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◇本編Ⅱ◇
014.幼き日の邂逅 中編① ※オリバー視点
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「僕の手、少しゴツゴツしてるでしょう……」
俯きながら手を隠す様な仕草を取ったセフィロトの長い耳が、へにょりと垂れ下がる。
「っ……!?」
明らかに気落ちした様子のセフィロトに、オリバーはぎょっと目を見開いた。
セフィロトが男性ということもあり、オリバーは軽率に考えてしまっていたが、この様子だとかなり気にしていたことに軽率に触れてしまったのだろう。
セフィロトの手入れの行き届いた髪や肌を見れば、彼がその辺りにいるような無骨な冒険者とは違い、身なりに大分気を遣っているのだろうということは、無骨なオリバーにも、容易に想像できるようなことだ。
「僕、ほとんど回復専門だったんだけど、回復が主な仕事とはいっても、全く近接戦が出来ないっていうのも、ほら……状況次第では迷惑かけちゃうでしょ? だから、ちょっとだけ剣も扱える様に頑張ってみたんだけどね……。ただ、あんまり才能がないみたいで、上手く扱えない上、必要以上に強く武器を握りすぎちゃう癖があるんだ……」
そう言葉を続けるセフィロトの目は、心なしか潤んでいるようにも見えて、オリバー固まる。
(やってしまった……)
オリバーとしては、あくまで【冒険者】だったのか? という純粋な疑問をぶつけてみただけだった。だが、先程よりもあからさまにどんよりと暗くなったこの空気から察するに、オリバーの一言は明らかな失言だったといえる。
オリバーは、熊の獣人の証である丸い耳をへにょりと曲げた。
オリバーは無骨な性質だ。
美醜の区別はもちろんつく。さすがに、そこまで分からないほど鈍くはない。
しかし、オリバー自身は生まれてこの方、清潔感以外を別段気にしたことがなかった。
第三者に容姿のことをとやかく言われたことはないので、おそらく概ねは及第点ではあるのだろう。しかし、仮にオリバーが不細工で、周りから例えアレコレと言われたとしてもそこまで気にするか? と言われたら、即座に「否」と答える。
自らの行いがきっかけになり、ヴィヴィアンに恥をかかせるような結果となるのであれば話は別だが、そうでないならオリバーにとっては瑣事でしかない。
大体、オリバーが望むのはあくまで男らしさと強さだ。
身だしなみは最低限整えるのは常識だし実践はしているが、所謂お洒落とは無縁と言ってよい。興味もない。
逞しい体躯に、力強く太い腕こそが理想なオリバーからしてみれば、セフィロトが今気にしているようなことも、むしろ努力の証として誇るべきことにしか思えない。
だから「そんなことが気になるのか?」というのが、オリバーの本心なのだが――ここでそんなことを言おうものなら、終わりだということくらいは、オリバーにも理解する頭はある。
もしかしたら、泣かれるかもしれない。
「乙女心ってものを貴方も少しは学びなさい」
普段から己の言動について、ヴィヴィアンにそのように時折注意されることがあったことを思い出し、オリバーは自らを戒めた。
セフィロトは女性ではないので、乙女心というものと、少し意味合いは違うのかもしれないが……。今回の場合、何となく似た類の話のような気がしてならなかった。
ここで選択を間違えたら、花冠を渡す約束も下手をしたらなくなってしまうかもしれない。
オリバーが城の外に外出をするには、都度女王ヴィヴィアンからの外出許可が必要だ。
その上、広大な妖精郷において、城の外の住民と約束なしで再会するのは困難を極める。
(悲しませるのも、会えなくなるのも……嫌だ)
何より、セフィロトを傷つけるのはオリバーの本意ではなかった。しかし、上手く切り抜けるような器用さも経験値もないオリバーが、ここでさらりと気の利いたことを言える筈もない。
書物に書いてあるような口説き文句なら、知識としては知ってはいる。だが、いくら傷つけたくないからといえ、セフィロトが真剣に悩んでいる。それが分かっているのに、その場を凌ぐためだけに取り繕う……というのは何かが違う。
――結局、どうして良いのか分からないながらにも思案したオリバーが出した結論は、自身の考えを率直に伝えるということだった。
「……お前の手は努力の結果だろう。胸を張るべきだ。それに、お前の手は綺麗だと俺は思う」
「……!?」
反射的に優しくセフィロトの手を取りながらオリバーがそう口にすると、セフィロトは、少し驚いたように目を見張り、触れられた手とオリバーの顔を交互に見た。
長いまつ毛に彩られた大きな瞳がパチパチと瞬く。
オリバーは、緊張から小さく息を呑んだ。
(手に触れるのはやり過ぎただろうか)
オリバーは、セフィロトの様子を伺った。
ひとまず、少なくとも怒りや悲しみに準ずるような負の感情はセフィロトからは感じられない。しかし、己の今の言動がセフィロトの気持ちに寄り添えているどうかまでは、断言はできなかった。
だが……。
「……ありがとう」
セフィロトはオリバーの手にそっと手を重ねると、少しはにかんだように穏やかに笑みを浮かべた。
俯きながら手を隠す様な仕草を取ったセフィロトの長い耳が、へにょりと垂れ下がる。
「っ……!?」
明らかに気落ちした様子のセフィロトに、オリバーはぎょっと目を見開いた。
セフィロトが男性ということもあり、オリバーは軽率に考えてしまっていたが、この様子だとかなり気にしていたことに軽率に触れてしまったのだろう。
セフィロトの手入れの行き届いた髪や肌を見れば、彼がその辺りにいるような無骨な冒険者とは違い、身なりに大分気を遣っているのだろうということは、無骨なオリバーにも、容易に想像できるようなことだ。
「僕、ほとんど回復専門だったんだけど、回復が主な仕事とはいっても、全く近接戦が出来ないっていうのも、ほら……状況次第では迷惑かけちゃうでしょ? だから、ちょっとだけ剣も扱える様に頑張ってみたんだけどね……。ただ、あんまり才能がないみたいで、上手く扱えない上、必要以上に強く武器を握りすぎちゃう癖があるんだ……」
そう言葉を続けるセフィロトの目は、心なしか潤んでいるようにも見えて、オリバー固まる。
(やってしまった……)
オリバーとしては、あくまで【冒険者】だったのか? という純粋な疑問をぶつけてみただけだった。だが、先程よりもあからさまにどんよりと暗くなったこの空気から察するに、オリバーの一言は明らかな失言だったといえる。
オリバーは、熊の獣人の証である丸い耳をへにょりと曲げた。
オリバーは無骨な性質だ。
美醜の区別はもちろんつく。さすがに、そこまで分からないほど鈍くはない。
しかし、オリバー自身は生まれてこの方、清潔感以外を別段気にしたことがなかった。
第三者に容姿のことをとやかく言われたことはないので、おそらく概ねは及第点ではあるのだろう。しかし、仮にオリバーが不細工で、周りから例えアレコレと言われたとしてもそこまで気にするか? と言われたら、即座に「否」と答える。
自らの行いがきっかけになり、ヴィヴィアンに恥をかかせるような結果となるのであれば話は別だが、そうでないならオリバーにとっては瑣事でしかない。
大体、オリバーが望むのはあくまで男らしさと強さだ。
身だしなみは最低限整えるのは常識だし実践はしているが、所謂お洒落とは無縁と言ってよい。興味もない。
逞しい体躯に、力強く太い腕こそが理想なオリバーからしてみれば、セフィロトが今気にしているようなことも、むしろ努力の証として誇るべきことにしか思えない。
だから「そんなことが気になるのか?」というのが、オリバーの本心なのだが――ここでそんなことを言おうものなら、終わりだということくらいは、オリバーにも理解する頭はある。
もしかしたら、泣かれるかもしれない。
「乙女心ってものを貴方も少しは学びなさい」
普段から己の言動について、ヴィヴィアンにそのように時折注意されることがあったことを思い出し、オリバーは自らを戒めた。
セフィロトは女性ではないので、乙女心というものと、少し意味合いは違うのかもしれないが……。今回の場合、何となく似た類の話のような気がしてならなかった。
ここで選択を間違えたら、花冠を渡す約束も下手をしたらなくなってしまうかもしれない。
オリバーが城の外に外出をするには、都度女王ヴィヴィアンからの外出許可が必要だ。
その上、広大な妖精郷において、城の外の住民と約束なしで再会するのは困難を極める。
(悲しませるのも、会えなくなるのも……嫌だ)
何より、セフィロトを傷つけるのはオリバーの本意ではなかった。しかし、上手く切り抜けるような器用さも経験値もないオリバーが、ここでさらりと気の利いたことを言える筈もない。
書物に書いてあるような口説き文句なら、知識としては知ってはいる。だが、いくら傷つけたくないからといえ、セフィロトが真剣に悩んでいる。それが分かっているのに、その場を凌ぐためだけに取り繕う……というのは何かが違う。
――結局、どうして良いのか分からないながらにも思案したオリバーが出した結論は、自身の考えを率直に伝えるということだった。
「……お前の手は努力の結果だろう。胸を張るべきだ。それに、お前の手は綺麗だと俺は思う」
「……!?」
反射的に優しくセフィロトの手を取りながらオリバーがそう口にすると、セフィロトは、少し驚いたように目を見張り、触れられた手とオリバーの顔を交互に見た。
長いまつ毛に彩られた大きな瞳がパチパチと瞬く。
オリバーは、緊張から小さく息を呑んだ。
(手に触れるのはやり過ぎただろうか)
オリバーは、セフィロトの様子を伺った。
ひとまず、少なくとも怒りや悲しみに準ずるような負の感情はセフィロトからは感じられない。しかし、己の今の言動がセフィロトの気持ちに寄り添えているどうかまでは、断言はできなかった。
だが……。
「……ありがとう」
セフィロトはオリバーの手にそっと手を重ねると、少しはにかんだように穏やかに笑みを浮かべた。
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