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僕が残し、僕が遺せたもの

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「起きなさいジェイド! もう朝よ!」

「はぁーい」

 母親のその声を聞いて、彼、ジェイドは閉じかけていた目を無理やり開ける。

 まだ少しかすむ視界。右手で目をこすり、視界が少しばかりクリアになったとき、目の前には一緒に寝ていたかわいい妹、クレアが目を輝かせながらこちらに上目遣いをする姿があった。

 二度寝をしないよう、ジェイドは起き上がると、たちまちクレアは母親から受け継いだその癖のない綺麗な銀髪を揺らしながら、兄に抱き着いた。

「おにいちゃん! きょうはなにしてあそぶ?」

「きょうはあそびにいけないんだ、ごめん!」

「ぶー、わかった」

 少し機嫌の悪くなったクレアだったが、きっと今日の夜には元気で可愛くなっているだろう。
 そう考えながら、ジェイドは窓を開けた。
 朝日が暗い部屋いっぱいに差し込み、明るく照らす。風が緑をのせて運んできた。涼しく、しつこくないその風をジェイドは体いっぱいに受け止める。

「ほら、ジェイド。今日は天啓の日でしょう!ちゃんとした服着て、準備してちょうだい!」

「わかってるって!」

 天啓の日、それは神様からのスキルを確認できる日。
 神から与えられたスキルによっては村人から国を救う英雄が生まれたりと、今後の人生を左右する重要なものだ。
 この国では十歳になった子供を一斉に集めて天啓の日とし、スキルを確認できる『ステータスプレート』というものを配られる。

 そこに乗ったスキルが、一人につき一つだけの、人生を決める技能となる。

 人生を決めるスキルという要素。だが、人生をここまで狂わさせられるとはさすがに誰も考えなかっただろう。





「ほーら、ぼーっとしてないで、朝ご飯食べて!」

「はぁーい!」

 ジェイドは急いで朝ご飯を食べると、天啓を受ける場所へと向かった。

「おはよ! ジェイド!」

「おはよう、ジェイド。」

「おっす! ジェイド! いつも通り朝に弱いなぁ!」

「あら、ジェイド。おはよ。」

 いつものように挨拶してくれるセレナ、キッド、グリード、エマ。彼ら四人が、僕の幼馴染。この小さな村では珍しい、みんなが同い年だった。

 天啓を受けるのが五人というのは、この小さな村ではやはり大変珍しいことで、村中が集まってその天啓の儀式を見に来ていた。

「それでは、ステータスプレートの授与を始める。五名は、前へ。」

 神官の言う通りに、ジェイドたちは前へと歩いていく。

 神官は五人にステータスプレートを渡し終えると、すぐに戻っていった。

「それでは、皆のスキルに幸あらんことを」

 その神官の言葉で、天啓の儀式は終了した。




 しかし、驚くのはここからだった。

 突然、五つのうち四つのステータスプレートが光を放ち始めたのだ。

 そして神官が驚く。

「こ、この村に! 聖女が誕生したぞ!」

 その言葉を聞いた村人は、一斉に祭りの準備を始めるのだった。
 ただ一人、ステータスプレートが光らなかったことには誰も触れず。












「なぁ、みんなスキルなんだった?」

 そう聞いたのはグリードだった。

「僕は『魔法威力上昇(極)』みたいだ。とても強いと村の人が言っていたよ」

「ちなみに俺は筋力増加だ! その隣のやつ、これなんて読むんだ?」

「あぁ、グリードも同じ極ってやつなのか! これはすごい!」

 キッドとグリードは二人して喜んでいた。

「私は『聖女』って書いてある。何ができるかわかんないんだけど......」

「それ、すげー!」

「私は魔力が増えるから、魔法使いになれるって!」

「本当か! すごい!」

「ジェイドはどうだったの?」

 セレナは聖女、エマは魔法使いになれると喜んでいたが、僕は......

「何も、書いてなかった」

「スキルをもらえなかったって言うのか!?」

「わかんない、わかんないよ!」

 ジェイドは仲間外れにされたと涙をこぼす。いつも彼らの中心にいて、泣くところなどそれこそここ数年見ていなかったがジェイドを四人は慰める。

「今まで五人だったんだから、きっとジェイドもすごいことできるって!」

「そうだぞジェイド!」

「俺も応援してるぞ!」

「そ、そうよジェイド! なに泣いてるのかっこ悪い!」

 かっこ悪いに反応してジェイドは泣くのをやめる。スキルがなくたって、俺たちはいつも五人なんだな!
 ジェイドの心はそう結論を出し、単純に晴れやかなものになるのだった。























 それから五年の月日がたち、ジェイドたちは十五歳、立派な成人を迎えた。




 この年になると少しは性を意識し始め、ジェイドはセレナに想いを寄せ始めた。
 またエマは変わらずキッドに想いを寄せていた。
 ジェイドもエマも、想いを寄せる相手にアピールをしたいと思うのは当然の感情といってもいいだろう。
 しかし、この村においてかっこいいところを見せられるのは狩りだけである。
 そのうえ、毎日一緒にいたため、結構な『何か』をしないと、意識すらしてもらえないのだ。
 そしてジェイドはそれに加えて毎日、ほかの四人がスキルを使って狩りをしている中、スキルなしで頑張ってついて行った。
 けれど、やっぱり足手まといなことを否定はできない。
 そう心の奥底で悩んでいたジェイドは、成人の日、別れを告げるつもりだった。

 彼女は『聖女』というスキルを持っているのに、スキルを持たない男が付き合えるはずがない。
 誰かに言われたわけではないが、その言葉がジェイドの心を渦巻いていた。
 そしてジェイドは一人決心をした。すべてを諦めると。この感情にも、この関係にも。自身と彼女をつなぐ一切を。







 しかし、別れを告げることはできなかった。
 それは、ジェイドが今まで引きずってきた行動力の低さと、突発的な異常によるものだった。

 今日も、毎日のように窓を開けた。
 いつもと変わらず朝日は部屋いっぱいに入り込む。が、今日は風が吹いてないようだ。毎朝風が吹いてくるのに、今日は珍しい。
 もう成人の日。
 ジェイドは、今日には話すと決めていたものの、今までを続けたい、その気持ちが気分を暗くして行った。
 二度寝をして太陽が真上に上りかけているころ、ようやっとジェイドは外に出た。
 もうみんなは集合して、楽しくやってんだろな......
 ライズの脳内は、どうやって話を切り出そうか、その一点に染まっていた。
 太陽が明るく照らしているはずなのに、俺の心はいつまでも晴れない。ずっと雨が降ってるみたいだ。
 太陽が沈む方角を見ると、分厚い雲がかかっていた。きっともうすぐ雨が降るだろう。それまでに―――――

 が、広場へと向かった時、そこにいつもの風景はなかった。
 壊れた道の舗装。欠けた水路、そして元の姿を残していない家。

 そして飛び散る血、血、血。

 それが何の血なのか、それを考える余裕など、この場の誰にもなかった。






 彼らの『日常』は、すでに壊れていた。






「おい! ゴブリンだ!」

「子供たちを先に逃がせ!」

 突発的に発生したのはゴブリンの襲撃。
 それにより村が一瞬にして戦場と化す。
 その大人たちの大きな声。
 ジェイドたちは、大人に連れていかれるようにして村から逃げさせられかけた。
 しかし。

「僕たちはもう大人だ! 村を守る!」

「......あぁ、分かった」

 そのキッドの声を聴いた大人たちが、やむなくジェイドたち四人を村に残ることを承諾した。

「クレア。先に逃げてくれ。お兄ちゃんたちは、ちょっと行ってくるよ」

「わかった! また後でね!」

 クレアを先に逃がし、ジェイドは覚悟を決め声を上げる。

「僕たちの村を、僕たちで守るぞ!」

「「「「おー!」」」」

 足手まといでも、やってやる。
 ジェイドの心の底には、やはり幼馴染とは別れたくない気持ちが残っていた。




「グゲェ!」

 そんな醜い叫び声が聞こえる。
 戦場と化した村は、元に戻すのに相当な年月がかかるだろう。
 あちこちの家は倒壊し、かろうじて形を保っているものも壁が貫通したり、窓が割れていたり、屋根が落ちていたり。無事な家など一つもなかった。畑は踏み荒らされ、食べられるものなど残っていないだろう程に荒れていた。

 しかし、それでもほとんど瓦礫と化した村を守るようにして、ジェイドたちはゴブリンに立ち向かった。












 狩りで得た技術、彼らのスキル。それらが相まって、ゴブリンを難なく倒していた。それによって村人側は戦線を維持し、戦闘を継続できた。また死にさえしなければほとんどの傷をいやすことのできる『聖女』という存在があったことも大きい。
 大きな損害もなく、戦闘は続く。終わりはまだ訪れない。

 数が多すぎたために、村人たちはどんどん疲弊していく。
 それもそうだろう。瓦礫の周りにはいくつもの死体の山が出来上がり、それでも足りないと言わんばかりに周囲の平原や森には死体が転がっていた。
 しかし敵の増援はそれを気にする様子なく踏み越えるようにして襲い掛かってくる。

 殺し、殺し、殺し、殺し殺し殺しコロシコロシコロシ――――――――
 ただひたすらに、目に映るゴブリンを。
 異常、としか言えない数のゴブリンを、ひたすらに、ひたすらに。











「もう、終わりか......?」










 疲れ果てたキッドの声が響く。





 もう音がほとんど聞こえない。
 が、敵はもう来ない。

「やっと、終わったんだね」

 セレナの声を聞き、はぁ、とみんなが息を吐いた。

 が、その瞬間、かっこよかったかと気になってセレナを見ていたジェイドは気づいた。







 森の奥で、弓の弦を引き絞るゴブリンに。






 セレナを狙う、弓兵に。
 ジェイドは考えるより先にセレナをかばうように抱きしめた。

「ちょっと、ジェイド!?」

 セレナが顔を赤くし声を荒げる。これがジェイドの最後で、これでけじめをつける、というものか、それとも離れたくない、という本音の吐露だったらどれほどよかったか。

 しかし、無慈悲にもジェイドが何かを言う前に、言い遺す前に訪れたのは、ただ無慈悲でまっすぐ、純粋な『死』という現実だった。
















 瞬間、森の方向から放たれた矢がジェイドの胸を貫き、セレナの純白の神官服を、鮮やかな赤が染め上げていく。

 舞い散る鮮血。セレナが胸に感じていたのは何だったのだろうか。

 ジェイドの急な行動への驚きか、はたまた胸に当たる鏃の感覚か。


 ジェイドへの燻ぶらせていた想いか、それとももう力の抜けた体の重みか。



 ジェイドと共にいた、淡いピンクの思い出か、それとも温かい命の赤があふれ出す感触か。















 ジェイドの体を支えきれずにセレナを押し倒す。ジェイドの苦痛に歪んだその顔、しかし少し口角が微妙に上がっているところから、守った、とでも思っているのだろうか。

「......え、ジェイド? ジェイドっ―――――........」

 セレナが声をかけるも、彼は何も答えない。

 そして次第に彼の体が熱を失っていく。















 ジェイドは、何も答えなかった。


















 ジェイドの胸の傷は、未熟とはいえ聖女の力をもってしても癒すことはできなかった。
 それは単純に『死したものは蘇らない』という世界の法則だった。心臓を貫かれれば、誰だってもう手遅れであると、単純な『死』という結果だけが未だ未熟な精神の彼らに教えていた。

「ジェイド! ジェイド! 目を覚ましてよ!」

「嘘だろ......」

「おい! ジェイド! まだお前の想い! 伝えてねぇだろうが!」

「全く......なんで死んでんのよ、ばか」

 戦いが終わった今、皆でその亡骸を囲んでいる。
 ジェイドの死に心を痛めるセレナ。
 突然の別れに実感の湧かないキッド。
 唯一ジェイドの抱いていた想いを知っていたグリード。
 好きな相手と自分を取り巻く、彼のいる環境に心地よさを感じていたエマ。



 それぞれが、ジェイドの死を惜しむ。



 通り雨が、彼らの体を、心を。打ち付けていく。

 彼が死んだことを知った村人たちは、雨が上がってからすぐにジェイドの式が執り行なわれた。
 焚火の中に彼の死体が投げ入れられ、ぱちぱちと音をたてる。

 肉を焦がす臭いが、そして髪が燃える異臭が、着ていた服が燃えるにおいが。様々なにおいが、雨上がりの土の、草の、木のにおいと混ざり合う。

 目を離さない。きっと誰もがそう思っていたのだろう。彼を送り出すように見ていた四人。周りを囲んでいた村の家族たち。誰一人、燃え続ける焚火から、目を離さなかった。
 だが、目じりに涙がたまり、見えなかった。もう見ていられなかった。
 墓にジェイドが入った後も、しばらく四人は動かなかった。涙で晴れているであろう目で、ただその墓を見つめていた。


 雨上がりの空が、雲を割るようにして伸びてきた日の光は、彼を送り出そうとするかのように伸びてきていた。地上を照らす晴れやかな太陽が顔を出した。彼らの心と正反対に。そして結果とも正反対に。

 きっとあの太陽が、ジェイドを天へと送ってくれる。そしてジェイドはずっと、ずっと―――

 そう考えたところで、もう会えない。もう二度と話せないと思っただけでもう枯れると思ったほど流した涙がまた流れてくる。
 音もなく降る雨、そしてぴちゃぴちゃと音が聞こえる。長い銀髪が揺れている。
 後から走ってきたクレアが泣き崩れ、服が汚れるのも構わず墓石を抱きしめた。

「また後でって、言ったのに......」

 その癖のない銀髪に泥がつくこともためらわず、おでこを墓石に着けた。

 クレア、幼馴染、ジェイドの母親や、同じ村に住む家族たち。それぞれが、それぞれの場所で、彼の死を惜しんだ。






 幼馴染四人が―――――


 ―――――否、五人のスタートラインは、きっとここだったのだろう。


 だが、その物語は語られない。主人公は彼らには、早すぎる。




















 火葬をした後、神官が祈りを捧げるか、聖水をかけることで、葬式は完了する。
 この日泣きつかれて寝てしまった神官は、きっと偶然ではなく必然的にこうなったのだろう。









――――――――――

 こ、ここは......

 目を覚ます。というが、瞼の感覚がない。

 一体どうしたのかと思ったが、立ち上がったときに胸の上から転がり落ちたステータスプレートを確認する。当然のように空欄のスキル欄を見たジェイドはそこで初めてステータスプレートを持つ手が白いことに気づいた。

 ジェイドは体中を確認する。

 白い骨に何か青い線のようなものが絡みついていて、それはすべておなかあたりにある大きな球体から伸びていた。

 白い肋骨がむき出しになることなく、青い線のようなものが縦横に張り巡らされ、一つの鎧のようになっていた。これは―――――




 ――――――――――俺は、死んで、そしてアンデッドであるスケルトンになったということか。

 この状況のわりに、ずいぶんと落ち着いてしまっている。
 そしてジェイドはこれがアンデッドの種族的なものだということも感覚でわかっていた。

 自身の体を確認したジェイドは、次に周囲の確認を行う。

 満月がてっぺんに上っている。月明かりの中、ジェイドは目の前の墓石を見ると、『ジェイド ここに眠る』と書かれていて、その下には掘り起こされたような土の盛り上がりを見つける。そしてその中には、骨を入れる壺があった。中を覗いてみるも、骨のひとかけらすら見つからない。

 いつもと違った感覚。暗いはずなのに、なぜか遠くまでよく見える。何がなんだかわからないジェイド。けれど、スケルトンの、否、アンデッドの本能が向かうべき場所があるように反応していた。


 それに従い、ジェイドと呼ばれていた一人の少年の亡骸は、森の奥地へと入っていく。


――――――――――

「森の奥地に、ゴブリンの住処を見つけたぞ!」

 その一報が入ったのは、襲撃の次の日。太陽が真上に上がっているころ。いつも狩りをしている村の人からだった。

「あのゴブリンども、許さない!」

 セレナがそう叫ぶ。

 いつもならもっと温厚なセレナだったが、幼馴染の死に続き、その幼馴染の墓荒らしまで出たという知らせを聞いて、正気を保てなくなっていた。

 それは言葉にしていないだけで、ほかの皆も同じだった。
 体の奥底から湧き出る怒り。ただただ理不尽に対する世界への憎しみ。己の無力感。
 言葉にできない感情も綯い交ぜにして、それでも足りないくらいの激情に体を突き動かされていた。

 それは感情的という視点では子供っぽいと言えるその行動。
 が、大人たちは誰も止めはしない。

 皆、彼らの気持ちを理解している。そして、彼らと同じくらいの激情を同じように感じている。そして、彼らに成し遂げる力がある。
 だから、せめてもの敵討ちとして、彼らに何も口出しをしないのだ。

「行くわよ! 一匹残らず、殲滅よ!」

 セレナのその号令で、彼らは森の奥地へと入っていく。





――――――――――

 暗い洞窟......のように見えて、迷宮と化していたそこは、地下から魔力があふれ出しているのが目に見えていた。
 それを呼吸...しているのかはわからないが、吸っている感覚で、魔力が体のお中にある大きな青い球体へと吸い込まれていく。
 吸うにつれて、だんだんと魔力の線が太く、そして出力が増しているのが感じ取れる。
 迷宮に逃げ込んだアンデッドが強かったのは、こうやって魔力を吸収して強くなっていたからなのだろうか。
 強くなれるのであればここをしばらくの住処にするか、そう悩んだところで気配を感じる。
 戦闘態勢をとった先にいた現れたのは、一体のゴブリン。

 ぼろい剣を持っているが、俺の姿をみてビビったのか、腰を抜かしている。
 ジェイドはそのままゴブリンの持っていた剣を奪い取り、ゴブリンの首をはねた。

 舞い散る鮮血。飛んでいく頭部。響く断末魔。

 死んだのを確認し、ジェイドは周囲を確認した。
 ジェイドの感覚をもってしてもゴブリンの気配は確認できなかった。しかし、研ぎ澄まされた感覚があることに気づいた。



 奥地に向かうにつれて、魔力が濃くなっていく。
 ならば、最終地点でこもっていたら、自然と強くなれるのでは? 強くなったら、もしかしたらアンデッドから人間に戻れるかもしれない!
 そのわずかな希望を抱き、彼は最深部を目指す。



――――――――――

 森を進む。彼らは情報を頼りに、今まで庭のように走り回っていた森を歩く。
 早くゴブリンどもを、と思っていたところで、キッドが何かに気づいた。

「これを見て!」

 一同がそれを見る。そこにあったのは、何かの足跡だった。しかし、その足跡はこの森のどの動物とも違ったものだった。そう、まるで骸骨がひとりでに歩いたような......そんな、骨だけの足を見て、キッドはすでに結論に至っていた。

「きっと、墓が荒らされていたことも考えると、ジェイドはアンデッド化している。理性もなく、ただ魂を闇の魔力に縛られて、この世にとどめられているんだ。」

「それなら、この先にいるアンデッドはジェイドだっていうの!?」

 キッドの結論にセレナは敵地も気にせず大きな声で聞く。

「その通りだ。だから、アンデッドになったらずっと苦しんでいるというし、ジェイドを早く苦しみから解放してあげよう」

 そう、キッドはセレナに言い聞かせる。

 キッドは、それが嘘であると知っていた。わかっていた。己の頭脳が一つの答えを導き出していた。

 アンデッドになって言葉を交わしたわけでもないのに、どうして苦痛などを図れようか。
 これが一般常識とされている理由はただ一つしか思い浮かばない。

 自分の友人、恋人、家族。そういった身近な人がアンデッドになったときに、罪悪感を持たないため。

 理性がないとはいえ、彼は彼だとでも言いだし、そのまま殺されるようなことになるくらいなら、この嘘があったほうがいいと考えられたのだろう。
 けれど、その推測は誰にも伝えない。誰かを傷つけるだけなら、誰かを落ち着かせる甘い嘘のままでいい。
 この推測は墓までもっていこう。そうキッドは心に決めていた。


「さぁ、セレナ。ジェイドを救いに行くんだ」

「.......わかった」

 セレナをそう説得して、一同はゴブリンの住処へと向かう。
 運命が交差するのは、そう遠くない。





――――――――――

「ようやっと最深部か......」

 ジェイドは現れるゴブリンを片っ端から倒し、ひたすらに魔力の濃くなっているほうへとすすんだ。
 着いた最深部には、一体の巨大なゴブリンが玉座に座っていた。
 言葉などいらぬ。通じるかもわからぬのに、投げかける意味はない。
 その結論をはじき出したジェイドは、拾った剣をゴブリンにむけておおきく振りかぶった。

 甲高い金属音。

 ゴブリンも一筋縄ではいかない。しっかりと剣で防御していく。
 鍔迫り合いに持ち込んだ双方。
 にらみ合っている中、技術で上回ったのはジェイドだった。


 するりと剣を受け流す。
 そして即座に無理やりゴブリンの首を跳ね飛ばした。


 勝った、と勝利の優越感に浸るより先にジェイドは本能の従うままに、最深部にあった魔力のあふれ出る握りこぶしほどの水晶を握りしめる。

 それをおもむろに口の中へと放り投げ、歯茎も失った歯で噛み砕く。



 その瞬間、一気に魔力が高まった。
 体からバキバキという音が聞こえ始めるも、ジェイド本人は痛覚を感じていないのがアンデッドの異常性を表していた。






 数秒後。

 さらに白くなったように見えるその骨の体。そして確実に太く、力強くなっている青い線。心なしか分岐も増え、数が多くなったジェイド。
 体の変化を感じ取っているところで、部屋の隅にあるものが転がっていることに気づく。

 それは、黒い鎧と剣と盾。
 鎧は全身を覆うすべてのパーツがそろっており、ジェイドの大きくなった体にとてもフィットした。

 そして剣と盾は重量が見た目に合わないほど重かった。
 恐らく太ったゴブリンはサイズが合わなかったのだな。と思いつつ、全身に装着したジェイドは、俺でもまだ重いと感じる剣と盾を立てかけ、先ほどまでゴブリンがふんぞり返っていた玉座に座ると、死んだように目を閉じた。





――――――――――

「ここが、ゴブリンの住処......?」

 セレナが疑問符をつける。
 それもそうだろう。常識的に考えれば集落を作らずに洞窟に住んでいること自体がまず異常だが、人間に襲撃をかけるほどの数がいたはずのゴブリンの本拠地が、こんなにもがらんとしているものなのだろうかと思って当然なのだ。

「いないなら好都合。ボスをたたくぞ!」

 そう言ったのはグリード。その案にキッドも賛成の意を示すと、一同の動きは決定した。

 中に入る彼ら。が、今なお異常性を感じていた。

「この部屋も、生活の跡がない.......それに、数も以上に少ないよ......」

 セレナはそう言った。もちろん異常性については彼らも何かしら感じていたのだろう。

「確かに、今まで死体が転がっていても、生きている敵とまだ出会ってない。気配も感じない。もしかしたら、最奥に何か秘密があったりするかも」

 そのキッドの意見に誰も反対することなく、一行は最奥の部屋を目指した。



 もう日が暮れた時間帯。やっと最奥と思われる部屋の前へとたどり着いた五人。

 覚悟を決め、その部屋へと立ち入った。




 ここが、彼らの交差点だった。










――――――――――

 ジェイドは「セレナ」と声を出そうとする。が、肺も、声帯も、舌も、唇もないジェイドの口から、その声は出てこない。
 代わりに聞こえるのは、カタカタという歯と歯のぶつかり合う音だけだった。

「アンデッド!?......ジェイド!」

 セレナはアンデッドというだけでジェイドと結び付けたが、それは早計だとキッドが戒める。しかしセレナは「それでも」というと、一歩前に出る。

「今、楽にしてあげるから」






――――――――――

 その声を聞いたジェイドは、ひどく混乱した。
 アンデッドなら、今ここで消え去るべきなのか?
 俺は、ほかならぬ幼馴染の、しかも好きになった女の子の手で二度と会えなくなるのか?


 そこまで考えたジェイドは、一つの結論を出した。



 まだ、死ねない。このチャンスを、ふいにできない。もう一度、みんなの、セレナの隣にいたい。


 あれだけ切り捨てようとしたくせに、死んで、何も言えなくて後悔が、未練ばかりが募っている。
 それが男としてどうだかはまた別の機会に考える。それは今じゃない。今はそれを考えるためにも生き延びるんだ。生きているかと聞かれたら死んでいるんだが。
 そんなことを言っている場合じゃないとジェイドは剣と盾を持ち、そのまま壁を壊して隣の部屋へと転がり込むと、そのまま地上へ向けて一気に走った。


――――――――――

「逃げてった......?」

 通常、アンデッドは生前の意思も記憶も何もかもを失ってただ目の前の敵を屠ることのみしか頭にない戦闘人形へとなり下がる。
 ここでセレナに近づくものなら、と攻撃の構えをしていたのだが、なぜだ。
 天才と言われたキッドの脳内は、その矛盾した存在に結論を出せなかった。

 通常、アンデッドに自我はなく、視界に映るすべてを破壊する程度の知能しか持ち合わせていない。
 それは本当にジェイドなのか、それとも別の誰かなのか、新しく誕生した別人格なのか。
 いくら悩もうが、答えは出なかった。

「今度こそ、楽にしてあげる......!」

 そう誓ったセレナ。その目じりには涙が浮かんでいた。だが、その瞳はあの日とは違って決意にあふれていた。




――――――――――

「あれ、ジェイドかよ......」

 筋肉自慢のグリードはわかる。あれがとてつもなく重量のあるものだと。
 天啓で筋力が人間の限界まで強化されたグリード。力では負けなくなったこの世界に退屈していたが、どうやら、まだ退屈するのは早すぎたようだ。
 あれがジェイドなら、尚更。
 そうグリードは、いつかあいつと力比べを、と心に誓った。



――――――――――

 エマは、キッドを見ていたからわかる。
 あの焦燥感、何かわからないから怖いんだ。
 けれど、あの黒い騎士のようなスケルトンは何だったのだろうか......そうだ。また会った時に、キッドを助けられるように、鑑定魔法を習得しましょう! そのためには王都に......そうね! みんなに提案してみましょう!




 さっそく提案をしたところ、エマの提案を聞き、彼ら五人は王都へと向かい、力を蓄えることを決めた。





――――――――――

 はぁ、はぁ、はぁ......
 いくら走っただろう、と後ろを振り返るジェイド。
 彼はもうあの洞窟は見えないほど、山をいくつも超えた。

 こうやって息が荒くなっているように見えるのも、人間の感性がそうだと勘違いしているだけなのか......?

 実際、この骨の体からは、きしむ音も、息を吐く音もならない。あるのは鎧と鎧がぶつかり合ってガチャガチャとすこし音をたてる程度だ。

 もうすぐ夜が明ける。アンデッドは日の光で燃え尽きると聞いたが、果たして鎧の中だとどうなのだろうか。



 太陽が出た。







 結果は、大成功。燃え尽きずに残っている。
 が、俺の体の出力が大幅に落ちている。鎧が先ほどまでとは違いとても重い。剣と盾なんて持って行けたものじゃない。
 しかし、この装備なしで再会はできそうにないと判断したジェイドは、やむなく木陰まで引きずると、夜が来るのをひたすらに待つのだった。



 日が落ちる。ここからがアンデッドであるスケルトンの時間だ。

 とはいっても、山を越え、谷を越え、ひたすらに前進するだけなのだが。

 そうやって、ジェイドがひたすら前に進んで三時間ほど。深夜一時ほどだが、時計のないこの場所のジェイドにとっては、星と月だけが時間を知らせてくれる相棒だった。

 ジェイドは、その持ち前の暗視力で、目の前にあるものを見つけた。





 道だった。


 獣が通った後なんてもんじゃあない。巨大な、石畳で舗装された、公道とでも言うべきものだった。

 この先に、町があるかもしれない。鎧を脱がなければ、ばれることはないだろう。
 人肌恋しくなった彼は、その道に従って歩く。


 きっと、そこに町があるから。きっと、また人と仲良くできるから。

 そしたら、きっといつか、セレナに気持ち、伝えられるよね。


 ジェイドは歩く。ただただ歩く。








 何とか夜が明ける前に大きな門へとたどり着いた。

「とまれ! ここは王都セントリヒエだ! 身分証は持っているか!」

 そう聞かれたジェイドは、自身の墓から一緒に出てきていたステータスプレートを渡した。

「よし。通って良いぞ。」

 すんなり通された。

 街の中に入ると、まだ日が出てきていないせいで、まばらに人が歩いているだけだった。

 ふらふらと大通り沿いに歩いていると、冒険者ギルドを見つけた。

 それは、身分証、ステータスプレートさえ見せれば、仕事を斡旋してくれる、装備や力はあっても金がないごろつきが集まる場所。

 そこの話がおとぎ話になるほど、冒険者ギルドは広い知名度と深い歴史を持っている。



 ガチャ、とその扉を開くと、やはり夜明け前でがらんとしていた。
 ジェイドはカウンターのほうまで歩いて行く。

「どうされましたか?.......視ない顔ですね、もしかして登録ですか?」

 俺は骨の音が鳴らないように頷いた。

「では、こちらに記入をお願いします。かけなければ代筆も可ですが、どうされますか?」

 と聞かれる。が、農民であるジェイドは、勉強を受けられるほどの金がなかった。そのため、村で単語の読みを教わっただけで、文法はめちゃくちゃ、そのうえ自身の名前をはじめとする固有名詞はすべてわからなかった。なのでその質問に対してジェイドはステータスプレートを見せると、受付にいた女性はぎょっとしながらも、それを恐る恐る受け取った。

「これ、生命線ですから、そうやすやすと見せないでくださいよ?」

 と軽く叱ってはいるものの、しっかりと紙に記入していく。

 いくつか読めない字もあるものの、分かる文字は全て合っているので、その書類でよいという意味を込め、ジェイドは軽く頷いた。
 向こうもその意を汲んでくれたようで、その書類を裏に持っていく。

 数分後。持ってきたのは銅でできたネームプレートだった。

「これが冒険者証になります。これからは受付の時、これを提出してくださいね?」

 わかりましたか?と後ろで手を組み、前のめりになって聞く受付の女性。ジェイドは頷く。

「はい! それではこれで、あなたも冒険者ギルドの一員です!」

 金を稼げるなら。という感じだが、もう日が出てきてしまっている。今日もどこかで野宿しよう。

 ジェイドは冒険者ギルドを出ると、力の出ない体を引きずりながら、アンデッドの本能が告げる場所へとゆっくり足を進めた。




――――――――――

「ここが、王都セントリヒエ......」

 冒険者ギルド王国本部や、教会、王立図書館や王立監獄と、あげればきりがないほどの数多の最高設備が整っている、王都へと、五人は足を進めていた。

 クレアがまだ未成年で、ほかの人も成人したてという、なんとも不安になる人員だったが、彼らの思いに両親が折れ、旅を許可した。

 許可をとり、最寄りの馬車停泊所に向かって、馬車を借り、馬を飛ばす。これまでで二日は経過した。

 もう昼になってしまったが、ようやっと王都についた。

「とまれ! 何か身分を証明するものは!」

 そういわれたので、皆、ステータスプレートを取り出した。

「よし、通ってよいぞ!」

 紙に名前を記したのだろう。

 馬車ごと中に入ると、人でごった返しの中、ゆっくりとそのみちを直進した。


 すぐそこにある馬車停泊所に馬車を返すと、最寄りの宿屋へと向かっていく。

「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」

 出てきたのはかわいらしい娘さん。
 キッドが至極冷静に、所持金を計算しながら答える。

「五人で、お願いできるかな」

「かしこまりましたー! おかーさん! お客さん!」

「あーい!そんな大声出さなくても聞こえてるよ!」

 裏から出てきたのは、力強い体格の女性だった。

「いらっしゃい、五名だね? 何日泊まるつもりだい?」

「とりあえず、一日。」

「それじゃ、五人で一日、しめて大銀貨二枚と銀貨五枚さね!」

「わかりました」

 言われた通りにキッドは金を渡す。そして女将さん、と表現するのが一番正しいであろう女性に鍵をもらう。

「二人部屋一つと三人部屋一つ。情事はよそでやってくれ」

「そのつもりはないのでご安心ください」

 約一名この世の終わりのような顔をしているが、それを気にせずキッドは鍵の番号を確かめ、部屋へと向かった。

 そして、荷物を置いた後、彼らは一つの部屋に集合して、会議を始めた。






「これから、どうする?」

 セレナがそう切り出した。

「私は、教会で技を教えてもらうつもりなの。聖女って言ったらお金なしで教えてくれるらしいから」

「俺は図書館で魔法を学ぶよ」

 セレナに続き、キッドも方針を決めていた。

「俺は......筋肉を強くするためにも、技術を磨くためにも、冒険者ギルドに登録する」

「私は、知り合いが王都の外れにいるらしくて、魔法に少し精通しているらしいから、教えてもらうつもり。」

 グリードとエマも方針を決めていた。
 残すは、未成年だがついて来たクレアだけ。


「お兄ちゃん......」

 あの日、そう考えられるアンデッドの存在を聞いたとき、クレアの妹の、いや女の勘が告げていた。その黒い騎士はお兄ちゃんだと。セレナさんを傷つけないのがその証拠だと。
 セレナさんに消される前に、もう一度、お兄ちゃんと会えたい―――――


「私も、冒険者、やるよ」



 彼女は、そう結論を出した。

「力を着けて、ジェイドを倒せる力をつけられる最短時間―――――



 ―――――一年。一年で力をつけて、すべてにカタをつけるぞ」

 キッドはそう言った。あの日の無力さも、これからの覚悟も。いろんな思いを込めて、一年。

 その日は荷物整理などもあったため、そのあと食事と便所以外で外に出ることはなかった。

 そして翌日、彼らは荷物を持って、その宿を後にした。






――――――――――

 明け方。

 音をたてずに開かれた戸。

「なにもんだい?」

 何も言わずに金を出す。


「泊まるってのかい......これなら、うちじゃひと月程度だが、それでいいか?」

 頷くジェイド。

 冒険者ギルドに屑魔石を売り、また武器になる素材などを御し、金を稼いだジェイドは、近くにあった宿屋に泊まりに来た。

「それなら、この鍵を持っていき。最上階だが、今は空席がそこしかないから勘弁してくれ」

 頷くジェイド。

 そのまま女将さんから鍵を受け取ると、鎧の音も極力立てずに階段を上っていった。

 部屋に上がると、鎧を着たまま座り込む。
 もう朝日が出ているため、動く気力をなくしている。
 鎧を着たその姿のまま、彼は眠った。

















――――――――――

 一年。
 ジェイドは深夜に行動を開始し、王都にある巨大な迷宮を少しずつ攻略していた。

 時折出てくる屑魔石は売却して宿代の足しに、大きなものは自分で食べて、その体を強化していた。
 しかし、どれだけ魔石を食べようと、迷宮の最深部にたどり着ける気がしない。

 それでも、魔力はどんどん強くなっていく。
 だから彼は、今日も迷宮へと向かっていく。



 セレナは教会で、特に死者の心の声を聞く魔法や、浄化させる魔法を練習した。おかげで教会内随一の死者殺しといううれしくもない名誉を賜っていた。

 キッドは、図書館で新たな魔法を学んでいるところに魔法ギルドの声がかかり、所属することに。そこで得た知識と経験で、魔法を作ることができるようになった。

 グリードは、冒険者のノウハウと力を手に入れた。

 エマは、知り合いの魔法使いが元宮廷魔法師らしく、ひたすらに実践的な魔法を練習していた。

 そしてクレア。
 グリードと一緒に冒険者をして、迷宮へと少しずつ潜り始めた。
 あの迷宮は、ほかの迷宮と違って、とてつもなく深いらしい。
 推定でも百を超える階層をもつ『深層迷宮』の、年齢では考えられない、十階層、エリートが潜るようなところに一人で行き、ボスを倒して生還した。


 彼らは一年の修行期間を経て、再集結する。




――――――――――

「おはよう。今日で一年だな。それで休みを取ってもらったのは、このメンバーで深層迷宮に挑みたいからだ」

 そうジェイドは言った。

「みんなで深層迷宮へと足を延ばすんだね」

 キッドのその声を聞いた五人が、これまでを振り変える。

「もちろん、冒険者として最深層へと潜ってみたい気持ちもある。が、今日は別の話なんだ」

 三人が首をかしげる。そこからの説明はクレアが引き継いだ。

「あの深層迷宮に、全身黒い鎧を着た男がいるって噂になってて......もしかしたらお兄ちゃんだけど、最悪はもう倒されてて鎧だけ取っていった感じかな。それを確かめに行きたいの」

 クレアの目的はあくまで兄と再会したい、アンデッドでも自我があるかもしれない、であって、別に倒したいわけではないし、そもそも戦いたくはないと考えている。

「わたし、行くよ」

 セレナは、真っ先に決断した。
 今まで技術を磨いてきたのは、彼を現世に縛り付ける呪縛から解放するため。
 彼かもしれない目撃情報なら、飛んでいくと決めていたのだ。

「なら僕も。」

「それなら私も行くわ」

 キッドとエマもそう決めた。
 彼らにとって、ジェイドはともに子供のころを過ごしたかけがえのない友。
 そんな友が一年たった今なおこの世界に縛り付けられているかもと分かったのなら、行くしかない。

「それなら、行くか」

 五人は装備を切ると、迷宮へと入っていった。









――――――――――

 ジェイドは、朝日が出てき始める時間になろうとしているにもかかわらず、戦闘を続行していた。

 今日は夜通し......はいつもだ。朝も戦闘しよう。

 ジェイドはアンデッドの体になってから、朝は戦闘を控えていた。が、これからは朝に戦うことも検討に入れないといけないと思ったことが一つ。そして朝日を浴びなければ大きな出力低下は発生しない、それなら少しでも稼ぎたい、というのが一つ。

 そう考え、深くまで進む。もうすっかり人と出会うことがなくなってしまった。
 もう人の力及ばぬところまで来ているのだろうか、などと思考をめぐらせていると、一つの宝箱を見つけた。


 ・蓄積の指輪

 魔力を蓄積できる。

 そう書いた紙が一つの指輪とともに中に入っていた。だれかの顔を思い浮かべながら、左の薬指に着けてみる。すると骨のせいかぶかぶかだった指輪がすっと縮んで、滑り落ちない、というか関節に引っ掛かるサイズまで縮小した。

 そして、体の中から力が少しずつ抜けていく感覚が。
 吸収よりも少し早いペースで吸い取られていくが、やがて収束し、今まで鮮血のように明るかった指輪についていた宝石は、深紅のひかりを帯びていた。


 これを売ったら高く売れるかな......?

 日が一番高くなると出力低下でこの層だと戦闘がきびしくなるから、という理由で少しずつ階層を下げていく。








 爆音が響く。
 あぁ、誰かがモンスターハウスを引いたのか。
 冷静にジェイドは分析する。そしてまだこの階層なら出力低下しても戦えると判断し、物陰から戦況を観察しに行った。
 人間側が劣勢に立たされている。どんどんと前線が下がっているが、一向に敵の数が減らないためのようで、特に大きなけがをした人は見つからなかった。

 さて、俺も加勢に行くか。

 一度はそう考えた。しかし、ジェイドは物陰から出なかった。








 人間側にいたのは、顔つきが以前とは違う、それでも昔の面影を残している、幼馴染、そして、間違うはずもない、一層可愛くなった妹の姿だったからだ。






――――――――――

「クソ! まだ止まらないのか!」

 グリードの声が、この場の五人の心の声だった。
 ひたすらに数の暴力。しかも一体取り逃がすと後衛をやられて一気に押しつぶされる可能性がある。
 神経をすりつぶすような思いでグリードは前線を張る。


 かれこれ三時間はこれが続いていた。そしてここからさらに三十分を超える時間がたった後、ようやく敵が一体を残して全滅した。

「マジかよ......」

「こんなことって......」

 ―――――この場合、残った一体が問題なのだが。


 それは、ドラゴン。
 その中でも空の帝王、最強種として名高いレッドドラゴンだった。

 彼らはそのドラゴンの体格に、威圧するような気配に、ぎろりとこちらを向いた目に。
 足がすくみ、戦意喪失しても、仕方がないと思うのだ。


 レッドドラゴンは口に莫大な量の魔力をためると、それを口から放射する。息吹だ。


 一歩遅れて、キッドとエマの魔力障壁とセレナの結界が身を守ろうと壁を貼った。


 が、そんなものは関係ないと言わんばかりにぶち破ってくる。






 もうだめだ、そう思った時だった。
 彼らの探し人が来たのは。







――――――――――

 ジェイドは、物陰から飛び出した。

 ジェイドは、ここで彼らの前に出るつもりはなかった。もっと落ち着いて話せる場所なんぞいくらでもあるだろうに、気が立っている迷宮内でわざわざ会うことはないと。王都にいると分かっただけで満足だと。

 しかし、息吹の前兆を見ると、きっと彼らにそれを防ぐ術がないだろう、ここで死んでも俺みたいにアンデッドになるわけじゃないと思った時には、体がもう割って入るように飛び出していた。

 ジェイドは、すこし重さを感じるその盾を前に出した。







――――――――――

「ジェイド!?」

 セレナはそう叫ぶ。一人を除きみんながその状況を理解する前に、彼女はアンデッドの生前の名前を知ることのできる聖女のスキルを使っていた。




 生前の名前は、ジェイド。




 ずっと一緒に過ごしていた仲間。私をかばっていなくなった。私の想い人。一年。三百六十五日、あなたを忘れたことはひと時もない。やっと、やっと会えた。

 セレナの心は、再会の喜びと、ドラゴンの息吹から守ってくれるジェイドの安心感でいっぱいになった。







 クレアは、確信していた。
 この黒鎧は、未だ兄が入っていると。
 一呼吸遅れ、「ジェイド!?」という声が聞こえてきた。セレナの声だ。
 やっぱり、お兄ちゃんだ。自我だってある。私たちをかばっているのがその証拠。


 ずっと一緒にいられると思っていた。ずっと一緒に暮らせると思っていた。ずっと一緒にお風呂に入って、ずっと一緒にベッドで寝ると思っていた。

 けど、そうじゃなかった。

 椅子が一つ空いた食卓。聞こえない兄の声。一人で入る風呂。そしてぬくもりを感じないベッド。


 もう、会えないと思っていた。お母さんが家で泣き崩れていた時は、もうこの世の終わりだと思った。けれど、また会えた。

 きっとアンデッドの体にぬくもりはない。熱も骨の体だと感じることができないよね。舌もないから話もできないのかな。

 けれど、もらった思い出を、もらったぬくもりを、もらった愛を。今度は、後悔しない。今度は、ちゃんと返すんだ。アンデッド、いつそうでなくなるかわからないお兄ちゃんに、少しでも未練が残らないよう。


 クレアは、一人決心していた。。





――――――――――

 ジェイドは、盾を前に突き出し、息吹を受け止めた。
 火の息吹だが、アンデッドの体は熱を感じない。感じることができない。
 ひたすらにその魔力の奔流を受け流し、受け止めた。




 一秒に満たない時間だったが、ジェイドはそれが数十倍長く感じられた。

 バキバキとどこかが音を立てている。でも、ここで引くわけにはいかない。俺のためにも、後ろにいるあいつらのためにも!

 ジェイドは耐え、耐え、耐えた。

 そして収束する魔力の奔流。だが、もうジェイドの体はぼろぼろだった。

 右手の骨は黒い手甲とともに吹き飛んで、青い線も千切れていた。
 足も同様に千切れ、もう立つことすらできなかった。が、痛みを感じない。アンデッドになって以来のケガだが、やはり痛覚もないのかと、体をしみじみと眺めるジェイド。このぼろぼろになった体を見るに、長くないだろうことが寂しく感じられた。だが、彼は幸運に感謝していた。どうやら最後に心残りなく終われそうだと。








 ジェイドはここで朽ち果てる覚悟を決めた。









 クレアに抱き着かれた後、壁側に運ばれた。

  「うらぁ!」

 今もなお、グリードの斧とドラゴンの鱗がぶつかり合い、金属音を轟かせる。
 グリードが首筋に斧を突き立てるのはこれで三度目。能力によって強化されているとはいえ、鱗を超えることが未だできずにいた。
 
 そこで今までと違う音が響いた。
 ずっと低い、金属が石を鳴らす音。

 グリードの足元に転がってきたのはジェイドの剣。

 「おりゃああああああ」

 これを好機と見たグリードはすぐさま横に回り込み、首筋に剣を当てる。
 技術も何もない一太刀だったが、重量によって押し切られるようにしてドラゴンの首に刃が通った。

「いっけぇぇぇええええええ」

 力づくで押し込んだグリード。ドラゴンは体の無数の切り傷を残しながら、そのまま亡骸へと姿を変えた。

 ジェイドはここまで体をぼろぼろにしてきたドラゴンが倒れ、胸がすく思いを感じていたが、もう、すく胸はスカスカだったことを思い出す。

 先ほど千切れた青い線から魔力が少しずつ、しかし確実に流れ出す。千切れたものをつなげると戻るというものを聞いたことがあるが、向こうの線のつなぎ目が完全に逝っているところを見るに、もう助からない。もう、右手で手をつなぐことすらできなさそうだ。

 ジェイドは、最後の力を振り絞って、体を引きずり五人のもとへ向かう。
 戦闘の終わったセレナが、すぐに駆け寄ってきた。

「ジェイド、ジェイドなのよね?」

 セレナがそう聞く。ジェイドは頷いた。頷くことしかできなかった。そのままセレナのところまで行くと、ジェイドは仰向けになる。そして先ほど手に入れた指輪を、左手薬指から取り出すと、セレナの左手薬指に、と手を伸ばす。

「あ......」と泣きそうな声をしたセレナは、それを抵抗せずに受け取り、左手薬指に着けた。

 好きな女性が、殊更に可愛くなっていて、そして自身のプロポーズのつもりだったその指輪をもらってくれたことに、そして左手薬指に着けてくれたことに、ジェイドは恋の成就を喜ぶ。そしてそれからを送れないことに、深い後悔の念に駆られた。




 このまま、一緒に暮らせたら―――――





 が、もう時間がない。もっと、何か遺したい。残してしまった、彼らに。そんなアンデッドではなく、ジェイドとしての意思が体を動かした。





 次は......グリード。

 左手で呼び寄せると、男泣きをしているグリードに、全身を今まで守ってくれた黒い鎧を金具を左手で外して渡す。

「これで、守るよ。俺の命ある限り」

 グリードは、ジェイドに拳をぶつける。ジェイドも左手で答える。

「お前と力比べ、したかったぜ」







 次は......キッドとエマ。

 ふたりを呼ぶと、腰にぶら下げていた魔石を入れる袋にネームプレートを入れ、金の入った財布と一緒に渡す。エマがずっとキッドを見ていたのは知っていたから、いつかエマの想いにキッドが答えて、二人で暮らすときの資金になるように。



 だが、それを祝福するには、もうジェイドの時間が絶望的なまでに足りない。




 次に......クレア。

 クレアを呼び出すと、もう泣きじゃくっていた。
 鎧もない。金もない。指輪もさっき渡した。もうあげられるものがないとわかったジェイドはそのまま、骨がむき出しになった体で、クレアにハグをした。クレアも、思いっきりの力でハグをし返してくれた。熱を感じない体でも、温かい。そう感じたジェイド。クレアもそうだった。骨の冷たさを感じているはずなのに、心は、体は温かさを感じていた。
 ジェイドは手を離すと、自身の体に作られていた腹の中の球体、それを微量を切り離して無理やり取り出し、固形化させて魔石にした。

 漆黒の、どこまでも深く引き込まれるような、しかし濁ってはおらず、澄んだ色。そんな宝石のような魔石を、クレアに渡す。
 大泣きするクレア。きっと涙をする機能が残っていたら、ジェイドははここで泣いていただろう。






 おにいちゃんがみんなに遺せるものが、もうこれしかなかったよ。
 不甲斐ない兄で、成人すらいっしょにいられないおにいちゃんでごめんな。


 そんな後悔がジェイドの心を埋め尽くした。が、ここで終わるほうが後悔が残る。















 最後にもう一度セレナのほうを向く。















 これで、お別れだ。












 もう一度、隣に立ちたかった。


 もう一度、言葉を交わしたかった。


 そしてこれからたくさん、まだ見ぬ世界を見たかった。










 けれど、それはもう叶わぬ夢だった。








 ジェイドはその最後の力で、セレナの左頬に手を添える。



 ジュウ、という音が聞こえ、青い線は途切れ、腕が崩壊する。


 セレナは泣きながらこちらに顔を寄せてくれた。


 そして、ジェイドは、唇もない、体温もないその口をセレナの右の頬に当てる。


 冷たい骨がセレナの頬に当たった瞬間、ジュウ、という音とともに、ジェイドの体は音を立てて散らばり、この先ずっと、一寸たりとて動くことはなかった。



 ―――――僕が残したもの。死んでしまって、残してしまったものたちに。





 ―――――僕は、何かを遺せただろうか?

 そんな思いを胸に、ジェイドは瞼のない目を、意識を、人生を。そのすべてを終えるのだった。














――――――――――

 数年後。

 毎年この時期になると、聖女は決まって休暇をとり、故郷へ帰る。
 しかし今年はいつもと違って、故郷の村には旅人さんがいた。そして聖女と知るや否や、求婚してきた。

「あぁ、聖女様! 僕と結婚してはくれませんか!」

 輝く装備を着た黒髪の男性に、プロポーズをされる。

 セレナは、「ちょっと待ってくださいね?」と言うと、首に着けていたネックレスから、大切につけてあった指輪を取り出し、指に着ける。








「私、もう決めた人がいるので」









 その声に崩れ落ちた黒髪の男性。

「ほら、分かったら帰った帰った!」

 隣にいるのは、セレナの護衛をしているグリード。
 体中に黒い鎧を着て、剣を腰に、盾と斧を背負っていた。

「私のこの決断は、別に間違ってなんて、ないわよね」

 こうやって求婚を振ること。彼を私の魔力で送ったこと。彼の命で、私が生きていること。
 様々な思いを込めて、セレナはそう言った。

「間違えるなんてないだろう。人生は大抵一度きりだ。それを超越した奴もいたが、誰一人として、その人生に間違った、なんて他人に決められるような人生のやつ、いねぇと思うぜ」

 グリードは「ガハハハハ!」と笑いながらセレナに背を向け、小高い山に建てられた建物のバルコニーでセレナと国全体を見る。

 笑ってはいるものの、グリードの眼は笑ってなんていなかった。
 セレナが生きていることに何か言うわけではない。セレナが生きたからこそ、救えた命だって数えられないくらいある。

 だが、その結果のための過程で失ったものがすべて容認できるわけではない。





「今日で、あの日から十年ですか......」

「あぁ、俺たちもすっかり二十六だ」


 しみじみとした空気の中、ただ村を、空を、見る。

 国のためなら、きっと聖女である私はどこかに嫁がなければならないのだろう。

 けれど、もう、決めた人ができてしまった。
 もう、あの人しか考えられない、そんな人が。










「おーい、セレナ! グリード!」

「久しぶり!」

「あー! せいじょさまときしさまだ!」
 そこに来たのはエマとキッド、そして五歳になった彼らの子供だった。

 二人は八年前に結婚し、今はみんなで生まれ育ったこの村に住んでいる。

 宮廷魔法師のお誘いが二人には来たそうだが、それを蹴ってこちらで二人、農業に勤しんでいる。

「彼女ももうすぐ来るわよ」

 そう、エマはあの日を思いだしながら言った。
 ずっと泣きじゃくっていた彼女を慰めたのは、ほかならぬエマだったからだ。

「お待たせしました」

 もうすっかり淑女になったクリスが最後についた。クリスも、兄以上に素敵な男性など見当たらない、と、二個下の男性に求婚されながらも、それをすっぱりと断っていた。その男性はあきらめる様子などなかったが、クレアは結婚をしないと決めていた。

「それでは、行きましょうか」

 そう言って、五人、いや六人は、森の奥へと足を進めた。



 以前は、あんなにも疲労をためながら走っていたこの森の奥も、今ではすぐに歩いていける。
 彼らは様々な思いをこの場所に持ってきて、また次の年も、また思いを持ってくる。

 彼らは迷うことなく、今はもう崩落してしまった洞窟の入口に作られた石の塔に、祈りを、思いを込める。



「久しぶり、ジェイド。」


 小さな教会の墓場に、その名は刻まれている。が、アンデッドになったのを知っているのはごく少数で、村の人でさえ、あれは墓荒らしだったという。

 そしてこの墓が、本当に骨を埋めた、彼の墓だった。


 どちらが彼の墓か、と聞かれると、どちらも欠けていると考えられるだろうが、少なくとも彼らにとってのジェイドの最後の姿は骨で動いていたために、毎年、決まってこの時期に、この場所に作られた墓を訪れる。



「ジェイド―――――」

 セレナは最後の、あの冷たく、温かい、あの頬への口付けを今なお鮮明に思いだし、目じりに涙を浮かべるのだった。

「あなたの分まで私たちが生きるわ。あなたの想いを、私たちは継ぐわ。あなたの心を、後の世代にも、伝えるわ」

 セレナは、震える声で、しかし力強くそう宣言する。

 彼らは、彼女らは、この場所で再確認をする。この想いを、この使命を。


















 きっと私にとって、ほかの幼馴染にとっても......
 あの日、あの時、あの瞬間、失ったものは大きかった。きっとかけがえのないものを、失ってしまった。


 けれど、それでも前を向く。失ったものは戻らない。だから、少しでも。ただ少しでも今を生きよう。そう思えたから。



 それが、きっと残されたものたちの、使命だから。





 貴方の遺した、想いだから。






 だから、きっと前へ進む。たまに立ち止まるけれど、振り返って、そしてまたあなたと共に、歩き始めよう。





 貴方が残していった、この世界で。貴方の遺した想いを胸に、またこれから。











 でも、やっぱり寂しいな。
 そうだ、ねぇ、ジェイド。もし、もし。もう一度あなたと一緒に過ごせるなら――――――――――






 木々が揺らめき、日が差し込む。そんな当たり前を喜べる。分かち合える。



 ―――――そんな日常を、貴方と。
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