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●本編(攻視点)
その日の出会いからすべてがはじまった
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私テオドシウス・ツァーリは、幸せというものを、今まで実感したことが無かった。
不幸であったかと言われれば、それには否と答えるだろう。
伯爵家に生まれ、幼いころから剣や学問などは得意だったし、別段他者から虐げられた事もない。
性格的な問題から変わっているとは言われたものの、現在の皇帝陛下と比較的親しかった事もあってか、特に大きな惨事にはなっていないし、友人と呼べる人間も少なくはあったが居た。
強いて不幸をあげるならば、私が25歳の頃に両親は既に鬼籍に入ってしまってはいるが、そもそも私が生まれたのが晩年の事だったので、致し方ない話だ。
母は40代の終わりに私を生み、その時父は既に60歳だったのだから、決して早世ではないだろう。
その頃には司令官の一人として既に私は独り立ちしていた事もあり、少しの寂しさはあったものの、ただそれだけだった。
決して両親を憎んでいたわけでもないが、嘆くほど辛い事でもなかったのだ。
ただ、昨日まで居た人間が居なくなった。
それだけの事なのだと。
一人の知人がそんな私に「お前は本当に冷徹な奴だ」と言ってきたが、私は何も言い返す言葉を持たなかった。
両親の事だけではなく、他の誰に対しても強く湧き上がる思いを感じた事などない私には、誰かを愛するという気持ちが欠如しているのだろうと、その時に悟った。
後になってから、その男は頬を腫らしながら私に詫びを入れに来たが、私からすれば本心に気づかせてくれた彼に対して、感謝しているくらいだ。
それから私は更に己の武力と知力を磨き上げ、皇帝陛下が先代皇帝陛下から帝位を譲られた後、私は幼馴染であるアシュリーと共に帝国の将軍の位を与えられた。
――29歳の時の話だ。
地位を与えられても大してそれまでの生活を大差はないと思っていたが、実際にはかなり変化はあった。
将軍の地位にあるものが、おいそれと今までのように最前線で戦わせる訳にはいかないと言われた時、私は正直に言って後悔した。
アシュリーには顔を顰められたが、私は戦う事が嫌いではない。
人を殺すことが好きな訳ではないが、剣を持ち戦場を駆けるのは性分に合っていると自負していた。
だから、何かと屁理屈をこねては前線に出ていたし、偵察と言っては敵国であるクロス王国の情勢を探るために、周囲を無理矢理に押しのけて不法に相手国に入国したりもしていたのだが、そんな私にも変化が訪れたのは、私が31歳の時だった。
「そなたは帝国の人間だな?」
普段通り、クロス王国へと正体を隠して入国した私を出迎えたのは、一人の男だった。
私よりもおそらくは10歳ほどは年上だろうその男は、豪奢な金色の髪の中々に美しい外見をしていたが、何よりその洗練された仕草から、その男がただの民衆ではない事が分かる。
穏やかそうな表情を浮かべながらも、その目は決して笑ってはいない。
一触即発とも取れる状況ではあったが、さすがの私も敵国で一人立ち回る気はないし、問題を起こすことは避けたかった。
私は偵察をしてはいるものの、それは決してこの国の人間を傷つける為の行為ではなく、クロス王国の真実を知ることが目的なのだ。
噂では、この国の民は、貧しい上に厳しい税までも課せられており、民衆の不安と怒りは膨れ上がっていると言われていた。
そう、まさにいつ爆発してもおかしくない、と。
いずれは帝国領へと変わる国の情勢を知るのは必要な事だ。
アシュリーからは最初に「お前は、人の気持ちが分からないという割には何というかそういうところはアレなんだな」と言われたが、将軍の地位を任されている以上は、当然の配慮だろう。
だが、別に私は可哀想だと同情しているわけではない。
ほぼ帝国と隣接しているクロス王国で起きる事柄は、確実に帝国へも大きな影響を及ぼすことは分かり切っている。
あくまで帝国の利益の為なのだ。
私は別に好奇心で他国に潜入していたわけではなく、きちんと意味があっての行動なのだという事をアシュリーに説明した。
今のうちに対策を考えなければならないのだ、と。
そして、私の説明を受けた偵察に反対していた面々は折れ、私はこの国への潜入を許可された。
「そうだと……言ったら?」
私はアシュリーとの会話を思い出しながらも少し悩んだ後、そう低い声で男に言った。
自身の身柄の安全についてはともかく、帝国に不利な状況を作り出すわけにはいかないし、外交問題に発展する事も避けたい。
愚鈍な相手ならば誤魔化すことは出来るかもしれないが、この男には嘘は通じないだろう。
何故なら本来、そもそも私はこの国に潜入する際に魔法で様々な偽装を行っているため、普通の人間が私の動向をとらえる事は不可能だからだ。
決して軽々しくこの国に侵入しているわけではないのだ。
だが、この男はその偽装に気付けるほどの能力を持っている。
更に喋り方から考えても、相当高貴な人物なのだろうという事も予測でき、私は不幸にも例外中の例外と出会ってしまったんだろう。
隙を見つけて逃げ出すことが優先だが、最悪の場合は戦う事も検討に入れなければならない。
とにかく、捕らえられることは許されないのだ。
しかし、男は警戒する私に、にっこりと微笑みかけてこう言った。
「そなたと話がしたいのだ」と。
不幸であったかと言われれば、それには否と答えるだろう。
伯爵家に生まれ、幼いころから剣や学問などは得意だったし、別段他者から虐げられた事もない。
性格的な問題から変わっているとは言われたものの、現在の皇帝陛下と比較的親しかった事もあってか、特に大きな惨事にはなっていないし、友人と呼べる人間も少なくはあったが居た。
強いて不幸をあげるならば、私が25歳の頃に両親は既に鬼籍に入ってしまってはいるが、そもそも私が生まれたのが晩年の事だったので、致し方ない話だ。
母は40代の終わりに私を生み、その時父は既に60歳だったのだから、決して早世ではないだろう。
その頃には司令官の一人として既に私は独り立ちしていた事もあり、少しの寂しさはあったものの、ただそれだけだった。
決して両親を憎んでいたわけでもないが、嘆くほど辛い事でもなかったのだ。
ただ、昨日まで居た人間が居なくなった。
それだけの事なのだと。
一人の知人がそんな私に「お前は本当に冷徹な奴だ」と言ってきたが、私は何も言い返す言葉を持たなかった。
両親の事だけではなく、他の誰に対しても強く湧き上がる思いを感じた事などない私には、誰かを愛するという気持ちが欠如しているのだろうと、その時に悟った。
後になってから、その男は頬を腫らしながら私に詫びを入れに来たが、私からすれば本心に気づかせてくれた彼に対して、感謝しているくらいだ。
それから私は更に己の武力と知力を磨き上げ、皇帝陛下が先代皇帝陛下から帝位を譲られた後、私は幼馴染であるアシュリーと共に帝国の将軍の位を与えられた。
――29歳の時の話だ。
地位を与えられても大してそれまでの生活を大差はないと思っていたが、実際にはかなり変化はあった。
将軍の地位にあるものが、おいそれと今までのように最前線で戦わせる訳にはいかないと言われた時、私は正直に言って後悔した。
アシュリーには顔を顰められたが、私は戦う事が嫌いではない。
人を殺すことが好きな訳ではないが、剣を持ち戦場を駆けるのは性分に合っていると自負していた。
だから、何かと屁理屈をこねては前線に出ていたし、偵察と言っては敵国であるクロス王国の情勢を探るために、周囲を無理矢理に押しのけて不法に相手国に入国したりもしていたのだが、そんな私にも変化が訪れたのは、私が31歳の時だった。
「そなたは帝国の人間だな?」
普段通り、クロス王国へと正体を隠して入国した私を出迎えたのは、一人の男だった。
私よりもおそらくは10歳ほどは年上だろうその男は、豪奢な金色の髪の中々に美しい外見をしていたが、何よりその洗練された仕草から、その男がただの民衆ではない事が分かる。
穏やかそうな表情を浮かべながらも、その目は決して笑ってはいない。
一触即発とも取れる状況ではあったが、さすがの私も敵国で一人立ち回る気はないし、問題を起こすことは避けたかった。
私は偵察をしてはいるものの、それは決してこの国の人間を傷つける為の行為ではなく、クロス王国の真実を知ることが目的なのだ。
噂では、この国の民は、貧しい上に厳しい税までも課せられており、民衆の不安と怒りは膨れ上がっていると言われていた。
そう、まさにいつ爆発してもおかしくない、と。
いずれは帝国領へと変わる国の情勢を知るのは必要な事だ。
アシュリーからは最初に「お前は、人の気持ちが分からないという割には何というかそういうところはアレなんだな」と言われたが、将軍の地位を任されている以上は、当然の配慮だろう。
だが、別に私は可哀想だと同情しているわけではない。
ほぼ帝国と隣接しているクロス王国で起きる事柄は、確実に帝国へも大きな影響を及ぼすことは分かり切っている。
あくまで帝国の利益の為なのだ。
私は別に好奇心で他国に潜入していたわけではなく、きちんと意味があっての行動なのだという事をアシュリーに説明した。
今のうちに対策を考えなければならないのだ、と。
そして、私の説明を受けた偵察に反対していた面々は折れ、私はこの国への潜入を許可された。
「そうだと……言ったら?」
私はアシュリーとの会話を思い出しながらも少し悩んだ後、そう低い声で男に言った。
自身の身柄の安全についてはともかく、帝国に不利な状況を作り出すわけにはいかないし、外交問題に発展する事も避けたい。
愚鈍な相手ならば誤魔化すことは出来るかもしれないが、この男には嘘は通じないだろう。
何故なら本来、そもそも私はこの国に潜入する際に魔法で様々な偽装を行っているため、普通の人間が私の動向をとらえる事は不可能だからだ。
決して軽々しくこの国に侵入しているわけではないのだ。
だが、この男はその偽装に気付けるほどの能力を持っている。
更に喋り方から考えても、相当高貴な人物なのだろうという事も予測でき、私は不幸にも例外中の例外と出会ってしまったんだろう。
隙を見つけて逃げ出すことが優先だが、最悪の場合は戦う事も検討に入れなければならない。
とにかく、捕らえられることは許されないのだ。
しかし、男は警戒する私に、にっこりと微笑みかけてこう言った。
「そなたと話がしたいのだ」と。
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