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●本編(攻視点)
叶わない願い②
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少年の名前は、ココと言い、ソシエ地方の片田舎の領主の息子だった。
外見から平民の子供だと思っていたが、爵位こそ低くはあったものの、貴族階級の出身だったことに僅かに驚いた。
だが、確かに受け答えはしっかりとしているし、そう言われれば納得も出来る。
「名前ばっかりですけどね、特に僕みたいなのは」
恥ずかしそうに笑うココの話を聞けば、唯一可愛がってくれた両親が亡くなり兄に家を追い出された後、この街にやって来て、そこでスリの被害にあってしまったと言う。
剣も魔法も苦手らしく、元々どうやって生計を立てようか悩んでいたのに、更に路銀まで失ってしまい途方に暮れていたところを私と出会ったと言う訳だ。
「……そうか。それは気の毒だな。この辺りは其処まで治安は悪くないが、どうしても貧しい子供たちからすれば、生きる為には盗むしかない事もあるのだろう」
ジュリアスはどこか沈鬱な表情を浮かべていた。
貧富の差は、クロス王国では捨て置けない問題だったが、現在国政が混乱している現状では、中々貧しい民たちまで援助が回っていないのが現実だった。
「はい。分かっています。生きるために、皆必死なのは……。僕は今まで一応は貴族だったから、食べるもので困ったことは無かったですけど、家を追い出されてからは色々ありましたから。それに僕がぼーっとしていたのも悪かったし……!」
健気に微笑むココ。
私はそのココの笑顔に、またしても釘付けになった。
(綺麗、だ……)
苦境にあっても決して失われない清廉さと、明るさ、そして優しさ。
ココの仕草や言葉から、それらが伝わってくる。
何とかしてやりたい、と。
私は心の底からそう思った。
「……そうか。そなたは優しい子だな」
「えっ……!? いえ、そんな事は……っ」
ジュリアスもまた、私と似たような気持ちを抱いたのか、その表情はとても穏やかだった。
国内では殆ど味方がおらず、敵国の人間である私との、たった数時間の会話が息抜きになっている様なジュリアスにとって、ココの朴訥ともいえる言動は、まだ人も捨てたものではないのだと思わせてくれる何かがあったのかもしれない。
「謙遜しなくてよい。そのように言える子は中々いないだろう。……私は嬉しい。そなたの様な子が、貴族にも残っていたと言う事が分かったのだから」
「大げさですよ……っ! ほら、僕はそのちょっと変わってるんです! 昔からドジだし! 計算だって苦手だし、唯一得意なのは家畜たちの毛並みを整える事くらいで……! 兄たちにも、お前は私を馬鹿にしているのかって良く叱られてましたし、食事中にお皿をひっくり返して兄の顔にかけてしまったりもしました。多分、僕は貴族ってのに向いてないだけなんです!」
確かに貴族らしいところは皆無なのだろう、とその話で理解できた。
貴族に向いた性格というのが良い事かどうかは微妙に違いないが。
慌てるココに、私とジュリアスは顔を見合わせた後、思わず声に出して笑っていた。
「えっ?? 何でお二人は笑ったんですか!?」
いきなり笑い出した私に、ココが困惑した様子であたふたとし始める。
その仕草が可愛くて、余計に笑えるのだから始末に負えない。
「……くくっ……はは、っ」
「すまぬ。いや、本当にそなたは純朴というか、な……っ、ははっ」
声に出して笑うなど久しぶりだった。
ここまで笑った記憶は、もはや遠い彼方だし、おそらくは両親が生きていた頃でさえ、あったかどうか分からない。
そしてそれはおそらく、ジュリアスも。
気づけば私もジュリアスも、ココに夢中になっていた。
そこからは本当に楽しい時間だった。
まるで昔からの友人だったかのように、語り明かし、ココの話、そして今まで知らなかったジュリアスの事も知った。
ココが居なければ、おそらくはジュリアスが私に話さなかった類の内容も多くあったし、それは私も同じだった。
家族との思い出話など、きっとココが居なければ話さなかっただろう。
今まではそんな話は必要とないとさえ思っていた。
そう、気付かない内に壁を作っていたのだ。
けれど、ココと話していると、心の中にあった見えない壁が消えていくように思えるのだから、本当にココは不思議な少年だった。
何も突出したところなどない、そう思わせる平凡ともいえるそんな少年なのに、ジュリアスも私も一瞬で彼に心を開いていたのだから。
ずっと続いてほしいとまで思える時間。
コロコロと変わるココの表情を見ながら、私は強く思った。
――この子が傍にいてくれたら良いのに、と。
外見から平民の子供だと思っていたが、爵位こそ低くはあったものの、貴族階級の出身だったことに僅かに驚いた。
だが、確かに受け答えはしっかりとしているし、そう言われれば納得も出来る。
「名前ばっかりですけどね、特に僕みたいなのは」
恥ずかしそうに笑うココの話を聞けば、唯一可愛がってくれた両親が亡くなり兄に家を追い出された後、この街にやって来て、そこでスリの被害にあってしまったと言う。
剣も魔法も苦手らしく、元々どうやって生計を立てようか悩んでいたのに、更に路銀まで失ってしまい途方に暮れていたところを私と出会ったと言う訳だ。
「……そうか。それは気の毒だな。この辺りは其処まで治安は悪くないが、どうしても貧しい子供たちからすれば、生きる為には盗むしかない事もあるのだろう」
ジュリアスはどこか沈鬱な表情を浮かべていた。
貧富の差は、クロス王国では捨て置けない問題だったが、現在国政が混乱している現状では、中々貧しい民たちまで援助が回っていないのが現実だった。
「はい。分かっています。生きるために、皆必死なのは……。僕は今まで一応は貴族だったから、食べるもので困ったことは無かったですけど、家を追い出されてからは色々ありましたから。それに僕がぼーっとしていたのも悪かったし……!」
健気に微笑むココ。
私はそのココの笑顔に、またしても釘付けになった。
(綺麗、だ……)
苦境にあっても決して失われない清廉さと、明るさ、そして優しさ。
ココの仕草や言葉から、それらが伝わってくる。
何とかしてやりたい、と。
私は心の底からそう思った。
「……そうか。そなたは優しい子だな」
「えっ……!? いえ、そんな事は……っ」
ジュリアスもまた、私と似たような気持ちを抱いたのか、その表情はとても穏やかだった。
国内では殆ど味方がおらず、敵国の人間である私との、たった数時間の会話が息抜きになっている様なジュリアスにとって、ココの朴訥ともいえる言動は、まだ人も捨てたものではないのだと思わせてくれる何かがあったのかもしれない。
「謙遜しなくてよい。そのように言える子は中々いないだろう。……私は嬉しい。そなたの様な子が、貴族にも残っていたと言う事が分かったのだから」
「大げさですよ……っ! ほら、僕はそのちょっと変わってるんです! 昔からドジだし! 計算だって苦手だし、唯一得意なのは家畜たちの毛並みを整える事くらいで……! 兄たちにも、お前は私を馬鹿にしているのかって良く叱られてましたし、食事中にお皿をひっくり返して兄の顔にかけてしまったりもしました。多分、僕は貴族ってのに向いてないだけなんです!」
確かに貴族らしいところは皆無なのだろう、とその話で理解できた。
貴族に向いた性格というのが良い事かどうかは微妙に違いないが。
慌てるココに、私とジュリアスは顔を見合わせた後、思わず声に出して笑っていた。
「えっ?? 何でお二人は笑ったんですか!?」
いきなり笑い出した私に、ココが困惑した様子であたふたとし始める。
その仕草が可愛くて、余計に笑えるのだから始末に負えない。
「……くくっ……はは、っ」
「すまぬ。いや、本当にそなたは純朴というか、な……っ、ははっ」
声に出して笑うなど久しぶりだった。
ここまで笑った記憶は、もはや遠い彼方だし、おそらくは両親が生きていた頃でさえ、あったかどうか分からない。
そしてそれはおそらく、ジュリアスも。
気づけば私もジュリアスも、ココに夢中になっていた。
そこからは本当に楽しい時間だった。
まるで昔からの友人だったかのように、語り明かし、ココの話、そして今まで知らなかったジュリアスの事も知った。
ココが居なければ、おそらくはジュリアスが私に話さなかった類の内容も多くあったし、それは私も同じだった。
家族との思い出話など、きっとココが居なければ話さなかっただろう。
今まではそんな話は必要とないとさえ思っていた。
そう、気付かない内に壁を作っていたのだ。
けれど、ココと話していると、心の中にあった見えない壁が消えていくように思えるのだから、本当にココは不思議な少年だった。
何も突出したところなどない、そう思わせる平凡ともいえるそんな少年なのに、ジュリアスも私も一瞬で彼に心を開いていたのだから。
ずっと続いてほしいとまで思える時間。
コロコロと変わるココの表情を見ながら、私は強く思った。
――この子が傍にいてくれたら良いのに、と。
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