舌先三寸に覚えあり 〜おヌル様は異界人。美味しいお菓子のプロ技キラめく甘々生活

蜂蜜ひみつ

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光の湖畔編

第112話 馬の蹄の下には見つからない(クレール視点)

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「話は変わるが、エタン。まさかコニーが馬に乗れるなんて思わなかったな……」

 蛍様から当時、日本では馬に乗って移動することはない、と教えてもらっていた。

 フランセ州は、六代目おヌル様所縁ゆかりの地だ。
 ガスパール様はフランス人で、酪農家だった。
 牛の出産時、胎盤のヌルヌルでこっちに来たと記されている。
 この世界この地方の、酪農の発展と乳製品の充実っぷりは、ひとえにガスパール様のおかげだ。

 そして馬についても素晴らしい知識をお持ちで、リンゼル島の移動手段を担う馬の生産育成にも、大いに貢献してくださった。

 フランセ州では酪農に並び、馬の牧場が盛んなので、僕は今の地球ではどうなのか気になって、蛍様に質問したからよく覚えている。

 日本では馬に乗る、乗れる人といえば。
 賭け目的の競馬の騎手。
 スポーツとして趣味で乗る人。
 観光地で娯楽として乗る。
 そういうのを支えるために従事する人。
 それぐらいだ、と教えてくれた。

 馬は飼育にお金がかかるから、お金持ちの趣味なイメージだ、とも聞いた。

「高等部の部活動って言ってたな。しかも田舎じゃなくて都会の……」

「向こうは街中で馬に乗る免許も要らねえから、確か車の教習所しかないんだろ?」

「ああ、おそらくスポーツとしての趣味だろうな」

 さっきの考察どおり、わりと裕福な工場主のお嬢さんなんだろう。

「エタン。僕はこれから、羽馬はねうま牧場の親方に、伝説の暗号を送ってみようと思う。
三百年越しの、初めての実用だ」

「なんだそりゃ?! 俺も聞いたことがねえぞ」

「当たり前だろ? 森の番人と王様、現場の東西南北支局長、博士号を持つアルコンスィエル。そんで、羽馬牧場の親方にのみ伝わる暗号だからね」

「いいのかよ、俺なんかに言っちまって」

「んーどうなんだろうな? まあ別にいいと思う。だってオマエ毎日見てるからな、それ。
僕の二階と支局長室に羽馬の絵が飾ってるだろ。そこに書いてあるフランス語のことだから」


【Cela ne se trouve pas sous les sabots d'un cheval. 】

【seulement  sous l'arc-en-ciel】

「馬の足元のフランス語は、『それは馬のひづめの下には見つからない』って書かれている。
 『そう簡単には見つからない』って意味のフランスのことわざだ。
そして虹のほうには
『虹の下だけ』って書いてある。
『そう簡単に見つからない』つまり、百年に一度のおヌル様をさしていて。
おヌルさまは蹄の下じゃなくて、虹の下で見つかることを組み合わせて。
これは、「おヌルさまが見つかった。おヌル様は馬に乗ることを希望している。協力せよ」って、羽馬牧場への要請暗号なんだ」

 エタンが、マジか……あれがそんな意味のある絵だったとは、とかぶつぶつ呟いた。

 これはガスパール様が、自分以降やってくるおヌル様仲間に贈る心遣いだ。
 だがそれも、羽馬に乗れるほどの乗馬技術をもっている人物でなくては意味がない。 
 結局、続く三代のおヌル様方には、馬に乗れる乗りたがる人物が現れなかった。

「さらに、な。森の番人、アルコンスィエルを名乗れる人間だけが書くことを許される暗号が存在する。
『虹の下』の前に入れるフランス語の単語だ。

Volerヴォレ

これをseulementっていう『~だけ』っていう意味の単語と入れ替えると。
Voler  sous l'arc-en-ciel
『飛べ』虹の下、となる。
つまり、虹の下、おヌル様のもとへ今すぐに飛んでこい。
普通の暗号よりもっと強い意味で、いわば強制召喚、絶対命令だ」


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

Cela ne se trouve pas sous les sabots d'un cheval. 
Voler  sous l'arc-en-ciel!

極秘事項・羽馬湖虹渡り門にじわたりもん・明日火曜・13時
初等部用の装備(150センチ程度)一式持ってこられたし。
二名が護衛で就く為、可能であればさらにもう二頭「有償借用」希望。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

 
 そう、おヌル様へは献上だが、僕らの分はお金を払って借りるだけだと明確にしてやるのが親切だろう。

「すまん。クレール……明日、俺はダメかもしれん」
 真剣な面持ちでエタンが、ぼそり口を開く。

「今まで隠していたが、俺……実はな。あまりにも高過ぎる場所は……かなり苦手なんだ」

 は? 正に初耳だ。
 羽馬渓谷の育成拠点へ、僕と一緒に行って馬に乗ったことだって、一度や二度じゃない。
 
「そういや羽馬に乗っても、一緒に空を飛行してるエタンの姿を覚えてないような……」

「……ガキの頃、お前と乗る前に受けた落馬に備える訓練でよ。落下安全服着て、高いとこから飛び降りて受身取るやつ。
もうあれで、ちびり死ぬかと思ったぜ。
午後からのパラシュート訓練まで、俺行きつかなかったの覚えてるか?」

「確か昼食後、腹が痛いって……」

「ああ。仮病じゃなく、ガチモンで痛くなった。おそらく精神的なもんだろう」

「お前運動に関しちゃ苦手なもんなど無いように思ってたが……知らなかった。
そうか、分かった。それも向こうで考えよう」

「ああ。大人になった今は、二階の滑り棒程度ならなんともねえし。ちっとはマシになってっかもしれねえからな……」

 不意に子供の頃の、夏休みの記憶と結びついく。
 互いの田舎に滞在して毎日駆け回って遊ぶ中、崖から海に飛び込む遊びも、小さな滝壺に滑り落ちる競争も。
「鼻に水が入って痛くなるから嫌いだ」ってエタン避けてたな。
 なるほど、そういうことだったのか。
 



 フランス語を記した例の手紙を封筒にしまい、至急並びに極秘を表す赤い蝋を垂らし、僕の印を押す。
 今どき蝋封などそうそう見かけないから、受け取った親方はかなり驚くだろうな。
 
 まあ、とうに引退した前親方。
 過去に森の番人を務めたこともあるギャロ爺さんが、まだかくしゃくとして向こうについてるんだ。
 よもや暗号の意味を忘れてはいないだろう。

 そして、おそらく。
『Voler』の単語を見たあの爺さんが、興奮してすっ飛んで来ること間違いなし。

 魔道具郵便箱から羽馬渓谷へ手紙を送る。

 その直後、箱の回路が赤く光り、郵便物が何か届いた。
 箱を開けるとエレオノーラからの、規定ギリギリの分厚い封筒だった。

 それを開けるエタンを居間に残し、洗面所にて寝支度を整えて戻ると。
 もう牧場からの返事が届いていた。


******(クレール視点・終)







【羽馬渓谷編】
【第113話 コニー朝だよ(第三者視点のちコニー視点)】


𖤣𖥧𖥣𖡡𖥧𖤣

 新しい章に入ります。
 その前に、人物紹介や用語集を公開します。



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「カドカワBOOKSファンタジー長編コンテスト」の中間選考に残ることができました。
アルファポリス先行公開にて。
ひとえにここまでお付き合いくださった、読者様のおかげです。書き続ける励みになっております。
本当にありがとうございます。

 
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