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馬車の中にて3

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 クォーク領の検問所を抜け、王都のあるオズワルト領に入る。馬で牽引した馬車ならば三時間はかかる道を、グリフォンでは一時間で到達してしまった。あまりの速さに、レティシアは驚きが隠せない。
「凄い……もうオズワルトに入ってしまいました」
「こいつらは速いからな」
 セシリアスタの言葉に、レティシアは目を輝かせた。
「私、グリフォンなんて図鑑や本以外で初めて見ました」
 レティシアの目の輝かせように、セシリアスタは口角を微かに上げ目を細める。
「こいつら以外は馬しかいないが、屋敷に着いて落ち着いたら乗せてやる」
「本当ですか! 嬉しい……ありがとうございます」
 嬉しさに、つい笑顔が込み上げてくる。礼を述べると、セシリアスタは何故か顔を逸らし窓の方を向いてしまった。
「セシル様?」
 セシリアスタの突然の行動に、レティシアは首を傾げる。途端、今まで沈黙を貫いてきたセシリアスタの従者が、俯き肩を震わせだした。
「ぶふっ、ぐふ、ふふふ……」
「だ、大丈夫ですか?」
 突然の声に、レティシアは不安げに顔を覗き込もうとする。だが、セシリアスタの手に制された。
「主を笑うとは不敬じゃないのか? エド」
「いや、これ無理でしょ……鉄仮面とか鉄面皮とか言われてるセシリアスタ様がそんなにころころ表情変えるなんて……」
 肩を震わせながら、エドと呼ばれた青年は顔を上げる。特に不調は見られず、レティシアは安堵した。セシリアスタは面倒くさそうに、青年を指指す。
「紹介していなかったな。こいつはエドワース、私の側近だ。馬鹿でお調子者だが能力は使える」
「ちょっ、そんな雑な紹介は無いっしょ!? どもども、セシリアスタ様と同い年の二十三歳、エドワースです。エドって呼んでください」
 ライトグリーンの髪に黄緑の目。確かに、魔力オドの高そうな人だ。元気で気さくな態度で、周りには居なかったタイプの青年にレティシアはどう反応していいかわからず目を瞬かせた。
「でしたら此方も挨拶を。私はレティシア・クォーク、そして彼女はカイラ。私の従者です」
 軽く咳払いし、カイラに手を差し出し共に自己紹介をする。馬車の中ということもあり、カイラと共に会釈をして済ませた。
「あ、そっか。レティシア嬢はまだ成人してないから婚約だったんすね」
「ええ、そうなります」
 エドの一言に、レティシアは笑みを向けて返事を返す。そう、レティシアはまだ成人を迎えてはいない。成人間近ではあるが、まだ十五歳だ。この国では当たり前だが、成人していなければ結婚は不可能だ。後数ヶ月は、レティシアはセシリアスタの婚約者である。
「うんうん、でもセシリアスタ様のお相手がこんな可愛い子ちゃんで驚きましたよ。鉄面皮のセシリアスタ様の百面相も見られましたし」
「煩い黙れ口を閉じろ」
「ひっど! 酷すぎる!」
 百面相? どういうことかしら――。不思議そうに見つめるレティシアの前で、殿方二人のやり取りが始まる。カイラは顔を寄せ、こっそり話しかけてきた。
「なんだか、凄く印象が変わりましたね」
「ええ……」
 セシリアスタの方もパーティーの時とは印象も態度も違う。それに、何より控えめなセシリアスタの側近がこんなに元気な人だというのが意外だ。そういえば、とレティシアは気になっていたことがあったのを思い出した。
「セシル様、パーティーの時は声が違いましたが、あれは?」
 レティシアの声に、エドワースと話していたセシリアスタが振り替える。
「風魔法の応用だ。発せられる声を魔法で変え、声を変えていた」
「魔法でそんなことも! 凄い……」
 関心するレティシアに、セシリアスタは視線を逸らしながら頬を掻く。それを見ながら、エドワースは口元に手を当ててほくそ笑んだ。
「流石の鉄面皮のセシリアスタ様でも、好きな子の前だと顔が緩みっぱなしっすね」
「余計な一言は身を滅ぼすぞ。エドワース」
「へいへーい」
 冷めた瞳で睨み付けるセシリアスタに、エドワースは「怖い怖い」と言い口を噤む。レティシアはセシリアスタの表情が緩んでいるのだろうかとジッと見つめた。
「……あまり凝視しないでほしい」
 目も逸らさずジッと見つめてくるレティシアに、ほんの僅かだが微かに頬を紅潮させ目を泳がすセシリアスタ。
「あ、その、すみません……」
 そんなセシリアスタにつられ、レティシアも頬を赤らめる。

 そんなやり取りをしつつ、馬車はユグドラス邸へと向かう。馬車の中は穏やかな空気が流れていた。
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