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【第七章】シベリザード連合国

【第五十一話】侵攻 ④

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「お、おいおいおいおい…………。こりゃあ一体どういう状況だぁ…………?」


このシベリザード連合国の外周区────。

ひしめくアウトローたちのボスを務める『ドリオー・アトラス』は、思わず息を呑むほどに戦慄していた。

たった今のことだ。

目の前には一人の男が、自分の部下を足蹴にしながら堂々と佇んでいる。


「お、ぉひゃひらぁ~~。ひゃ、ひゃふへてふれぇ~~」


足蹴にされている自分の部下は、そう言って涙目で訴えかけてきた。

…………酷く無惨な顔だ。

骨は間違いなく折れているだろうし、顔中が腫れ上がって血が流れ続けている。

歯もバキバキに折られているのだろう。

さっきから言葉が上手く話せておらず、聞き取り辛い。


「お前がコイツらのボスか…………?探したぞ。色々と教えてもらいたいことがあったもんでなァ…………。急いでいるあまり、少々手荒い真似をしちまった。悪いと思ってるよ」


部下の連れてきた男は、まるで悪びれた様子もなさそうな様子で、あっけらかんとそう言ってきた。

…………知っている顔だ。

今や世界中で知られていると言っても過言ではないに違いない。

『カザル・ロアフィールド』────。

言わずと知れた大犯罪者だ。

罪状が何だったかは覚えていない。

あまりにも多すぎて、途中で手配書を読むのがバカらしくなったからだ。

とにかく分かっていることは、この男が帝国で山のように人を殺してきていること────。

それも…………

聞く限りでは相当イカれた手法ばかりで惨殺したのだと聞いている。


(…………マズいな)


ドリオーは頬から冷や汗を一筋流しつつ、気合いを振り絞って何とか平常心を保った。

ドリオー自身もかなりの極悪人だ。

強盗に人攫いに人身売買や麻薬など────。

悪いことは大概やってきたと自負している。

誰かに追われることも日常茶飯事で、憲兵隊も兵士も貴族でさえも、ドリオーに恐れるものは何もなかった。

懸賞金だってかけられているが、それも自身の箔の一つだと思っているくらいだ。

この悪人ばかりの街で部下をまとめるには、むしろそれくらいの方がちょうど良いと思っている。

歯向かってくる奴がいれば、そのまとめた部下たちで一気にすり潰してやれば良いのだ。

数は力────。

この悪人ばかりが集うシベリザード連合国では、その有無を言わさぬ暴力こそがものを言う。

そんなドリオーが恐れるものがあるとすれば、そう…………

自分よりずっと強大な────。

よりイカれた、"巨悪"だけだ。


「な、何が聞きたいってんだ…………」


ドリオーは震えそうになる身体を抑えながら、思わずガタガタと音を立てそうになる歯を抑えて尋ねかける。

さっきから、この男を目の前にしていると寒くて寒くて凍えてしまいそうだった。

ドリオー自身も散々人を殺してきたが故に、分かるのだ。

この男は殺人に対して何も感じていないし、これまでもとんでもない数を殺してきている。

部下もどういう状況でこんなことになったかは知らないが、まったくをもって余計なことをしてくれたものだ。

下手をすれば、ドリオー自身も部下ごと殺されかねない。


「そう警戒しないでくれよ。この辺の地理や事情を知りたいのと、ちょっとした人探しをしているだけだ。この男に聞いても良かったんだが、どうにも滑舌が悪くて聞き取り辛くてなァ…………。それに、どうせ聞くなら他にも色々と知っている奴の方が良いだろう…………?」


部下の滑舌を悪くした元凶であろうその男は、相変わらず狂ったように"普通"の顔でそう言ってきた。

ドリオーは思わず目線だけで周りを見回す。

ここはドリオーのホームである『北街区』であり、部下もそのほとんどがここに集まっているのだ。

それに対し、相手は見たところ一人────。

武装は腰にかけられた刀が一本────。

ドリオーはなるべく冷静を心がけながら、回答に口を開く。


「この辺の地理や事情に、人探し…………ね。そういうのは憲兵隊の仕事だぜ?わざわざ俺たちに聞く必要があるとは思えねぇが…………」


ドリオーは焦っていた。

本当ならすぐにでも頭を下げてしまいたい所だが、ここがホームであるが故に、部下たちの前でそれは憚られるのだ。

少しでも対応を誤ると、ドリオーがこれまで築き上げてきたモノが一瞬で崩れ落ちてしまいかねない。


「おいおい、その様子からして、俺が誰だかは知ってんだろ?憲兵隊になんざ行けねえさ。それに…………お前は少しばかり、勘違いしているようだ」

「勘違い…………?」


恭司は頷いた。

温和に接するのはここまでだ。

時間も迫っていることだし、事はさっさと済ませておきたい。


「俺はお願いをしにきたんじゃねぇ。"命令"しているんだ。歯向かうなら部下ごと魔族どもの餌にしてやるぞ」

「…………ッ!!!!」


ゾワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッと────。

怖気が寒気が震えが恐怖が一気に襲いかかってきた。

本気の殺意だ。

この男は憲兵隊や兵士とは違う。

油断も隙も無ければ、情も躊躇いも何もない。

少しでも反抗すれば容赦なく命を刈り取ってくるだろう。

戦って勝てるとも思えない。

部下もこんなのと戦おうとは思わないはずだ。

ドリオーは頷く。


「分かった。俺が間違ってたよ。憲兵隊になんて行く必要はない。何でも聞いてくれ」


ドリオーは全面的に降伏の意を示した。

部下たちが今の自分をどう思うかは知らないが、もうそんなものは後だ。

とにかくこの場で生き残る方が大事に決まっている。

恭司はそんなドリオーの言葉を聞いて、ニッコリと笑顔を作った。


「そう言ってくれると思ったよ。話の分かる奴は大好きだ」


恭司はそう言って放出した殺意を引っ込める。

曲がりなりにも恭司の威圧に耐えた辺り、ドリオーはそれなりに骨のある男のようだ。

ヒューマン側の協力者として、今後も生かしておいても良いかもしれない。
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