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◆序章◆ すべての始まり
1-1.悲しい夢★★★
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(――また、この夢か)
〓葛城徹《かつらぎとおる》は、ここの所、何度も見続けている夢を今回また見ているということに気づき、暗く沈んだ気持ちで、目の前の悲痛な光景へと意識をやった。
「すまない! 俺はどうかしていたんだっ……! 何故……こんな事に……っ。俺が愛しているのはお前だけなんだ! っ……俺にはお前だけなのに!」
中世ヨーロッパを思わせる造りの豪奢な部屋で、金色の髪の美しい顔立ちの男が、天蓋付きのベッドの上で横渡る顔の見えない【誰か】の白い手を必死に握りしめている。
金の髪の男は、年齢の頃なら三十代半ばくらいといったところか。彫の深い顔立ちは明らかに日本人ではない。更に身に着けているものも、明らかに普通とは違う。袖と首元にフリルがふんだんにあしらわれ、布地には豪華な刺繍が施されている真紅のコートのような服は、室内の造りから受ける印象よりはかなり近代寄りにはなるが、フランスのアビ・ア・ラ・フランセーズを思わせる。
現代の日本ではまず見かけることなどありえない程に立派な仕立ての衣だった。
特に目立つところのない、中肉中背の日本人の男である徹が着たとしても、似合わないコスプレの類――良くて孫にも衣装にしか見えないだろう。だが、夢の中の男は見事に着こなしており、まるで物語の中に出てくる王子様のように絵になっていた。
ベッドで眠っているのは、男の恋人――もしくは配偶者に当たる様な立場の相手なのだろう。彼の手しか徹からは見えないが、骨ばった痩せたその手には血の気がなく、一目見ただけで酷く衰弱しているのが分かる。何かしらの病であることは容易く想像できた。
生命力は殆ど感じられず、かろうじてこの世に留まっているだけに見える。
部屋に漂う死の予兆とも言える不穏な空気は、奇跡が起こるかもしれないという淡い期待すら、微塵も感じさせないほどに〓陰鬱《いんうつ》だ。
「頼む。私を置いて逝くな……!」
涙を流しながら必死に懇願する、いつも見ている夢の流れと全く同じ男の姿に、徹は辛くなり視線を伏せた。何度も同じ夢を見続けている徹はこの先の未来を既に知っている。夢の終わりはいつも、愛する人を失った男の深い〓慟哭《どうこく》で終わるからだ。
後悔と悲しみ、そして相手への深い愛情を感じさせる男の悲痛な絶叫は、たとえ夢の中の出来事としても、いつも徹の心を深く抉る。結末を知ってはいても、決して慣れるということはないのだ。それどころか、何度も同じ光景を見続けていることもあって、今では徹はこの見ず知らずの男に同情してしまっていた。
いや、ある意味では――彼に対して友愛にも似た感情を抱いてしまっているのかもしれない。
(貴方のせいじゃないんだよ)
彼らのことなど何も知らない筈だというのに、徹はこの光景を見る度に、いつも男にそう言って声をかけて励ましてあげたくなってしまう。
だが、当然のことながら、実際には彼に触れることも、声をかけることも出来はしない。徹に許されているのは、ただひたすらに夢の中で二人を見守ることだけだ。
「愛している……愛しているんだ」
男は諦めきれずに苦し気な声で愛を語り、ベッドに横渡る青年の身体へと縋りついた。そうすることで、青年をこの世に踏み止まらせようとするかのように、懸命に――。
しかし、その望みは決して叶うことはない。徹は無力感に打ちひしがれながら、視線を床へと伏せた。
夢である以上、徹はただの傍観者に過ぎない。
「もう一度……目を、目を開けてくれ……っ」
しんと静まり返る室内に、男の切実な声が響く。しかし、どんなに男が引き留めても、消えゆく命の灯はもはや〓煌々《こうこう》と灯ることは無かった。
――陽が落ち、夜になり、そして再び朝陽が昇る頃、かろうじて僅かに聞こえていた青年の吐息は、完全に聞こえなくなった。男の願いも空しく、男の愛する人の命の鼓動は静かにその音を止めたのだ。
「ああぁっ……! うああああああああっ……!」
残された男の悲痛な叫び声が空しく木霊し、悲しくも美しい夢はいつも通りに終わりを告げた。
〓葛城徹《かつらぎとおる》は、ここの所、何度も見続けている夢を今回また見ているということに気づき、暗く沈んだ気持ちで、目の前の悲痛な光景へと意識をやった。
「すまない! 俺はどうかしていたんだっ……! 何故……こんな事に……っ。俺が愛しているのはお前だけなんだ! っ……俺にはお前だけなのに!」
中世ヨーロッパを思わせる造りの豪奢な部屋で、金色の髪の美しい顔立ちの男が、天蓋付きのベッドの上で横渡る顔の見えない【誰か】の白い手を必死に握りしめている。
金の髪の男は、年齢の頃なら三十代半ばくらいといったところか。彫の深い顔立ちは明らかに日本人ではない。更に身に着けているものも、明らかに普通とは違う。袖と首元にフリルがふんだんにあしらわれ、布地には豪華な刺繍が施されている真紅のコートのような服は、室内の造りから受ける印象よりはかなり近代寄りにはなるが、フランスのアビ・ア・ラ・フランセーズを思わせる。
現代の日本ではまず見かけることなどありえない程に立派な仕立ての衣だった。
特に目立つところのない、中肉中背の日本人の男である徹が着たとしても、似合わないコスプレの類――良くて孫にも衣装にしか見えないだろう。だが、夢の中の男は見事に着こなしており、まるで物語の中に出てくる王子様のように絵になっていた。
ベッドで眠っているのは、男の恋人――もしくは配偶者に当たる様な立場の相手なのだろう。彼の手しか徹からは見えないが、骨ばった痩せたその手には血の気がなく、一目見ただけで酷く衰弱しているのが分かる。何かしらの病であることは容易く想像できた。
生命力は殆ど感じられず、かろうじてこの世に留まっているだけに見える。
部屋に漂う死の予兆とも言える不穏な空気は、奇跡が起こるかもしれないという淡い期待すら、微塵も感じさせないほどに〓陰鬱《いんうつ》だ。
「頼む。私を置いて逝くな……!」
涙を流しながら必死に懇願する、いつも見ている夢の流れと全く同じ男の姿に、徹は辛くなり視線を伏せた。何度も同じ夢を見続けている徹はこの先の未来を既に知っている。夢の終わりはいつも、愛する人を失った男の深い〓慟哭《どうこく》で終わるからだ。
後悔と悲しみ、そして相手への深い愛情を感じさせる男の悲痛な絶叫は、たとえ夢の中の出来事としても、いつも徹の心を深く抉る。結末を知ってはいても、決して慣れるということはないのだ。それどころか、何度も同じ光景を見続けていることもあって、今では徹はこの見ず知らずの男に同情してしまっていた。
いや、ある意味では――彼に対して友愛にも似た感情を抱いてしまっているのかもしれない。
(貴方のせいじゃないんだよ)
彼らのことなど何も知らない筈だというのに、徹はこの光景を見る度に、いつも男にそう言って声をかけて励ましてあげたくなってしまう。
だが、当然のことながら、実際には彼に触れることも、声をかけることも出来はしない。徹に許されているのは、ただひたすらに夢の中で二人を見守ることだけだ。
「愛している……愛しているんだ」
男は諦めきれずに苦し気な声で愛を語り、ベッドに横渡る青年の身体へと縋りついた。そうすることで、青年をこの世に踏み止まらせようとするかのように、懸命に――。
しかし、その望みは決して叶うことはない。徹は無力感に打ちひしがれながら、視線を床へと伏せた。
夢である以上、徹はただの傍観者に過ぎない。
「もう一度……目を、目を開けてくれ……っ」
しんと静まり返る室内に、男の切実な声が響く。しかし、どんなに男が引き留めても、消えゆく命の灯はもはや〓煌々《こうこう》と灯ることは無かった。
――陽が落ち、夜になり、そして再び朝陽が昇る頃、かろうじて僅かに聞こえていた青年の吐息は、完全に聞こえなくなった。男の願いも空しく、男の愛する人の命の鼓動は静かにその音を止めたのだ。
「ああぁっ……! うああああああああっ……!」
残された男の悲痛な叫び声が空しく木霊し、悲しくも美しい夢はいつも通りに終わりを告げた。
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