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第四部 ダンジョンマスター 後編

群衆王の軌跡

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「ようやくここまで来たか......」

 掲示板にて「群衆王」の名を授かった男が、整列した兵を見て感動していた。
 兵とは言っても、ウルフ、つまり狼がメイン、という形になっていた。

「やっと軌道に乗ったね」

「あぁ、そうだな。やっとだルナ。これで俺は......」

「これで、俺は?」

「......いんや、なんでもない。さぁ、今日は宴だ! 統一を、この魔の森征服完了を、祝おうじゃないか!」

 その瞬間、リーダーが遠吠えを上げた。そしてそれに続くように部下たちが、訓練中も合わせれば一億を下らない量の狼たちが、一斉に空を響かせた。

 しかしそれに反して群衆王その人――――遠藤 浩二は、どこか苦し気な表情を浮かべていた。

「さて、宴だ!」

 貼り付けた笑みを浮かべ、狼の食事を盛大に用意した。
 ひくひく、と口角が動き、頬が痙攣している。笑顔に慣れていない証拠だ。

「ねぇ、ちょっとこっちに来て」

 ルナに言われ、俺は一度宴の席を離れる。




「どうしたんだ? ルナ」

「まだ、元の世界に未練があるの?」

「ッ......まぁ、そうだな。帰れるなら、帰りたいと、今でもそう思うよ」

 ダンジョンの一室、いつもは会議室に使用している部屋でいきなり本題を切り出された。
 嘘を嫌い、建前を嫌うルナの性格らしい行動だ。

「違う。帰りたいけど、帰れない。それはポイントの問題だけじゃないでしょ」

「はは、やっぱりばれるか。僕も少しは隠すのがうまくなったと思ってたんだけどなぁ」

「そんなことはない。私にかかれば嘘も建前も丸裸。それで......どうするの?」

 このどうするの、には流石にトントン拍子で答えを返すわけにはいかなかった。
 もしポイントがたまったら。もし帰ることが出来る環境になったら。群衆の王が、群れの長がいなくなってしまうということを受け入れて、それでも元の世界に帰るのか。

「まだ、その時じゃあないし。ま、そうなってから考えても遅くないと思うよ」

「......そう。わかった」

 ルナは扉の前まで移動して、そこで立ち止まる。

「けど、早めに決めといたほうがいいと思うよ」

「......あぁ、分かってる」

 少し苦し気な彼の声が聞こえたからだろうか。ルナは振り返らずに扉を開けた。

「はぁ......俺ももうすぐ、かな」

 そう独り言を漏らし、遠藤 浩二から群衆王へと、また仮面をかぶりなおした。

 宴に欠員がいるなんて、楽しくないだろうし。
 宴のことを考えるが、結局思考はこの後の行動へと持って行かれてしまうのだった。



「ねぇ......今の話、嘘じゃないよね」

「嘘じゃないと思うよ......」

 会議室の隅。一つの机の下から二つの影が伸びた。





「ねぇ、浩二はいなくなっちゃうの?」

「ねぇ、浩二はどこにいくの?」

 最初は捕虜として捕まえた二人の子供だったが、背が伸びて、魔力も多くなっているようだ。
 けれどまだ精神的には未熟なようで、浩二は二人の父のように接していた。
 だからこそ、二人は先ほどの会議室の会話を盗み聞きしたことで、不安が体を突き動かしたような形になっていた。

「その話はどこで聞いたのかな?」

「いや......別に」

「特に......何も」

 二人はそろって口を濁した。

「はぁ......どうせさっきの会議室のところだろ。まぁ怒らないし、俺もまだ、どこかへいなくなる予定はないよ」

 先ほどの会話を聞いていたから、誤魔化せないだろうけれど、気休め程度に、と思って発した言葉に、二人は涙目となっていた。

「よかったぁぁぁあ」

「よかったよぉぉぉ」

「はは、ははは」

 群衆王として、部下を不安にさせる要素は極力排除するべきだ。
 だから、だからこそ。

「ルナ、これだから、俺はまだ無理そうだ」

「確かに」

 ふっ、と、珍しく笑った......というか、鼻で笑ってきたが、俺の言いたいことは伝わったようだ。

「群衆の長として、群衆王として、二人の保護者として、まだやらなければならないことばかりだ」

 敢えて口に出し、覚悟を決める。
 この森の征服も、スタートライン。

 これからの戦いが、本番だ。
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