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◇本編Ⅰ◇
002 優しい恋人①
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◆◇ ◆◇ ◆
一角獣のセフィロト・ブルーベルには、大好きな恋人がいる。
彼――オリバーは熊の獣人で、セフィロトの住む妖精郷グラナートゥムの精霊女王ヴィヴィアンの近衛騎士を務めている。七つ年下だが、とても強くて頼り甲斐のある男だ。
古くからの友人でもあった彼と恋人として付きあったのは、十年前、セフィロトが当時付き合っていた恋人――ザインを魔物のスタンピードによって亡くしたことがきっかけだった。
酷く落ち込んでいたセフィロトに、彼は優しく慰め、寄り添ってくれた。
「ザインっ......ザイン、ザインっ!」
愛しい恋人の名を呼び続けたセフィロトの声は枯れ果て、涙によって目は充血しきっていた。それでも 、名前を呼ぶしかセフィロトにはできない。
食事を少しでもとった方がいい、と寄り添う友の声も聞こえず、ただ冷たい床の上で絶望に打ちひしがれる日々は、まるで地獄のようだった。
十日、一カ月、半年。どれだけ時が流れようと、セフィロトの家から泣き声が絶えることはなかった。
このままでは、セフィロトまで死んでしまう。危機を感じた友人らは、必死の想いで二人が暮らしていた家の扉を叩く。
「いい加減に前を向きなさい、セフィロト!」
「あなたのそんな姿を見たら、彼も悲しむわ」
しんと静まり返る状況に、彼らの声は次第に焦りを帯び、大きくなっていく。
「いつまでも囚われていたらザインだって......──!」
「待て」
最後の一人が声を上げようとした時だった。友人らの背後から現れた一人の獣人が、扉を叩く彼らの腕を止める。
「......俺が行く」
熊の獣人であるオリバーは、鍵がかかっているはずの扉を、易々とこじ開けた。
そのまま部屋の中に入り、独りで泣くセフィロトを目にし、切れ長の目を辛そうに細める。
「あの男のことを無理に忘れる必要はない」
「っ」
大きな腕で優しく抱きしめられ、セフィロトは大きく目を見開いた。
「っ、オリバー……?」
「お前が立ち直れるまで、俺がずっと傍にいる。思いきり泣いて良いんだ」
そう言ってセフィロトの身体を抱き寄せてくれたオリバーの腕の中で、セフィロトは大きな声で泣いた。
(……あの日、オリバーは朝までただずっと側にいてくれた)
オリバーの優しさに、セフィロトは何度救われただろう。
周りは「甘やかすだけが優しさではない」とオリバーに口々に異をとなえていた。
淡い幻想の中で生きていけるほど、現実は甘くない。現実から逃げて何になるのか。そんな厳しい意見ばかりだった。
彼らの言い分が間違っているわけじゃないことは、セフィロトにだって分かっている。ザインだって、セフィロトが泣いてばかりいると知ったら、きっと悲しむだろう。
だが、それでも当時のセフィロトには彼らの意見に耳を傾けて納得できるほどの心の余裕はなかった。
皆が考えていた以上に、セフィロトの心は弱く脆かったのだ。
妖精族の中でも、希少種である【ユニコーン】としてこの世に生を受けたセフィロトは、幼い頃に流行した病で親兄弟を含めて、一族を一度にすべて失っている。
ザインは、そんな独りになってしまったセフィロトを拾い上げ、育ててくれたヒトだ。
恋人でもあり、友人でもあり、父や兄のようでもある。そんな特別な――唯一の心の拠り所と言っても良いヒトを突然失って、セフィロトが耐えられる筈もなかった。
オリバーが、必要以上――過保護とも言えるほどに親身になって接してくれていなければ、きっとセフィロトの心は、そう遠くない未来に壊れていただろう。そのくらいの薄氷の上に、セフィロトはあの瞬間に立っていた。
だが、オリバーだけが、セフィロトの弱い心に気づいてくれて、そっと寄り添ってくれた。オリバーがいてくれたから、セフィロトは何とか立ち直ることができたのだ。
一角獣のセフィロト・ブルーベルには、大好きな恋人がいる。
彼――オリバーは熊の獣人で、セフィロトの住む妖精郷グラナートゥムの精霊女王ヴィヴィアンの近衛騎士を務めている。七つ年下だが、とても強くて頼り甲斐のある男だ。
古くからの友人でもあった彼と恋人として付きあったのは、十年前、セフィロトが当時付き合っていた恋人――ザインを魔物のスタンピードによって亡くしたことがきっかけだった。
酷く落ち込んでいたセフィロトに、彼は優しく慰め、寄り添ってくれた。
「ザインっ......ザイン、ザインっ!」
愛しい恋人の名を呼び続けたセフィロトの声は枯れ果て、涙によって目は充血しきっていた。それでも 、名前を呼ぶしかセフィロトにはできない。
食事を少しでもとった方がいい、と寄り添う友の声も聞こえず、ただ冷たい床の上で絶望に打ちひしがれる日々は、まるで地獄のようだった。
十日、一カ月、半年。どれだけ時が流れようと、セフィロトの家から泣き声が絶えることはなかった。
このままでは、セフィロトまで死んでしまう。危機を感じた友人らは、必死の想いで二人が暮らしていた家の扉を叩く。
「いい加減に前を向きなさい、セフィロト!」
「あなたのそんな姿を見たら、彼も悲しむわ」
しんと静まり返る状況に、彼らの声は次第に焦りを帯び、大きくなっていく。
「いつまでも囚われていたらザインだって......──!」
「待て」
最後の一人が声を上げようとした時だった。友人らの背後から現れた一人の獣人が、扉を叩く彼らの腕を止める。
「......俺が行く」
熊の獣人であるオリバーは、鍵がかかっているはずの扉を、易々とこじ開けた。
そのまま部屋の中に入り、独りで泣くセフィロトを目にし、切れ長の目を辛そうに細める。
「あの男のことを無理に忘れる必要はない」
「っ」
大きな腕で優しく抱きしめられ、セフィロトは大きく目を見開いた。
「っ、オリバー……?」
「お前が立ち直れるまで、俺がずっと傍にいる。思いきり泣いて良いんだ」
そう言ってセフィロトの身体を抱き寄せてくれたオリバーの腕の中で、セフィロトは大きな声で泣いた。
(……あの日、オリバーは朝までただずっと側にいてくれた)
オリバーの優しさに、セフィロトは何度救われただろう。
周りは「甘やかすだけが優しさではない」とオリバーに口々に異をとなえていた。
淡い幻想の中で生きていけるほど、現実は甘くない。現実から逃げて何になるのか。そんな厳しい意見ばかりだった。
彼らの言い分が間違っているわけじゃないことは、セフィロトにだって分かっている。ザインだって、セフィロトが泣いてばかりいると知ったら、きっと悲しむだろう。
だが、それでも当時のセフィロトには彼らの意見に耳を傾けて納得できるほどの心の余裕はなかった。
皆が考えていた以上に、セフィロトの心は弱く脆かったのだ。
妖精族の中でも、希少種である【ユニコーン】としてこの世に生を受けたセフィロトは、幼い頃に流行した病で親兄弟を含めて、一族を一度にすべて失っている。
ザインは、そんな独りになってしまったセフィロトを拾い上げ、育ててくれたヒトだ。
恋人でもあり、友人でもあり、父や兄のようでもある。そんな特別な――唯一の心の拠り所と言っても良いヒトを突然失って、セフィロトが耐えられる筈もなかった。
オリバーが、必要以上――過保護とも言えるほどに親身になって接してくれていなければ、きっとセフィロトの心は、そう遠くない未来に壊れていただろう。そのくらいの薄氷の上に、セフィロトはあの瞬間に立っていた。
だが、オリバーだけが、セフィロトの弱い心に気づいてくれて、そっと寄り添ってくれた。オリバーがいてくれたから、セフィロトは何とか立ち直ることができたのだ。
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