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【第六章】新生・魔王軍

【第三十六話】緊急会議 ①

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「くそ…………。思っていたよりも、だいぶヤバいことになってきたな……」


一度和也と共に王都へ戻ったネシャスはそう言って、深々と長いため息を吐いた。

ここは『教会』だ。

ヒューマンの総本山である王都の一等地に居を構える、この王都で城の次に大きな建物でもある。

その中でも『大司教』に与えられた大きな執務室の中で、ネシャスは一人何度もため息を吐き出し続けていた。

ネシャスは結局のところ、あの草原でカザルを取り逃がしてしまったのだ。

逃げた時の状況からおそらく死の森に向けて去っていったものと思われるが、実際あれからどうなったかまでは分からない。

カザルの進行先であるトラントスの街には冒険者ギルドや騎士団もあるため、戦力的にはおそらく問題ないとは思っているが、どうしても確信は持てなかった。

今回はカザルだけでなく、ウルスやシャーキッドまでいるのだ。

あの時取り逃がしてしまったことが本当に悔やまれる。

トラントスの街にはレオナルド以外のSランク冒険者も常駐しているし、本来なら戦力的に安心できる状況のはずなのだが、やはり不安は尽きなかった。

あの危険人物3人が手を取り合っている時点で異常なのだ。

他にも不安要素がないとも言えないし、嫌な予感が止まらない。


(今回は街だけでなく、レオナルドとローリーもいるからな…………。彼らは油断などしないに違いないが、あのカザルが必ずしも正攻法で来るとは限らない。…………ミスマッチとならなければ良いのだが……)


ネシャスは再び大きなため息を吐き出した。

過剰に心配し過ぎているかとも思ったが、カザルが脱獄して以来…………あの男1人の出現による被害があまりにも甚大すぎるのだ。

呑気に楽観視など出来るはずもない。

まるで悪夢を見せられているかのような気分だ。

あの日から…………世界が徐々に狂い始めているような気にさせられる。


「あらあら…………。そんなにため息ばかり吐いていると、ロスベリータ様に心配されてしまいますよ?」


すると…………

執務室の扉を開けて、一人の女性がクスクスと笑いながら入ってきた。

パッと見は幼い子どものようだ。

あどけない表情で屈託のない笑顔を浮かべながら、その女性は部屋に入って、静かに扉を閉める。


「…………なるほど。確かに…………それはいけませんな。ロスベリータ様の御使である我々が、御方に御心労をおかけするわけには参りません」


ネシャスはそう言って立ち上がると、女性に向けて仰々しく頭を下げた。

『ノーシェル・バレンティア』────。

『大司教』であるネシャスの上司であり、『教皇』の職業を持つ、教会のトップだ。

『教皇』の特性なのか、幼い見た目はただの異常な若作りに過ぎない。

本当はネシャスよりもずっと歳上で、今年で120歳にもなる老婆だった。

ネシャスがそんな彼女に畏まるのも当然だ。

この老婆は生まれてから100年もの間、この王都の影の支配者としてずっと君臨し続けている。

途中で職業の切り替わったネシャスとは違うのだ。

生まれながらにして、神の寵愛を受けし者────。

王ですら、彼女には安易に手を出せない。


「ところで…………貴方が務めを失敗するなんて珍しいですね……?噂の『無能者』というのは、それほどに強いのですか?」


ノーシェルはそう言って、今思い付いたかのように小首を傾げてきた。

若作りな仕草なのは見え見えだが、見た目だけは確かに相応なのだ。

中身を知っているだけに、そのギャップには少しばかり嫌気がさすが、ネシャスは気付かなかったことにする。


「…………正直、予想外でした……。あの戦闘力と狂気性は異常です。最後は『天の裁き』まで使用したのですが…………スキルにもない『摩訶不思議な術』を使われ、逃亡を許してしまった次第です」


その途端────。

ピクリと…………ノーシェルの眉が動いた。

地雷だったかとも思ったが、そればかりは話さないわけにもいかない。

カザルの報告は、それほどに緊急を要する重要案件なのだ。

何なら、それを教会トップに話すために王都へ戻ってきたのだと言っても過言ではない。


「へぇー…………『摩訶不思議な術』…………ですかー」


それは、ひどく冷たい声だった。

明らかに怒っている様子だ。

顔は笑顔だが、内心は別なのだろう。

"殺意"がまるで抑えられていない。

ロスベリータより『無能者』と断定されたカザルが、スキル"らしきもの"を使うなんて────。

それは教会にとって、完全に許してはならないタブーなのだ。

禁句だと言い換えてもいい。

噂自体はノーシェルも耳にしていただろうが、それをネシャスが肯定したことで、その信憑性も確かなものとなってしまったのだ。

『大司教』が『ロスベリータの判断に誤りがあった』のだと…………そう言っているに等しい。


「しかし…………部下から聞いていた通り、奴の使う"術"には、確かに違和感がありました。スキル特有の使用制限がなく、威力はブレブレで、決まった動作や呪文もなかったのです」

「だから…………ロスベリータ様の御判断は間違ってはいないと……?」

「左様でございます。アレは…………スキルとは異なるものです。おそらくは、『邪神』が何かしたのでしょう」

「『邪神』…………『ゾルアーク』ですか……」

「えぇ…………。…………思えば、奴の体格にも、明らかな異常が見られました。私の見た奴の体格は一般成人男性程度のもので、非常に健康的な身体つきをしていたのです。ロアフィールド家の地下牢で10年近く監禁されていたなどとは、とても思えないものでした」

「人違い…………もしくは、ロアフィールド家が手心を加えていた可能性は?」

「ありません…………。奴がロアフィールド家を執拗に狙っていたことや、それに類する発言も多々耳に入ってきておりますし、何より…………ロアフィールド家の次男『スバル・ロアフィールド』は、カザルによって惨たらしく斬殺されております」

「なるほど…………。一応、仲違いの可能性も捨てきれませんが…………スバルはトバルのお気に入りでしたものね…………。ちなみに、そのトバルはどうしたのです……?」

「現在は護衛をつれ、逃亡しているようです。…………どうやら、『ランドルフ・グレイガー』が一緒にいるようで、追手は全て消されてしまいました」

「『鉄壁のランドルフ』…………ですか…………。何であんなお堅い"軍人"さんが、よりにもよってロアフィールド家なんかに……」

「分かりません…………。また、同じくロアフィールド家にいたはずの『シャーキッド・ロンロン』はカザルについたようで、奴もまた、カザルと共に消息不明となっております」

「はぁー…………。何事も上手くいかないものですねぇ…………。やっぱり、私も一緒に対応するべきだったでしょうか……」

「………………」


ノーシェルは悲しげに憂いた表情を見せながらも、内心では色々と考えているようだった。

状況としては正に最悪だ。

カザルもトバルも行方が知れず、彼らの近くにいた人間たちは軒並み消息不明────。

そんな中、カザルによる街の被害も相当大きく、遺族たちのクレームも一向に後を絶たない状況ときている。

ここまでの大事件ともなると、犯人を直接引っ張り出す以外に、もはや解決の道など存在しなかった。

そうでもしないともう、民衆は絶対に納得しないだろう。

遺族の対応だけでなく、カザルが散々王都で暴れ回ったことで、住民たちはカザルに相当なトラウマを植え付けられているのだ。

晒し首にして明確に脅威が去ったと示さない限り、住民たちはいつまでも枕を高くして眠れない。
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