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その5

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「ローマンくん、でもやっぱり、別れる気がないならちゃんと話すべきだったと思うよ。別れるなんて本気じゃないよね?」

 賑やかな若者たちの言葉の間に、シェリーはそうローマンを諫めた。ローマンの気持ちを全く理解できないわけではないが、相手の心を読める訳ではないのだから、相手にちゃんと伝えなければいけないとシェリーも思っているし、ローマン自身もおそらくは分かっている筈だった。

 その言葉に、ローマンは落ち込んだ様子で視線を落とし、弱弱しく口を開いた。

「……ああ、わかってるんだ。でもあいつは、普段とても俺に対して紳士的だし、俺の大体の好みは分かってくれているから、つい……察してくれって思ってしまった」

 ローマンを囲む面々は、その言葉に苦く笑いながら互いに顔を見合わせた。

「贅沢になってしまったんだろうか、俺は……」

 ローマンは、ルートヴィヒとの今までを思い出し、目元を覆った。先ほどまで泣いていた目元はやや赤みが差している。

 ルートヴィヒの気遣いは、完璧だったのだとローマンは続ける。

「あいつが最初から俺にもっと適当だったら、多分今回みたいに俺は騒がなかったんだよな。あいつと付き合うまで、男なんて殆どの奴は無神経だって思ってたし……。でも、あいつはいつも優しくてさ。そりゃ喧嘩もするし、折れるのは大抵俺だけど、喧嘩の理由も可愛いものばっかりだったし、不満は無かったんだ。我慢してたわけでもない。なのに……」

「今回は、違ったんだ?」

 シェリーの言葉に、ローマンは頷いた。

 シェリーは、その様子を見て「なるほど」と納得した。

 おそらく自身では気づいていないが、ローマンの中にあった不安や劣等感などが今は表面に出てきてしまっているに違いない。

「私は心が狭いのだろうか? 頷いておけば良かったか……?」

 店に居合わせた面々は、ローマンの悲し気な呟きに対して、どうしたものかと顔を見合わせた。

 確かにすんなりとプロポーズを受け入れてしまえば、喧嘩にはならなかっただろう。けれど、プロポーズと言えば、人生の中でも重大な行事だ。おざなりなプロポーズをされた結果、別れた恋人たちも過去には居るのだから、軽々しく許してあげてとも言いにくいし、気にしないでとはもっと言えない。

 ただ、ルートヴィヒがいい加減な気持ちでプロポーズをしたとも考えにくいので、はっきり言ってすれ違いだろうなとは、今此処にいる面子皆が思っていた。

「ううーん。でも、結構こういう時の不満って後々にも響くし、不満を隠して頷くのも違うと思うわよ?」

「てか、シェリーママがさっきから言ってる通りに、何でルートヴィヒ様に言わなかったのさ? もっとちゃんとしてよ、って言えば良かったんじゃないの?」。

「確かにそうだよね。普段から喧嘩しないとかならともかく、二人って結構言い合うじゃない? それにルートヴィヒ様はローマンに惚れてるんだから、はっきり言えばやり直してくれるんじゃない? どう考えても、愛が重いのはあっちだと思うけどね」

 常連着たちが各々の意見を言う。

 二人の関係は、ルートヴィヒの方が優位に立っているように見えるかもしれないが、実際は逆であり、二人と親しい関係であればそれが分かっている。

 そもそも、仕事以外でのルートヴィヒとローマンの喧嘩は、八割くらいは嫉妬から来るものばかりなのだ。互いが好きだから喧嘩をしているので、ローマンが望んでいるのであれば嬉しそうにルートヴィヒはプロポーズをやり直してくれるに違いなかった。

 プロポーズをやり直してほしいと言われて怒りだすほど、ルートヴィヒは心の狭い男ではない事も皆知っていたし、このまま結婚に落ち着くためにはもっときちんとした話し合いが必要なのは間違いない。

 ローマンは、その言葉に俯くと、小さな声でぼそりと言った。

「……その時は、俺が言ったからやりなおすっていうのは何か違うって思ったんだ。もっとこう、ロマンティックに驚かせてほしかったと言うか」

 その言葉に、酒場は微妙な空気に包まれた。

 とりあえず、結婚したいとルートヴィヒが思っていることはすでにローマンにバレている為、その部分の驚きを得るのはまず不可能だ。

 後はプロポーズの方法だが、ルートヴィヒも今頃誰かに愚痴でも言っているのではないかと仮定してみると、相手はおそらく騎士団員だろう。しかし、騎士団員ははっきり言って、そういう類の気遣いに長けているかどうかと言われれば否と答えられるくらいにガサツな男ばかりだ。

 騎士と言えば花形なイメージがあるだろうが、現在では貴族の位のある騎士団員は、とても少なくなっている。過酷な任務ばかりで戦死者が多い騎士団員に、後継者になるような貴族たちが入ることを、今のこの国は望んでいないからだ。

 戦う事も重要だが、領地を統治する人間を失ってしまえば、国自体が崩壊してしまう。

 魔物が息絶えても、文化が政治が行える人間が居なければ、意味が無いのだから。

「……今はもうちゃんと分かってるからな。難しいっていう事は。それに普段から俺がもっと自分の事を伝えられていたら違っていただろうし、って冷静になった今は思える。それに、喧嘩の時もお前らがさっきから言ってる通り、もっとちゃんとしたプロポーズが良いってあいつに言えば良かったってのも」

 話している内に、ローマンは徐々に平静を取り戻していった。

 涙は完全に止まり、苦くはあったが笑えるようにはなった様子を見て、常連客たちもほっとした様子を見せる。
 内心、このまま結婚をしたら、根に持つのではないかと少し不安に思っていたシェリーも、普段の落ち着いたローマンの表情に戻っていることに気づき、肩の力を抜いた。

「もう、大丈夫みたいだね。でも、本心を伝えるのは今からでも遅くはないよ? そこは今後の為にも言うべきだし、ルートヴィヒ様も聞くべきだ。勿論、一方的に伝えるのではなく二人で話し合うんだよ? まぁ、無茶苦茶な話ならともかく、おいしいディナーを食べるとか、花束が欲しいとかならルートヴィヒ様も叶えてくれるだろうけどね」

 シェリーは、ローマン以外には冷徹な表情しか見せない、いけ好かない男の顔を思い出しながら、新しい酒をローマンへと差し出した。

「……いや、最後の一杯だったんじゃ?」

 飲みすぎだと注意されたばかりなのではないかとローマンが首を傾げると、シェリーは優しく笑う。
 確かに先ほどまでは、これ以上は飲ませるべきだは無いとは思ったし、飲みすぎは身体を壊すのは事実だ。ただ、先ほどと違い、今のローマンには余裕があった。元からローマンは酒には弱くないのだから、精神的な面も影響していたに違いない。

「いくら冷静になったとはいってももう少し時間は欲しいでしょう? 付き合うよ。ああ、でも念のためお酒は薄くしておくけどね」

 ローマンはシェリーのその言葉に、少しの沈黙の後、嬉しそうに笑った。

「ありがとう。……シェリーや皆が居てくれて良かった」

 もしも一人きりだったら、もっとうじうじ悩んでいたに違いないと、ローマンはシェリーと居合わせた馴染みの常連客達に深く感謝した。

「友達だからね、ローマン君は」

「ねー!」

 この街の人間にとって、命をかけて国を守ってくれる騎士たちは憧れの存在だ。
 むしろローマンに礼を言いたいのは皆の方だった

(けれど、ローマン君は苦手だからね、そういう話は)

 戦いに関しては力にはなれないけれど、こういう愚痴ならば何の力も持たない平民でも、聞いてあげる事が出来る。
 こんな事でしか役には立たないけれど、少しでもローマンの心が安らかになるように、此処にいる皆が願っていた。

「じゃあ、もう少しだけ飲もうか」

 ――それに、何となくだったけれど、ルートヴィヒなら何とかここから巻き返すのではないかと、酒場の皆は密かに思っていた。
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