1 / 3
1話
しおりを挟む就職難とされるこの現代。
数ある企業に試験を受け内定通知をもらうのが今の俺の使命…だったはず。
なのに気づけばなんで就活をしているのかさえ…
この慌ただしい街にいると見失ってしまう。
周りを見渡せばどこもかしこもビル。
高くそびえ立つビルを見上げて俺は呟く。
「どうせまた…落ちるんだろな…」
ビルの前にある「株式会社V*nus」の文字を見て俺は深いため息を落とした。
生き急ぐ人達は俺の存在も見えないかのように肩にぶつかり通り過ぎていく。
あちらこちらで鳴り響くクラクションは鼓膜を刺激し頭の中が騒がしくなる…
そして耐えかねた俺はそっと瞳を閉じた。
「ここを…離れよう…」
なぜか俺の頭の中にその言葉が浮かんだ。
久しぶりに訪れた地元の街並みは穏やかで懐かしさがこみ上げる。
実家に寄ることもせず、俺がリュックひとつで向かった先は…
「変わんねぇな…この森は…」
幼い頃、1人遊びが好きだった俺が秘密基地として親に隠れて1人でよく来ていた妖精の住む森。
なぜそういう名前の森なのかというと、子供だった俺が秘密基地で1人遊んでいると可愛い妖精を見たから…俺が勝手にそう名付けた。
今となればあれが妖精だったのかただの見間違いだったのかはよく分からない。
緑が青々と茂り風に踊らされる木々の声と鳥たちの歌声が俺の鼓膜を喜ばせ心穏やかにしてくれる。
「あったあった…」
当時、秘密基地として使っていた小さな洞窟は今もあって変わらぬ風景に心満たされた。
「はぁ~気持ちいい~」
生い茂る葉の隙間から覗く太陽を眺め深呼吸をしていると、どこか心地よい音楽が遠くの方から聞こえてきて俺は不思議に思う。
周りを見渡してもそこは森の中…
俺はゆっくりと歩き出し、身体が音楽の聞こえる方へと引き寄せられる。
その音楽が次第にはっきりと聞こえてくるようになると、俺は道無き道を歩き木々の間に生茂る草を掻き分けながら歩いていた。
そして…
「あ…」
突然、眩しい日差しが目に飛び込み、思わず視野が眩むと俺は転ぶようにして茂みから出た。
「いってぇ…」
ふと地面に目をやると、そこはとても綺麗な芝生が生えていて、森の中に芝生?と不思議に思い顔を上げると目の前にはとても綺麗に整えてられた紫色のフラワーガーデンがあった。
そして、心地よい音楽はここから聞こえていて、ふと横に視線をやると…
「……え……妖精…いた…」
この世とは思えないほど美しい妖精がそっと瞳を閉じて呼吸を整えながらヨガをしていた。
思わず俺は転んだ姿のままその優雅な姿に見惚れて息を飲む。
少しでも動いたらその姿が消えてなくなりそうで俺はじっと息を潜め見つめていた。
すると1匹のリスがぴょんぴょんと跳ねるようにしてその美しい妖精の膝の上に乗った。
「やば…」
何か悪いことをした訳でもないのに咄嗟に逃げよう背中を向けた俺は…
鼓膜を痺れさせるような低くて甘い声に止められた。
「キミ…だれ…?」
その声にゆっくりと振り向き、俺は頭を掻きながら苦笑いをする。
「あ…散歩してたら…道に迷っちゃって…」
「そう…道分かる?」
「だ…大丈夫っす!じゃ!」
「あ!待って!怪我してるんじゃない?」
その人はそう言うと音楽を止め、横にあったサンダルを履き、俺の元に駆け寄ってきた。
近くなればなるほど俺の緊張感は高まり、目の前に来たときには息の仕方さえ忘れてしまうほど美しかったが…
近くにきて気づいた。
妖精ではなく俺と同じ男であり生きている人間だと。
「ほら…やっぱり…血が出てる。手当てしてあげるからおいで。」
転んだ時に切ったのか俺の右腕から血が流れていて、その人は俺の手を支えるようにして歩き出す。
「す…すいません…」
「ううん…お名前は?」
J「ジュンキです。」
T「俺はタオ。よろしくね?」
そう俺に微笑みかけた笑顔はまるで本物の妖精のように可愛らしく、俺は思わずタオさんに支えられている怪我した右手でタオさんの手を握った。
T「そんな力入れたら血がもっと出ちゃうよ。」
J「あぁ…いや…その……」
T「んふふふw 可愛いw ここに座ってて。」
タオさんはウッドデッキにある椅子に俺を座らせると、部屋の中へ入っていき小さな箱を手に持ってきた。
つづく
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる