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◇本編Ⅲ◇
025.再会の予感
しおりを挟む「落ち着いて聞いてくださいね。セフィロト。北の森で……ザインが生存した状態で見つかりました」
グラナートゥム王城内にある玉座の間――。
神妙な表情を浮かべる精霊女王ヴィヴィアンから、直々の呼び出しを受けたセフィロト・ブルーベルは、そのあまりにもありえない報せに、呆然とした表情を浮かべて、玉座に座るヴィヴィアンを見上げた。
てっきり、オリバーとの婚姻についての祝いの言葉を賜るのだろうとばかり思っていたセフィロトからしてみれば、まさに寝耳に水の話だ。
「な……にを言って……」
絞り出すようなセフィロトの声が、しんと静まり返った玉座の間に響き渡った。
事前に人払いをすませたのだろう。今この場にいるのはヴィヴィアンとセフィロト、そしてオリバーの三人だけだ。ふと隣を見る。オリバーも驚愕で目を見開いている筈。そうに違いないと。
だが、オリバーはまるですべてを知っていたかのように穏やかに前を見つめていた。
いや、おそらくは事前にヴィヴィアンに知らされていたのだろう。もし、セフィロトがヴィヴィアンの立場なら、絶対にオリバーに先に知らせる。
セフィロトは、動揺から激しく瞳を揺らした。
ザインは十年前に死んだ――。それは紛れもない事実な筈だ。
国中を挙げて捜索したが見つからず、その結果【死亡した】と正式に公表もされている。 遺体こそ終ぞ見つからなかったので、実際にザインが死んだことを見届けた訳ではないが、あの日から既に十年という長い時間が経過している。
全力で捜索したのだ。もし万が一にでも生き残っていたのなら、何かしらの形跡が見つかっていただろう。
だが、そんな形跡は影も形も見つからなかった。生存している可能性など、皆無に等しかった。
(なのに生きていたなんて、そんなこと……っ)
セフィロトは性質の悪い冗談をつかれているのか? とほんの一瞬だけヴィヴィアンを疑った。だが、ヴィヴィアンがそのような悪趣味な嘘や冗談をつくなどあり得る筈がない。
セフィロトが当時、辛い現実を受け入れるのにどれだけの時間を要したか、ヴィヴィアンだって知っているのだから。
ヴィヴィアンはヒトを驚かせることが大好きな性分ではあるが、精霊女王として妖精郷を統治する存在である彼女が、民であるセフィロトが傷つくようなことを言う訳がない。
――だから、今の一連の話は紛れもない真実なのだろう。
ヴィヴィアンは一瞬痛ましげな表情を浮かべた後で、目を伏せた。
「現在、ザインは冒険者の手によって治療院に運び込まれ、治療を受けています。大きな怪我を負ってはいましたが……命には別条はないと言う報告も貰っています」
ヴィヴィアンはそこで一度言葉を止め、傍らに控えるオリバーへと視線をやった後で、もう一度セフィロトへと緩やかに視線を戻した。
言葉を失うというのは、まさにこのようなことを言うのだろう。
恋人を失った後、新しい愛に生きる物語は世の中には多々ある。だが――まさか、新しい愛を育んだ後に、死んだと思っていたかつての恋人が生きて帰ってくるなど、予想もつかないことだ。
(ザインが生きていたことは嬉しい。でも……っ)
やっとザインのことを思い出に変えて、前を向いて生きて行く決心がついたというのに、何故今頃になって――。セフィロトは、一瞬そう思ってしまった。
帰って来てくれた。約束を守ってくれた。嬉しい。そう思う気持ちが半分、それ以外が半分。
置いて行かれた際の絶望と悲しみを思い出して、セフィロトはきつく拳を握りしめた。
誰が悪い訳でもない。けれど、たとえ本当にザインが帰って来てくれたのだとしても、今のセフィロトがすんなりとザインがのことを受け入れることができる筈もなかった。いや、受け入れられる筈がない。受け入れてはいけない。
――だって。
「……っ、ヴィヴィアン陛下、僕の今の恋人はオリバーです! ザインが戻って来ても……っ、それは変わりません!」
セフィロトは、感情も顕に叫んでいた。
セフィロトの現在の恋人は、ザインではなくオリバーだ。ザインが生きていたからといって、オリバーではなくザインを選ぶことはありえない。いや、そんなことはあってはならないことだ。
「ですから僕は……っ。僕は……っ」
ザインに会うつもりはない。そう続けようとしたセフィロトだが、上手く声が出せない。あまりのことに理解が追いついていないのだ。
「セフィロト」
ヴィヴィアンはそんなセフィロトの悲痛な声を遮るように名前を呼ぶと、ゆっくりと首を左右に振った。
「すぐに答えを出せるような話ではない筈よ。そんな簡単な問題ではないでしょう」
「……っ」
セフィロトは小さく息を詰まらせると、どうして良いのか分からずに反射的にオリバーを縋るように見つめていた。
オリバーがはっきりと「俺を選んで欲しい」とそう言ってくれたのなら、セフィロトはすぐに頷くつもりだった。
だが、オリバーはまるですべてを受け入れるつもりであるかのように、穏やかな表情でセフィロトを見つめているだけで、ヴィヴィアンとセフィロトのやり取りにけっして口を挟まなかった。
(っ、オリバー……。どうして何も言ってくれないの?)
何も口にしてくれないオリバーに対して、セフィロトは縋るように手を伸ばそうとする。だが、結局セフィロトは手を伸ばすことはできず、力なく腕を下ろした。
オリバーは、セフィロトのことを何よりも大切にしてくれるそんな人だ。自らの気持ちだけを優先させるような人ではないことは、よく分かっている。本心がどうであれ、最終的にセフィロトが幸せならと、潔く身を引く選択肢を取る人なのだ。
「……オリバーから話はすべて聞いています。貴方に正式に婚姻を申し込んだこと、そして貴方がオリバーの愛を受け入れてくれたのだということも。長く近衛騎士として仕えてくれているオリバーは、わたくしにとって我が子のようなもの。だから、本来ならば、諸手を挙げて祝福したいところ。……ですが、わたくしは個であると同時にこの妖精郷を治める【王】でもあります。オリバー可愛さに、貴方とザインを引き離すことは許されない。だから、貴方にオリバーを選びなさいとは、言えません。何より、貴方が本心を押し殺してまで選ぶ未来に幸せはないわ。そんなことをしたら、貴方もザインも、そしてオリバーも間違いなく不幸になる」
「……っ」
セフィロトを諌めるようにヴィヴィアンが言った。
セフィロトの本心――未だにザインに想いを残しているということに、ヴィヴィアンは気付いているのだろう。まるで心の奥を見透かされているかのようだった。
そして、おそらくオリバーもセフィロトの心の揺れに気付いている。
――今更だと言って怒れるなら、そんな風に本当にすぐに割り切れるような軽い想いなら、長い間セフィロトが苦しまなかったということを。
オリバーは、長い間セフィロトを側で支えてくれたヒトだ――。気づかない筈がない。
(……あぁ。僕は卑怯者だ。ただ現実から逃げようとしているだけじゃないか)
決意が鈍るからザインと顔を合わせなければ良いなんて、あまりに情けなさ過ぎる。いや、卑怯な選択だ。オリバーと生涯を共にすると決めたのに、自らの本心に蓋をして、内心ではずっとザインを忘れられずに日時を共に過ごす。これがオリバーへの裏切りでなかったとしたら、何になるのか。
セフィロトはぐっと唇を噛んだ。同時に、オリバーにすべての選択の結果を出すことを迫ろうとしていた自分を恥じた。
弱いセフィロトは、ザインではなく俺を選べ、ザインのことを忘れろ。ザインには会うな。そうオリバーに言って欲しかった。いや、無理矢理に言わせようとしていたのだ。
(楽になりたかっただけじゃないか、僕は……)
「……セフィロト。ザインに会いに行くわね?」
セフィロトは、少しの沈黙の後にヴィヴィアンの問いに静かに頷いた。ここで逃げてはいけない。そんなことは許されない。
「どんな選択を、どちらを選んだとしても、わたくしは貴方を責めません。貴方――いえ、貴方たちの、これからの短くも長い生についてのことです。どうか悔いなき選択を」
それが、玉座の間を去る時にヴィヴィアンから最後にかけられた言葉だった。
「セフィロト。外まで送る」
「オリバー……」
呼び止められて、長い廊下を二人で並んで歩く。何を話して良いのか分からず無言になってしまう。こんな時、どんな顔で何を言えば正解なのか分からず、セフィロトは視線を伏せた。
オリバーは元々口数が多い方ではなく、セフィロトはそんなオリバーの側を心地よく感じていたが、今だけはその寡黙さが歯痒い。自分だけを棚にあげるようだが、こういう時に更に口数が少なくなると、もはやどう切り出して良いのか分からなくなってしまうので辛かった。
何か話さなくては。そう思えば思うほどに何も言葉が出てこないのだから情けない。
「セフィロト。一つだけお前に勘違いさせたくないことがある」
――そんな時だった。外へ扉の手前で、オリバーがセフィロトよりも先に口を開いたのは。
「……勘違い?」
「あぁ」
思わず尋ね返すと、オリバーはゆっくりと頷いた。
「俺はたとえどんなことがあってもお前を諦めるつもりはない」
「!?」
オリバーの言葉に、セフィロトは驚愕で目を大きく見開いた。
「そんなに驚くようなことではないだろう?」
「いや、だって……」
この期に及んで女々しいことを言ってしまうが、先程オリバーはそんなことを言うような様子はなかった。セフィロトが選択する未来を受け入れる。そんな風にセフィロトには見えた。
少なくとも、セフィロト程には動揺していたようには到底見えなかった。
だがオリバーは、複雑な表情で視線をそらすセフィロトに苦く笑った。
「確かに、俺はお前が選んだ選択なら受け入れるつもりではいる。俺の一番はお前の幸せだからな。だが、それはあくまで今は、という話であって、これからもずっとという意味ではない。俺はそこまで殊勝な男ではないぞ」
「……?」
セフィロトは思わず首を傾げた。オリバーは何を言いたいのだろう、と視線をオリバーに向ける。
「例え、お前がザインと再会してザインのことを選んだとしても、お前にまた振り向いて貰えば良いだけの話だ」
「……っ」
オリバーは真っ直ぐな眼差しでそう言い切った。
「幼い頃から根気強く待ったんだ。あと十年や二十年やどうってことない。それだけは、どうしても伝えたかった」
「……オリバー」
その優しい言葉に、感極まったセフィロトの目元に涙が浮かんだ。
「お前にプロポーズをする際に、お前を離すことは絶対にできないと思ったし、その気持ちに嘘偽りはない。だが、お前を悲しませるくらいなら話は別だ。お前を辛い目に合わせるくらいなら、俺はいくらでも口先だけの愚かな男に成り下がる。お前が選んだのがどんな結果だったとしても、今日までお前が俺のことを思ってくれた気持ちを疑ってもいない。……だから、気にせずに行って来い」
「……っ……。オリバーっ。ううっ……」
思わず泣き出したセフィロトを、大きな体が包み込んだ。すべてを許してくれるようなそんな広い胸に、セフィロトは顔を埋めて静かに泣く。
最後に離し難いと言わんばかりにオリバーにきつく抱きしめられたセフィロトは、その広い背中に両方の腕を回して抱きついた。
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