上 下
12 / 125
ヌルッとスタート編

第12話 コーヒー (エタンセル視点)

しおりを挟む
 ***エタンセル視点 

「ん。どうだった? まあ座れや」

「普通にだったよ。ああ、ありがとう」

 勝手知ったる他人の家ってなもんで俺は二人が行っちまった後、お湯を沸かしてコーヒーを入れて先に飲んでた。
 ちょい冷めたけど、一緒に入れといたクレールの分を手渡す。

「トイレや風呂の設備に特に驚いた様子もなく、むしろ全部知ってる、使い慣れてるかのようだったかな」

「マジか……。黒目黒髪だし、前回のおヌル様の蛍《ほたる》様と同じ日本国出身かもな。それか近隣とか」

「うん。でも、顔つきがさ。蛍様や肖像画で見た雪之丞《ゆきのじょう》様みたく、あっさりし過ぎてないっていうか。
目の彫りもずっと深くて綺麗な二重で、鼻筋もすらっとして、髪やまつ毛もくるんと柔らそうに巻いて、毛量も多過ぎなくてさ。しっとり真っ直ぐ重厚なお二人の髪の印象とは全く違うよね。
かと言って他のおヌルや僕らのようにガツンと、っていうかバッチリ濃い感じの顔つきとも違くて、黄色みがかってる肌の感じはやっぱり日本国の印象だよね」

 は? 饒舌《じょうぜつ》過ぎじゃね?
 クレール怖え!

「おまっ……。どんだけコニーの容姿について観察分析してんだよ。ガン見してるとは思ってたけど。つーか息継ぎしろや。こええんだけど」

 俺はコニーに、おヌル様に初めて会った時に怖がらせてしまったようで、どうしたもんかと内心焦っていた。
 そんなタイミングでちょうど現れたクレールを見たときの光景に思いを馳せる。

「マジか。あの直感は当たってたってわけか……」

 出逢いざま、おヌル様を食い入るように見つめるクレール。
 そんなあいつになぜか不思議な印象を受け、おや? と思いながら眺めていたのだ。

 タンポポの綿毛がどこからともなく、ふわりと飛んできて、クレールの心にそっと着地したような。

 あれは恋の始まる瞬間

 俺はあんときの。
 目撃したあの一瞬の映像の片隅に、そんな題名を走り書きした。

「ばっ、馬鹿! 怖いって僕のどこがだよ!
んで、直感っていったいなんのことだよ」

「なんでもねえよ。こっちの事だ、気にすんな。
それより虹の院には連絡を今するか?」

「いや、あとでいいだろう。
彼女の話をよく聞いて、どうしたいのか、どうしたらいいのか。僕らが彼女に寄り添って、ちゃんと理解して守れるように、まずは対策を立ててからだと思う。
そもそもこんな突発的なおヌル様の出現なんて、誰しもが思ってもみないことだから、報告が遅くてもバレない上に問題ない」

「そうだな。それにしても、建国祭の連休中ってのがなんともついてたぜ。
俺以外、泉に残ってるやつは居なくて、宿舎がもぬけのからだったからな。しかも俺ら同様、祭りにかこつけて呑んだくれて、朝っぱらからこんな森の奥にくる物好きもいないだろうよ。
まあ、いたとしても『見間違いだろ』で押し通す気満々だろ? クレール?」

「その辺は僕が上手く立ち回るからな」

「足抜けしても元王族ってか」

「まあね。
話は変わるが、コニーがどこの国の人かって話の続きだけど。
彼女多分フランス語を話せると思うよ。さっきも僕たちの名前を聞いて、『煌めいたぴったりな名前』って言ったじゃないか。
クレールは光とか明るさって意味だし、エタンセルは火花とか輝きだし。
あとこれ。
コニーと共にやってきたファイル。水濡れ確認を彼女と一緒にした時に一瞬だけ見えたんだけど、字が書かれた紙が入ってて。
それをコニーは〈ルセット〉ってフランス語の名詞で呼んでた」

「〈ルセット〉って何だ?」

「調理表のことだよ。
料理の配合と作り方のこと。それがが書かれた紙さ」

「いまチラッと中の文字確認するか?」

「いや、本人に見ていいか確認取ってからにしよう。それにこれからやる事いっぱいで時間ないし。
まずは僕たちもいい加減、寝起き姿をどうにかしないとな。
外部に連絡を取らずコニーのことを極秘にするとなると、やっぱ洗濯屋も使えない上に新品の入手もできないなあ。
彼女の風呂から上がったら着る服を僕が準備しなくちゃ。一体どうすれば……」 

「うーん、そうだな。
上は適当な新しめのもんで。丈長のシャツなら彼女の背丈ならワンピースぽくなるか。
そういやさっきの俺のやつダボっと着てんの、なかなか可愛かったな。
問題は女物の下着か……」

「そんなの持ってるわけないだろう!」

「あったらそれこそこええよ。
お、それならあれは? 昔お前の姉貴がウケ狙いで、海辺のお土産で買ってきたヤツ。
肉球柄のピンクの膝上タイツみたいなのと一分丈のイチゴ柄のやべえ二枚セット。衝撃がデカ過ぎて今でも鮮明に覚えてるぜ。
『ピッタピタで伸ばして水着の下に履く物らしいが、んなもん履けるか!』ってお前はゴミ箱にぶち込もうとしてさ。
『イタズラが過ぎるが姉上からのプレゼントを捨てる訳にも……。物に罪はない、か。くっそ! タンスの肥やしにする』って思いとどまってたじゃん。アレ結局どうした?」

「触ってないからタンスをほじくったらあるな、絶対。よくぞ思い出した、エタン!
 そうだ、救護袋に入ってるおヌル様マニュアル。蛍様にいろいろ文句と注意事項言われて、当時随分手書きで書き加えたんだよ。作り替えずに放置していて熟読してないからあんま覚えてないけど。時間あるならいま先に読んどいてくれ」

「あいよ」

 ドタバタと衣装室へとクレールは走り去った。

 コーヒーミルに一人分の豆を入れ、取っ手をゆっくり回す。
 ガリガリ……
 音と共に香りが立ちのぼっていく。

 取り留めのないことを考えながらゆうらりと独り漂う、この時間がとても好きだ。

 俺の幼馴染クレール。
 幼い頃から気が利いて優しくて美しい王子様はいつだって女にモテていたが、往々にして興味無さげにするりと受け流してた。

 そこを掻い潜《かいくぐ》ってときおり彼女の座に漕ぎ着けた歴代の女たちも、いつまで経ってもどこか受け身のクレールに。
 自分の熱量との違いに失望したり、それに焦れて策を講じて自爆したり、手に入らぬなら他で願望を満たす道を選んだり。
 みんな一年もかからず消えていった。

 女が去った直後は「フラれちまったよ」とガックリして一緒に酒飲んでうだついているも、気がつけば日常に戻ってるってな感じで。
 まあ俺も似たり寄ったりだが。

 コーヒーのお代わりを淹れるためにかけたヤカンの湯が沸いた。

 相棒の、もしかすっと本当の意味での初恋かもしんねえ。
 芽が出て育つか、中身を知って思ってたのと違くって枯れちまうか。
 あいつが俺になんか言ってくるまでは、高みの見物洒落込しゃれこむとしよう。

 コーヒーを飲みながら、ソファーに座りマニュアルを読んでみっかと開いた。

「ブハッ! マジか。いきなりやべえ」

 表紙の裏に
「女性のおヌル様は〈イケメン〉好きよ。(注:男前の意味)
 臭い・汚い・ダサい・ムサイ髭面なんてもっての外《ほか》!!
 バリっと決めてトキメキを持ってお迎えしてあげるべし!」

 なんと。

 二日酔い気味の寝起きの冴えねえ面で、クレールはまんま寝巻き、俺はもつれた癖毛髭面に家着。 
 オマケに彼女に貸した服は一日中着てた洗ってないやつ。
 最悪じゃん。

 湖の仕事中は面倒で髭剃らねえで、いつも放置してっからなあ。
 彼女が風呂入ってる間に変身は無理だが、入れ替わりで俺も風呂に入って急いで善処しよう。

 ともかく一走りひとっぱしり着替えてくっか。

 ******





【次回予告 第13話 脱衣所にお邪魔しまーす (クレール視点)】
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)

みなせ
ファンタジー
転生先は、ゲーム由来の異世界。 ヒロインの意地悪な姉役だったわ。 でも、私、お約束のチートを手に入れましたの。 ヒロインの邪魔をせず、 とっとと舞台から退場……の筈だったのに…… なかなか家から離れられないし、 せっかくのチートを使いたいのに、 使う暇も無い。 これどうしたらいいのかしら?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...