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【第一章】三谷恭司
【第三話】アベルト・バーレン④
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「実はね、その当時の、世界を混乱たらしめた二人…………。そのうちの一人は、『三谷恭司』というんだよ」
空気が、ピリッと張り詰めた。
空気中に痛みを伴う何かが張り巡らされたかのように、身動きの一つすら躊躇われる雰囲気が流れた。
呼吸が細くなり、思考が麻痺し始める。
ーーこの人は何を言っているのだろう?
現実から目を逸らしたがる心が、考えることを放棄せよと訴える。
だが、そうもいかない。
脳がギリギリのところでそう流れてしまうのを食い止め、精一杯頭を回す。
しかし、
結局それは、単にアベルトの言うことに頷く結果となりそうな考えしか生まなかった。
自分は今、追い詰められているのだ。
記憶が無いから身に覚えが無い。
それでも、その事実がリアルなのだとすれば、やはり自分は罰せられるべき人間となってしまうだろう。
話の中の三谷恭司は、人を何千何万と殺した殺人鬼なのだ。
「…………アベルトさんは、私の正体がその男で、時空間魔法でこの時代まで飛ばされてきたとお考えなのですね?」
「…………ああ。そう考えている」
「…………名前の他に、何か証拠はあるんですか?」
恭司はすがるような気持ちでそう尋ねた。
恭司が自分を『三谷恭司』だと認識するに至ったのはつい最近だ。
単に、服に書いてあった名前から連想したに過ぎないものだ。
自分の記憶違いだった可能性も残っている。
自分は本当は違う名前の人間で、たまたま『三谷恭司』の名前が記憶に残っていただけかもしれない。
だが、
アベルトはそんな恭司の考えを打ち砕くかのように、静かに頷いてみせた。
「コレに…………見覚えはないかな?」
アベルトはそう言って、机の下から一つの刀を手に取り、机に置いた。
いつの間に机の下にそんな物を置いていたのかまるで分からなかった。
しかし、
その置かれた刀を見て、そんな小事は恭司の頭の中からあっという間に吹き飛んでしまった。
全身を漆黒に包んだその刀ーー。
派手な装飾を施された見事な鞘に、真っ黒な刀身が中にしまい込まれている。
そして、
目の前にしただけで襲いくる圧倒的存在感ーー。
見る者に不吉を思わせる邪悪なオーラーー。
ただそこにあるというだけで、押し寄せる巨大にして強大にして膨大な死の波濤ーー。
恭司は喉の奥から込み上げる吐き気をこらえながら、ゴクリと生唾を呑み込む。
見覚えならあった。
ありすぎていた。
何故、アベルトがこの刀をここに持ってきているのかーー。
「…………その顔を見るに、どうやら覚えがあるのは間違いないようだね。まぁ、それはそうだろう。なんせこの刀は、君の部屋にあったのだから」
恭司は頭の中が真っ白になっていくのを感じとった。
まだアベルトからこの刀の関連性は聞いていない。
だが、
言われなくても気づくほどには、既に恭司も受け入れ始めていた。
この刀はきっと、そういうことなのだ。
悪い物なのだ。
『悪』なのだ。
恭司は緊張に震え出しそうな体を押さえ、頷く。
もう、抗うことは無駄なように感じた。
「…………何やら体調が悪そうだが、申し訳ないことにそれに構っている暇はなくてね…………。話を先に進めさせてもらうよ」
「………………」
恭司は再び頷いた。
もう何が何だか分からなくなっていた。
きっと、そういうことなのだ。
きっと、そういうことに決まっているのだ。
もうここまで来たら、間違いないのだ。
まだ記憶の中で思い出せることなど何もない。
記憶喪失であることに変わりはない。
でも…………いや、だからこそ、
他者から知らされる自分の正体が、まさか過去にそれほどの災厄をもたらした人物だったなど、一体どう受け止めればいいというのか。
「この刀は、当時の三谷恭司が使用していた刀だ。名は『灯竜丸』。かつて3つあった国のうちの一つ、『メルセデス』が所有していた魔法刀だ。その人間の持つ才能や能力を最大限まで引き出すことができる。かつて三谷恭司は、この刀を使って鬼と化し、世界中を死で包み込んだ。その被害者の総数は、百や千では到底きかない。今の世の中にも、三谷恭司の行った所業で辛い想いをしている人が山ほどいる」
「………………」
一息に説明されても頭の中には何も入ってこなかった。
心の中には漠然とした不安が渦巻いている。
記憶のあった時の自分が信じられない。
何故そんなことをしたんだ?
何故ここまで話されて一つも思い出せないんだ?
そもそもその三谷恭司は本当に自分なのか?
これからどうするべきだ?
贖罪をするべきなのか?
でもやった覚えもないのに贖罪なんておかしくないか?
これからどうなるんだ?
自分に辛い想いをさせられた人間たちに嬲り殺されるのか?
アベルトはどうするつもりだ?
俺はーー
今からどうするべきなんだ?
頭の中にただ溢れる疑問ーー。
たった一つすら解決のための手段が思い浮かばない。
どういう状態が解決なのかも分からない。
冷静になろうと思っていても、冷静になれない。
完全にパニックだ。
どうしたらいいのか一切不明だ。
何だ俺は。
動揺し過ぎて落ち着けない。
一度寝たい。
目が覚めたら何か変わるかもしれない。
アベルトが冗談だよと笑ってくれるかもしれない。
でも……
それが出来ないことくらいは、今の恭司でも理解していた。
「ふむ…………。どうやらパニックになってしまったか。君は…………三谷恭司は、私が思っていたよりも善良な人間なのかもしれないな」
「…………え?」
恭司は疑心もそこそこに顔を上げた。
罰せられることにばかり染まっていた頭の中に、一筋の光明が差し込んでくる。
アベルトは、何を言うつもりだ?
「今の君を見て、私にも少し思う所があったよ。元々私は君をこのまま制圧して処刑台にまで連れていくつもりだったのだが、もしかしたら君は、まだこの世に生きていていいのかもしれない」
「…………どう……いう…………ことでしょうか?」
「君がこのまま善良な人間であり続けるというのならば、生かしておいてもいいかもしれないと思ったんだよ」
沈んでいた所から急に持ち上げられる。
どういうつもりなのか分からない。
とりあえず、今の恭司には聞く以外の選択肢が無かった。
流れに身を任せるーー。
それしか、対応の仕方が分からなかった。
「まぁ、もちろん。タダでというわけにはいかない。仕事をしてもらう。君にしか出来ない仕事だ」
「…………何を……させたいんですか?」
イエスもノーも無かった。
今の恭司には、イエス以外の道がない。
これは、取引でもお願いでもなく、命令に近いものだ。
「正体をバレないようにしながら、この世を"武術主義"に切り替えてもらいたい。君に、今の世の武術界の覇者となり、"魔法主義"を一掃してもらいたいのだ」
言っている意味が分からなかった。
武術主義?
魔法主義?
何だそれは。
切り替えるも何も、今の世の中の仕組みすら知らない恭司に、その難易度など分かるはずもない。
どういうことをすればいいのかも、どうなればいいのかもまるで分からないのだ。
頭にクエスチョンが浮かぶのは仕方のないこと。
だが、
さっきも言った通り、今の恭司にはイエスもノーも無いのだ。
恭司は頷く。
イエスだ。
空気が、ピリッと張り詰めた。
空気中に痛みを伴う何かが張り巡らされたかのように、身動きの一つすら躊躇われる雰囲気が流れた。
呼吸が細くなり、思考が麻痺し始める。
ーーこの人は何を言っているのだろう?
現実から目を逸らしたがる心が、考えることを放棄せよと訴える。
だが、そうもいかない。
脳がギリギリのところでそう流れてしまうのを食い止め、精一杯頭を回す。
しかし、
結局それは、単にアベルトの言うことに頷く結果となりそうな考えしか生まなかった。
自分は今、追い詰められているのだ。
記憶が無いから身に覚えが無い。
それでも、その事実がリアルなのだとすれば、やはり自分は罰せられるべき人間となってしまうだろう。
話の中の三谷恭司は、人を何千何万と殺した殺人鬼なのだ。
「…………アベルトさんは、私の正体がその男で、時空間魔法でこの時代まで飛ばされてきたとお考えなのですね?」
「…………ああ。そう考えている」
「…………名前の他に、何か証拠はあるんですか?」
恭司はすがるような気持ちでそう尋ねた。
恭司が自分を『三谷恭司』だと認識するに至ったのはつい最近だ。
単に、服に書いてあった名前から連想したに過ぎないものだ。
自分の記憶違いだった可能性も残っている。
自分は本当は違う名前の人間で、たまたま『三谷恭司』の名前が記憶に残っていただけかもしれない。
だが、
アベルトはそんな恭司の考えを打ち砕くかのように、静かに頷いてみせた。
「コレに…………見覚えはないかな?」
アベルトはそう言って、机の下から一つの刀を手に取り、机に置いた。
いつの間に机の下にそんな物を置いていたのかまるで分からなかった。
しかし、
その置かれた刀を見て、そんな小事は恭司の頭の中からあっという間に吹き飛んでしまった。
全身を漆黒に包んだその刀ーー。
派手な装飾を施された見事な鞘に、真っ黒な刀身が中にしまい込まれている。
そして、
目の前にしただけで襲いくる圧倒的存在感ーー。
見る者に不吉を思わせる邪悪なオーラーー。
ただそこにあるというだけで、押し寄せる巨大にして強大にして膨大な死の波濤ーー。
恭司は喉の奥から込み上げる吐き気をこらえながら、ゴクリと生唾を呑み込む。
見覚えならあった。
ありすぎていた。
何故、アベルトがこの刀をここに持ってきているのかーー。
「…………その顔を見るに、どうやら覚えがあるのは間違いないようだね。まぁ、それはそうだろう。なんせこの刀は、君の部屋にあったのだから」
恭司は頭の中が真っ白になっていくのを感じとった。
まだアベルトからこの刀の関連性は聞いていない。
だが、
言われなくても気づくほどには、既に恭司も受け入れ始めていた。
この刀はきっと、そういうことなのだ。
悪い物なのだ。
『悪』なのだ。
恭司は緊張に震え出しそうな体を押さえ、頷く。
もう、抗うことは無駄なように感じた。
「…………何やら体調が悪そうだが、申し訳ないことにそれに構っている暇はなくてね…………。話を先に進めさせてもらうよ」
「………………」
恭司は再び頷いた。
もう何が何だか分からなくなっていた。
きっと、そういうことなのだ。
きっと、そういうことに決まっているのだ。
もうここまで来たら、間違いないのだ。
まだ記憶の中で思い出せることなど何もない。
記憶喪失であることに変わりはない。
でも…………いや、だからこそ、
他者から知らされる自分の正体が、まさか過去にそれほどの災厄をもたらした人物だったなど、一体どう受け止めればいいというのか。
「この刀は、当時の三谷恭司が使用していた刀だ。名は『灯竜丸』。かつて3つあった国のうちの一つ、『メルセデス』が所有していた魔法刀だ。その人間の持つ才能や能力を最大限まで引き出すことができる。かつて三谷恭司は、この刀を使って鬼と化し、世界中を死で包み込んだ。その被害者の総数は、百や千では到底きかない。今の世の中にも、三谷恭司の行った所業で辛い想いをしている人が山ほどいる」
「………………」
一息に説明されても頭の中には何も入ってこなかった。
心の中には漠然とした不安が渦巻いている。
記憶のあった時の自分が信じられない。
何故そんなことをしたんだ?
何故ここまで話されて一つも思い出せないんだ?
そもそもその三谷恭司は本当に自分なのか?
これからどうするべきだ?
贖罪をするべきなのか?
でもやった覚えもないのに贖罪なんておかしくないか?
これからどうなるんだ?
自分に辛い想いをさせられた人間たちに嬲り殺されるのか?
アベルトはどうするつもりだ?
俺はーー
今からどうするべきなんだ?
頭の中にただ溢れる疑問ーー。
たった一つすら解決のための手段が思い浮かばない。
どういう状態が解決なのかも分からない。
冷静になろうと思っていても、冷静になれない。
完全にパニックだ。
どうしたらいいのか一切不明だ。
何だ俺は。
動揺し過ぎて落ち着けない。
一度寝たい。
目が覚めたら何か変わるかもしれない。
アベルトが冗談だよと笑ってくれるかもしれない。
でも……
それが出来ないことくらいは、今の恭司でも理解していた。
「ふむ…………。どうやらパニックになってしまったか。君は…………三谷恭司は、私が思っていたよりも善良な人間なのかもしれないな」
「…………え?」
恭司は疑心もそこそこに顔を上げた。
罰せられることにばかり染まっていた頭の中に、一筋の光明が差し込んでくる。
アベルトは、何を言うつもりだ?
「今の君を見て、私にも少し思う所があったよ。元々私は君をこのまま制圧して処刑台にまで連れていくつもりだったのだが、もしかしたら君は、まだこの世に生きていていいのかもしれない」
「…………どう……いう…………ことでしょうか?」
「君がこのまま善良な人間であり続けるというのならば、生かしておいてもいいかもしれないと思ったんだよ」
沈んでいた所から急に持ち上げられる。
どういうつもりなのか分からない。
とりあえず、今の恭司には聞く以外の選択肢が無かった。
流れに身を任せるーー。
それしか、対応の仕方が分からなかった。
「まぁ、もちろん。タダでというわけにはいかない。仕事をしてもらう。君にしか出来ない仕事だ」
「…………何を……させたいんですか?」
イエスもノーも無かった。
今の恭司には、イエス以外の道がない。
これは、取引でもお願いでもなく、命令に近いものだ。
「正体をバレないようにしながら、この世を"武術主義"に切り替えてもらいたい。君に、今の世の武術界の覇者となり、"魔法主義"を一掃してもらいたいのだ」
言っている意味が分からなかった。
武術主義?
魔法主義?
何だそれは。
切り替えるも何も、今の世の中の仕組みすら知らない恭司に、その難易度など分かるはずもない。
どういうことをすればいいのかも、どうなればいいのかもまるで分からないのだ。
頭にクエスチョンが浮かぶのは仕方のないこと。
だが、
さっきも言った通り、今の恭司にはイエスもノーも無いのだ。
恭司は頷く。
イエスだ。
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