19 / 27
◇本編Ⅱ◇
019.好敵手の最期① ※オリバー視点
しおりを挟む
「……縁起でもない言い方をするな」
オリバーは、その都度そう言い返した。ザインはオリバーにとって恋敵ではあった。だが、同時にある意味憧れの対象でもあった。
男としての目標──そう断言しても良いくらいの大きな存在だったのだ。その背中を目標に努力した結果、オリバーは近衛騎士として抜擢されて現在に至ったのだから、彼がオリバーに与えた影響は大きかった。
あくまで例えばの話だが、ザイン──そしてセフィロトとの出会いがなければ、もしかしたらオリバーは近衛騎士にはなれなかったかもしれない。
子供の頃は、ひたすらに強くなれば近衛騎士になれると思っていた。だが、実際には戦闘以外の面での技術や最低限の社交を求められることが多く、セフィロトたちと出会い様々な経験をしなければ、多分オリバーは及第点にすら至れなかったに違いない。
勿論、大人になってもオリバーは深くセフィロトのことを愛していた。
(俺は生涯、セフィロト以外誰も好きにならないだろう)
そんな風に心に決めるほど、オリバーにとってはセフィロトこそがすべてだった。
幼い時の淡い恋心は、気付けば【一生涯愛し抜く覚悟】になり、現在ではセフィロトは、オリバーの中で完全にヴィヴィアンよりも優先するべき存在となっていた。
近衛騎士にあるまじき考えであることは分かっている。だが、成長したオリバーは、良くも悪くもある種の狡猾さを手に入れていた。
例え周りから非難されたとしても、貫く覚悟が今のオリバーにはある。例え、セフィロトに想いが伝わらなかったとしても、決意は変わらないだろう。
(恋仲にはなれずとも、俺は友人として、セフィロトを支えて行く。これからもずっと──)
ザインがいる以上はけっして恋が実らないことは分かっていたが、それでも良いという境地に至るまで、さして時間はかからなかった。
──だが、ある日ザインはあっけなく死んだ。
◆◇◆4◆◇◆
「ちょっくら前線に行ってくるわ」
魔物のスタンピードが起こりザインが戦線に駆り出される前日──。酒の席で告げられた時は、大抵のことでは動じなくなっていたオリバーもさすがに動揺した。
元々が歴戦の冒険者であるザインとはいえ、実戦から離れてかなり長い年月が経っている。本来であれば前線に向かうのはありえない話だ。
特にスタンピードとなれば、何があるか分からない。当然、オリバーは反対した。
「お前が行く必要はないだろう!」
オリバーは、珍しく声を荒げていた。オリバーも友であるザインを失いたくはなかったし、何より万が一のことがあったら、セフィロトが悲しむことになる。
そんなことは許せなかった。
だが、ザインはゆっくりと首を左右に振った。
「俺じゃなきゃ駄目なんだ」
「何故だ!? 妖精郷には現役で腕利きの冒険者が他にもいるだろう。引退したお前が出しゃばってどうする!」
「酷ぇ言われようだな。おい……」
オリバーのあまりに遠慮のない物言いに僅かに引いたように、ザインは苦く笑みを浮かべていた。
「……っ。なら、俺が行く……!」
「それこそ無理な話だろ。お前が前線に行く事態なんて、それこそ最悪だ」
オリバーがそう言うと、ザインはゆるりと首を左右に振った。
近衛騎士であるオリバーは、妖精郷の要だ。余程の事態にならない限りは、前線に出ることは許されない。
セフィロトの為なら、妖精郷の規則など破るつもりのオリバーだが、とはいえ、現時点で選択肢が無数に残されている中で、捨て身の選択肢を選ぶ状況でないことは身に沁みて理解していた。
「行かなくて良いならそれに越したことはないだろうな。だがな、戦力が明らかに足りねぇんだよ。俺が出なきゃ、多分今回、間違いなく魔物に押し切られる。妖精郷の中に侵入を許せば、セフィロトの身に危険が迫るだろう。アイツは腕っぷしは今もけっして弱くはない。……が、スタンピードに巻き込まれて五体満足でいられる保障はない。俺が守ってやらねーと」
──人手不足。そう言われて、オリバーは黙り込んだ。
確かに、現在の妖精郷の周囲はかなり騒がしくなっていて、オリバーたち近衛騎士たちも、限界を超えそうなところギリギリのところで踏ん張っていたからだ。
「……セフィロトは何と?」
「行かないで欲しいって泣かれたよ」
ザインが肩をすくめて、複雑そうに笑った。
「俺も、もう歳だからな。心配らしい」
いつもザインにべったりのセフィロトだ。離れるなんて考えられなかったに違いない。
必要性があって、稀にザインがたまにダンジョンに潜る時も「僕も行く!」とセフィロトがザインにしがみついていたのをオリバーは何度も見たことがあった。
「何。俺は必ず帰って来るさ。そうセフィロトと約束したからな」
「……ザイン。それは……」
無責任だとそう言おうとして、結局オリバーは踏みとどまった。
戦では絶対などありえない。それは確かだ。
だが、セフィロトを守りたいというザインの想いを、オリバーは否定できなかった。
ザインはけっして引かなかった。
「俺がいない間、セフィロトを気にかけてやってくれ」
別れ際、ザインが一度だけこちらを振り返ってそう言った。
「……お前に言われるまでもない」
──それが、オリバーがザインとの最後の会話だった。
オリバーは、その都度そう言い返した。ザインはオリバーにとって恋敵ではあった。だが、同時にある意味憧れの対象でもあった。
男としての目標──そう断言しても良いくらいの大きな存在だったのだ。その背中を目標に努力した結果、オリバーは近衛騎士として抜擢されて現在に至ったのだから、彼がオリバーに与えた影響は大きかった。
あくまで例えばの話だが、ザイン──そしてセフィロトとの出会いがなければ、もしかしたらオリバーは近衛騎士にはなれなかったかもしれない。
子供の頃は、ひたすらに強くなれば近衛騎士になれると思っていた。だが、実際には戦闘以外の面での技術や最低限の社交を求められることが多く、セフィロトたちと出会い様々な経験をしなければ、多分オリバーは及第点にすら至れなかったに違いない。
勿論、大人になってもオリバーは深くセフィロトのことを愛していた。
(俺は生涯、セフィロト以外誰も好きにならないだろう)
そんな風に心に決めるほど、オリバーにとってはセフィロトこそがすべてだった。
幼い時の淡い恋心は、気付けば【一生涯愛し抜く覚悟】になり、現在ではセフィロトは、オリバーの中で完全にヴィヴィアンよりも優先するべき存在となっていた。
近衛騎士にあるまじき考えであることは分かっている。だが、成長したオリバーは、良くも悪くもある種の狡猾さを手に入れていた。
例え周りから非難されたとしても、貫く覚悟が今のオリバーにはある。例え、セフィロトに想いが伝わらなかったとしても、決意は変わらないだろう。
(恋仲にはなれずとも、俺は友人として、セフィロトを支えて行く。これからもずっと──)
ザインがいる以上はけっして恋が実らないことは分かっていたが、それでも良いという境地に至るまで、さして時間はかからなかった。
──だが、ある日ザインはあっけなく死んだ。
◆◇◆4◆◇◆
「ちょっくら前線に行ってくるわ」
魔物のスタンピードが起こりザインが戦線に駆り出される前日──。酒の席で告げられた時は、大抵のことでは動じなくなっていたオリバーもさすがに動揺した。
元々が歴戦の冒険者であるザインとはいえ、実戦から離れてかなり長い年月が経っている。本来であれば前線に向かうのはありえない話だ。
特にスタンピードとなれば、何があるか分からない。当然、オリバーは反対した。
「お前が行く必要はないだろう!」
オリバーは、珍しく声を荒げていた。オリバーも友であるザインを失いたくはなかったし、何より万が一のことがあったら、セフィロトが悲しむことになる。
そんなことは許せなかった。
だが、ザインはゆっくりと首を左右に振った。
「俺じゃなきゃ駄目なんだ」
「何故だ!? 妖精郷には現役で腕利きの冒険者が他にもいるだろう。引退したお前が出しゃばってどうする!」
「酷ぇ言われようだな。おい……」
オリバーのあまりに遠慮のない物言いに僅かに引いたように、ザインは苦く笑みを浮かべていた。
「……っ。なら、俺が行く……!」
「それこそ無理な話だろ。お前が前線に行く事態なんて、それこそ最悪だ」
オリバーがそう言うと、ザインはゆるりと首を左右に振った。
近衛騎士であるオリバーは、妖精郷の要だ。余程の事態にならない限りは、前線に出ることは許されない。
セフィロトの為なら、妖精郷の規則など破るつもりのオリバーだが、とはいえ、現時点で選択肢が無数に残されている中で、捨て身の選択肢を選ぶ状況でないことは身に沁みて理解していた。
「行かなくて良いならそれに越したことはないだろうな。だがな、戦力が明らかに足りねぇんだよ。俺が出なきゃ、多分今回、間違いなく魔物に押し切られる。妖精郷の中に侵入を許せば、セフィロトの身に危険が迫るだろう。アイツは腕っぷしは今もけっして弱くはない。……が、スタンピードに巻き込まれて五体満足でいられる保障はない。俺が守ってやらねーと」
──人手不足。そう言われて、オリバーは黙り込んだ。
確かに、現在の妖精郷の周囲はかなり騒がしくなっていて、オリバーたち近衛騎士たちも、限界を超えそうなところギリギリのところで踏ん張っていたからだ。
「……セフィロトは何と?」
「行かないで欲しいって泣かれたよ」
ザインが肩をすくめて、複雑そうに笑った。
「俺も、もう歳だからな。心配らしい」
いつもザインにべったりのセフィロトだ。離れるなんて考えられなかったに違いない。
必要性があって、稀にザインがたまにダンジョンに潜る時も「僕も行く!」とセフィロトがザインにしがみついていたのをオリバーは何度も見たことがあった。
「何。俺は必ず帰って来るさ。そうセフィロトと約束したからな」
「……ザイン。それは……」
無責任だとそう言おうとして、結局オリバーは踏みとどまった。
戦では絶対などありえない。それは確かだ。
だが、セフィロトを守りたいというザインの想いを、オリバーは否定できなかった。
ザインはけっして引かなかった。
「俺がいない間、セフィロトを気にかけてやってくれ」
別れ際、ザインが一度だけこちらを振り返ってそう言った。
「……お前に言われるまでもない」
──それが、オリバーがザインとの最後の会話だった。
10
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる