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【第五章】魔王

【第三十五話】強欲の化身 ⑥

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「嘘…………ッ!!嘘嘘嘘嘘嘘嘘…………ッ!!嘘よッ!!何で"押されてる"のッ!?『古代級』魔法なのよッ!?私の人生をかけて……ッ!!ようやく使えるようになった、ヒューマン史上最強の魔法なのよッ!?それが…………ッ!!何で…………ッ!!何でッッッ!!!!」


空から降り落ちてくる隕石には、ピシピシと大きなヒビが入り始めていた。

もう一刻の猶予もないだろう。

力の差は歴然だ。

あと少しもすれば、ローリーの切り札は崩壊してしまう。

だが…………

当のローリーにはもう、抵抗する術も力も魔力もスキルも…………何も残ってはいなかった。

全力だったのだ。

コレに賭けていたのだ。

コレが破られてしまえば…………もはや、ローリー出来ることは何もない。

そして────。


「あり得ない…………ッ!!あり得ないわッ!!こんな…………ッ!!こんなデタラメが…………ッ!!あり得ていいはず、ないじゃないのよォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


ローリーの錯乱した叫び声と共に、隕石はマグマの円柱によって、真正面から盛大にブチ壊された。

とんでもない破壊力だ。

巨大な隕石の破片が街の周囲に流星の如く降り落ちていき、二次災害が止まることを知らない。

隕石 vs 噴火は、どうやら噴火の勝利に終わったようだ。

噴火の発信源を見てみると、ディーグレアが余裕のある表情で、掌を上にかざしている姿がある。


(ふん…………。魔族とはいえ、"魔王"はそれなりにやるようだな)


恭司はそれを見て、刀をしまった。

『奥義』を使う必要はなかったようだ。

場合によっては戦いに介入する必要もあるかと思っていたが、流石は"元"魔王と言うべきだろう。

恭司が思っていたよりも、ずいぶんと強大な力を持っているらしい。


「グハァーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!なかなかの解放感だッ!!久しぶりに使ったが、まるで衰えはしていないようだなァッ!!非常に良い気分だぞッ!!」


ディーグレアはそう言って、高らかに笑った。

ローリーからすれば、悪夢の如く絶望的な展開だ。

気力も体力も魔力も使い果たし、もはやファイアーボール1つ分すら放つこともできない。

あとはただ…………座して死を待つのみ────。


「な、何なのよ…………。一体、どうすれば良かったっていうのよ…………。こんな化け物…………もう…………どうしようもないじゃない……」


ローリーの声には、悲壮感が目一杯まで込められていた。

魔王の登場自体が想定外なのに、その力があまりにも強大すぎていたのだ。

ディーグレアはそんなローリーを見て、満足げな笑みを浮かべてゆったりと歩み寄る。


「グハハハッ!!女ァ…………ッ!!なかなかやるではないかッ!!『古代魔法』とは流石に我も恐れ入ったぞッ!!たった一人で我とここまで戦えたのは貴様が初めてだッ!!光栄に思うがいいぞッ!!」


その声には、ホンの少したりとも疲労した様子は見受けられなかった。

デタラメで…………メチャクチャで…………あまりにも圧倒的な力だ。

当時のヒューマンたちはよくこんなものに勝てたものだと、改めて『勇者』の存在を思い浮かべる。

『魔王』に対抗できるのは、やはり『勇者』だけなのだろう。

力の桁が、あまりにも違いすぎるのだ。

ここに和也がいない時点で、レオナルドもローリーも、最初から既に詰んでいる。


「では…………戦いも終わったことだし、そろそろ"食事"にするとしようかッ!!今日は豪勢だなァッ!!」

「え…………………………?」

「これほどの上物だッ!!復活祝いにはちょうどいいッ!!舌が疼いて仕方がないぞッ!!"邪神"様にも感謝申し上げねばなァッ!!」 

「…………え?ち、ちょっと待って…………。"食事"…………って…………」


ローリーは一瞬、自分が何を言われたのか分からなかった。

いや、正確には…………分からないフリをした。

魔族がヒューマンを好んでよく"食べる"ことくらいは知っている。

だが…………

知識として知っていることと、自分がそれに対して覚悟があるかどうかは別の話だ。

誰だって、他人に『食べられて死ぬ』なんて最期は、嫌に決まっている。


「う、嘘…………。い、嫌…………ッ!!嫌よ…………ッ!!そんなの、嫌よォ…………ッ!!」


体力も気力も魔力も無く…………ローリーはその場にへたり込んで、本能のままに後ずさることしかできなかった。

もう走ることすら出来ないのだ。

ディーグレアはそんなローリーを見ると、嬉しそうな顔を浮かべながら、地面に座り込んだローリーを爛々とした目で見下ろす。

そして、その瞬間────。


ガパァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…………ッ!!


「ひ…………ッ!!!!」


ディーグレアの口が、視界を覆い尽くすほどに大きく開いた。

まるで巨大なカバのような…………関節を疑いたくなるほどに大きな口だ。

顎がいきなり胸の辺りにまで大きく拡張されて、ダラダラとヨダレが滴り落ちている。

間違いなく、このまま食べる気だ。

復活直後で腹が減っているのか、ディーグレアは抑えられないような恍惚な表情を浮かべて、座り込んだローリーにジリジリと迫り寄る。


「い、嫌……ッ!!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ッ!!嫌よッ!!嫌ッ!!嫌…………ッ!!嫌ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


ローリーはダダをこねるように、ひたすら叫び、喚いた。

戦場に出る以上、死ぬこと自体は覚悟している。

そう言って、皆を送り出してきたのだ。

誰かの生を奪う者は自らもそれを覚悟しなければならないと…………そう言って、聞かせてきたのだ。

自覚も覚悟もしている。


でも…………ッ!!


死に方くらいは、もっと報われてもいいだろうッ!!

こんな酷い死に方じゃなくても良かっただろうッ!!


これまで…………


ローリーは辛い修行にも耐えてきたし、皆と力を合わせて、様々な華々しい実績も残してきた。

講師として新人の教育にも力を注いできたし、パーティの重要性や準備の大切さも説いて、ヒューマンの生存率を大幅に上げてきたのだ。

善行を積んできたはずだ。

感謝も沢山されてきたはずだ。

自分は…………ヒューマンに大きく貢献してきたはず────。

真面目に、実直に、精一杯…………人生を注いで力になってきたはずなのだ。

それなのに────ッ!!


「いただきまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁすッ!!」


こんな最期はあんまりではないかッ!!

何も報われないなんて酷いではないかッ!!

どうして私なのだッ!!

他にも、悪い奴やサボってばかりの無能が沢山いるじゃないかッ!!


(何で…………ッ!!何で私が…………ッ!!)


こんな最期は嫌だッ!!

生きたまま腹の中で養分にされるなんて嫌だッ!!

せめて人の形は残したいッ!!

自分の痕跡が無くなるなんて嫌だッ!!

どうか墓を……ッ!!供養を…………ッ!!


「や……ッ!!やめてェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!」


しかし…………


グッッッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


そんなローリーの断末魔の叫びも虚しく、大口を開けたディーグレアによって、ローリーは上半身を食いちぎられた。

残された下半身からは血が盛大に噴き出し、真っ赤な噴水のようだ。

上半身はもちろん、ディーグレアの口の中────。

ディーグレアは「ガリガリ」「グチャグチャ」と咀嚼音を鳴らしながら、美味しそうに表情を歪める。


「おぉ…………。やはり、王たる者の食事は、"生"に限るなァ…………。これだけでも、帰ってきた甲斐があるというものだ」


満足気に呟かれる声────。

残されて血を噴き出し終わった下半身は、上半身を失って力なくその場に横たわった。

ディーグレアの残した部分は、エルフやコボルトたちの食事となることだろう。

魔族にとっては、上等なスキルや職業を持つヒューマンはご馳走なのだ。

あわよくば、『進化』の糧になる可能性もある。


そうして…………


兎にも角にも────。

魔族とヒューマンによる戦いは、魔族…………いや、恭司の勝利として、幕を下ろしたのだった。

完全勝利だ。

コレで、ヒューマンと死の森の"最前線"である『トラントスの街』は、魔族側の支配下となる。

だが…………

恭司にとって、コレはまだ手始めに過ぎなかった。

最初に最も厄介な街を潰したことは大きいが、未だヒューマンの街は数多く残っているのだ。

『軍』としての勢力も集めなければならないし、やるべきことは多い。

恭司はディーグレアやシャーキッド、ウルスにニーニャやエルフたちを見て、表情を綻ばせた。

心地よい達成感だ。

人材は徐々に、整いつつある。

やることは多いが、"これから"のことを考えると、楽しみで仕方がなかった。

ここから始まるのだ。

今はまだ、魔王としてのスタートを切ったばかり────。

恭司の世界に対する『侵略』は、この日を境に、より加速度を増していくことになる。

新魔王の登場に、先代魔王の復活────。

今日のこの時を境にして、時代は動き出した。

もう秩序は既に、崩壊の道を歩み始めたのだ。

世界的な巨悪たちと魔族が手を結び始めたことで、少数ながら、その勢力は無視できないほどに大きくなりつつある。

ヒューマンや"亜人種"たちにとっては…………正に、"最悪"の時代を迎えつつあった。

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