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第一章 出会い編

第七話 僕の新しいお仕事(?)③

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 いつか、フリードリヒ様と別れる日がやって来たとしても……多分僕の中でフリードリヒ様と過ごした時間はかけがえのない幸福な思い出として残り続けるだろう。

「トーマ?」

 僕が反応を返さないのを不審に思ったのか、フリードリヒ様が心配そうに僕の顔を見つめている。僕は慌てて、安心させるように微笑んだ。

「すみません、少し疲れてしまって……」

「……何? すまない。少し連れまわしすぎたな」

「いえ、そんなことは……っ、すごく楽しいですし」

 ものすごく落ち込んだ様子のフリードリヒ様に僕は慌てて否定する。多少気疲れしているのは事実だけど、フリードリヒ様と過ごせる時間は本当に楽しいので、そこについては不満なんてない。むしろ、フリードリヒ様と友人付き合いをするなら僕の方が頑張るべきだろう。

 王太子であるフリードリヒ様に、合わせてもらうなんてとんでもない話だ。

 だけど、フリードリヒ様は僕が気を遣ったのだと思ったらしい。今日はこれで帰ると言い出した。

「っ、待ってください。フリードリヒ様、僕まだ大丈夫ですよ?」

 布を選んでいるフリードリヒ様はとても楽しそうだったし、男性店員との会話も弾んでいたように思える。僕自身は人見知りなところがあるので理解し辛いけれど、せっかく話が盛り上がっていたのに僕のせいで台無しになったとしたら申し訳なかった。見れば、男性店員まで僕を心配そうに見つめていた。

「いや、俺が調子に乗って長居しすぎたんだ。お前にとっては、この店は初めての店だし……気疲れしたんじゃないか?」

 そんなことはない。そう言おうと一瞬考えたけれど、僕は少し悩んだ後に静かに頷いた。以前の僕なら間違いなくそのまま誤魔化していただろうが、むしろそういう態度をとることで、余計にフリードリヒ様に気を遣わせるということに気づいてからは、僕は極力自分の本心を告げることに決めていた。

 それに、フリードリヒ様の中で僕のおどおどとした煮え切らない態度は何故か美化されているらしく……清楚だとか奥ゆかしいとか最近は言われ始めているのだ。僕のはただ単にコミュニケーションが下手なだけなのにも関わらず、そんな風に思われるのはさすがに少し恥ずかしいし、違うという事を声を大にして言いたいので、最近の僕は大分頑張っているという訳だ。

 勿論、無理なものは無理だから、はっきりと言えない事もあるけれど……。

「……ちょっとだけ。その……素敵なところだけれど、やっぱりなれない場所は緊張します」

 僕がそう言うと、フリードリヒ様は「そうか」と優しく微笑みながら、僕を抱寄せて髪を撫でた。そのまま僕の額にそっと口付けを落としてくる様は、やっぱり手馴れているなぁとは思うけれど、社交辞令ではなく、本当に僕のことを考えてくれているのが分かり、胸の奥が温かくなる。

 フリードリヒ様との関係は、僕にも大きな影響を与えた……んだと思う。

 クリフォトに移り住んでかなりの年月が経っているのにも関わらず、僕は正直、今まで中々クリフォトに溶け込むことはできていなかったと思う。ミネアや友人たちが街の人たちと仲良くなり、ついでとばかりに僕も一緒に食事に行った時、今までの僕は所在無さげに隅の方でちまちまとお酒を飲んでいるだけだった。

(周囲が色々と話しかけてくれても俯いてばかりだったしな……)

 だけど、今は昔とは違う。

 ミネアたちほどではないけれど、少しずつ皆と話せるようになり、多少のぎこちなさを残しつつも、友人と言える相手も出来た。元々ミネアたちが親しくしていた相手で悪い人たちでは無かったし、勇気を出して話しかけてみれば意外にも気が合う様な人もいたのが大きいけれど……実際に僕が前向きになれたのは間違いなくフリードリヒ様のおかげだ。

 フリードリヒ様が僕を褒めてくれるようになってから、僕は自身を肯定できるようになったのだから。

 フリードリヒ様の胸の中に抱き止められながら、僕はやっぱりフリードリヒ様のことが本当に好きだなと改めて実感していた。

(フリードリヒ様から見たら、僕は兄……いや、弟みたいなものなのかもしれないけれど)

 僕の方が年齢は上だが、精神的な意味では間違いなくフリードリヒ様の方がお兄さんだろう。

 だが、個人的にフリードリヒ様の本心はとても気になってはいた。フリードリヒ様の立場上、どう足掻いても僕と結ばれるみたいなことはありえないだろうから期待はしていはいけないのは分かっているが、こんな風に甘やかされると恋愛的な意味での好意なのだと錯覚しそうになる。

(恋人にはなれないけれど、一度くらい抱いてくれないかなぁ……なんてね)

 最近では、たまに以前よりも大分刹那的にそう思うようになっている。正直気持ちを持て余しているところはあった。
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