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◇本編Ⅱ◇
015.幼き日の邂逅 中編② ※オリバー視点
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オリバーの胸の鼓動は、その笑顔を見た瞬間に、今までにないくらいに激しく高鳴っていた。
◆◇ ◆◇ ◆
――そろそろ帰るね。
セフィロトがやんわりとそう切り出して来たのは、たわいのない話をしばらくした後のことだった。
あまり遅くなると心配する人がいるのだと、少しだけ不満そうながらも照れたように口を尖らせる様子は大変可愛らしかった。だが、こんな表情をさせる相手がセフィロトにはいるのだという現実を改めて突き付けられたオリバーの胸は、ズキンと痛んだ。
(……? この気持ちは、なんだ……?)
苦い何かが胸の奥から迫り上がってくる。オリバーは、反射的に己の拳を強く握っていた。
見知らぬ誰かがセフィロトの隣に並んでいるのを想像すると、たまらなく辛い。
この気持ちが何であるのか、知りたいような知りたくないような――。オリバーはそんな複雑な気持ちになりながら目を伏せた。
「また明日ね!」
セフィロトの明るい声が聞こえて、オリバーははっと顔を上げた。
気づくと、軽快な足取りでセフィロトが城門に向けて走って行くのが見える。
――随分とあっさりしているのが少し寂しい。
(……だが、明日も会えるのだから仕方がないか)
オリバーは、肩を落としながらも苦く笑う。
「花冠、楽しみにしてるねー!」
少し離れた場所から、セフィロトがこちらに向けて元気いっぱいに大きく手を振っていた。
オリバーはぎこちなくではあるが、何とか手を振りかえす。
セフィロトがしなやかな動きで駆けて行く。オリバーは、セフィロトの姿が完全に見えなくなるまでその場でずっと佇みながら、その小さな背を見送った。
◆◇ ◆◇ ◆
(……セフィロトの笑顔が、瞼の裏に焼き付いて離れん)
セフィロトと初めて出会ったその日の夜、オリバーは悶々とした思いを抱えていた。
浴の時間も食事の時間も、どんなことをしていても、ずっとセフィロトのことを考えてしまう。
明日のことを考えると、何もまったく手につかないくらいだ。
(一体、俺はどうしてしまったんだ……?)
こんなことは今までに一度もなかった。鍛錬にも碌に身が入らず、オリバーは頭を抱えた。
「それは恋だな!」
「間違いない」
「一目惚れってやつだよ、それは!」
夜の帷が降りた頃――。
同僚かつルームメイトでもある、オリバーの数少ない友人たち――エッボ、アヒム、クレーメンスの三人に、オリバーが神妙な顔で悩みを打ち明けると、彼らは若干興奮した様子で、前のめりになりながら目を輝かせた。
「これが、恋……だと、いうのか?」
「むしろそれ以外ないだろう! 絶対に恋さ!」
「「うんうん」」
少し戸惑いを見せたオリバーに、ハーフエルフでお調子者のエッボが捲し立てるように言うと、全員が頷く。
「初恋だな!」
「オリバーにもついに春が来たという訳だ」
「まさかオリバーと恋バナをする日が来るとは思わなかったぞ」
小人系の妖精ディーナ・シーである、アヒムに、犬の獣人であるクレーメンス、エッボに続け様にそう言われて、オリバーは正直なところ面食った。
恋などという甘ったるい感情は、正直柄ではない。今まで無縁だったと言っても過言ではないくらいだ。
だが、同時に「そうか」と納得もしていた。
(――これが恋という感情なのか)
オリバーの中で、何かがすとんと胸に落ちた。
好きだから嫌われたくない。また会いたい。泣かせたくない。
セフィロトに抱いている感情が恋愛感情であるというのなら、確かに今までの不思議な感覚についても上手く説明がつく。
「可愛い娘か?」
「それとも美人系か?」
「いや、中性的な雰囲気の娘な可能性もあるぞ」
三人はわいわいと勝手に盛り上がった。どうやら、オリバーの好きな相手が男であるとは微塵も考えついていないようだ。
妖精郷は自由恋愛主義ではあったが、一部を除いて大半の種族が子孫を残す必要性がある為に、割合で言えばやはり異性愛者が一般的ではあった。
適当に誤魔化しておけば良い話だということは分かっている。
だが、セフィロトのことで嘘をつくのが嫌だったオリバーは、意を決して口を開いた。
「……いや、相手は男だ」
「「「!?」」」
オリバーがはっきりと言うと、三人は驚きで動きを止めた。
「「「マジか」」」
三人の言葉が、綺麗に重なった。
オリバーは静かに頷く。
「お前が男を好きになるなんて意外だ」
「ほんとに。僕はてっきり、ヴィヴィアン様のような美人が好きなのだとばかり思っていた」
「いや、でも獣人は強い奴が好きなところあるし、ありえない話じゃないかも?」
「「あー。なるほど」」
好き勝手な言われようである。
だが、オリバーだってまさか自分が同じ男を好きになるとは露ほどに思ってはいなかった。
だから、彼らの驚きは別におかしいという程のものではない。
「まぁ、でも好きになるのに性別なんてあんまり関係ないよなぁ」
「確かにそうだな」
「恋愛は理屈じゃないからな」
オリバーが男を好きだと知っても、けっして三人は大きく態度を変えることはなかった。
なんだかんだで、彼らとはオリバーとは物心ついた頃からの関係だ。そもそも自分たちが理解できないからと言って、否定して来るような奴らではないことは、オリバーもよく分かっていた。
とにかく、良い奴らなのだ。
「男同士だと、相手の種族によっては実る可能性は微妙なところかもしれないが、とりあえず頑張って口説いてみろよ。俺は応援するぞ!」
「僕も」
「オレもだ」
最後にはそんな風に励まされて、オリバーは不器用ながらにもゆっくりと頷いた。
「ありがとう。努力してみようと思う」
「うん。その意気だ!」
セフィロトに特定の相手がいるような気配があったのが、少し気にはなっていたが、それでも現時点で絶対に恋人がいると決まった訳じゃない。
セフィロトが片思いをしているという可能性だってある。少なくとも、セフィロトはその相手に対して大なり小なり不満があるようにオリバーには思えた。
(俺の想いが叶うことも十分にあり得る筈だ――)
オリバーには、人一倍我慢強いという自覚がある。どんな努力も苦にならないのがオリバーの一番の長所だといっても良いのだから。
振り向いて貰える可能性が僅かにでもあるなら、オリバーはできる限りのことをするつもりだ。
とはいえ、卑怯な手を使う気はない。そんなやり方で想いを遂げたところで、幸せになんてなれる訳がなかった。
だが、自分自身の思いに気づいた以上は、そう簡単に諦めるつもりもなかった。
明日、花冠を渡す時にセフィロトともっと色々と話をしよう。親しくなれれば、今後もきっと会ってくれるに違いない。
オリバーは、強い決意を秘めながら自らの拳を強く握りしめた。
◆◇ ◆◇ ◆
――そろそろ帰るね。
セフィロトがやんわりとそう切り出して来たのは、たわいのない話をしばらくした後のことだった。
あまり遅くなると心配する人がいるのだと、少しだけ不満そうながらも照れたように口を尖らせる様子は大変可愛らしかった。だが、こんな表情をさせる相手がセフィロトにはいるのだという現実を改めて突き付けられたオリバーの胸は、ズキンと痛んだ。
(……? この気持ちは、なんだ……?)
苦い何かが胸の奥から迫り上がってくる。オリバーは、反射的に己の拳を強く握っていた。
見知らぬ誰かがセフィロトの隣に並んでいるのを想像すると、たまらなく辛い。
この気持ちが何であるのか、知りたいような知りたくないような――。オリバーはそんな複雑な気持ちになりながら目を伏せた。
「また明日ね!」
セフィロトの明るい声が聞こえて、オリバーははっと顔を上げた。
気づくと、軽快な足取りでセフィロトが城門に向けて走って行くのが見える。
――随分とあっさりしているのが少し寂しい。
(……だが、明日も会えるのだから仕方がないか)
オリバーは、肩を落としながらも苦く笑う。
「花冠、楽しみにしてるねー!」
少し離れた場所から、セフィロトがこちらに向けて元気いっぱいに大きく手を振っていた。
オリバーはぎこちなくではあるが、何とか手を振りかえす。
セフィロトがしなやかな動きで駆けて行く。オリバーは、セフィロトの姿が完全に見えなくなるまでその場でずっと佇みながら、その小さな背を見送った。
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(……セフィロトの笑顔が、瞼の裏に焼き付いて離れん)
セフィロトと初めて出会ったその日の夜、オリバーは悶々とした思いを抱えていた。
浴の時間も食事の時間も、どんなことをしていても、ずっとセフィロトのことを考えてしまう。
明日のことを考えると、何もまったく手につかないくらいだ。
(一体、俺はどうしてしまったんだ……?)
こんなことは今までに一度もなかった。鍛錬にも碌に身が入らず、オリバーは頭を抱えた。
「それは恋だな!」
「間違いない」
「一目惚れってやつだよ、それは!」
夜の帷が降りた頃――。
同僚かつルームメイトでもある、オリバーの数少ない友人たち――エッボ、アヒム、クレーメンスの三人に、オリバーが神妙な顔で悩みを打ち明けると、彼らは若干興奮した様子で、前のめりになりながら目を輝かせた。
「これが、恋……だと、いうのか?」
「むしろそれ以外ないだろう! 絶対に恋さ!」
「「うんうん」」
少し戸惑いを見せたオリバーに、ハーフエルフでお調子者のエッボが捲し立てるように言うと、全員が頷く。
「初恋だな!」
「オリバーにもついに春が来たという訳だ」
「まさかオリバーと恋バナをする日が来るとは思わなかったぞ」
小人系の妖精ディーナ・シーである、アヒムに、犬の獣人であるクレーメンス、エッボに続け様にそう言われて、オリバーは正直なところ面食った。
恋などという甘ったるい感情は、正直柄ではない。今まで無縁だったと言っても過言ではないくらいだ。
だが、同時に「そうか」と納得もしていた。
(――これが恋という感情なのか)
オリバーの中で、何かがすとんと胸に落ちた。
好きだから嫌われたくない。また会いたい。泣かせたくない。
セフィロトに抱いている感情が恋愛感情であるというのなら、確かに今までの不思議な感覚についても上手く説明がつく。
「可愛い娘か?」
「それとも美人系か?」
「いや、中性的な雰囲気の娘な可能性もあるぞ」
三人はわいわいと勝手に盛り上がった。どうやら、オリバーの好きな相手が男であるとは微塵も考えついていないようだ。
妖精郷は自由恋愛主義ではあったが、一部を除いて大半の種族が子孫を残す必要性がある為に、割合で言えばやはり異性愛者が一般的ではあった。
適当に誤魔化しておけば良い話だということは分かっている。
だが、セフィロトのことで嘘をつくのが嫌だったオリバーは、意を決して口を開いた。
「……いや、相手は男だ」
「「「!?」」」
オリバーがはっきりと言うと、三人は驚きで動きを止めた。
「「「マジか」」」
三人の言葉が、綺麗に重なった。
オリバーは静かに頷く。
「お前が男を好きになるなんて意外だ」
「ほんとに。僕はてっきり、ヴィヴィアン様のような美人が好きなのだとばかり思っていた」
「いや、でも獣人は強い奴が好きなところあるし、ありえない話じゃないかも?」
「「あー。なるほど」」
好き勝手な言われようである。
だが、オリバーだってまさか自分が同じ男を好きになるとは露ほどに思ってはいなかった。
だから、彼らの驚きは別におかしいという程のものではない。
「まぁ、でも好きになるのに性別なんてあんまり関係ないよなぁ」
「確かにそうだな」
「恋愛は理屈じゃないからな」
オリバーが男を好きだと知っても、けっして三人は大きく態度を変えることはなかった。
なんだかんだで、彼らとはオリバーとは物心ついた頃からの関係だ。そもそも自分たちが理解できないからと言って、否定して来るような奴らではないことは、オリバーもよく分かっていた。
とにかく、良い奴らなのだ。
「男同士だと、相手の種族によっては実る可能性は微妙なところかもしれないが、とりあえず頑張って口説いてみろよ。俺は応援するぞ!」
「僕も」
「オレもだ」
最後にはそんな風に励まされて、オリバーは不器用ながらにもゆっくりと頷いた。
「ありがとう。努力してみようと思う」
「うん。その意気だ!」
セフィロトに特定の相手がいるような気配があったのが、少し気にはなっていたが、それでも現時点で絶対に恋人がいると決まった訳じゃない。
セフィロトが片思いをしているという可能性だってある。少なくとも、セフィロトはその相手に対して大なり小なり不満があるようにオリバーには思えた。
(俺の想いが叶うことも十分にあり得る筈だ――)
オリバーには、人一倍我慢強いという自覚がある。どんな努力も苦にならないのがオリバーの一番の長所だといっても良いのだから。
振り向いて貰える可能性が僅かにでもあるなら、オリバーはできる限りのことをするつもりだ。
とはいえ、卑怯な手を使う気はない。そんなやり方で想いを遂げたところで、幸せになんてなれる訳がなかった。
だが、自分自身の思いに気づいた以上は、そう簡単に諦めるつもりもなかった。
明日、花冠を渡す時にセフィロトともっと色々と話をしよう。親しくなれれば、今後もきっと会ってくれるに違いない。
オリバーは、強い決意を秘めながら自らの拳を強く握りしめた。
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