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【第一章】三谷恭司
【第一話】記憶喪失 ④
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「私の名前か……聞きたい?」
そう言って、少女は上目遣いに尋ねてくる。
可愛さを狙っているあざとさが感じられなかった分、素で少しどきりとした。
だが、
そんなことを考えている場合じゃない。
「そりゃあまぁ……聞きたいな。でなきゃ呼びづらい」
恭司は答える。
変な誤解を防ぐための、事実と言う名の盾みたいなものだった。
しかし、
少女には分からなかったようだ。
諦めたようにため息を吐き出す。
その表情は少し、寂しそうだった。
「……私は……私の名前は……『ユウカ』。『ユウカ・バーレン』。改めて……よろしくね」
少女……ユウカは、まるで気力を振り絞るかのように、そう言った。
覚悟を決めたような、何か大切なものを放り投げたような、そんなイメージを恭司は持った。
だが、
それが何故なのか。
何故、少女はこんなにも自分の名を名乗るだけのことに苦しんでいるのか。
恭司には分からない。
だから、
そのまま思い切って尋ねた。
「どうして、そんなに気まずそうにするんだ?」
「え?」
恭司の返答が意外だったのか、ユウカはキョトンとした。
恭司は何故キョトンとされるのかも分からなくて、さらに頭の中にクエスチョンマークを浮かべる。
「え?何でって……。そんなの私の名前を聞いたら一発じゃない」
「…………いや……分からないな。本気で分からない。一体どういうことなんだ?」
ユウカは手を口元に当てて考えた。
恭司を見る限り、特に嘘をついているような感じはしていない。
おそらく本当にそうなのだろう。
そう考えると、恭司が分からない理由もすぐに出た。
「そっか。記憶喪失だからか」
納得がいった。
だから恭司はユウカの名前を聞いても分からなかったのだ。
ユウカは一人でウンウンとうなづき、恭司はそれを見て不満そうに顔をしかめた。
「おい。一人で納得してないで説明してくれよ。一体どういうことなんだ?」
恭司は尋ねる。
ユウカは恭司を見ると、真剣な瞳で口を開いた。
「教えてもいいけど…………これ、私にとっては少し重要なことだから、他の人とかにあんまり他言しないでね」
「……?まぁ、恩もあるし、言うなと言うなら言わないが……」
「別に恩なんて感じなくてもいいけど……これは少しばかりマジな奴だよ。悪意を感じたら即殺すから」
「…………悪意?なんだかよく分からんが物騒だな……。まぁでも大丈夫だ。俺は口がかたいからな」
「記憶の無い人がどの口でそんなことを……。……まぁ良いや。それはね、恭司。私の……母親に関することなの」
「母親?」
ユウカは頷く。
「普通の人はね……私の名前を聞くと敏感に反応するの。それは、私の名前の一部分がある人と同じだから」
「それが……ユウカの……母親?」
「うん。私のお母さんね……反社会派の革命軍のリーダーなの」
「へぇ……。革命軍のリーダーねぇ……」
恭司は頭をポリポリと掻いた。
正直、ピンとこない。
「『クレイア』っていう名前の組織でね、軍を名乗ってはいるけど、人を沢山殺すわりに何の正義もないから、政府からはもちろん、一般の人からもあんまり良い風には思われてないんだよね」
ピンときていない恭司のために、少女……ユウカは簡単にだが説明してくれた。
どうやら、その表情や声音から察するに、ユウカにとってもその『クレイア』とやらは厄介な存在らしい。
だからこそ、少し疑問に思う点もあった。
「……俺を助けるように言ったのも、その母親なのか?」
「え?」
「確か……親に言われたんだろ?」
「あぁ……それは父親の方。お父さんは政府の要人だからね。偉いの。私が君を見つけて電話した時も、すぐに助けなさいって。母親と違って……尊敬してるよ」
父親の話になると、表情は少し柔らかくなった。
母親の時とは明らかに違う反応だ。
何やら複雑な関係と見える。
「母親は革命軍のリーダーで、父親は政府の要人か……。しかし、そんな二人が夫婦なんて許されるのか?社会的に見てもまずいと思うんだが」
「んー……もちろんよくないよ?だから今はもう離婚してる」
「それでも、犯罪者の元夫ってのは政府の人間としてまずいだろう。大丈夫なのか?」
恭司はあくまでも素直に問いかける。
素で疑問だった。
「んー、まぁ……よくはないよ?でも、そこはほら、権力かな。私も詳しくは知らないけど、お父さんけっこう政府内でも重要な位置にいるらしいからさ。そのおかげで、私みたいな犯罪者の娘でも学校に通えてる」
「ユウカ……学生だったのか」
「ん?そうだよ?てか、恭司も見た感じ私と同い年くらいでしょ?まぁ多分、年齢なんて覚えてないだろうけどさ」
恭司が質問したことで、話題は別なものへとすり替わった。
だが良いタイミングだ。
「そうだな……。ちなみに、今日は学校は休みなのか?」
暗い雰囲気を吹き飛ばすための挽回の一手だった。
このまま違う話題へとすり替え、一旦話を終わらせる。
「え?あ、あぁ……まぁね。君のこともあるし、しばらくは家にいるよ。ベッドから動けないんじゃ不便でしょ?私が面倒見てあげる」
ユウカがそれに気づいたかは分からないが、話題を変えることには成功した。
正直に気になる話題ではあったものの、会ったばかりの段階でそんなに深く聞くべきではないし、ユウカも話しにくそうだった。
これが、お世話になっている者のせめてもの配慮だろうと、恭司は勝手に判断している。
決して疲れたからなどではない、が、
「そうか……。迷惑ばかりかけてすまないな。俺も、早く治るよう頑張るよ」
「頑張ってどうにかなるのかは知らないけど……私も応援するよ。頑張ってね」
「あぁ」
会話は、こんな感じで速やかに収束した。
そう言って、少女は上目遣いに尋ねてくる。
可愛さを狙っているあざとさが感じられなかった分、素で少しどきりとした。
だが、
そんなことを考えている場合じゃない。
「そりゃあまぁ……聞きたいな。でなきゃ呼びづらい」
恭司は答える。
変な誤解を防ぐための、事実と言う名の盾みたいなものだった。
しかし、
少女には分からなかったようだ。
諦めたようにため息を吐き出す。
その表情は少し、寂しそうだった。
「……私は……私の名前は……『ユウカ』。『ユウカ・バーレン』。改めて……よろしくね」
少女……ユウカは、まるで気力を振り絞るかのように、そう言った。
覚悟を決めたような、何か大切なものを放り投げたような、そんなイメージを恭司は持った。
だが、
それが何故なのか。
何故、少女はこんなにも自分の名を名乗るだけのことに苦しんでいるのか。
恭司には分からない。
だから、
そのまま思い切って尋ねた。
「どうして、そんなに気まずそうにするんだ?」
「え?」
恭司の返答が意外だったのか、ユウカはキョトンとした。
恭司は何故キョトンとされるのかも分からなくて、さらに頭の中にクエスチョンマークを浮かべる。
「え?何でって……。そんなの私の名前を聞いたら一発じゃない」
「…………いや……分からないな。本気で分からない。一体どういうことなんだ?」
ユウカは手を口元に当てて考えた。
恭司を見る限り、特に嘘をついているような感じはしていない。
おそらく本当にそうなのだろう。
そう考えると、恭司が分からない理由もすぐに出た。
「そっか。記憶喪失だからか」
納得がいった。
だから恭司はユウカの名前を聞いても分からなかったのだ。
ユウカは一人でウンウンとうなづき、恭司はそれを見て不満そうに顔をしかめた。
「おい。一人で納得してないで説明してくれよ。一体どういうことなんだ?」
恭司は尋ねる。
ユウカは恭司を見ると、真剣な瞳で口を開いた。
「教えてもいいけど…………これ、私にとっては少し重要なことだから、他の人とかにあんまり他言しないでね」
「……?まぁ、恩もあるし、言うなと言うなら言わないが……」
「別に恩なんて感じなくてもいいけど……これは少しばかりマジな奴だよ。悪意を感じたら即殺すから」
「…………悪意?なんだかよく分からんが物騒だな……。まぁでも大丈夫だ。俺は口がかたいからな」
「記憶の無い人がどの口でそんなことを……。……まぁ良いや。それはね、恭司。私の……母親に関することなの」
「母親?」
ユウカは頷く。
「普通の人はね……私の名前を聞くと敏感に反応するの。それは、私の名前の一部分がある人と同じだから」
「それが……ユウカの……母親?」
「うん。私のお母さんね……反社会派の革命軍のリーダーなの」
「へぇ……。革命軍のリーダーねぇ……」
恭司は頭をポリポリと掻いた。
正直、ピンとこない。
「『クレイア』っていう名前の組織でね、軍を名乗ってはいるけど、人を沢山殺すわりに何の正義もないから、政府からはもちろん、一般の人からもあんまり良い風には思われてないんだよね」
ピンときていない恭司のために、少女……ユウカは簡単にだが説明してくれた。
どうやら、その表情や声音から察するに、ユウカにとってもその『クレイア』とやらは厄介な存在らしい。
だからこそ、少し疑問に思う点もあった。
「……俺を助けるように言ったのも、その母親なのか?」
「え?」
「確か……親に言われたんだろ?」
「あぁ……それは父親の方。お父さんは政府の要人だからね。偉いの。私が君を見つけて電話した時も、すぐに助けなさいって。母親と違って……尊敬してるよ」
父親の話になると、表情は少し柔らかくなった。
母親の時とは明らかに違う反応だ。
何やら複雑な関係と見える。
「母親は革命軍のリーダーで、父親は政府の要人か……。しかし、そんな二人が夫婦なんて許されるのか?社会的に見てもまずいと思うんだが」
「んー……もちろんよくないよ?だから今はもう離婚してる」
「それでも、犯罪者の元夫ってのは政府の人間としてまずいだろう。大丈夫なのか?」
恭司はあくまでも素直に問いかける。
素で疑問だった。
「んー、まぁ……よくはないよ?でも、そこはほら、権力かな。私も詳しくは知らないけど、お父さんけっこう政府内でも重要な位置にいるらしいからさ。そのおかげで、私みたいな犯罪者の娘でも学校に通えてる」
「ユウカ……学生だったのか」
「ん?そうだよ?てか、恭司も見た感じ私と同い年くらいでしょ?まぁ多分、年齢なんて覚えてないだろうけどさ」
恭司が質問したことで、話題は別なものへとすり替わった。
だが良いタイミングだ。
「そうだな……。ちなみに、今日は学校は休みなのか?」
暗い雰囲気を吹き飛ばすための挽回の一手だった。
このまま違う話題へとすり替え、一旦話を終わらせる。
「え?あ、あぁ……まぁね。君のこともあるし、しばらくは家にいるよ。ベッドから動けないんじゃ不便でしょ?私が面倒見てあげる」
ユウカがそれに気づいたかは分からないが、話題を変えることには成功した。
正直に気になる話題ではあったものの、会ったばかりの段階でそんなに深く聞くべきではないし、ユウカも話しにくそうだった。
これが、お世話になっている者のせめてもの配慮だろうと、恭司は勝手に判断している。
決して疲れたからなどではない、が、
「そうか……。迷惑ばかりかけてすまないな。俺も、早く治るよう頑張るよ」
「頑張ってどうにかなるのかは知らないけど……私も応援するよ。頑張ってね」
「あぁ」
会話は、こんな感じで速やかに収束した。
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