ユニコーンの二人の恋人〜比翼の蜜は愛を謳う~

宮沢ましゅまろ

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◇本編Ⅱ◇

016.幼き日の邂逅 中編③ ※オリバー視点

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「オリバー! おはよう!」
「……」

 翌日、約束の時間である夕刻よりも大分早い――真昼時。
 元気良く待ち合わせ場所でもある花畑にやって来たセフィロトに、せっせと花かんむりを作っていたオリバーは、内心ではどきまぎとしながらも、ちらりと視線をあげた。

 今日のセフィロトは、花びらを思わせる形をした――ペタル・カラーの白色のブラウスに、淡い紺色のサロペット型のふんわりとしたズボンを履いていた。
 長い髪を三つ編みにして細いリボンで結んだ姿は、まるで少女のようで非常に似合っている。

(可愛らしい)

 オリバーは頬を僅かに赤く染めた。

「……まだ、花かんむりは完成していない」

 思わず「ぐっ」と唸り声をあげそうになりながらも、オリバーは鋼の精神で何とか堪えることに成功する。

 真っ直ぐにセフィロトの顔を見られなくて、オリバーはせっせと花冠を編む手を動かした。

「えへへ! 楽しみすぎて早く来ちゃったんだよね」

 千々に乱れるオリバーの心中にはまったく気づかない様子で、セフィロトが無邪気にペロリと舌を出した。

 時に幼さやあどけなさは、当人が意識していようがいまいが、鼻につくこともあるが、全く嫌な気持ちにならないのはオリバーがセフィロトに好意を抱いているからなのか、それともセフィロトの持つ天性の魅力なのか。

(……おそらく、後者だろうな)

 惚れた弱みも多少はあるかもしれない。だが、セフィロトには周りを明るい気持ちにさせる。そんな魅力があるのも事実だった。



「獣人の耳は触るな。尻を撫でられているのと変わらん」
「えっ。そうなの……!?」

 獣人に対しての接し方について、お前に話しておくべきことがある。

 そう前置きをしてから、オリバーがそう諭すように言うと、セフィロトが目を見開いた。

 やはり、セフィロトは獣人の中では暗黙の了解である常識を知らなかったようだ。

 今日オリバーが言わなければ、セフィロトは今後、もしかすると他の獣人にも同じことをしていたかもしれない。

「もう絶対に触らない!」
「……そうしておけ」

 セフィロトが頷くのを見て、オリバーもまた頷いた。  

 これだけ念を押しておけば、セフィロトも不用意には獣人には触れないだろう。

 何より、セフィロトに他の獣人に構って欲しくなかったオリバーは、大きなため息を吐きながらも、安堵からほっと胸を撫で下ろした。

 

 それからしばらくの間はセフィロトとしばらくはたわいもない話を楽しんでいたオリバーだったが、花冠が完成を迎える間近になると、気づけば恋愛の話になっていた。

「オリバーは、やっぱりヴィヴィアン様が好きなんだよねー?」
「……?」

 最初何を言われているのか理解できず、オリバーははたと花冠を編む手を止めていた。

「え。オリバーって、ヴィヴィアン様のことが好きなんじゃないの?」
「……? 俺はそういった想いをあの方に抱いたことはない」

 まるでヴィヴィアンに好意を抱いているのが当然かのような言い方をされて、オリバーは少し戸惑いながらも、セフィロトの疑問をはっきりと否定した。

「そうなの!? ヴィヴィアン様、すごい美人なのに? 全く興味ないの?」

 どうやら、セフィロトは何かを勘違いをしているようだ。

 想い人からの無神経ともいえるような口撃に、傷つかなかったか? といえば嘘になる。

 ただ、そのあまりにあけすけなセフィロトの物言いには、さすがにオリバーも苦く笑う他なかった。

 どちらかといえば、セフィロトは鈍感な方だとは思う。

 けれど、そもそも出会ってからまだ一日しか経っていないのだ。そんな短い付き合いの中で、自分に気があると気づける者は中々いないだろう。

 大体、オリバーはセフィロトに気持ちを伝えてはいないので、それで察しろというのもあまりに酷な話だった。

「美しい方だとは思う。だが、俺にとってはヴィヴィアン様は仕えるべき絶対的な主だ。好きか嫌いかで言えば、当然尊敬という意味ではお慕いはしているが……。あの方の恋人や伴侶になりたいなど一度も思ったことはないし、これからもないだろうな」

「それは絶対に?」
「……絶対だ」

 妖精郷を統治する絶対的な主として尊崇の念は抱いているし、当然現在の恵まれた環境を与えてくれたことについても感謝はしている。
 恐れ多いことだが、実の母親のようにも感じているし、親愛の情も勿論ある。

 だが、そこには【恋愛感情】はない。美しいとは思うし、その生き様に憧れを抱くことはあるが、恋には絶対に発展しない。

 セフィロトと出会ったことで、恋が憧れや尊敬とは明確に違うということに、気づいたオリバーには、そう断言できた。

「そうなんだぁー。なんだー……」

 セフィロトは、オリバーの答えにどこか残念そうに呟いた。

「……何故、落胆する」

 まるでオリバーがヴィヴィアンのことを好きだったら良かったかのような言い方に聞こえて、オリバーは内心少し傷つきながらも、かろうじて何とかそう尋ねていた。

「あ。ごめんね。変なこと言っちゃって」
「いや、それは別に構わないが……」

 セフィロトがそこで改まったように姿勢を正して、庭に咲き誇る花々に視線をやった。

「……オリバーがヴィヴィアン様のことを好きなら、僕も色々相談できるかなぁって思ったんだ」

 もじもじと自らの指先を弄りながら、セフィロトがふと真剣な表情で口を開いた。

 ……嫌な予感がする。突如変化した空気に、オリバーは思わず花冠を編む手を止めていた。

 次にセフィロトの口から出てくる言葉の内容を想像して、オリバーは「聞きたくない」とはっきりと思った。

 だが、ここで制止するのもおかしな話だし、何よりセフィロトはオリバーに心を開いてくれたからこそ、話を切り出そうとしているに違いない。

「オリバー。良かったらなんだけど……。僕の相談に乗ってくれない?」

 縋るように愛する人から言われて、嫌だなんて言える筈が無かった。

 気づけばオリバーはゆっくりと頷いていた。

 ◆◇ ◆◇ ◆

「僕、恋人がいるんだけど……さ」

(あぁ……。やはりか……)

 死刑宣告とも言える明確な言葉がセフィロトの口から紡がれて、オリバーはぐっと唇を噛み締めた。

 予想はしていたし、心のどこかでは覚悟はしていた。だが、改めて恋人がいるという事実を本人の口から聞かされる衝撃というのは、筆舌に尽くし難い。

 セフィロトは、オリバーが自分のことを好いているなどいう考えには、微塵も思い至っていないのだろう。

 口を尖らせながら、恋人とのことを話し出した。
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