上 下
1 / 5

1話

しおりを挟む
この香りが鼻をかすめると…

俺はいつもあの人を思い出す。

大きく一重の三白眼に綺麗な鼻筋…

厚みある唇が奏でるあの惑わしい声色。


「コウ…俺…金木犀の匂いが好きなんだ。」


名前を呼ばれるだけで胸が疼いて、自分に向けられた訳でもない「好き」というその言葉をずっとあの人の声色で聞いていたかった。

なのにもう…

あの人は…もう俺の名を呼ばない。

3年前の秋

俺はあの人と待ち合わせをした。

いつも、俺を待たせてばかりのあの人。

そんな自由でマイペースなあの人にイタズラをしようと俺はわざと、約束の時間より少し遅れてその場所を訪れた。

道路を挟んだ木の影であの人を見つめると、冷たくなり始めた夜風に身を縮こまらせて、不安気な目をして俺を待っていた。

俺を探すようなその仕草が、まるで俺を必要としているみたいで愛しい…


「トウマくん可愛いな…でも風邪引いちゃうといけないしな…」


俺はそう呟き金木犀の匂いが漂うなか、道路の向こう側にいるあの人が気付くように大きく手を振り名前を呼んだんだ。

それが…全ての間違いだった。


K「おーい!!トウマくん!」


大きな声で叫びながら手を振ると、俺を見つけて嬉しそうな顔をするトウマくん。

その場でぴょんぴょんと跳ね手を振るトウマくんは一目散に走り出した。

車通りの少なくなった交差点。

のはずだった。

横断歩道の信号が赤から青に変わり、トウマくんは横断歩道の白の部分だけをぴょんぴょんと跳ねて、俺の元にやって来る。

そんな姿が愛おしかったんだ。

なのに…

ブブッー!!キィー!!ドンッ!!

まるで映画の世界のような鈍い音が鳴り響き…

俺の目の前で大切な人が宙を舞った。

何が起きたのだろう…すぐには理解出来なかった。

目の前にある横断歩道の信号は青が点滅し始める。

震える膝がいうことを聞かず転びそうになにりながら俺はトウマくんの元へと這うようにして向かった。

すると、そこには綺麗なトウマくんの顔が鮮明な紅色に染まっていた。


K「ト…トウマくん?」


恐る恐る声をかけると僅かに目を開けて俺を見つめるトウマくん。


K「大丈夫…大丈夫だから…ごめん…俺が待たせたりしたから……」


居眠り運転で信号無視をした運転手は青白い顔をしながら車から降りてくる。


T「…コウ………」

K「ん?なに?」


俺はかすかに震えながらトウマくんの口元に耳を当てる。


T「…コウ…遅いよ…」


トウマくんはその言葉を残してゆっくりと目を閉じた。

そして、トウマくんは真っ白なベッドの上で眠ったまま3度目の秋を迎え、未だ目を覚さない。

毎日トウマくんの元を訪れ、トウマくんの手をマッサージしながらいつの間にか慣れてしまったひとり言。

なぜ俺はあの日…トウマくんに意地悪をしようとしたんだろう。

あの日あの時…俺がいつも通り約束の金木犀の木の下でトウマくんの事を待っていたら…

こんな事にならなかったのに。

全ては自分で招いてしまった出来事。


K「…ごめんね…俺のせいでこんな目に遭わせて…もう俺…限界だよ…」


俺は流れる涙を拭き眠るトウマくんのおでこにゆっくりと口付けて病室を出た。

あの日から避け続けていたあの横断歩道。

俺は1人その横断歩道に立ち月を見上げる…

すると横には金木犀の匂いが好きだと俺に微笑みかけるトウマくんの姿が見えたような気がした。

それと同時に俺の鼻をかすめる金木犀の香り…


K「トウマくん…」


この愛しいすぎる名前を呼ぶのはもう…これが最後かもしれない…


K「トウマくん…金木犀っていい香りだね……」


トウマくんと出会わなければ金木犀がこんな香りだったなんて気にも止めなかっただろう…

俺は眩しいヘッドライトが視野の中に入った瞬間…
俺は重い一歩を踏み出した。

つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

突然現れたアイドルを家に匿うことになりました

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。 凪沢優貴(20)人気アイドル。 日向影虎(20)平凡。工場作業員。 高埜(21)日向の同僚。 久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

魂なんて要らない

かかし
BL
※皆様の地雷や不快感に対応しておりません ※少しでも不快に感じたらブラウザバックor戻るボタンで記憶ごと抹消しましょう 理解のゆっくりな平凡顔の子がお世話係で幼馴染の美形に恋をしながらも報われない不憫な話。 或いは、ブラコンの姉と拗らせまくった幼馴染からの好意に気付かずに、それでも一生懸命に生きようとする不憫な子の話。 着地点分からなくなったので一旦あげましたが、消して書き直すかもしれないし、続きを書くかもしれないし、そのまま放置するかもしれないし、そのまま消すかもしれない。

イケメン大学生にナンパされているようですが、どうやらただのナンパ男ではないようです

市川パナ
BL
会社帰り、突然声をかけてきたイケメン大学生。断ろうにもうまくいかず……

処理中です...