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突然の輿入れ

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 それは、成人の誕生日を祝って貰った二日後のことだった……。

「私に輿入れ!?」
 父ディラックが話があると言い、リビングに揃った家族四人。そこで、突然自分の輿入れの話を出されたティセアラは驚愕した。あまりにも突然すぎる。
「お父様、それは本当なのですか?」
 心配そうに言葉をかける妹のセーラ。セーラも突然の姉の輿入れに、驚愕が隠せないでいた。
「済まない……本当なんだ」
「まじか……」
 父の落ち込みようからして、嘘ではないようだ。ティセアラはがっくりと肩を落とした。
「それで、嫁ぎ先は何処なんです?」
 唯一まともに会話をする母ゼルは、ディラックに訊ねる。ディラックは溜息を吐きながら、「……ベアウルフ家」とだけ答えた。
「ベアウルフ!?」
 その言葉に、ティセアラは驚愕の表情を向けた。
 ベアウルフ家。そこは獣人の中でも名家と言われる家だ。そんな所と何故、結婚の話がでるのかさっぱりわからない――。
「そもそも、会ったこともない、見たこともない男の元に嫁ぐなんて、私は嫌だ」
 そう言うティセアラに、ディラックは言葉を続けた。
「我がディーン家とベアウルフ家は古くから友好関係があってね……。今はそこまで公にしてないんだが、古い約束を交わしているんだよ」
「約束?」
 その約束と、この結婚話は繋がっているのだろう。ディラックの言葉を真剣な眼差しで聞き入る。
「ディーン家も、昔は獣人の家だったのは知っているね。今は人の血が濃くなってしまって、人しか生まれてこない。ティセアラは例外だけど」
「まあ……そうだね」
 ごく稀に現れる、先祖返り。身体能力や五感が獣人並みに発達したものをそう呼ぶ。ティセアラはその先祖返りなのだ。
「……話を戻そう。その古くに交わした約束と言うのが、ディーン家に先祖返りが生まれたらベアウルフ家に嫁がせるというものなんだ」
「はあ!?」
 ディラックの言葉が真実ならば、それでは、生まれた時から決まっていたということになる。ティセアラは父を険しい表情で睨み付けた。
「……あなた」
 ゼルが口を開く。あ、これ母さん怒ってるわ……。ティセアラはセーラを連れて部屋の隅に移動した。
「ぜ、ゼル……」
「この様なこと、何故今の今まで黙っていたのですか」
「き、昨日手紙が届いて……それで思い出しました」
「……この、大馬鹿ものが!」
 

 ディラックが差し出してきた手紙には、明日迎えに行くこと。荷物は最小限で構わないこと。後々、こちらに挨拶に来ることなどが記載されていた。
 仕方なく、リビングから自室へ戻り、ティセアラは荷物の用意をし出している。最小限で構わないとあるので、下着を多めに持っていき、服は数着で済ませようと思う。
「姉さん……」
「ん?」
 ティセアラのベッドで、セーラが蹲っている。目には涙が溜まっていた。
「どうしても、行っちゃうの?」
「大丈夫。ベアウルフ家は同じ街にあるんだ。会いたければ会いに来れるよ」
「でも……」
 涙ながらに言葉を紡ぐ妹を、ティセアラはぎゅっと抱き締めた。
「大丈夫。何度も帰ってくるよ」
「約束よ。絶対だからね」
「うん」
 ぎゅっと抱き締める妹の温もりに癒されながら、ティセアラは小さく微笑んだ。




 翌日、迎えの馬車が家の前に停まった。大きな馬車だ。それだけ、ベアウルフ家の人間は大柄なのだろうか――。
「お迎えにあがりました。突然のこと、本当に申し訳ありません」
 何故か御者に謝られ、ディーン家四人は呆気に取られる。
「当主とご夫人がどうしても早く会いたいからと我侭をいったのです……」
 ですので、申し訳ありません。と再び謝られた。ティセアラは頭を振り、「大丈夫ですよ」と言う。
「別れは済ませてあります。なので大丈夫です」
「そう言っていただけると助かります。では、お乗りください」
 キャリッジのドアが開けられ、ティセアラは荷物を持ったまま軽やかに飛び乗る。
「姉さんっ」
「セーラ、母さんたちを頼んだよ」
「ティセアラ、常に自分らしくいなさい」
 真っすぐな瞳でゼルに言われ、ティセアラは大きく頷いた。ディラックは大泣きしていて言葉も出ない。
「じゃあ、行ってきます」
 そうして、馬車は動き出した。街の北にある、一際大きな屋敷。そこが、ベアウルフ家だ。馬車はゆっくりと、その屋敷に向かって進みだした。




 馬車が目的のベアウルフ家に着き、大きな鉄の門を潜った。早朝ということもあり、まだ霧が立ち込めている。言ってはあれだが、薄気味悪い――。そんなことを思っていると、玄関前まで着いてしまった。
 キャリッジのドアを開けられ、荷物と共に着地する。そんな姿を見て、御者は何も言わなかった。
「どうぞ、お入りください」
 御者が玄関の扉を開ける。不安で脈が速い。一体、どんな人達なのだろうか――。
「いらっしゃ~い!」
「よく来てくれた!!」
 クラッカーを鳴らしながら、中年の髭を蓄えた男性と若そうな綺麗な女性が出迎えてきた。ティセアラはあまりのことに、呆気に取られ目を瞬かせた。
「来てくれてありがとう! 名前は?」
「あ、ティセアラです……」
 女性に話しかけられ、思わず素直に答えてしまう。名前を言うと、男の方がうんうんと強く頷いていた。
「いい名前だ! よく来てくれた、ティセアラ。今日から此処が、君の家になる」
「わあ!」
 急に抱き上げられ、屋敷の中を歩かれる。大きなシャンデリアに、壁には絵画と幾つもの生花が飾られている。
「あなた、私達、名前を言ってないわっ」
「おおそうだった! 私はガルド。この家の当主だ」
 当主。ん?ということは、当主に抱えられて家の中を移動しているのか!?
「私はディノよ。この人の妻よ♪」
 どう見ても年の差が大きいように見える。獣人の結婚はあまり年の差は気にしないのだろうか――。そんなことを考えている内に、大きな部屋に来た。ここはリビングのようだが、それにしても天井も高く、大きい部屋だった。
 漸くガルドから下して貰い、リビングの席に座る。すると、ガルドが話し出した。
「式は後日、君のご両親と話し合って決めるよ。他の服もその時私達が持ってくる」
「あの……件の相手は?」
 先程から姿を見ない結婚相手に、ティセアラは周りを見渡す。足音も聞こえないし、今はいないのだろうか。
「あの子、仕事から帰ってきたばかりで今は寝ているのかも……」
「うーん……取り敢えず、ティセアラの部屋に案内しよう。クイック」
 テーブルに置かれたベルを鳴らし、一人の従者が現れた。深く丁寧にお辞儀される。
「彼はクイック。バカ息子の付き人だ。ティセアラを部屋に案内してやりなさい」
「了解いたしました。ティセアラ様、こちらです」
「あ、うん」
 声を掛けられ、椅子から立ち上がりクイックの後をついて行った。

「クイック、だっけ? ここは長いの?」
「ええ。小さい頃から仕えております」
「へえ……」
 そんな話をしていると、一つの部屋に辿り着く。
「ここが、ティセアラ様の部屋になります」
 扉を開けられ。中に入ってみる。大きなベッドに、テーブルとソファも大きい。ベッドの横にやけに重そうな器具が置かれているが、あれは何だろうか?
「取り敢えず、荷物ここに置いていいかな」
「はい」
 ソファの上に置き、背もたれに体を預ける。今日から此処が新たな家と言われても、違和感だらけだ。
 ふと、何処からか足音が聞こえる。起き上がり、足音のする方へ視線を向けた。
「ティセアラ様?」
 ジッと、足音のする方を見やる。あの奥の扉からだ。一体、誰なのだろうか――。そう思っていると、扉が開いた。

「……ん?」
 黒髪短髪の逞しい男が、扉の向こうから出てきた。……裸で。
「いにゃああああああああああ!!」
 全裸の男に驚き、半獣人化してソファの上で飛び跳ねる。慌てて、ソファの背もたれに隠れた。
(なになになに!? なんで用意して貰った部屋に全裸の男が居るの!?)
 耳と尻尾が出てしまっている状態でパニックに陥りかけているティセアラを余所に、全裸の男は呑気にクイックに話しかけた。
「クイック、そいつ誰だ?」
「あなた様の妻になる方ですよ。ガルクス様」
 やれやれと肩を落とし、クイックは答えた。その言葉に、ティセアラは顔を上げた。
「こいつが!?」
 勢いよくソファから顔を覗かせるティセアラ。だが、再び男の裸を見てしまう。
「と、取り敢えず何か着ろよ!」
「あ~、そうだな。済まん」
 素直に謝罪し、ガルクスはバスローブを羽織った。「もういいぞ」と声を掛けられ、ティセアラは顔を出した。
「お前、話には聞いてたが本当に猫なんだな」
 ガルクスの言葉に、ティセアラは半獣人化してしまっていたことに気付く。いそいそと耳と尻尾を仕舞った。
「……だからなんだよ」
「いや、可愛いなと思っただけだ」
「かわっ!?」
 ストレートな発言に、ティセアラは頬が紅潮していった。そんなことを言われたのは初めてのことで、ドキドキしてしまう。
「なあ、私の家から先祖返りがこの家に嫁いだのって、前は何年前なんだ?」
 ベッドに腰掛け、ガルクスはベッド脇に置いておいた剣の手入れを始める。
「確か……百三十年前だったな」
「そんなに!?」
 それ程、大昔からの約束らしい。ティセアラは驚きが隠せなかった。そんなティセアラを余所に、ガルクスはクイックに話しかける。
「おい、そいつの部屋は?」
「旦那様たちから、こちらにと……」
「え? だってここ、どう見ても匂い嗅いでもあいつの部屋だよね?」
 クイックの言葉に、ガルクスは深く溜息を吐いた。
「大方、早く子供をこさえろって話だろ」
「ええっ」
 ガルクスの爆弾発言に、ティセアラは顔を再び真っ赤にした。あんな大きなのが、入るものか!
「仕方ない。お前はこのベッドを使え」
「え、あんたは?」
「俺はソファで寝る」
 そう言いだすガルクスに、ティセアラは勢いよく頭を振った。
「それなら私がソファを使う! 私の体型ならソファでも十分寝れるし、ここはあんたの部屋だからさ」
「だが……」
 躊躇うガルクスに、ティセアラは言葉を続ける。
「ほら、十分余裕だよ。布団貸してくれればここで寝る。私はもう決めた」
 頑なに言い張るティセアラに、ガルクスは布団を一枚放り投げる。受け取り、ソファの背もたれにかけた。
「あの馬鹿親父どもめ……」
「聞こえますよ。ガルクス様……」
 そんなことを話す二人に、ティセアラは振り向き笑みを向けた。
「互いに知らないことだらけだし、よろしくな!」
 そんな呑気に言うティセアラに、ガルクスは小さく微笑んだ。



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