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第二章

2-2 捨てる覚悟を

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「やはりですか」

「あら、予想はついていたのね。いつくらいかしら?」

「まぁいろいろありましたが、確信したのは今日の朝。こちらの月日に合わせて答えるなんて、前に召喚した人の知識、としか説明がつかないでしょう」

「あら、やはりそこだったのね。まぁいいわ。今日の午後は休みなさい。図書室、右端から三番目、下から七段目の本。行ってきなさい」

 急な午後の訓練の休みに戸惑ったが、この展開から察するに、図書室にその情報があるのだろう。
 科学王のデータか、はたまた異世界召喚の歴史か。

「はぁ......分かりました。今すぐに行きましょうか」

「えぇ、可能ならそれが一番良いわ」

「わかりました」

 図書室へと、移動を開始する。
 正直、この時点でこの周回は捨てだ。少しでも最終回に、有用なデータを持って行きたい。まぁ、何か悪いことが起きたわけではないが、全体の盤面がわからないのに、初見フルコンだなんて難易度が高すぎる。

 道行く使用人一人ひとりに道を聞きながら図書室を目指す。
 メイド、執事、メイド、メイド、執事。
 ひたすらに聞きまくってたどり着いたのは大きく、そして誰も開けてないのではと思うほどに古びた扉。
 押すとギギギィ、と嫌な音を立てて扉が開く。

「あら、いらっしゃい」

 そこにいたのは一人の女性。

「あ、こんにちは」

 さっさと目的の本を探しに行かねば。
 確か......これか。

 特にタイトルも書いていない本を取り出す......と思って、その違和感に気づいた。
 本をとるには、いささか重すぎる。
 俺は思いっきり、力を込めて引いたら、抜ける一歩手前で止まり、どどどっ、と重い音が鳴り響く。

 数秒後、目の前には大の大人でも通れるような隙間が、本棚と本棚の間に生まれた。

「うお......ファンタジー」

 思わず俺は息を漏らす。
 なにせこんなにもテンプレを踏襲した隠し部屋が置かれているだなんて、誰も考えないだろうから。
 少し歩き、周囲を見ながら少しずつ進む。
 しかし何か特別な背表紙をした本があるわけではなく、罠などがあることもない。
 そして少し開けた所にたどり着く。たくさんの本が収納されており、背表紙も割と怖いものばかり。闇取引の帳簿だったり、教会との裏のつながりだったり......こんなもの、世界に残さないほうがいいのに、なんで残すんだろうか......ま、最後まで相手を信用していないから、少しでも交渉の手を残しておきたかったのかも。

 ズラリと並んだ本から、目当ての本を探す。百は下らないであろう量の本が収められていたが、案外早く見つけることが出来た。赤い、というより少し暗めの赤の色一色に染められた本を手に取った。さて、読むか......この情報が果たしてどこまで役に立つか。この周回、そして最後の周回に。

 パラ――――
 長年、開けられないであろう部屋なのに一切埃っぽくない部屋の中に、紙とインクの匂いが微かに漂う。
 何処からか、微かに届いている光を頼りに、本を読み進める。




 ――――科学王。

 その存在が名を轟かせたのは、ここ数十年の話ではない。
 歴史を語るには、この国の最初の勇者召喚――――神聖歴、元年となる神聖な年から語らねばならない。
 神聖歴元年に、数人の賢者が神の知恵と力を借りて、異世界より勇者を召喚する魔法を作り上げた。
 代償として支払う魔力こそ膨大なものだが、そのリターンは大きなものになると、そう皆が確信していた。
 その魔法は想定通りの働きをして、四十名を召喚することに成功した。一代目、勇者の誕生である。
 勇者は街を回り、敵を打ち倒し、わが国を豊かにしながら魔王を目指した。そこまでは想定通りだったのだ。
 想定外のことが起きたのは、魔王との、最終決戦だった。
 魔王へとどめを刺す、というところで、勇者一行のうちの一人、スキル『創造者』を持っていたサポーターが裏切り、勇者パーティーは壊滅した。
 その創造者こそが、今もなお四天王最強として君臨し、これから先数百年はその名を轟かせているであろう『科学王』である。
 彼の装備は我々の知らぬ技術が使われており、理解が及ばぬというのに、魔力を使わずに人を塵のように吹き飛ばしたり、逆に人を癒すこともできる。単騎の能力でも上位、さらに彼の創造した装備を着た軍がいることから、集団戦も申し分ないと推測できる。
 ――――この文章が、いつか勇者に届き、彼を打ち倒してくれることを、切に祈っている――――






「ふぅ......」

 綴られていたのは彼が科学王として君臨するまでの経緯、彼の能力、彼の特徴、そして弱点らしきものなど、この著者が見たあらゆる情報だった。

「しっかし、推測が当たるとは......」

 俺の頭に浮かんでいた推測。
 俺たちの前にも勇者が召喚されたことがある、というもの。いかにもベタなもので、そして一番面倒なものだ。
 理由の一つとして、勇者の行動が読まれている、というものだ。
 時代がどれだけズレているか、元の世界との時差がどれだけあるかわからないけれど、きっとこの科学王は同類だ。テンプレを踏襲し、きっと生産チートをしてその座にたどり着いたんだろう。

 ならば面倒なのは......行動パターンがきっと読まれていることだろうか。向こうが悪役を演じてテンプレを用意してくれるならそれに乗る以外の選択肢はないんだけど......自分が倒されるためにわざわざ敵に塩を送る必要もないと思う。なら、今、するべきことは。

「あぁ、あれが......」

 二回目、俺を連れ去ったあの男は、年齢がわからない男性は、科学王だったのだろうか。

 というより、なんかそんな気がする。発言的に。

「うっわ、めんどくせぇ......これから来るわけだろう? 俺が死んだのをトリガーにこっちに来たわけじゃないだろうし......」

 もし、こっちに来た理由が俺が死んだ、という理由なら今回は来ないだろうが、そんな便利なアラーム、あるはずがない。確実にこっちに二人は来る。敵地のど真ん中だろうに、こっちに来る理由は......

「あぁ、テンプレだな。弱い最初のうちに倒しに来るタイプか、はたまた誰かを勧誘しに来ているのか、そんなもんだろ」

 謎が少しずつ紐解ける感覚。頭の中で整理がついた俺は、この周回の目的を設定する。

「情報を集めて、次の周回で一気に決める」

 ――――俺は、早くもこの周回を捨てる覚悟を決めた。
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