𓃗 

駆足(かけあし)は、パカラッパカラッ、三拍子のリズムでまさに爽快に駆ける、といった速度のことです。持続30分が限度。およそ自転車を全力で飛ばすような時速、とネットに書かれていました。

軽速歩(けいはやあし)とは。
馬のあゆみの種類ではなくて、速足で走る馬の速度に合わせて、人間が馬上で、立ったり座ったり上下運動することです。

速歩(はやあし)は、トットットットッ、馬が二拍子のリズムで走る速度のことです。人間のジョギングのような感じです。

ついでに。
常歩(なみあし)は、ポコポコカポカポ馬が歩いてる基本の速度です。体験乗馬や引き馬にて、初めて乗ってもでも楽しめます。
また、馬が普通に歩いてるのと、乗馬で騎手が技を繰り出しきびきび歩かせるさまは、はたで見ていても違いに気づくことでしょう。

襲歩(しゅうほ)は、ドダダダダダダダ、とにかく猛スピード。競走馬のスピードは時速で、約70km程度と言われています。五分が限度。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...