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【第四章】魔族

【第二十四話】死の森 ④

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「ご馳走様…………。助かったぞ」


ニーニャの用意したクワイトスの実を全て平らげた恭司は、そう言ってお礼を述べた。

他人にお礼を言うのは久しぶりのことだ。

恭司は基本的に他人からは何でも『奪う』ため、施しを受けること自体が少ない。

ニーニャの方を見ると、その様子にかなり満足そうな表情を見せていた。


「美味しそうに食べてくれて嬉しいニャッ!!持ってきた甲斐があったニャ~」


能天気なものだ。

他人を疑うということを知らないのではないかとすら思える。

満身創痍でロクに動けなかった恭司を治療し、そればかりか食事まで与えて…………。

このまま恭司が襲い掛かりでもすれば、一体どうするというのか。


(でも、助かったのは事実だ)


恭司はため息を吐き出しつつ、身体の調子を確認した。

まだ動きに多少ぎこちない所はあるが、許容範囲内だ。

三谷の技も、基本技くらいなら問題なく出来そうに思う。

これなら、そこら辺の冒険者や兵士くらいなら特に苦戦することもないだろう。

レオナルドやローリーくらいが相手になると分からないが…………。

とにかく、動けるのなら次の方針を決めるべきだ。

逸れたウルスやシャーキッドたちと合流するか、このまま身体の調子を整えるか────。

恭司は少し考えた所で、嘆息する。

考えるまでもないことだ。

そんなもの、恭司の性格を考えれば"後者"に決まっている。

しかし、

そのためにはまず、第一にやらなければならないことがあった。

『情報収集』だ。

今のうちに、知れる情報はなるべく多く持っておいた方が良い。


「なぁ、聞きたいんだが…………ここは『死の森』ってことで間違いなかったよな……?魔人や魔獣なんかの『魔族』がいっぱい住んでるっていう……」

「そうニャッ!!何を隠そう、私もその『魔族』の一人だからニャッ!!」

「…………魔族っていうのは、皆普段はどういう風に過ごしているんだ?」

「……??そんなの人それぞれだニャ?同族同士で固まっている奴らもいれば、私みたいに『奥地』で"孤高"に過ごしている奴もいるニャ」

「孤高ねぇ……」

「何か言いたげなようだけれども…………私のような奴は別に珍しくないニャ。魔族は基本的に自由だからニャ。各々で好きなように生きているニャ」

「街や村みたいなものはないのか?」

「無いニャ。大昔はとっても偉い『魔王様』がいたから、その時はあったらしいけど、当時の勇者……?とかいうヒューマンと相打ちになって、そのまま瓦解しちゃったニャ…………。おかげ様で、今となっては魔族たちはヒューマンに逐一各個撃破されちゃう始末ニャ……」

「誰も次の魔王にはなろうとしないのか?魔族の中にも強い奴はいるだろう?」

「強い奴はいるけれど、魔王になろうとする奴なんていないニャ。魔族は基本、食うか食われるかの二択だからニャ。それは『魔族同士でも言えること』ニャ。食わずに仲間にしちゃう辺り、当時の魔王様が奇特だったのニャ」

「ふむ…………。確かに、俺のいた世界にも魔王なんてものはいなかったしな」

「カザルの前世にも魔族がいたのかニャ?」

「あぁ。美味しかったぞ」

「食う前提ニャッ!?魔族を食うヒューマンは今のところ見たことないニャ…………。逆はよくあるんニャけれども……」

「俺のいた世界は、ヒューマンの戦力が非常識なくらいにメチャクチャ高かったからな……。…………魔族にとっては、ヒューマンはやっぱり美味いのか?」

「美味いニャッ!!特に、ロスベリータの加護とかスキルを沢山持っている奴が一層美味だニャッ!!それに、魔族は基本的にロスベリータの加護持ちのヒューマンを食べるとパワーアップするのニャッ!!だから、けっこう外に出てヒューマンを狩りに出掛ける奴も多いニャッ!!」

「へぇ…………。俺はちなみにどうなんだ?一応、お前らの言うヒューマンなわけだが……」


恭司がそう言うと、ニーニャは少し黙って考えだした。

改めて観察するような仕草だ。

ニーニャは恭司を上から下までジックリ眺めると、見終わった瞬間にカッと目を見開く。


「めっっっっっちゃ不味そうだニャッ!!腹を下しそうな気しかしないニャッ!?ロスベリータの加護どころか、怨念……?みたいなのを感じるニャッ!!パワーアップどころかダウンしそうニャッ!!本当マジ無理だニャッ!!」

「喜ぶべきか怒るべきか迷うリアクションだな…………。まぁ、何となく分かったよ。その感じだと、俺がこれから"魔族を食って"も、問題ないか?」


ニーニャの身体が、途端にピクッと揺れた。

警戒の反応だ。

さっきまでの穏やかな空気が、少しずつ剣呑な雰囲気へと変わっていく。


「何ニャ…………?カザルはやっぱり、私たち魔族の敵なのかニャ?」


ニーニャから仄かに殺気が漏れ出てきた。

ここは恭司のいた世界ではなく異世界で、ニーニャは魔族なのだ。

強烈な死のオーラが辺りに滲み出し、近くにいた鳥や虫が一目散にこの場を離れていく。

どうやら、力を持っているのは本当だったようだ。

となれば、さっきの孤高……?とかいうのもあながち間違ってはいないのかもしれない。

これほどの力を持った魔族は希少だ。

恭司の前世にもいなかった。

仮にいたとすれば、戦力を集結させて即討伐の流れになっていただろう。

それくらい、危険度の高過ぎる存在感だ。

恭司は静かに首を横に振る。


「別にそうは言ってないだろう?俺はただ、飯を多く食べたいだけだよ。魔族の肉は美味いからなァ……。さっき魔族同士でも食い合うって話を聞いていたから、もしかしたらと思ったのさ」


恭司は涼しい顔でそう答えた。

勝てないとは言わないが、このニーニャと今の状態で戦うのは骨が折れそうだ。

確実に長期戦になる。

それに、こんな調子でも、ニーニャは恭司の恩人でもあるのだ。

余計な戦闘は避けたい。

流石に恩人にまで手を掛けるほど、恭司の倫理観は壊れてはいなかった。

相手が強いなら尚更だ。

物怖じしない恭司が不思議なのか、ニーニャは恭司に怪訝そうな目を向けつつ、会話を続ける。


「それは…………どんな種族を目的としているニャ?私の『眷属』だったら、いくらカザルでも許さないニャ……」

「眷属とかもあるのか…………。一応、今のところは『オーク』で考えているんだが…………ダメだったか?」

「………………」


ニーニャは少しの間沈黙した。

その眷属……?かどうかも含めて、色々と考えているのだろう。

ニーニャにとっては、オークも一応同族なのだ。

魔族に敵対する存在として、恭司のことを品定めしているに違いない。


(失言だったか……?)


恭司は刀に手を掛けた。

向こうがやる気になったのなら仕方のないことだ。

心苦しいが、殺すしかない。

だが、

それからほんの数秒経つと、考えがまとまったのか、ニーニャはいきなりニコッと笑った。


「オークなら大丈夫ニャッ!!あいつら増えて増えて仕方ないから、ちょっとくらい減らしてくれた方がこっちも助かるニャッ!!」


どうやら、オークは別に大丈夫らしい。

魔族に組織的なものは無いが、『眷属』という関係性は一応あるようだ。

魔族の社会は難しい。

理解するには、もう少し話を多く聞いた方が良さそうだ。

ニーニャの眷属とやらも聞いておいた方がいいだろう。

知らなければ、そのまま知らずに斬ってしまうかもしれない。

識別は必須だ。

といっても、言われた所で見分けられるかどうかは別の話だが…………。


(それに、新しく身体作りも急がなきゃな……)


手慣れた魔族相手にしくじることはないだろうが、まだ基本技しかマトモに使えない状態では心許なかった。

中にはヒューマンの恭司を見て問答無用に攻撃してくる奴もいるだろうし、それを考えても、身体の強化は急いだ方が良さそうだ。

オーク相手ならおそらくは大丈夫だとは思うが、この世界のオークが恭司のいた世界のオークと同じとは限らないし、集まって囲まれた場合、苦戦する可能性もある。

しかし、それでも尚…………

恭司はここで立ち止まるわけにはいかなかった。

レオナルドやネシャスが、いつここまで追いついてきてもおかしくないのだ。

悠長に準備して挑んでいる暇はない。

そこは賭けだ。

とにかく今は食べて食べて…………

かつての力を取り戻すまで、殺って殺って殺るしかない。


「でも、カザルすごいニャね?私今、けっこう本気で威嚇したのに、まったく動じた様子がなかったニャ。実はけっこう強いのかニャ?」

「まぁ、それなりにはな……。ところで、オークが良いなら、そいつらの住処を教えてくれるか?奴らの肉は、特別美味しいんだ」

「オークの肉が美味しいなんて、変わった味覚だニャア…………。まぁ、そういうことなら案内するニャ。私は戦闘に関わるつもりはないけれども、そこは大丈夫かニャ?」

「あぁ、構わない。助かるよ」

「お安い御用だニャッ!!」


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