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◇本編Ⅱ◇
018.幼き日の邂逅 後編② ※オリバー視点
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セフィロトの口から、はっきりと付き合っている恋人がいることを告げられた時は辛かった。しかしオリバーが一番辛かったのは、セフィロトが無神経にも恋人であるザインを連れて城にやって来た時だったと断言できる。
「ザイン。ね! 見て! この花冠、すごく綺麗でしょう? 最近友達になった子が編んでくれたんだよ」
花冠をセフィロトに贈ってから約一週間後。
男――ザインと腕を組んだセフィロトが、自らの頭に飾った花冠を自慢げに触りながら、無邪気に笑う。
はしゃぐセフィロトの姿は大変愛くるしい。
が、何が悲しくて、恋敵にたいして改めて【友人】として紹介されなければならないのか。
オリバーは、内心泣きたくなるのをグッと堪えた。
ぴったりと寄り添い幸せそうに笑う二人を見たオリバーは、眉間に深く皺を寄せる。
「あれがオリバーの……? え、恋人いたんだ? マジか」
「好きな人に恋人がいる苦しみか……。俺だったら耐えきれるかどうか……」
「あまりに辛すぎでは……!」
偶然その場に居合わせてしまったオリバーの友人三人組が、引き攣った表情で口々にそんなことを言っていたが、さもありなん。
実際、普段年齢の割には落ち着き払っており、鉄仮面である自覚のあったオリバーですら、さすがに表情を引き攣らせるしかなかったのだから。
一切の悪気がないとはいえ、まさに今のセフィロトはオリバーにとって小悪魔にしか見えない。
「……ふん。お前か、俺のセフィロトにちょっかいをかけているというガキは」
「ザイン、オリバーはまだ子供なんだよ! そんな喧嘩腰にしたら可哀想でしょ?」
セフィロトの一言が、オリバーの胸にぐさりと刺さった。子供であるのは事実だが、こうもはっきりと論外だと言われるとさすがに傷つく。
「ガキでも、男は男だ!」
「ザイン!」
ザインがふてぶてしく胸を逸らせ、まるで吠えるように言うと、セフィロトが目を三角に釣り上げた。
(この男がザイン。セフィロトの恋人……)
セフィロトの恋人ザインは、屈強な肉体に炎のような赤い髪が特徴的な男だった。年齢は三十歳前後といったところに見えるが、竜の血を引いているのが真実であれば、実年齢はもう少し上かもしれない。
かなりの強面ではあったものの、容姿自体はかなり整っている。セフィロトと並ぶと、外見だけなら美男美女とさえ言っても過言ではないだろう。
悔しいが、お似合いではある。
「セフィロト。お前は甘い! 男は皆獣なんだ。大体、他の男からの贈り物なんて貰うなよ。いや、ひょっとしてコイツを使って俺を嫉妬させたいのか?」
「僕がそんな小悪魔みたいな悪趣味なことする訳ないでしょ! オリバーにも失礼なこと言わないでくれる? オリバーは、すっごーく優しい子なんだから!」
「いや、お前は十分に小悪魔だよ。今までその可愛い顔で何人たらし込んだ? 俺が裏で何人ボコボコにしたか分かってんのか!? いくら無自覚でも限度があるぞ!」
「何、その言いがかり! ザインが勘違いしてるだけだってば!」
「いーや。誤解じゃない! そもそもお前は大胆っつーかあけっぴろげなところがあるって昔から思ってたんだ。お前は付き合う前から無意識に卑猥なことを仕掛けてきたし……」
「なっ!?」
痴話喧嘩が始まってしまい、オリバーは思わず視線を泳がせた。白熱していく二人のやり取りの中には、情事を思わせる内容もちらほらあるようで気まずいことこの上ない。
大体、初恋を経験したばかりのオリバーにはあまりに刺激が強すぎた。
「セフィロト、とりあえず花冠をこいつに返せ」
「絶対にやだ!」
心の狭い男だな。
それがオリバーがザインに初めて出会った際に抱いた感想だった。
――その後、オリバーは二十年以上もの長い間、一途にセフィロトのことを思い続けることになる訳だが……。
(……あの頃の俺は、まだまだ子供だったな)
当時のことを思い出したオリバーは、乾いた笑みを浮かべた。
あの時の痴話喧嘩は、ザインが折れることで無事に終焉を迎えた。何だかんだでザインがセフィロトにベタ惚れであることは明白で、つまるところ押し負けたのだ。
セフィロトは否定していたが、ザインが懸念していたことは大体は当たっていた。
名誉のために言っておくが、当然セフィロトが意図的に誘惑した事実はない。すべて男共が勝手に勘違いをして暴走した結果だったし、ザインが存命時はセフィロトがザイン以外の相手に対して恋愛感情を抱いたことも絶対にないと断言できる。
一途さでは、セフィロトも相当なものだった。ザイン以外はまったく目に入っていなかったと言っても良い。
ただ、残念なことに隙は非常に多い。ザインも顔を合わせる度に言っていたが、油断するとすぐに誰かに口説かれている。
ザインは竜の血を引いている男だ。
彼が怖くて、ザインが恋人であると知っている者は絶対に手を出しては来なかった。だが、ザインは意図的に出来る限りセフィロトをひと目に触れないようにしていたので、当時はセフィロトの存在自体があまり知られていなかった。
冗談めかしてはいたし隠してはいたが、ザインの独占欲は実際にはかなり強いものだったので、可愛い恋人をあまり見せたくなかったのだろう。
だから、ザインがセフィロトの恋人であると知らない者も相当な数おり、周りを完全に牽制するまでには至らなかった。
それゆえ、恋敵を増やす結果になってしまい、囲い込むだけでは対処しきれなくなってしまったのだ。
最終的にはきちんと周知することで大分邪魔な存在は減った。だが、オリバーは友人として常にセフィロトの側に居続けた。
「本当は、お前こそセフィロトから引き離したかったのによ」
紛れもない純粋な友情ではあったが、セフィロトはオリバーを積極的に側においた。
ザインも含めて三人で酒を飲んだり、遊びに行ったり、とても楽しかったのをオリバーは覚えている。ザインからしてみればオリバーは紛れもない邪魔者だったに違いない。
嫌だと言えなかったのは惚れた弱みだと、後にザインが愚痴をこぼしていた。
だが、勝負になっていたかはともかくとして、ザインはオリバーにとっては良い恋敵だったし、同時に友人でもあった。
多分、ザインも同じように思っていたのだろう。
「俺がいない時は、セフィロトを頼んだぞ」
酒の席でそう何度か口にするくらいには、オリバーはザインから深く信用されていた。
「ザイン。ね! 見て! この花冠、すごく綺麗でしょう? 最近友達になった子が編んでくれたんだよ」
花冠をセフィロトに贈ってから約一週間後。
男――ザインと腕を組んだセフィロトが、自らの頭に飾った花冠を自慢げに触りながら、無邪気に笑う。
はしゃぐセフィロトの姿は大変愛くるしい。
が、何が悲しくて、恋敵にたいして改めて【友人】として紹介されなければならないのか。
オリバーは、内心泣きたくなるのをグッと堪えた。
ぴったりと寄り添い幸せそうに笑う二人を見たオリバーは、眉間に深く皺を寄せる。
「あれがオリバーの……? え、恋人いたんだ? マジか」
「好きな人に恋人がいる苦しみか……。俺だったら耐えきれるかどうか……」
「あまりに辛すぎでは……!」
偶然その場に居合わせてしまったオリバーの友人三人組が、引き攣った表情で口々にそんなことを言っていたが、さもありなん。
実際、普段年齢の割には落ち着き払っており、鉄仮面である自覚のあったオリバーですら、さすがに表情を引き攣らせるしかなかったのだから。
一切の悪気がないとはいえ、まさに今のセフィロトはオリバーにとって小悪魔にしか見えない。
「……ふん。お前か、俺のセフィロトにちょっかいをかけているというガキは」
「ザイン、オリバーはまだ子供なんだよ! そんな喧嘩腰にしたら可哀想でしょ?」
セフィロトの一言が、オリバーの胸にぐさりと刺さった。子供であるのは事実だが、こうもはっきりと論外だと言われるとさすがに傷つく。
「ガキでも、男は男だ!」
「ザイン!」
ザインがふてぶてしく胸を逸らせ、まるで吠えるように言うと、セフィロトが目を三角に釣り上げた。
(この男がザイン。セフィロトの恋人……)
セフィロトの恋人ザインは、屈強な肉体に炎のような赤い髪が特徴的な男だった。年齢は三十歳前後といったところに見えるが、竜の血を引いているのが真実であれば、実年齢はもう少し上かもしれない。
かなりの強面ではあったものの、容姿自体はかなり整っている。セフィロトと並ぶと、外見だけなら美男美女とさえ言っても過言ではないだろう。
悔しいが、お似合いではある。
「セフィロト。お前は甘い! 男は皆獣なんだ。大体、他の男からの贈り物なんて貰うなよ。いや、ひょっとしてコイツを使って俺を嫉妬させたいのか?」
「僕がそんな小悪魔みたいな悪趣味なことする訳ないでしょ! オリバーにも失礼なこと言わないでくれる? オリバーは、すっごーく優しい子なんだから!」
「いや、お前は十分に小悪魔だよ。今までその可愛い顔で何人たらし込んだ? 俺が裏で何人ボコボコにしたか分かってんのか!? いくら無自覚でも限度があるぞ!」
「何、その言いがかり! ザインが勘違いしてるだけだってば!」
「いーや。誤解じゃない! そもそもお前は大胆っつーかあけっぴろげなところがあるって昔から思ってたんだ。お前は付き合う前から無意識に卑猥なことを仕掛けてきたし……」
「なっ!?」
痴話喧嘩が始まってしまい、オリバーは思わず視線を泳がせた。白熱していく二人のやり取りの中には、情事を思わせる内容もちらほらあるようで気まずいことこの上ない。
大体、初恋を経験したばかりのオリバーにはあまりに刺激が強すぎた。
「セフィロト、とりあえず花冠をこいつに返せ」
「絶対にやだ!」
心の狭い男だな。
それがオリバーがザインに初めて出会った際に抱いた感想だった。
――その後、オリバーは二十年以上もの長い間、一途にセフィロトのことを思い続けることになる訳だが……。
(……あの頃の俺は、まだまだ子供だったな)
当時のことを思い出したオリバーは、乾いた笑みを浮かべた。
あの時の痴話喧嘩は、ザインが折れることで無事に終焉を迎えた。何だかんだでザインがセフィロトにベタ惚れであることは明白で、つまるところ押し負けたのだ。
セフィロトは否定していたが、ザインが懸念していたことは大体は当たっていた。
名誉のために言っておくが、当然セフィロトが意図的に誘惑した事実はない。すべて男共が勝手に勘違いをして暴走した結果だったし、ザインが存命時はセフィロトがザイン以外の相手に対して恋愛感情を抱いたことも絶対にないと断言できる。
一途さでは、セフィロトも相当なものだった。ザイン以外はまったく目に入っていなかったと言っても良い。
ただ、残念なことに隙は非常に多い。ザインも顔を合わせる度に言っていたが、油断するとすぐに誰かに口説かれている。
ザインは竜の血を引いている男だ。
彼が怖くて、ザインが恋人であると知っている者は絶対に手を出しては来なかった。だが、ザインは意図的に出来る限りセフィロトをひと目に触れないようにしていたので、当時はセフィロトの存在自体があまり知られていなかった。
冗談めかしてはいたし隠してはいたが、ザインの独占欲は実際にはかなり強いものだったので、可愛い恋人をあまり見せたくなかったのだろう。
だから、ザインがセフィロトの恋人であると知らない者も相当な数おり、周りを完全に牽制するまでには至らなかった。
それゆえ、恋敵を増やす結果になってしまい、囲い込むだけでは対処しきれなくなってしまったのだ。
最終的にはきちんと周知することで大分邪魔な存在は減った。だが、オリバーは友人として常にセフィロトの側に居続けた。
「本当は、お前こそセフィロトから引き離したかったのによ」
紛れもない純粋な友情ではあったが、セフィロトはオリバーを積極的に側においた。
ザインも含めて三人で酒を飲んだり、遊びに行ったり、とても楽しかったのをオリバーは覚えている。ザインからしてみればオリバーは紛れもない邪魔者だったに違いない。
嫌だと言えなかったのは惚れた弱みだと、後にザインが愚痴をこぼしていた。
だが、勝負になっていたかはともかくとして、ザインはオリバーにとっては良い恋敵だったし、同時に友人でもあった。
多分、ザインも同じように思っていたのだろう。
「俺がいない時は、セフィロトを頼んだぞ」
酒の席でそう何度か口にするくらいには、オリバーはザインから深く信用されていた。
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