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ヌルッとスタート編

第23話 上水盤の話

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「あれ使いたいんだよね、コーヒーポット。注ぎ口がうにょうんって細い長めの蛇みたいになってるやつ」

わりぃ。無い、つうか何のこと言ってるか分かんねぇ。クレールが来たら聞いてみよう」

 そだね、ノートもらったら早速絵に書いて説明してみよう。
 じゃあ先にお湯沸かして豆挽いて。

「水ってさ、普通にレバー上げたら水出てくるけど、ここ森の中だし、上下水道ってどうなってんの?」

「うーん、どっから話すかな……。この家が特殊過ぎっから、街中の一般的な家を主体に説明するな?」

 うんうん。

「基本的に家屋かおくには、上水盤、下水盤、火力盤、ゴミ回収盤、魔力盤といった、各種の大元おおもと供給源の魔道具盤を設置する場所が設けられてんだ。
街の場合、上水盤なら最寄りの水道局、下水盤なら下水局ってな具合にそれぞれの管轄んとこ行って、購入し、使う為の登録契約をする。それには料金など引き落とす銀行口座の登録が基本必須だ。まあまずは上水の方な」

 エタンさんにときおり質問しながら理解を深めていく。

 どうやら日本において、電力の契約アンペアをあらかじめ決めなくちゃいけないのと同じように、上水の契約容量枠が何段階かに分けられていて、基本料金も違うとのこと。

 自分で使用予定量を考えて選んで、契約する。
 基本料金プラス使用量に応じて代金が後日引き落とされる。
 そして基本的には契約容量枠オーバーの水は買えない。

 つまり

「ええっ! 突然の断水って……厳しい~!」

 使用量半分切ったところで、蛇口の根元に付けた銀の輪っかが段々と赤くなっていって、点滅し始めたら要注意だそうだ。
 車ガソリンメーターを彷彿とさせるなぁ。

 そしてその契約枠でのオーバー3回までは、1週間だけ販売してくれる救済措置があるそうな。
 4回目はアウト、契約月が変わるまで断水。

 なのでみんなオーバー2回くらったら節水生活を試みて、3回目くらったら観念して上水盤の容量を上げに行くらしい。
 盤を持っていって、手数料を払って回路の書き換え手続きをして、新しい容量での再契約と。

 4回目アウトになった時点で盤を持って行けばもちろん再契約をその場で結べる。
 だが自分の手の空く都合のいいタイミングで断水になるわけではないから、事前に準備するに越したことはない。
 物凄い高い料金で、局員の出張書き換えサービスもあるらしいが予約制。

 ふむ。

「引越しの際は、上水盤を外して引越し先に持って行き、最寄りの局にまた行って契約を結ぶんだ。時間がなかったり諸事情でいけない人なんかもいるから、代行屋っていう職業もあるんだよ。
田舎の村なら役場にそういった機能が集結してる。もっと田舎なら、昔ながらの井戸とか川から水汲みで生活しているよ。」

 クレールさんが戻ってきて、私たちの話に加わった。
 そしてまたエタンさんが説明の続きを始めた。

「大元の上水盤の話はざっくりとだが、ここまでいいか?
次は蛇口の根元についてる銀の輪っか、さっき赤く光ってお知らせって言ったやつ。この魔道具をはめると水が出る。」

「ん?水道管で繋がってないの?」

 クレールさんが話にカットインする。

「ねえコニー。蛍様がいらした当時、彼女の支援指導にあたる組織が虹の院に発足されたんだけど、僕は年齢が一緒ということもあって、その一員に抜擢されたんだ。
だからその経験を活かして、日本式の事例に当てはめての解説混じりで、これからは僕がコニーに今回の続きも併せて、また今度ゆっくり説明してあげるね。
それでこれ。良かったら使ってみて」

 普通の大学ノート的なものと、美しい立派な本みたいなのと、薄い箱にクリップがついた使い込まれた感じのもの。
 そしてフェルト生地みたいな細長い小物入れを、彼は差し出した。

「小物入れは筆箱。ひとまず鉛筆、消しゴム、鉛筆削り用小刀。ボールペン。
普段使いのノートはコニーがこっちで書き留めたいと思った情報なんかを書く用に。
この綺麗なノートは、誰にも見せない全くの個人の、コニーの心情を書き記す為に。もしも日記の様に使う必要があるのならと思って持ってきてみた」

 そしてクリップ付きの箱の説明をしてくれた。

「この薄い箱は開くようになってて、中にはわりと安価なまっさらな紙が沢山入ってるよ。中から出してここに挟んで画板として使えるんだ。僕がいつも持ち歩いている物なんだけど。
打ち合わせの時とか聞いたことメモしたり、魔道具回路の事で何か閃いたり思い立ったらすぐ書けるようにって、便利なんだ。ノートより気楽に使えて、書いたものを人に渡したり、失敗というか別に取って置く必要のない部分は廃棄出来るし。
使い込んだ物で悪いんだけど、ひとまずこれで。新しいの手に入れるまで僕のお古で我慢してくれる?」

「ノートは遠慮なく! でも画板は本当にお借りしちゃっていいの? クレールさん困らない?」

「僕なら何でもいいから平気。これを機にコニーとおおそろいのやつでも新調しよっかな?」

「えー勿体無いよー。私、無一文だから当分お支払い出来ないし、一緒のお家でどっちがどっちのか分かんなくなっちゃうから別に揃える必要はないと思うよ」

 あ……どうしよう私ったら……。
 ここに住んでいいなんて言われてないのに。  
 いつまでクレールさんに居さしてもらえるか分かんないのに……。

「あの、ご、ごめんなさい……。私居場所が決まるまで、ここに居座る気満々だったことに今更気がついちゃったよ……。
もうね、私ってば何もかも厚かましくて、恥ずかしいやら情けないやら……。ごめんなさい。
……でもね、あのね、私。これからどうしたらいいか、正直まったく分かんないの……」

 そして喉元まで出た言葉をぐっと飲み込んだ。

 ——ねえ、元の世界に帰れたおヌル様っているの?

 ああ……今は聞いちゃダメ。
 せめて夜寝る前じゃなきゃ。

 もしも帰れないと言われたら……

 知りたくない答えを聞かされたら、どうしようもなく泣いてしまうから。
 知り合ったばかりの人間に、嫌われたくない相手に、見せてもよい態度なんて、取り繕うとりつくろ自信なんてないから。
 せめて夜寝る前なら、部屋に駆け込むことで許されると思うから。
 そもそも私に部屋を借してくれるかどうかも、そんな部屋があるかどうかも……。

ヤバい、涙が

「コニー。大丈夫だよ。
君が望むのならいつまでもここに居て。
お願い。僕は居て欲しいよ。
君が嫌じゃないのなら、僕は君のそばにいたい。
一緒にいるから。怖くないよ。大丈夫、大丈夫。」

 スペアミントの、宝石の様な瞳で一心いっしんに私を見つめ、クレールさんは私の両手をふんわりと包み込んだ。
 スラリとして一見いっけん綺麗だけど、そのじつ骨張って男らしい両手で。

 私の薄闇色の心に、クレールさんの髪のような明るいあかつきの気配が広がって、じんわり色味を帯びる。

「大丈夫だぞ、コニー」

 背後からエタンさんが、低音で静かにつぶやく。
 大きな手を私の背中に添え、自らの体温を、せいを、私に分け与えるかの様にゆっくり繰り返し撫でた。

 暖かさに包まれた私の涙は、目の奥で乗るか反るか振り子みたいに、撤退かダム決壊かを決めあぐね始める。

 よし! 今は涙くんにはお引き取り願おう!

 強く目を瞑り、クレールさんから片手をまずは引き抜き、目と目の間を宇宙人の顔するみたいにぎゅっと摘む。

「ありがとう。本当にありがとう。
助けてくれた人たちがクレールさんとエタンさんで、私本当に良かった。
ねえ、コーヒーのお代わりこれから私が淹れるからね!
あ、そうだ。早速紙に絵を描いてクレールさんに質問があります。」

 涙を引っ込めた私は、借りた筆記用具でさらさらとコーヒーポットを書き始めた。




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