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◆第一章
007.一度目の人生⑥
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俺が渡した秘薬の力で持ち直した母上は、みるみる元気になっていった。俺が生きていたことで、精神的な負荷が軽減されたのも大きいのだろう。
しかし、余輝の病状は、母上とは真逆で、更なる悪化の一途を辿っていた。
「余輝殿下の状況は最悪です。おそらくですが、このままではあと半月も持たないでしょう。来儀様から頂いたお薬も、最近は口にしてもすぐにすべて吐き出されてしまいます」
帰国して以降、余輝が受け持っていた仕事を慣れないながらもこなしていた俺に、余輝の主治医はそう告げた。
遂にその時がやって来たのだ。
「そうか……」
俺は短くそう返しただけで、特に取り乱したりはしなかった。主治医や余輝の側近からの報告は細かく受けていたのだ。むしろ、当初の想定よりは永らえた方だろう。
俺は悲しむでもなく、頭を抱えた。
最後の通告を聞かされる前は、もしかしたら、幼い頃の俺と同じで余輝も病を克服できるかもしれない。そんな淡い期待があった。
母上と過ごせる時間は貴重だし、これからもたまには会ってお茶をしたり話をしたりする機会は作りたいなとは思っていたが、俺は次期帝なんて物に全く興味がなかった。
そもそも、初めは少し状況を覗くだけのつもりで下界に降りただけなのだ。師も同門の仲間たちも、皆俺がされた仕打ちに「ありえない」と口々に言っていたし、俺だってそうだ。
母上の顔を見たこと、俺のことをずっと思ってくれていた母上を放っておけなくて、俺は地上に戻り余輝の代わりに政を担うことには了承はしたが、全てが終われば、正直に言うと俺は最終的には仙人界に帰るつもりだった。
母上には悪いが、俺にとっては既に、仙人界での生活が日常であり、帰りたい場所だったのだ。
それに既に、俺を心配して仙人界からついて来てくれた、有能な兄弟子である紫煙殿の手によって、父上が俺を捨てた証拠も見つけてしまっている。
ちくちくと嫌味を言ってくる余輝の側近も鬱陶しいし、俺としては早く縁を切り、全てを捨ててさっさと逃げ出してしまいたかった。
そう。最悪、俺みたいに例え視力や聴覚が失われていたとしても、生きてさえいてくれたら問題ない。俺を治してくれた薬を探しに旅に出るくらいの覚悟ならしていたし、母上に敬意を払って、それくらいの協力ならするつもりだった。
――だが、俺のそんな淡い望みはすぐに粉々に打ち砕かれた。
「――頼む」
明朝。床に伏せた余輝を見舞った俺は、兄の余輝からのそんな呪いの様な言葉を受け取ることになってしまった。
後を託す、なんて綺麗事だ。余輝は、すべてを俺に押し付けて先に逝ったのだ。
(くそっ。どいつもこいつも、勝手なことを言いやがって……)
その日の夜、俺は荒れた。
そもそも、城に帰って来てからというもの、心が休まる時など亡きに等しかった。唯一の良い思い出は母の誤解が解けたことくらいだ。
「何故、余輝でなく出来損ないの方が助かっている」
「代わりに死ねば良かったのに」
歓迎される訳でもなく、馬車馬のように働かされて、陰ではそんな風に蔑まれる。これが勝手でなくて何なのか。俺はそこまで言われる程の愚図なのかと、唇を噛んだ。
兄が優秀すぎるだけで、こんな扱いを受ける様な劣悪な環境。反吐が出る。もしも母上がいなければ、俺は余輝が亡くなった瞬間、とっとと姿を消していたに違いない。
余輝の死は、都中に鳴り響く鐘の音によって広く周知された。本来なら次期帝である余輝の死を隠すことはさすがに不可能であった。
俺の時も悲嘆に暮れて床に伏した母上は、余輝の死を知り、再び床についてしまった。
この状況で俺までいなくなれば、母上の心も体もどちらも長くは持たないだろう。
国がどうなろうと知ったことではないが、母上をおいていける訳がない。
「おい! 帰れないとはどういうことだ!!」
離れていても、鏡を通して同じ鏡を持っている相手と連絡が取りあえる遠見の鏡に、よく通る重低音の怒鳴り声が入ったのは、俺が覚悟を決めたことを仙人界に報せてからすぐのことだった。
しかし、余輝の病状は、母上とは真逆で、更なる悪化の一途を辿っていた。
「余輝殿下の状況は最悪です。おそらくですが、このままではあと半月も持たないでしょう。来儀様から頂いたお薬も、最近は口にしてもすぐにすべて吐き出されてしまいます」
帰国して以降、余輝が受け持っていた仕事を慣れないながらもこなしていた俺に、余輝の主治医はそう告げた。
遂にその時がやって来たのだ。
「そうか……」
俺は短くそう返しただけで、特に取り乱したりはしなかった。主治医や余輝の側近からの報告は細かく受けていたのだ。むしろ、当初の想定よりは永らえた方だろう。
俺は悲しむでもなく、頭を抱えた。
最後の通告を聞かされる前は、もしかしたら、幼い頃の俺と同じで余輝も病を克服できるかもしれない。そんな淡い期待があった。
母上と過ごせる時間は貴重だし、これからもたまには会ってお茶をしたり話をしたりする機会は作りたいなとは思っていたが、俺は次期帝なんて物に全く興味がなかった。
そもそも、初めは少し状況を覗くだけのつもりで下界に降りただけなのだ。師も同門の仲間たちも、皆俺がされた仕打ちに「ありえない」と口々に言っていたし、俺だってそうだ。
母上の顔を見たこと、俺のことをずっと思ってくれていた母上を放っておけなくて、俺は地上に戻り余輝の代わりに政を担うことには了承はしたが、全てが終われば、正直に言うと俺は最終的には仙人界に帰るつもりだった。
母上には悪いが、俺にとっては既に、仙人界での生活が日常であり、帰りたい場所だったのだ。
それに既に、俺を心配して仙人界からついて来てくれた、有能な兄弟子である紫煙殿の手によって、父上が俺を捨てた証拠も見つけてしまっている。
ちくちくと嫌味を言ってくる余輝の側近も鬱陶しいし、俺としては早く縁を切り、全てを捨ててさっさと逃げ出してしまいたかった。
そう。最悪、俺みたいに例え視力や聴覚が失われていたとしても、生きてさえいてくれたら問題ない。俺を治してくれた薬を探しに旅に出るくらいの覚悟ならしていたし、母上に敬意を払って、それくらいの協力ならするつもりだった。
――だが、俺のそんな淡い望みはすぐに粉々に打ち砕かれた。
「――頼む」
明朝。床に伏せた余輝を見舞った俺は、兄の余輝からのそんな呪いの様な言葉を受け取ることになってしまった。
後を託す、なんて綺麗事だ。余輝は、すべてを俺に押し付けて先に逝ったのだ。
(くそっ。どいつもこいつも、勝手なことを言いやがって……)
その日の夜、俺は荒れた。
そもそも、城に帰って来てからというもの、心が休まる時など亡きに等しかった。唯一の良い思い出は母の誤解が解けたことくらいだ。
「何故、余輝でなく出来損ないの方が助かっている」
「代わりに死ねば良かったのに」
歓迎される訳でもなく、馬車馬のように働かされて、陰ではそんな風に蔑まれる。これが勝手でなくて何なのか。俺はそこまで言われる程の愚図なのかと、唇を噛んだ。
兄が優秀すぎるだけで、こんな扱いを受ける様な劣悪な環境。反吐が出る。もしも母上がいなければ、俺は余輝が亡くなった瞬間、とっとと姿を消していたに違いない。
余輝の死は、都中に鳴り響く鐘の音によって広く周知された。本来なら次期帝である余輝の死を隠すことはさすがに不可能であった。
俺の時も悲嘆に暮れて床に伏した母上は、余輝の死を知り、再び床についてしまった。
この状況で俺までいなくなれば、母上の心も体もどちらも長くは持たないだろう。
国がどうなろうと知ったことではないが、母上をおいていける訳がない。
「おい! 帰れないとはどういうことだ!!」
離れていても、鏡を通して同じ鏡を持っている相手と連絡が取りあえる遠見の鏡に、よく通る重低音の怒鳴り声が入ったのは、俺が覚悟を決めたことを仙人界に報せてからすぐのことだった。
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