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ヌルッとスタート編
第36話 髪に紙に夢中 (前編)
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「お先に頂きました。さっぱりして気持ちよかった~。ありがとう」
キッチンの方からお帰りーとクレールの声がした。
ソファーの足元に洗濯物を巻き込んだバスタオルを置き、全体を見回す。
「あれ? エタンは?」
「色々準備してくるって、一旦宿舎に戻ってる。コニー湯上がりに冷たい飲み物でも?」
「ありがとう。んー、常温の水を少しだけ飲もうかな」
「うん。そこ座って」
スツールに腰掛ける。
「あの。コーヒーの道具や食器。お片付け何もしなくてごめんなさい。綺麗にしてくれてどうもありがとう」
クレールは水の入ったグラスを私に手渡しながら
「はいどうぞ。食洗機に入れただけだし、別に手が空いてる人がやればいいよ」
けろっと答えて隣に座った。
「いただきます」
3口ほど飲んでグラスをテーブルに置く。
「実は私お片付け苦手なの。うう、これからは気をつけて頑張ります」
「気にしないでも大丈夫だよ。得て不得手は人それぞれさ。エタンはああ見えて綺麗好き、って言うのはなんか違うな……整理整頓好き。僕はまあまあかな。
ふふ、お片付けって言い方可愛らしいね」
私の湿った髪を手に取りにぎにぎしてから離し、そのまま手をするりと頬を撫でる様にちょっと上げて、私の耳に髪をかけた。
「ちゃんと乾かそうね。今持ってくる」
剥き出しになった耳にクレールの声がかかり、立ち上がって、スタスタ廊下へ去っていった。
どひぃい~! 何あれ!!
可愛いいって、見つめて、髪と頬に触れ、耳に囁きを残すって……。
単に『お前ちゃんと髪乾かせや』って言っただけじゃん。
『私のこと』を可愛いとは一言も言ってないし。
エタンが俺たちはペテン師じゃ無いって冗談言ってたけど、完全に手練れの赤詐欺入ってるやん。
こんなトキメキ気分にさせるとはクレール恐るべし。
心臓のドキドキと緑の瞳の呪縛からやっと解き放たれた頃、彼はヘアブラシ片手に戻ってきた。
「髪乾かそうね」
私の後ろに周り、髪を一房すくい上げる。
あ、自分で
と口を開こうと思った瞬間、ほわっとブラシを入れたところから温かさが伝わる。
下まで梳かされ、
「驚いた? 魔道具の〈ドライヤー〉だよ。乾燥ブラシ」
悪戯に成功した感漂うニヤリ顔で覗き込んできた。
自分の髪を触ってみたらふわっと乾いていた。
ヘアアイロンみたいに真っ直ぐになる訳でもなく天パそのままで。
「わあ! すごい! 面白いね。自分でやってみたい」
「ダーメ。今日は僕にやらせて。お願い」
クレールは覗き込んだままだから、首こてんと傾けたポーズに、長い髪をサラリと自分の耳に掛ける仕草が加わって何ともまあ……
くっっ!
女としてなんか完全に敗北した、いや同じ土俵にすら上がってねえぇぇ~。
「う、はい。お言葉に甘えてぜひお願いします……。温かくてほわんわかする~」
「コニー、気持ちいい?」
「うん。クレール気持ちいいよ。
こんなふうに髪をとかしてもらうのは久しぶり」
「っ! へ、へ~。そうなんだ……。
その人……上手だった?」
「ん? もちろん。プロは違うよね~。
忙しいし、貧乏だし、工場では三つ編み、プライベートは無造作まとめ髪だから、もう1年半ぐらい美容院行ってないや。乾かすのが面倒くさくてそろそろばっさり切りたいとは思ってたんだけど」
毛量少ないので、あっという間に梳かし終わって乾いた。
「はいできた。綿あめみたいでふわふわして可愛い。良く似合ってるから、整える程度でいいんじゃない? 面倒くさかったら、これからは毎日僕がやってあげるからね」
「クレール組織長、もしやそれもお世話係の職務なの? なーんてね。そこまでこき使うほど私、鬼じゃないから。
ねえこれ冷たい版もできる?」
「え? 冷たい版? 無いけど熱過ぎた ?」
いんや。昔テレビで、ドライヤーの冷風はなんのためにあるのかってやつを見たんだよね。
水分や熱でキューティクルは開く、つまり風呂と温風ドライヤーはまさにそれ。
開いたままだと水分や髪の栄養分が出てしまい、パサついちゃうんだって。
そこで冷えると閉じるキューティクルの性質を利用し、すぐに冷風をあて水分と栄養を閉じ込めると良いそうな。
試しにやってみたらあら不思議。
将来的な髪の保護ってだけじゃなく、その場ですぐさま効果が。
サロン帰りって表現は大袈裟だけど、目に見えてサラツヤが大幅に増したのだ。
さらに翌朝は、広がりうねりも減ってたし。
それ以来1分プラスの冷風一手間、面倒でもちゃんとやり続けてるんだ。
それをクレールにかいつまんで説明する。
キッチンの方からお帰りーとクレールの声がした。
ソファーの足元に洗濯物を巻き込んだバスタオルを置き、全体を見回す。
「あれ? エタンは?」
「色々準備してくるって、一旦宿舎に戻ってる。コニー湯上がりに冷たい飲み物でも?」
「ありがとう。んー、常温の水を少しだけ飲もうかな」
「うん。そこ座って」
スツールに腰掛ける。
「あの。コーヒーの道具や食器。お片付け何もしなくてごめんなさい。綺麗にしてくれてどうもありがとう」
クレールは水の入ったグラスを私に手渡しながら
「はいどうぞ。食洗機に入れただけだし、別に手が空いてる人がやればいいよ」
けろっと答えて隣に座った。
「いただきます」
3口ほど飲んでグラスをテーブルに置く。
「実は私お片付け苦手なの。うう、これからは気をつけて頑張ります」
「気にしないでも大丈夫だよ。得て不得手は人それぞれさ。エタンはああ見えて綺麗好き、って言うのはなんか違うな……整理整頓好き。僕はまあまあかな。
ふふ、お片付けって言い方可愛らしいね」
私の湿った髪を手に取りにぎにぎしてから離し、そのまま手をするりと頬を撫でる様にちょっと上げて、私の耳に髪をかけた。
「ちゃんと乾かそうね。今持ってくる」
剥き出しになった耳にクレールの声がかかり、立ち上がって、スタスタ廊下へ去っていった。
どひぃい~! 何あれ!!
可愛いいって、見つめて、髪と頬に触れ、耳に囁きを残すって……。
単に『お前ちゃんと髪乾かせや』って言っただけじゃん。
『私のこと』を可愛いとは一言も言ってないし。
エタンが俺たちはペテン師じゃ無いって冗談言ってたけど、完全に手練れの赤詐欺入ってるやん。
こんなトキメキ気分にさせるとはクレール恐るべし。
心臓のドキドキと緑の瞳の呪縛からやっと解き放たれた頃、彼はヘアブラシ片手に戻ってきた。
「髪乾かそうね」
私の後ろに周り、髪を一房すくい上げる。
あ、自分で
と口を開こうと思った瞬間、ほわっとブラシを入れたところから温かさが伝わる。
下まで梳かされ、
「驚いた? 魔道具の〈ドライヤー〉だよ。乾燥ブラシ」
悪戯に成功した感漂うニヤリ顔で覗き込んできた。
自分の髪を触ってみたらふわっと乾いていた。
ヘアアイロンみたいに真っ直ぐになる訳でもなく天パそのままで。
「わあ! すごい! 面白いね。自分でやってみたい」
「ダーメ。今日は僕にやらせて。お願い」
クレールは覗き込んだままだから、首こてんと傾けたポーズに、長い髪をサラリと自分の耳に掛ける仕草が加わって何ともまあ……
くっっ!
女としてなんか完全に敗北した、いや同じ土俵にすら上がってねえぇぇ~。
「う、はい。お言葉に甘えてぜひお願いします……。温かくてほわんわかする~」
「コニー、気持ちいい?」
「うん。クレール気持ちいいよ。
こんなふうに髪をとかしてもらうのは久しぶり」
「っ! へ、へ~。そうなんだ……。
その人……上手だった?」
「ん? もちろん。プロは違うよね~。
忙しいし、貧乏だし、工場では三つ編み、プライベートは無造作まとめ髪だから、もう1年半ぐらい美容院行ってないや。乾かすのが面倒くさくてそろそろばっさり切りたいとは思ってたんだけど」
毛量少ないので、あっという間に梳かし終わって乾いた。
「はいできた。綿あめみたいでふわふわして可愛い。良く似合ってるから、整える程度でいいんじゃない? 面倒くさかったら、これからは毎日僕がやってあげるからね」
「クレール組織長、もしやそれもお世話係の職務なの? なーんてね。そこまでこき使うほど私、鬼じゃないから。
ねえこれ冷たい版もできる?」
「え? 冷たい版? 無いけど熱過ぎた ?」
いんや。昔テレビで、ドライヤーの冷風はなんのためにあるのかってやつを見たんだよね。
水分や熱でキューティクルは開く、つまり風呂と温風ドライヤーはまさにそれ。
開いたままだと水分や髪の栄養分が出てしまい、パサついちゃうんだって。
そこで冷えると閉じるキューティクルの性質を利用し、すぐに冷風をあて水分と栄養を閉じ込めると良いそうな。
試しにやってみたらあら不思議。
将来的な髪の保護ってだけじゃなく、その場ですぐさま効果が。
サロン帰りって表現は大袈裟だけど、目に見えてサラツヤが大幅に増したのだ。
さらに翌朝は、広がりうねりも減ってたし。
それ以来1分プラスの冷風一手間、面倒でもちゃんとやり続けてるんだ。
それをクレールにかいつまんで説明する。
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