舌先三寸に覚えあり 〜おヌル様は異界人。美味しいお菓子のプロ技キラめく甘々生活

蜂蜜ひみつ

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ヌルッとスタート編

第5話 非常時にプチトキメキを添え

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 藪から棒に男から謝罪され、
「え? 別にあなたが私に謝る筋合いは何も……」
 ぽろりと私の口から疑問がついて出る。

 男からの謝罪はゾワリと私の心を這い上がり、あまりにいろいろあり過ぎて麻痺していた恐怖が、やおら麻酔が切れて甦える歯痛のように、じくりじくりと私を包み込み始める。

 パニックをねじ伏せて無理矢理貼り付けた、私の理性の外面そとづらなぞ、薄氷を破るがごとく容易に一瞬で粉々になった。

「ていうか何であなたが謝ってくんの……
なに? ちょっと待って??? 今の私のこの状況……もしかしてあなた何か知ってるの?
ねぇ、まさかあなたが私になんかしたってこと?!
一体どーゆうことなの……説明して欲しい……。
そもそもここどこなわけ?!」

 私の取り乱した声に、ハッと焦って男は顔をあげ
「いや! 違う! 違う! そういう事ではなくてっ!」
 慌てて言いつのった。

 そして、すぐさま
「これからいたします私の話をどうか落ち着いて聞いてください。
不安をさらに深めてしまうような私の言動、重ね重ね申し訳ございません。心より謝罪申し上げます。
なにとぞこの現状を、いま一度最初からご説明させてください」

 私にゆっくり言い聞かせるように、ひいては男自身を落ち着かせるように、穏やかに語り始めた。

「ここはあなた様の暮らしていた世界とは違う次元の世界です」

「ひゅっ!?」
 思わず息を呑んだ。

 嘘でしょう……

「およそ百年に一度、あなた様の世界の各国から、何かヌルヌルした物体に包まれた人物が呼ばれるのです。あなた様でちょうど11人目でございます。
あの……。この森へと現れる直前、大量の何かヌルヌルするものに包まれる、突発的な出来事に見舞われませんでしたでしょうか?」
 
「え?! は、はい……。
確かに、大量の卵白を顔面から被りました」

 そんなん心当たりなんてもんじゃないわ。

「マジか……! やっぱそうなんだな。凄え……」
 髭面男が驚いた顔で、惚《とぼ》けた呟きを漏らした。

「さようでしたか……詳しくは後ほどぜひ。今は先を続けます。
この森には、ここからほんの少し先に、光をたたえた湖がございます。そこに『虹の方様にじのかたさま』と我々に呼ばれる、透明なゲル状の生物が生息していると云われておりまして。
その生物がヌルヌルに包まれた人物をここにお招きしている、ともくされています」

 マジで?……なんだそれ……

「そしてその人物の体内に色んな方法で一時的に入り込みます。
その潜入場所と申しますか、分量或いは時間と申しますか。それらによってこの世界との親和性が違ってくるようです。
一番軽い方ですと皮膚の毛穴から。そしてとりわけ顔面を覆い尽くされ目鼻口を塞がれ、相当な時間苦しんだ方ほど、この世界の言語を非常に高く習得されているようです」

 私が死ぬかと思ったやつって……

「あの……もしかして今してるこの会話って、あなた達が私と同じ言葉を話してるんじゃなくて、私がこの世界の言葉を話してるって事なの?」

「はい。さようにございます。
この様にすぐさま円滑な対話が出来るという事は、相当苦しい思いをされたのではと推測いたしました。
私は光の湖の畔に居を構えております。万が一の有事の際はいの一番に異界からいらした方をお助けする、それが入居の心得となっております。また光の湖にて仕事に従事する者も同様です。
我らの駆けつけが遅れたゆえ苦しまれたのではと、謝罪に至った次第です」

「な、なるほど……ハ、ハックチュッ!!」

 や、ヤバい。
 度肝を抜く真実に、すーんと脳みその熱が冷めていくとともに、身体が芯から冷え切ってしまっていることに気がついてしまった。

 気がついたら最後、急激に寒さの感覚が甦る。
 さささ寒うぅぅ!!!
 歯の根が合わずガチガチしてきた。

「クレール、ちょい待ち」

 髭の男が立ち上がり、自分の着ているチュニックのような服を突然ばっと脱ぎ、なんと私に羽織らせてくれた。

 うおぉう、ビビった……
 でも……ほわ~あったかい~

「濡れたままいつまでもこんな場所にいるより、温かな場所に我々がご案内いたします。
いかがでしょうか? お手に触れても?」

 タンクトップになった彼は、ベタな漫画で見るプロポーズシーンみたいに、ひざまずいたまま、ゆっくりと手を差し伸べた。

 へ? お手に触れてもって。
 一番最初に勝手にめっちゃ肩つかんでたやんか。
 だがしかし、なんかちょっとコレトキメクんですけども。
 たとえだらしなくウエストの紐を垂らしたままのヨレヨレ短パン&タンクトップの裸の大将ファッションであっても。

「あ、いや、大丈夫です。自分で……」
 自力で立ち上がるも、ふらりとよろけてしまう。

 目前の髭の男は、瞬時に立ち上がりサッと私を支えてくれた。

「ありがとうございます。それに洋服も……。温かいです、お気遣い嬉しいです。
ですが、あなただってそんな薄着のままではお寒くありませんか?」

「いえ! 俺は全然大丈夫です」

「しかも私、卵白まみれだからお借りしたお洋服を汚してしまいます……。あの、ごめんなさい」

「いえ!お役に立てて光栄です。
そしてこのような緊急時のために、救護背負子《きゅうごしょいこ》を持参しております。是非とも私どもの背に。アレなる乗り物にてただちにお連れいたします」

 およそ五、六歩離れたところにあるキックボードのようなセグウェイのようなものを指差した。
 ちゃんと停めているやつと横にブチたおれているやつ、二台あった。

「確か女性のおヌル様は恥ずかしがる方もいるから、身体への接触の無理強いは禁物とマニュアルに書いてあったなぁ……」

 いつのまにか真後ろに立っていたオレンジの髪の男の方が小声で呟いた。

 そしてその男は横から腰を屈めて、私の顔を覗き込んで目を合わせつつ、
「もちろん徒歩でも七~八分程度なので、ご自身でお歩きになられますか? その際は私も歩いてお供いたします」
 そう提案してきた。

 今この人、確か女性のナントカ様って? なんつった? 私のこと? 
 よく聞き取れなかったし、まあいっか。

 保護先までおんぶか歩くかの二択。

 卵白を冷蔵庫にしまおうとしたのが深夜一時半頃だから、今はもう体感的には夜中の二時か三時か?

 立ち仕事の肉体労働のち、寝る直前に死闘まで繰り広げて、別次元の世界にいると告げられる。
 こんな訳の分からない状況の中、いまだに起きて動けてる方が奇跡だ。

 アドレナリンがきっと大放出されてるんだろう。
 気力体力共に疲れ死に寸前。
 いっそ気絶してしまいたい……

 が、そんな都合よく気絶なんて無理ですので。
 ここは一つ。
 
 ……おんぶで!! キリッ!!





【次回予告 第6話 バブみ】
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