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光の湖畔編

第79話 ボートでゆうらり

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 エタンが漕ぐボートがのんびりと、光の湖を進んで行く。

 空は雲ひとつない、気持ちの良いこれぞ空色。

 私の家の近所には桜が木がズラリと並ぶ、川沿いの遊歩道がある。
 お父さんと満開の桜を見に散歩するのが恒例だった。
 ある年のとてもいい天気の花見散歩中、桜と空を見上げて
「桜はこういう、すかっ晴れの青空が一等似合うんだよな!」
とお父さんが言った。
 あの時の笑顔を思い起こさせる、まるであの日の空の色。

 そんな明るい青空の下。
 みがいた貝の裏っ側みたく、とろんと甘い色彩をきらめかせた湖面は、透明でいて、下にいくほどに乳白色になってる。

 私たちは波ひとつないガラス細工の湖の上を、滑るように漕いでいく。

 いつの間にか3人で天の河に浮かんでいるような、この小船で星を旅して、さらに違う世界に渡っていくような。
 そんなふわふわした、不思議な心地になる。

 神秘的でなんて美しい色なんだろう……

 深い深い湖の底、内包する虹のプリズム。
 淡く躍るように透明に見える浅層へ、私のほうへ、光の手を差し伸べてくる。

 湖に手を浸けてその光と握手したい、そんな衝動に駆られ、私が身動きして乗り出そうとした瞬間。
 それを察した向かいの船頭エタンに、たしなめられた。

「それにしてもエタンは、ボート漕ぎが手慣れていてとっても上手ね。こんな風にボート遊びや、仕事でよく漕いだりするの?」

「いや、全然。
国民にとって光の湖は神聖な場所だから、不用意に入ったりはしない。
それに落ちたら危ない場所で、不安定なボート作業はしねえし、ましてや遊ぶ気になんかなんねえよ。訓練は違う場所でする」

 た、確かに……

「王家や魔石省は、豊かな生活を国民が送れるよう必要なエネルギー分だけ、陸に面した水際で拝借させていただいている身だからね」

 この世界にとって光の湖は、正真正銘の、うやまいの対象なんだなあ。
 実際に湖に対してニュートラルな私でさえ、遠巻きに見た瞬間に、神々しさのようなもんが五感、いや六感にまでびしびし伝わってきたんだから、それも納得だ。

 このボートは、蛍様の儀式用に新調されたものらしい。
 おヌル様にとっても光の湖は大いに特別で、『自分の魔石と共に祈りを捧げると願いが叶うこともある』そんなおヌル様伝承が存在している……なるほど。
 
 だからいつでもおヌル様がボートに乗れるように、強化を始めとした多種多様な回路の付与や定期メンテナンスをしていて、常に安全に保たれているそうな。

 東西南北にある魔石作成支局に各1てい、プラス近年はクレールのお爺さんの建てた丘の家桟橋にもで、合計5艇。
 実際は誰かが湖に落ちた時の万が一に備えて装備、って意味合いがメインみたい。
 
 さっきの人と遭遇したすぐあとに湖に漕ぎだして、目立ったり見つかったりしたらマズいんじゃないか、気になってたことも尋ねた。

「それなら大丈夫。ちょうど昼休み手前で、みんな建物内に入るところだったんだ。2時間休憩で湖側には基本的に誰も出てこない。
一人だけ、湖の設備の監視画面と、湖の色感知装置の監視官が、交代で任務に就くけど。
でも監視・感知装置は、湖の遠くを見張るようには出来ていないから」

「クレールの家の桟橋から10Km離れてる上に、もっと左の沖に俺らは出たから、さらに見えやしない筈だ。
それにさっきのあいつが、今日の昼休みは湖側に張り込んで、出ようとする人間がいようもんなら全力で気をそらすと思うぜ。
万が一誰かが俺らのボートを目撃して、それが噂にでもなってみろ。
その噂の出どころ疑惑が、自分にかけられたら堪ったもんじゃないからなあ。
 あいつな、トマスは直属の後輩なんだが、ああ見えてもキレる男なんだよ。
 さっきも湖面のわずかな揺れに気づいて、俺の一瞬の隙をついて、バスケのフェイントみたく出し抜かれちまった」

「一応僕は、魔石省の『魔石作成本部・統括長代理』で、『魔石作成西支局長』なんだよ。
まあぶっちゃけ名前だけの肩書きだけど。
それでも、とくに西支局の人員の細かな特徴は把握しているよ。
だからエタンの言う通り、逆に今日の今この時間こそが、安全だと踏み切ったわけ」

 なるほどねぇ。
 ていうか魔石省の規模ってのがよく分からないけど、クレールはかなり偉い立場っぽいのは分かった。
 ……それにしても。

「本当にクレールは災難だったね。あんな不名誉な趣味だと部下に思い込まれるなんて」

「ああ、あれね……。
エタンは魔素の抜け効率悪いから、公式ほど強力じゃないけど、魔素バリアを施した部屋をエタン用に僕の家に用意したんだ。
研究の一環として申請して、僕ら個人の魔石を使って維持してる。そこで夜寝れば若干満タンが遅らせられて、長く湖に滞在できるからね。
だからウチにしょっちゅう泊まりに来てるんだ。
元々兄弟同然だから昔から始終つるんでるし。

それでもって…………
僕とエタンはいい年していまだ独身で、今は相手もいないだろう?

あー。その。なんていうか……

僕らが恋人同士だと信じ込んでる奴らが一定数
いるんだ……そいつら否定を全く聞きやしない」

 な、なんと!! 衝撃の噂!!
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