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◇本編Ⅱ◇
013.幼き日の邂逅 前編② ※オリバー視点
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「いや、そんな手間もかかるだろうし……! 悪いよ!」
遠慮しているのか、青年はすぐさま断ってきた。出会ったばかりというのもあるんだろう。しかし、口元がほんの少しだけ笑みの形をかたどったのを、オリバーは見逃さなかった。
すかさず、
「でも、欲しいんだろう?」
「……う」
オリバーが重ねてそう言うと、青年は言葉を詰まらせた。目が泳いでいる。おそらく自身の気持ちを誤魔化そうとして、失敗したのだろう。
青年の花冠への憧れは、思いのほか中々に強いらしい。
嘘がつけない性質なのかもしれないが……。
「お前には……淡い色で、大きな花が似合いそうだ」
戸惑う青年を無視して、オリバーは花畑のいくつかの花を青年と比べるようにしてかざした。
落ち着いた大人の女性であるヴィヴィアンの花冠には、あまり大ぶりの花は使えなかった。だが、この青年が身につけるなら、かなり大きな花と組み合わせても違和感は出ないだろう。
百合や薔薇などの花も、甘く幼なげな青年の顔立ちにはよく似合いそうだ。
「……う、うん」
「ふ、ふははっ……!」
嬉しそうにもじもじし出した青年に、オリバーは声を上げて笑っていた。オリバーはけっして感情表現は豊かとは言えない筈なのだが……この青年には、何故か調子を狂わされてしまう。
――だが、けっして嫌ではない。
礼儀を知らない無礼な者ではなく、無邪気で素直な人物。それがこの短い時間の中で、オリバーが青年に抱いた印象だった。
「笑わないでよー!」
「いや、すまんすまん」
優しい空気が場に流れる。
「明日、またここに取りにこれるか?」
「う、うん……。それは大丈夫」
オリバーが尋ねると、青年はゆっくりと頷いた。
青年の格好は、行商人の類には見えない。城内で普段から働いているということもまずないだろう。
もし城内の関係者なら、もっと早くオリバーは青年のことを認識していたに違いない。何せ、ここまで【綺麗】なのだ。
男女問わず美人に目がない、噂話好きな同僚や騎士たちが、日がなもっと話題に出していたっておかしくはない。
(それに、一角獣だしな)
一角獣は希少種で、目立つ。城の外のことはよく知らないが、記憶が確かなら、かなり前に妖精郷の一角獣の一族は滅んでいる筈だ。
おそらく、彼はその生き残りということなのだろう。
城の外で生活を送っているのは間違いない。
「……でも、良いの? その……陛下の許可もなく……。庭に咲いてる花も、あの方の所有物でしょう?」
「あの方は、花くらいで何か言うような方じゃない」
城内のあらゆるものは、青年の言うとおり、無生物、生物問わず、確かにヴィヴィアンの所有物ではある。
しかし、ヴィヴィアンは少々我儘なところはあるが、懐の深いお方だ。もちろん、例えば悪意を持って花畑を荒らしたというのならお叱りを受けるだろう。だが、この青年に花冠を作ったと報告したところで「あら、そうなの?」と気にも留めないに違いない。
それに、城の敷地内の声はヴィヴィアンにすべて筒抜けなのだ。何か問題があれば、彼女の命令で即座に近衛騎士たちがやって来る。
こうして捨て置かれている時点で、許可されているようなものだ。いや、むしろ、この光景を彼女が見ているのであれば、昼間から酒の肴くらいにはされていてもおかしくない。
「そっか……。じゃあ、せっかくだし、お願いしちゃおっかなぁ。楽しみにしてるね」
青年は、照れた様子ながらも満面の笑みを浮かべていた。
◆
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったよね。僕はセフィロト。セフィロト・ブルーベル。君は?」
「……オリバーだ」
「オリバーくんかぁ。素敵な響きの名前だね」
「……くんはいらん。呼び捨てで良い」
くん付けなんてくすぐったくて叶わない。そう言うと、セフィロトは「そっか。分かった。よろしくね!」と手を差し出してきた。
差し出されたセフィロトの手を、オリバーはそっと握る。
簡単に折れてしまいそうな程に華奢な手だった。
背丈はオリバーの方が一回り以上も小さいにも関わらず、手の大きさはほとんど変わらない。いや、もしかしたら、オリバーの方が少し大きいかもしれない。
(……?)
触れた瞬間、オリバーは僅かに違和感を覚えた。
予想していたよりも、手のひらの感触が硬かったのだ。武器を日常的に握る生活をおくっていると、指の付け根辺りの皮膚が固くなる。
セフィロトの手には、明らかに普段から鍛えているだろう形跡があった。
オリバーは、将来ヴィヴィアンの近衛騎士になることを目標にしており、普段から鍛錬を積んでいる。
だから、すぐにセフィロトが見た目にはあらわれない研鑽を積んでいるだろうということが分かった。
だが……。
(まさか……。冒険者、なのか?)
戦いを好む様な性質にはとても見えないので、オリバーは正直驚きを隠せなかった。
「どうしたの?」
あまりにじっと見つめていたからだろう。セフィロトが、オリバーの顔を不思議そうに覗き込んでいた。
「いや……。その……お前はひょっとして冒険者だったりするのか?」
「え?」
セフィロトはオリバーの問いに、面食らった様子で大きな目をぱちぱちと瞬かせていたが、まもなく「……うん。一応ね」と頷いた。
「とは言っても、ほとんど引退してるみたいなもんなんだけど……。よく分かったね。今日は戦闘衣も着てきてないのに……」
戦闘衣《バトルクロス》というのは、 妖精郷の冒険者が身につける、精霊の加護のついた特別な装備のことを指す。
確かに、セフィロトの今の格好は上下共にゆったりとした真っ白な絹の服で、常なら戦いに行くのとは無縁にしか見えないだろう。
「いや、手が……」
「手……?」
「その、武器を握る者の手だなと……」
オリバーがそう言うと、セフィロトは「あー……」と、少し恥ずかしそうに笑った。
遠慮しているのか、青年はすぐさま断ってきた。出会ったばかりというのもあるんだろう。しかし、口元がほんの少しだけ笑みの形をかたどったのを、オリバーは見逃さなかった。
すかさず、
「でも、欲しいんだろう?」
「……う」
オリバーが重ねてそう言うと、青年は言葉を詰まらせた。目が泳いでいる。おそらく自身の気持ちを誤魔化そうとして、失敗したのだろう。
青年の花冠への憧れは、思いのほか中々に強いらしい。
嘘がつけない性質なのかもしれないが……。
「お前には……淡い色で、大きな花が似合いそうだ」
戸惑う青年を無視して、オリバーは花畑のいくつかの花を青年と比べるようにしてかざした。
落ち着いた大人の女性であるヴィヴィアンの花冠には、あまり大ぶりの花は使えなかった。だが、この青年が身につけるなら、かなり大きな花と組み合わせても違和感は出ないだろう。
百合や薔薇などの花も、甘く幼なげな青年の顔立ちにはよく似合いそうだ。
「……う、うん」
「ふ、ふははっ……!」
嬉しそうにもじもじし出した青年に、オリバーは声を上げて笑っていた。オリバーはけっして感情表現は豊かとは言えない筈なのだが……この青年には、何故か調子を狂わされてしまう。
――だが、けっして嫌ではない。
礼儀を知らない無礼な者ではなく、無邪気で素直な人物。それがこの短い時間の中で、オリバーが青年に抱いた印象だった。
「笑わないでよー!」
「いや、すまんすまん」
優しい空気が場に流れる。
「明日、またここに取りにこれるか?」
「う、うん……。それは大丈夫」
オリバーが尋ねると、青年はゆっくりと頷いた。
青年の格好は、行商人の類には見えない。城内で普段から働いているということもまずないだろう。
もし城内の関係者なら、もっと早くオリバーは青年のことを認識していたに違いない。何せ、ここまで【綺麗】なのだ。
男女問わず美人に目がない、噂話好きな同僚や騎士たちが、日がなもっと話題に出していたっておかしくはない。
(それに、一角獣だしな)
一角獣は希少種で、目立つ。城の外のことはよく知らないが、記憶が確かなら、かなり前に妖精郷の一角獣の一族は滅んでいる筈だ。
おそらく、彼はその生き残りということなのだろう。
城の外で生活を送っているのは間違いない。
「……でも、良いの? その……陛下の許可もなく……。庭に咲いてる花も、あの方の所有物でしょう?」
「あの方は、花くらいで何か言うような方じゃない」
城内のあらゆるものは、青年の言うとおり、無生物、生物問わず、確かにヴィヴィアンの所有物ではある。
しかし、ヴィヴィアンは少々我儘なところはあるが、懐の深いお方だ。もちろん、例えば悪意を持って花畑を荒らしたというのならお叱りを受けるだろう。だが、この青年に花冠を作ったと報告したところで「あら、そうなの?」と気にも留めないに違いない。
それに、城の敷地内の声はヴィヴィアンにすべて筒抜けなのだ。何か問題があれば、彼女の命令で即座に近衛騎士たちがやって来る。
こうして捨て置かれている時点で、許可されているようなものだ。いや、むしろ、この光景を彼女が見ているのであれば、昼間から酒の肴くらいにはされていてもおかしくない。
「そっか……。じゃあ、せっかくだし、お願いしちゃおっかなぁ。楽しみにしてるね」
青年は、照れた様子ながらも満面の笑みを浮かべていた。
◆
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったよね。僕はセフィロト。セフィロト・ブルーベル。君は?」
「……オリバーだ」
「オリバーくんかぁ。素敵な響きの名前だね」
「……くんはいらん。呼び捨てで良い」
くん付けなんてくすぐったくて叶わない。そう言うと、セフィロトは「そっか。分かった。よろしくね!」と手を差し出してきた。
差し出されたセフィロトの手を、オリバーはそっと握る。
簡単に折れてしまいそうな程に華奢な手だった。
背丈はオリバーの方が一回り以上も小さいにも関わらず、手の大きさはほとんど変わらない。いや、もしかしたら、オリバーの方が少し大きいかもしれない。
(……?)
触れた瞬間、オリバーは僅かに違和感を覚えた。
予想していたよりも、手のひらの感触が硬かったのだ。武器を日常的に握る生活をおくっていると、指の付け根辺りの皮膚が固くなる。
セフィロトの手には、明らかに普段から鍛えているだろう形跡があった。
オリバーは、将来ヴィヴィアンの近衛騎士になることを目標にしており、普段から鍛錬を積んでいる。
だから、すぐにセフィロトが見た目にはあらわれない研鑽を積んでいるだろうということが分かった。
だが……。
(まさか……。冒険者、なのか?)
戦いを好む様な性質にはとても見えないので、オリバーは正直驚きを隠せなかった。
「どうしたの?」
あまりにじっと見つめていたからだろう。セフィロトが、オリバーの顔を不思議そうに覗き込んでいた。
「いや……。その……お前はひょっとして冒険者だったりするのか?」
「え?」
セフィロトはオリバーの問いに、面食らった様子で大きな目をぱちぱちと瞬かせていたが、まもなく「……うん。一応ね」と頷いた。
「とは言っても、ほとんど引退してるみたいなもんなんだけど……。よく分かったね。今日は戦闘衣も着てきてないのに……」
戦闘衣《バトルクロス》というのは、 妖精郷の冒険者が身につける、精霊の加護のついた特別な装備のことを指す。
確かに、セフィロトの今の格好は上下共にゆったりとした真っ白な絹の服で、常なら戦いに行くのとは無縁にしか見えないだろう。
「いや、手が……」
「手……?」
「その、武器を握る者の手だなと……」
オリバーがそう言うと、セフィロトは「あー……」と、少し恥ずかしそうに笑った。
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