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光の湖畔編

第77話 エタンセルの後輩

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 桟橋の上をどかどか歩く音がしたが、こっちに来ないよう、エタンが向こうに走っていき、立ち止まらせたのが分かる。

「無茶苦茶どっしり山盛りっすよ。重てぇぐらいっす。奥の机に置きましょうか?」

「いや。そんなら俺がここで受け取るから、ほら、かせ」

「多分クレール様、夕食もこれ食う羽目になりますね、きっと。
エタンセル先輩は流石に午後出勤っすから夕食はこっちっしょ?
副料理長からそう釘刺しとけって。圧力伝言預かってるんすから頼みますよ」

「マジか……。ああそうだ。このまま持って帰ってさ、これ。お前ら若手で早弁でもするか?」

「しないっすよ! 俺ら昨日揚げもん食いすぎたっす」

「そうか……。弁当の差し入れわざわざ持ってきてくれてありがとよ。
あーなんだ。その、夕食はクレールの実家から届くやつ食う予定なんだが」

「それこそキャンセルしてもらってくださいよ。ってあれ? 今クレール様は?」

「夕飯の件……嫌だが、ああ、分かった……。
クレールは丘の上にいる。今ここには俺1人だ。
おら、油売ってないで早よお使いから戻れや。
世話かけて悪かったな、トマス。
ジェイにもよろしく伝えてくれ。これ昼食ったら夜はそんな食えねぇかもって、言い添えてくれよ」

「いいっすけど。そんなん言ったらガッツリ俺らと一緒にタピルラン係に回されるっすよ」

「ああ、構わないさ」

「ひゅぅ♪ エタンセル先輩ますます身体引き締まっちゃうっすね、かっけぇ!
それにしても、お使いを口実に丘の上の王子様邸に入ってみたかったっす」

「馬鹿。その呼び名クレールに聞かれたらぶっ飛ばされんぞ。そもそも貴重な魔道具や未発表の研究物ばっかだから、滅多に人は中に通さねえよ」

「呼び名エタンセル先輩が黙ってりゃバレねぇ……っす……(先輩の後ろ、湖の水が揺れてるっす、俺確認します。先輩はそのままで。有事の際は援護できるよう視線だけこっちへ頼みます)」

「(大丈夫だ。さっき確認したから。トマスはもう戻れ)」

「……」



 私は息を潜めて、丸くなって上の2人の会話に聴き耳を立てる。
 ふと。
 すんごい近くにクレールの気配をなんか感じて、ゆっくり左肩を開き振り向くと。

「(しぃ)」
人差し指を口に当て、静かに、のポーズで。
 上裸のクレールが上から覆い被さっていた。
 瞬時に左仰向けにころんとされ、電光石火の早業でぎゅっと抱きしめられる。

(ぬおぉぉぉわぁ~??!!)

「(このまま僕に抱きついて! 左手で背中を、右手で首を、顔は向こうに!)」

 どっどっどっどっどっどっどっ

 多分私とクレール、2人分の心臓の音。
 いつのまにか聴こえなくなったエタンたちの声の代わりに耳に響く。
 上でなにかあったんだろうか?
 言われるがままクレールの背中に回した私の手に、緊張で思わずきゅっと力が入る……
 ビクっとクレールが震えた。
 ご、ごめん……くすぐったかった?……



「おい!! そのまま動く……なぁあ?! って、あ?! え? もしかしてクレール様?……」

「……」

「ズボン半脱げ、上、服着てな……え? 下から小さな手? っぅあ!」

「……ってことだ。トマス。誰にも言うなよ。お忍だ。
言ったが最期、ボコすだけじゃ済まされねぇぞ。お前の首は秒でおさらばだ。物理じゃねえが。
だが……いっそ物理のほうがマシかもなぁ。
お前、生き地獄って、この世にあんの知ってっか?」

「……情報量が半端ねぇ……俺のクビ……クレール様の趣味が拷問に、少年と青姦……」

「トマス……いつまで見ている気だ。
そしてその口を今すぐ閉じたまえ。
永遠に僕に関して口を開くな。さもなくば……」

「は! はひ!! クレール様お邪魔いたしました!! 良いお忍びを!」

「……あんの馬鹿……」

ドスドスとすごい音をさせて走り去る音がし、遠退とおのいていった。



「おい、行ったぞ。もう大丈夫だ」

 私は緊張して力が入っていた手をクレールから外し、ぱたんとボート底に脱力した。

 クレールがのっそり起き上がって
「コニー驚かせてごめん……」と私の正面を避けるように、斜めに背を向けて呟いた。

 私も起き上がり、胸に抱き抱えていた皺々に潰れたTシャツを……
 手渡さずに、クレールの肩にかけた。

「あは、ナニゴトかとびっくりしたけど。私は全然気にしてないから、クレールも気にしないで。
作戦だと思ったし、成功したねぇ、多分。
でもこれからクレールへの風評被害が心配だけど……」

「そっか。だね……」
クレールはちょこっと肩をすくめて、向こうを向いたままTシャツを着た。

 半脱げってさっきの人クレールに言ってたから、背を向けてデニムのチャックを上げたりしてんのかなと思って、あえて覗かなかったけど。
 一向に振り向く気配のないクレール。
 照れてんのかな? 趣味を勘違いされた方向が酷過ぎて凹んでる? よく分からないけど、今はそっとしておいたほうがいいのかな?

「なあ、今日これから儀式どうするよ?」
桟橋の縁に腰掛けたエタンを、私は見上げる。

「マジか。コニーの瞳、あれからずっと群青色のままなんだな。
クレール。帽子そっと取ってやってくれ。髪の色を確認しよう」

「コニー、髪型崩れないように取るよ」
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