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その3
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「で、お前は落ち込んでいる、と」
荒んでいるルートヴィヒを何とか宥めたマルセルは、大きな体を丸めるルートヴィヒに、どこか呆れた様子で声をかけた。
言いたくないと口を開かないルートヴィヒに対して、根気よく話しかけた末に聞かされた話は、早い話が間違いなくただの痴話げんかだった。ローマンが原因だろう、とは思っていたが、ここまでルートヴィヒが落ち込んでいるのだから、とんでもない事態なのではないかと心配したのに、だ。
確かにローマンが怒った原因は気になるし、ルートヴィヒにとっては大事件には違いないだろうが、とりあえずはまだ解決はできそうな案件である事に、マルセルも居合わせた他の団員もほっと息を吐いた。
(まぁ、でもオレは何となく、ローマンさんが何で怒ったのか、もう予想できてるんだよなあ)
マルセルは、ローマンについては、正直に言えばルートヴィヒよりも詳しくその人物像を熟知しているといって良い。何せ、幼馴染の為に情報収集を半ば無理矢理させられていたのは、紛れもなくマルセルだったのだから。
他の騎士団員から見れば、ローマンが突然何かに怒りだしたものの、理由が全く想像できないという所だろう。
しかし、ただ一人。マルセルだけは、何故ローマンがどの部分に怒ったのかが何となく分かっていた。
「あー。まぁ、何とかなると思うぞ」
「そんな風に軽く言うな! 他人事だと思っているだろう!? 恋人になってから、邪魔な奴は何人か居たが、あんな風に別れるなんて言った事は無かったんだぞ! 謝っても許してくれないし、追いかけても振り払われるなんて……。結婚が嫌だったと言うのか……? 確かに、男の中には同性と付き合っていても結婚は嫌だと言う者も居るが、ローマンは偏見などない筈だ……っ」
くいっと酒を煽るルートヴィヒの姿は、せっかくの美丈夫も台無しのやさぐれ度合いである。
「いや、そんなこと思ってないから。落ち着けよ」
ルートヴィヒは多くの男女と関係を持っていたし、経験人数は桁外れに多い事は間違いない。騎士団員の中でも、褒められた話ではないが1,2位を争えるくらいのアレの経験値はあるだろう。だがその反面、本気の恋愛の経験値は皆無と言って良い。
今までの相手は皆、所謂遊びであり、デートなども、したいからしていた訳ではなく、性行為だけだとさすがに相手の機嫌を損ねるから、面倒だけど仕方なくしていたと言うのだから、呆れる話である。
しかしそれでも、一応場数は踏んでいるし、知識として恋人が何をするかは理解できていたので、今までは目立った問題にはなっていなかった。心がこもっていなかったというのは大問題になりそうだが、最低限の礼儀は尽くしていたという事で、ローマン以外に興味を示さなくなった今も、左程悪く言われていないのは幸運といえよう。
そんなルートヴィヒも、ローマンと付き合ってからは別人のように、デートに力を入れるようになった。ローマンを愛しているからこそ、彼の喜ぶことがしたいのだと惚気る姿には、他の騎士団員も面食らったものである。
だが、ローマンもルートヴィヒのエスコートに嬉しそうにしていたし、二人が恋人になったことで騎士団員にとってはむしろ良い事ばかりだったので、騎士団員たちはすぐに慣れていった。
男女問わず人気のあったルートヴィヒに特定の相手が出来たことで、失恋した男女との出会いが騎士団員たちの前にやって来たのだから、反対するわけもない。
ちなみに騎士団員たちの多くは、ルートヴィヒが恋愛面において百戦錬磨だと信じているようだが、それこそが今回の喧嘩の原因なのだとは誰も思いつかないだろう。
そう、現実は違ったのだ。
今までのルートヴィヒは、あくまで付け焼刃の本による知識と経験値で取り繕っていただけにすぎなかったのである。
勿論、溢れんばかりの愛情をルートヴィヒがローマンに抱いているのは事実だし、そこは疑う余地はない。ローマンに喜んでもらおうとする努力は間違いなく本物だろう。
しかし、戦いにおいての駆け引きが実践でしか学べないのと同じように、恋愛も相手の気持ちを察する能力が求められる。人によって好みや考え方は違うものだ。
ルートヴィヒがローマンにしてあげていた事はすべて、流行の本の受け売りであり、差し当たって誰でも不快には思わないような事が多かったが、ローマンの好みには比較的合っていたのか、今までは上手くやれていた。
しかし、だ。
最近の流行は割とあっさりとしたもので、昔みたいに過度に演出するような事は流行らないのだが、ローマンに関してはその点だけは本の通りの好みとは合致しなかったのである。
ローマンは包容力がある大人の男に見えるが、あれでいてかなり乙女志向が強く、最近の男女が引くような甘ったるい事を好む男だった。特に結婚などの恋人同士による催しに対しては憧れが強い。
だから、今回ローマンがルートヴィヒのプロポーズを断ったのは、十中八九、プロポーズの仕方が原因なのだろうとマルセルは確信したのだ。
昔流行したような大げさなくらいのプロポーズ。ローマンはきっとそういったプロポーズを望んでいた筈だ、と。
今回のルートヴィヒのプロポーズも、大人な女ならきっとベッドの中で喜んで受け入れたのだろうが、ローマンからすればぞんざいに扱われたと考えてしまったのだろう。
はっきり言って、騎士団の人間は、多くが脳が筋肉で出来ている様な人物が多い。馬鹿では無いが、恋愛ごとで気の利いた事が言えるのは、貴族の位のある一部の人間だけだ。ちなみに、ルートヴィヒも貴族だが、性格的な問題でそういった気遣いは身につかなかった様だ。
そんな脳筋たちからすれば想像できないのだろうが、ローマンが不機嫌になる気持ちは分からなくはない。
(まぁ、でもそれを感じろって言うのはルートヴィヒには酷だろうよ)
実際、ローマンは自身の乙女志向を上手に隠していた。
隠す理由には照れもあっただろうが、自身の印象には合わないと思ってあえて伝える気は無かった様だ。
一応、以前にルートヴィヒに調査結果を伝える際には、ローマンの好みは説明していたのだが、ローマンは別に女になりたいとかではなかったし、フリルで溢れた生活を送りたいとかでは無かった為、微妙な所しか伝わっていなかったのだろう。
あからさまに女装とかするようなところまでいっていたら、さすがにルートヴィヒも勘づいていたはずだ。
(オレが何とかするしかないか、ね)
迷惑ばかりかけられてはいるが、マルセルは幼馴染であるルートヴィヒの事は決して嫌いではない。嫌いだったらこんな風に声はかけないだろう。
それにローマンの事も頼りになる同僚として尊敬している。
今回の件、おそらくローマンは、ルートヴィヒに自分で気づいて考えて欲しいと思っているだろうが、何の補助も無しにロマンティックな演出をルートヴィヒがするのは無理だとマルセルは考えている。
しかし、全部をマルセルが考えたのでは意味が無いのだ。
「ローマン……!」
遂に突っ伏して泣き出した目の前の色男に、マルセルはもう一度深いため息を吐いた。
この状態でこのまま放っておけば、間違いなく数日後にあるだろう任務にも支障が出かねない。恋愛の心の傷で職務を休める程、現在の騎士団委は余裕も無ければ甘さもない。
痴話喧嘩が原因で騎士団壊滅なんて未来は絶対に避けたい話だ。今のうちに憂いは断つべきである。
だからマルセルは、ルートヴィヒにこう言った。
「プロポーズをやりなおすぞ」と。
荒んでいるルートヴィヒを何とか宥めたマルセルは、大きな体を丸めるルートヴィヒに、どこか呆れた様子で声をかけた。
言いたくないと口を開かないルートヴィヒに対して、根気よく話しかけた末に聞かされた話は、早い話が間違いなくただの痴話げんかだった。ローマンが原因だろう、とは思っていたが、ここまでルートヴィヒが落ち込んでいるのだから、とんでもない事態なのではないかと心配したのに、だ。
確かにローマンが怒った原因は気になるし、ルートヴィヒにとっては大事件には違いないだろうが、とりあえずはまだ解決はできそうな案件である事に、マルセルも居合わせた他の団員もほっと息を吐いた。
(まぁ、でもオレは何となく、ローマンさんが何で怒ったのか、もう予想できてるんだよなあ)
マルセルは、ローマンについては、正直に言えばルートヴィヒよりも詳しくその人物像を熟知しているといって良い。何せ、幼馴染の為に情報収集を半ば無理矢理させられていたのは、紛れもなくマルセルだったのだから。
他の騎士団員から見れば、ローマンが突然何かに怒りだしたものの、理由が全く想像できないという所だろう。
しかし、ただ一人。マルセルだけは、何故ローマンがどの部分に怒ったのかが何となく分かっていた。
「あー。まぁ、何とかなると思うぞ」
「そんな風に軽く言うな! 他人事だと思っているだろう!? 恋人になってから、邪魔な奴は何人か居たが、あんな風に別れるなんて言った事は無かったんだぞ! 謝っても許してくれないし、追いかけても振り払われるなんて……。結婚が嫌だったと言うのか……? 確かに、男の中には同性と付き合っていても結婚は嫌だと言う者も居るが、ローマンは偏見などない筈だ……っ」
くいっと酒を煽るルートヴィヒの姿は、せっかくの美丈夫も台無しのやさぐれ度合いである。
「いや、そんなこと思ってないから。落ち着けよ」
ルートヴィヒは多くの男女と関係を持っていたし、経験人数は桁外れに多い事は間違いない。騎士団員の中でも、褒められた話ではないが1,2位を争えるくらいのアレの経験値はあるだろう。だがその反面、本気の恋愛の経験値は皆無と言って良い。
今までの相手は皆、所謂遊びであり、デートなども、したいからしていた訳ではなく、性行為だけだとさすがに相手の機嫌を損ねるから、面倒だけど仕方なくしていたと言うのだから、呆れる話である。
しかしそれでも、一応場数は踏んでいるし、知識として恋人が何をするかは理解できていたので、今までは目立った問題にはなっていなかった。心がこもっていなかったというのは大問題になりそうだが、最低限の礼儀は尽くしていたという事で、ローマン以外に興味を示さなくなった今も、左程悪く言われていないのは幸運といえよう。
そんなルートヴィヒも、ローマンと付き合ってからは別人のように、デートに力を入れるようになった。ローマンを愛しているからこそ、彼の喜ぶことがしたいのだと惚気る姿には、他の騎士団員も面食らったものである。
だが、ローマンもルートヴィヒのエスコートに嬉しそうにしていたし、二人が恋人になったことで騎士団員にとってはむしろ良い事ばかりだったので、騎士団員たちはすぐに慣れていった。
男女問わず人気のあったルートヴィヒに特定の相手が出来たことで、失恋した男女との出会いが騎士団員たちの前にやって来たのだから、反対するわけもない。
ちなみに騎士団員たちの多くは、ルートヴィヒが恋愛面において百戦錬磨だと信じているようだが、それこそが今回の喧嘩の原因なのだとは誰も思いつかないだろう。
そう、現実は違ったのだ。
今までのルートヴィヒは、あくまで付け焼刃の本による知識と経験値で取り繕っていただけにすぎなかったのである。
勿論、溢れんばかりの愛情をルートヴィヒがローマンに抱いているのは事実だし、そこは疑う余地はない。ローマンに喜んでもらおうとする努力は間違いなく本物だろう。
しかし、戦いにおいての駆け引きが実践でしか学べないのと同じように、恋愛も相手の気持ちを察する能力が求められる。人によって好みや考え方は違うものだ。
ルートヴィヒがローマンにしてあげていた事はすべて、流行の本の受け売りであり、差し当たって誰でも不快には思わないような事が多かったが、ローマンの好みには比較的合っていたのか、今までは上手くやれていた。
しかし、だ。
最近の流行は割とあっさりとしたもので、昔みたいに過度に演出するような事は流行らないのだが、ローマンに関してはその点だけは本の通りの好みとは合致しなかったのである。
ローマンは包容力がある大人の男に見えるが、あれでいてかなり乙女志向が強く、最近の男女が引くような甘ったるい事を好む男だった。特に結婚などの恋人同士による催しに対しては憧れが強い。
だから、今回ローマンがルートヴィヒのプロポーズを断ったのは、十中八九、プロポーズの仕方が原因なのだろうとマルセルは確信したのだ。
昔流行したような大げさなくらいのプロポーズ。ローマンはきっとそういったプロポーズを望んでいた筈だ、と。
今回のルートヴィヒのプロポーズも、大人な女ならきっとベッドの中で喜んで受け入れたのだろうが、ローマンからすればぞんざいに扱われたと考えてしまったのだろう。
はっきり言って、騎士団の人間は、多くが脳が筋肉で出来ている様な人物が多い。馬鹿では無いが、恋愛ごとで気の利いた事が言えるのは、貴族の位のある一部の人間だけだ。ちなみに、ルートヴィヒも貴族だが、性格的な問題でそういった気遣いは身につかなかった様だ。
そんな脳筋たちからすれば想像できないのだろうが、ローマンが不機嫌になる気持ちは分からなくはない。
(まぁ、でもそれを感じろって言うのはルートヴィヒには酷だろうよ)
実際、ローマンは自身の乙女志向を上手に隠していた。
隠す理由には照れもあっただろうが、自身の印象には合わないと思ってあえて伝える気は無かった様だ。
一応、以前にルートヴィヒに調査結果を伝える際には、ローマンの好みは説明していたのだが、ローマンは別に女になりたいとかではなかったし、フリルで溢れた生活を送りたいとかでは無かった為、微妙な所しか伝わっていなかったのだろう。
あからさまに女装とかするようなところまでいっていたら、さすがにルートヴィヒも勘づいていたはずだ。
(オレが何とかするしかないか、ね)
迷惑ばかりかけられてはいるが、マルセルは幼馴染であるルートヴィヒの事は決して嫌いではない。嫌いだったらこんな風に声はかけないだろう。
それにローマンの事も頼りになる同僚として尊敬している。
今回の件、おそらくローマンは、ルートヴィヒに自分で気づいて考えて欲しいと思っているだろうが、何の補助も無しにロマンティックな演出をルートヴィヒがするのは無理だとマルセルは考えている。
しかし、全部をマルセルが考えたのでは意味が無いのだ。
「ローマン……!」
遂に突っ伏して泣き出した目の前の色男に、マルセルはもう一度深いため息を吐いた。
この状態でこのまま放っておけば、間違いなく数日後にあるだろう任務にも支障が出かねない。恋愛の心の傷で職務を休める程、現在の騎士団委は余裕も無ければ甘さもない。
痴話喧嘩が原因で騎士団壊滅なんて未来は絶対に避けたい話だ。今のうちに憂いは断つべきである。
だからマルセルは、ルートヴィヒにこう言った。
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