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第三章
11 ダグスでの一騒動
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野盗に遭遇してから、馬車の中ではアカデミー時代のセシリアスタの話をエドワースから聞かせて貰った。
今と性格は変わっていないこと、昔は今よりも不愛想だったこと、学年首位をずっと維持し続けたこと……もっと知りたいと思って話を聞こうとすると、馬車が停まった。また野盗だろうか? と思ったが、どうやら違ったようだった。
「漸く着いたな」
そう言うのはセシリアスタで、先程まで過去のことを根掘り葉掘り聞かれていたからかやれやれと溜息を吐いた。キャリッジから降りると、既に日が傾いていた。馬車が停まったのはホテルの目の前。今日はここに宿泊するのだろうと予測できた。
「部屋とってくるわ」
「頼む」
エドワースが宿の手配をしてくれている間、レティシアは辺りを見渡す。夕方だというのに、街から賑わいは無くならず、寧ろ夜の賑やかさで活気に満ちていた。セシリアスタはレティシアに微笑みながら、言葉をかける。
「ダグスは夜の街としても有名だ。酒場では伝統的な踊りを披露しているらしい」
「そうなのですね」
酒場には行ったことがない。成人しているとはいえ、まだお酒は飲んだことがないのだ。船の食堂でみた光景よりも賑やかなのだろうなと想像してしまう。
「時間があったら酒場に行ってみるか?」
「いいのですか?」
「勿論、私から離れないことが条件だがな」
少し子ども扱いされている気もしないでもないが、セシリアスタの過保護なのだろう。レティシアは「もう……」と言いながらも、にこやかに微笑んだ。
「おーい、部屋取れたぜ」
エドワースの言葉に、四人は荷物を持ちホテルへと入っていく。高い天井に豪勢なシャンデリアがホールを照らしている。船室と同様の部屋割りということで鍵を差し込み、部屋に入ろうとした瞬間、横から大きな声が聞こえてきた。
「あああ!」
その声に振り向くと、船で出会ったあの時の少女がいた。何故? そう思った二人のことなどお構いなしに、少女はセシリアスタに抱き着いた。
「また会えた! やっぱり、あなたは私の夫に相応しいのだわ!」
目をきらきらと輝かせる少女に、セシリアスタは深く溜息を吐いた。そんなセシリアスタを余所に、先程の言葉にレティシアはムッとし、少女をセシリアスタから引き剥がした。
「レティシア?」
「むう! 何をするのよ!」
引き剥がした後、セシリアスタの腕に抱き着く。レティシアはにこやかに少女に言葉をかけた。
「私の夫に、何か御用ですか?」
レティシアのかけた言葉に一瞬目を瞬かせ、すぐに我に返った少女は叫んだ。
「はあ!? 夫ってことは、お嫁さんいたの!?」
「船でもそう言っただろうに……」
セシリアスタは二度目の溜息を吐いたのだった。
取り敢えずと室内に招き入れ、話を聞くことにしたセシリアスタとレティシア。少女は一体、何者なのだろうか?
「えっと、貴女の名前は何ていうの?」
見た目からして、年齢は十歳程。空色の髪に琥珀色の目。肩までの長さの髪を綺麗に一つに結ってある。
「ふっふっふっ……。聞いて驚かないでよね! 私はティアドルチェ・フォド・ティリア! ティリアの第四王女なのよ!」
その言葉に、目を見開いた。何故、そんな子がホテルに泊まっているの?
「護衛は?」
「部屋に置いてきたの。このホテルは警備がしっかりしているから」
「仮にも王女だ。セキュリティがしっかりしていても、護衛は常に一人は置いておきなさい」
セシリアスタの言葉にう、と言葉を詰まらせるティアドルチェ。それもそうだ。どんな時でも、護衛は常に置いておかねばならない立場にある人間がその護衛を連れず歩き回っているのは危険すぎる。レティシアもセシリアスタの言葉に頷いた。
「まあいい。話を戻そう。仮に君がティリア第四王女なのだとしたら、猶更おかしな言動だと思うが?」
「というと?」
「第四王女はここダグラスの第一王子との婚約が決まっている」
その言葉を聞き、ティアドルチェに視線を向ける。ティアドルチェは不貞腐れたよう表情を浮かべていた。
「……確かに、いるわ。でも私はあの子とは結婚しないわ!」
「何故ですか? 仮にも婚約者なのでしょうに……」
「親が勝手に決めただけよ! それにあの子は優しすぎるから嫌い……」
言葉を発すると、ティアドルチェは唇を噛み締めた。どうして、優しすぎるからという理由だけで婚約者のことが好きになれないのだろうか――。
「だからといっても、先程言ったように私は既婚者だ。それに君に好意も抱いていない」
「……」
「第四王女がどうしてこのようなホテルに宿泊しているのかも疑問だが、まずは自室に戻りなさい。護衛が心配する」
セシリアスタの言うことも尤もだ。ここまで長時間いなくなっていれば、護衛の人も心配するだろう。そう思っていると、部屋のドアをノックする音が聞えた。
「失礼する」
ノックの後、返事も聞かず部屋に入ってくる女性達。人数は三人。セシリアスタは溜息を吐いた。
「ティリアの護衛騎士は返事も待てないのか」
「そこは失礼いたします。ですがこちらも任務が有ります故、どうかご容赦ください」
深々と頭を垂れる三人の騎士たち。筆頭に立つ女性が、ティアドルチェに話しかける。
「ティアドルチェ様、もう部屋にお戻りください」
「嫌」
「我侭を言わないでください。相手の方々にも迷惑が掛かります」
フン、と顔を逸らすティアドルチェに、騎士はやれやれと溜息を吐く。「失礼」と言い、瞬時にティアドルチェを抱え上げた。
「こらあ! 無礼よ失礼よ! 下ろしなさーい!」
「姫が大変失礼をいたしました。では、我々はこれで」
「いーやーだー! 帰らないー!」
ティアドルチェの声が響く中、騎士三人は静かにドアを閉めて行った。
「……何だったのでしょう」
「さあな……人騒がせだったのは確かだがね。もう会うことはないと願いたいよ」
やれやれと肩を落とすセシリアスタ。だがレティシアは二度あることは三度あると、何となく感じてしまったのだった。
今と性格は変わっていないこと、昔は今よりも不愛想だったこと、学年首位をずっと維持し続けたこと……もっと知りたいと思って話を聞こうとすると、馬車が停まった。また野盗だろうか? と思ったが、どうやら違ったようだった。
「漸く着いたな」
そう言うのはセシリアスタで、先程まで過去のことを根掘り葉掘り聞かれていたからかやれやれと溜息を吐いた。キャリッジから降りると、既に日が傾いていた。馬車が停まったのはホテルの目の前。今日はここに宿泊するのだろうと予測できた。
「部屋とってくるわ」
「頼む」
エドワースが宿の手配をしてくれている間、レティシアは辺りを見渡す。夕方だというのに、街から賑わいは無くならず、寧ろ夜の賑やかさで活気に満ちていた。セシリアスタはレティシアに微笑みながら、言葉をかける。
「ダグスは夜の街としても有名だ。酒場では伝統的な踊りを披露しているらしい」
「そうなのですね」
酒場には行ったことがない。成人しているとはいえ、まだお酒は飲んだことがないのだ。船の食堂でみた光景よりも賑やかなのだろうなと想像してしまう。
「時間があったら酒場に行ってみるか?」
「いいのですか?」
「勿論、私から離れないことが条件だがな」
少し子ども扱いされている気もしないでもないが、セシリアスタの過保護なのだろう。レティシアは「もう……」と言いながらも、にこやかに微笑んだ。
「おーい、部屋取れたぜ」
エドワースの言葉に、四人は荷物を持ちホテルへと入っていく。高い天井に豪勢なシャンデリアがホールを照らしている。船室と同様の部屋割りということで鍵を差し込み、部屋に入ろうとした瞬間、横から大きな声が聞こえてきた。
「あああ!」
その声に振り向くと、船で出会ったあの時の少女がいた。何故? そう思った二人のことなどお構いなしに、少女はセシリアスタに抱き着いた。
「また会えた! やっぱり、あなたは私の夫に相応しいのだわ!」
目をきらきらと輝かせる少女に、セシリアスタは深く溜息を吐いた。そんなセシリアスタを余所に、先程の言葉にレティシアはムッとし、少女をセシリアスタから引き剥がした。
「レティシア?」
「むう! 何をするのよ!」
引き剥がした後、セシリアスタの腕に抱き着く。レティシアはにこやかに少女に言葉をかけた。
「私の夫に、何か御用ですか?」
レティシアのかけた言葉に一瞬目を瞬かせ、すぐに我に返った少女は叫んだ。
「はあ!? 夫ってことは、お嫁さんいたの!?」
「船でもそう言っただろうに……」
セシリアスタは二度目の溜息を吐いたのだった。
取り敢えずと室内に招き入れ、話を聞くことにしたセシリアスタとレティシア。少女は一体、何者なのだろうか?
「えっと、貴女の名前は何ていうの?」
見た目からして、年齢は十歳程。空色の髪に琥珀色の目。肩までの長さの髪を綺麗に一つに結ってある。
「ふっふっふっ……。聞いて驚かないでよね! 私はティアドルチェ・フォド・ティリア! ティリアの第四王女なのよ!」
その言葉に、目を見開いた。何故、そんな子がホテルに泊まっているの?
「護衛は?」
「部屋に置いてきたの。このホテルは警備がしっかりしているから」
「仮にも王女だ。セキュリティがしっかりしていても、護衛は常に一人は置いておきなさい」
セシリアスタの言葉にう、と言葉を詰まらせるティアドルチェ。それもそうだ。どんな時でも、護衛は常に置いておかねばならない立場にある人間がその護衛を連れず歩き回っているのは危険すぎる。レティシアもセシリアスタの言葉に頷いた。
「まあいい。話を戻そう。仮に君がティリア第四王女なのだとしたら、猶更おかしな言動だと思うが?」
「というと?」
「第四王女はここダグラスの第一王子との婚約が決まっている」
その言葉を聞き、ティアドルチェに視線を向ける。ティアドルチェは不貞腐れたよう表情を浮かべていた。
「……確かに、いるわ。でも私はあの子とは結婚しないわ!」
「何故ですか? 仮にも婚約者なのでしょうに……」
「親が勝手に決めただけよ! それにあの子は優しすぎるから嫌い……」
言葉を発すると、ティアドルチェは唇を噛み締めた。どうして、優しすぎるからという理由だけで婚約者のことが好きになれないのだろうか――。
「だからといっても、先程言ったように私は既婚者だ。それに君に好意も抱いていない」
「……」
「第四王女がどうしてこのようなホテルに宿泊しているのかも疑問だが、まずは自室に戻りなさい。護衛が心配する」
セシリアスタの言うことも尤もだ。ここまで長時間いなくなっていれば、護衛の人も心配するだろう。そう思っていると、部屋のドアをノックする音が聞えた。
「失礼する」
ノックの後、返事も聞かず部屋に入ってくる女性達。人数は三人。セシリアスタは溜息を吐いた。
「ティリアの護衛騎士は返事も待てないのか」
「そこは失礼いたします。ですがこちらも任務が有ります故、どうかご容赦ください」
深々と頭を垂れる三人の騎士たち。筆頭に立つ女性が、ティアドルチェに話しかける。
「ティアドルチェ様、もう部屋にお戻りください」
「嫌」
「我侭を言わないでください。相手の方々にも迷惑が掛かります」
フン、と顔を逸らすティアドルチェに、騎士はやれやれと溜息を吐く。「失礼」と言い、瞬時にティアドルチェを抱え上げた。
「こらあ! 無礼よ失礼よ! 下ろしなさーい!」
「姫が大変失礼をいたしました。では、我々はこれで」
「いーやーだー! 帰らないー!」
ティアドルチェの声が響く中、騎士三人は静かにドアを閉めて行った。
「……何だったのでしょう」
「さあな……人騒がせだったのは確かだがね。もう会うことはないと願いたいよ」
やれやれと肩を落とすセシリアスタ。だがレティシアは二度あることは三度あると、何となく感じてしまったのだった。
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