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84・忘れられないの
しおりを挟む「いやあ、すまない。
急に押しかけてしまって」
「ああでも、本当にここは素晴らしいですわ。
お風呂もトイレも何もかも……!」
翌朝―――
かつて彼らが宿泊したデラックスルームにて、
すっかり疲れが取れたような表情になった、
ハーレイドッグ子爵夫妻と面会する。
「いえその……
まあ、事情はだいたい伺いましたので」
「またロイ様が熱を出したとかじゃなくて、
良かったですけど」
昨夜、一通り話を聞いていた俺とリナは
改めて彼らと向き合う。
事の顛末はこうだ。
発端は夫妻の息子であるロイ様で―――
屋敷に帰った後、
食事・トイレ・風呂・ゲームが無いと
不満を持ち……
何より友だちになった子供たちがいないと
泣いて寂しがり、
使用人たちにもワガママを言い始め、
その内容がダンジョンの事に関わるもので、
なだめるのを兼ねて、慌ててこちらに来た、
というわけだ。
「あー……
ロイ様とは、まだ眷属契約を結んで
いなかったですからねえ」
ちなみにその彼は朝食後、女子組に連れ去られ
ダンジョンに潜っている。
そこで、黒に近い紫の長髪の、護衛騎士の
女性がため息をついて、
「確かに―――
ここでの暮らしは一線を画すものだった。
自分たちもそれを身を以て知っているから、
あまりロイ様に強く言えなくて……」
次いでハーレイドッグ子爵家当主が、
「二日と開けず、クラーク君やミント君に
酒や飲食物を持ってきてもらっていたが……
やはり、ここで食すのが一番だ。
そこで思い出したのだが、確かヒロト殿の
ダンジョンは魔境の森にあり、
ここは延長先、という事だったね?」
「ええ、そうです。
正確にはここに新たなダンジョンを作り、
それを元のダンジョンとくっつけました」
するとガド様とマリア様は、ぐい、と上半身を
俺の方へと近付け、
「出来ればこのダンジョンと同じものを、
我が屋敷の地下に新しく作ってもらえない
だろうか!?
金はいくらでも出す!!」
「最初は、双方の安全のためにも―――
適度に距離を置いた方がいいと思って
いたのですが。
お風呂が! トイレが! 何よりトイレが!!
もうアレが無いとダメな体に……!」
そういえば、かつて外国人が日本に旅行に
来た時―――
お土産としてウ〇シュレットが大人気だったと
聞いた事がある。
アレを知ってしまったら、普通のトイレに
戻るのは無理だろう。
「それと料理がな……
ロイ様がイヤイヤするのを初めて見た子爵家の
料理人が、結構落ち込んでしまって。
それにあの料理を見て、学びたいと希望も
している」
アマンダさんの言葉に、俺は最近来た
エリックさんを思い出す。
「そうですね……
材料はともかく、調理方法は別に
秘匿しているわけではありませんから」
「すでにローラさんがいくつか習得して
いますし、他の人にも教えています。
まあ、お兄ちゃんの眷属になってもらう
必要があるとは思いますけど」
それを聞いた夫妻は顔を見合わせ、
「使用人にもヒロト殿の眷属と
なってもらうか……
多分大丈夫なんじゃないかな?」
「そうですね。
当初は、犠牲は私たちだけで済めば、
という考えでしたけど。
魔族ではありますが、勇者様でも
ありますし―――」
続けてアマンダさんが、
「どの道、反対はされないと思いますよ?
ガド様、マリア様のご命令……
それに一度、このダンジョンを経験して
もらえば」
彼女の言葉に、リナがくすっと笑い―――
つられてみんなが笑い出した。
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