終わる刻、始まりの場所

七海月紀

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12話

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 賑やかな市場を抜け、しばらく歩くと街の風景が変わった。ぎゅうぎゅうとひしめくように並んで家や商店が減り、壁に区切られた区画に、広々とした庭を持つ家が増えてくる。
 家……というか、お屋敷だな……
 見慣れない町並みをキョロキョロと見回しながら歩くナユタとマナの足は自然ゆっくりとした足取りになる。それを後ろから肩を叩いたり、声をかけたりしながらようらんの後を追う。
 ……藍の様子が少しいつもと違う気がするのは気のせいだろうか。
 普段の藍なら、一番歩くのが遅い人のペースに合わせて歩いてくれる。でも、今日はそわそわしていて少し落ち着きがなく、歩くスピードも速い。
 ナユタたちと一緒に小走りに藍の背中を追っていくと、藍は大きな屋敷の門の前に立っていた。いつもはにこやかなその表情が、今は少し曇っているように感じる。ちょっと眉間にも皺が寄っている。
 燁たちが寄ってきたことに気付くと、藍はパッと表情を柔らかくして微笑んだ。
「藍、ここは?」
「オレの実家」
 燁の問いに答える藍は、苦虫を噛み潰したようなどこか居心地の悪そうな表情だ。
 『実家』というものがない燁にはわからないが、『帰省』はそんなに嫌なものなのだろうか。
「いいか。今から何を見ても驚くなよ?」
 グッと燁たちに身を寄せて言う藍の迫力に、三人は大きくコクコクと頷く。
 それを確認した藍は、フーっと軽く息を吐いて門扉に手をかけた。
 カラカラカラ……
 乾いた音を立てながらスルスルと開いた門をくぐり、一歩足を踏み出すと……
「すご……」
 ナユタが思わずと言ったふうに声を漏らす。
 そう、すごかった。
 玄関まで繋がるであろう導入路には敷石が敷かれ、その周りには白い石が敷き詰められている。小道の左右には四季折々で様々な顔を見せてくれるのであろう木々や花々が植えられている。今の季節、木々は濃い緑を茂らせ、日差しを緩やかに地面に届けているが、やがて葉を色づかせきれいな紅葉を見せてくれるのだろう。少し離れたところで水音もするので奥には池でもあるのかもしれない。
 ……これが実家?
 藍の育ちがいいことは、うすうす感づいてはいたものの、これほどのお屋敷に住んでいるような坊っちゃんだとは思ってもおらず、燁はちょっと面食らう。
 藍の食べ物を食べるときの所作やちょっとした動きは常に上品というかきちんとしているというか……。燁が、幼い頃に藍に礼儀作法や行儀を教えてもらっておいて良かったと思ったことは、一度や二度ではない。
 燁たちは、ちょっと重そうな足取りで進む藍のあとをキョロキョロ辺りを見回しながらついて行く。
 と……
「らーーんーー!!」
 騒々しい足音と大きな声が耳に届いたかと思うと、藍に向かって何かが飛びついた。
「おかえりーー!!寂しかったよーー」
 がばっと飛びかかってきたそれを、慣れているのかこともなげに受け止めて藍は続ける。
「はいはい。ただいまただいま」
 ぎゅーっと抱きしめる何者かの頭を慣れた手付きでポンポンと軽く撫でて、藍は小さく溜め息を吐く。
「あーー!藍、溜め息なんて吐いちゃダメだよ。幸せが逃げてくからー」
 藍の胸から上げられた顔の造作は、藍に良く似ている……ような気がする。ちょっと困ったように下げられた眉の下で輝く瞳は、藍と同じコバルトブルーだけど、艶めく濃い茶色の髪をハーフアップにして束ねている。
 ……性別がわからない……
 燁がじっと見ていると、彼(彼女?)がパッとこちらを見て慌てて藍から離れる。
「やだ!お客さんも一緒じゃないか!」
「連絡してただろ?」
「……??」
「……」
「あぁ!」
 ポンッと手を叩いた彼(彼女?)の頭の上に豆電球が着いたような気がしたのは燁だけではないはずだ。
「そう……そうだった。連絡来てたね。昨日。兄ちゃんすっかり忘れてたヨ☆」
 テヘッと舌を出してウインクを飛ばされた藍は、盛大な溜め息を吐いた。
ゆかり……しっかりしてくれよ……そんなんで店大丈夫か?」
 再び溜め息をつく藍の様子から、どうやら彼は男性で、藍の兄のようだ。
「お店は大丈夫だよ。母さんはまだまだ現役だし、若女将もがんばってる。わたしの仕事はお店の着物を着て出歩くことくらいだからね」
 クルッとその場で回ると、桜色の羽織がふわりと広がる。香を焚き染めているのだろうか、何だかいい匂いも漂ってきた。花の香のような柔らかい優しい香りも桜色の羽織も、彼に良く似合っている。
「自己紹介が遅れたね。わたしは藍の兄のゆかりだよ。よろしくね」
 紫と名乗った青年は、燁たちに向かってにっこりと微笑む。その瞳は藍と同じ深い青だけれど少し下がり気味の眉と目尻のせいだろうか、まとう雰囲気は藍よりもずっと柔らかい。
「初めまして、燁・ライファです」
「君が燁くんか!噂に違わぬ美しい髪と瞳だね」
 にこにこと言う紫の瞳が一段と優しくなる。
「君を待っている人がいるよ」
 そう言って、紫はふわりと燁の頭を撫でた。
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