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15 信じていたかった

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 家に押しかけて来たフィーリアを見て、祖父とティファニアは困惑した。父と母と共に帰ったと思っていた妹が、今こうして目の前に居るのだから。
「フィーリア、どうして……」
「お姉さま、お願い。一日だけでいいの。お姉さまと一緒に居させて!」
 必死の剣幕で言い募るフィーリアだが、先程の件もある。祖父は険しい顔をしている。
「あの人のことは諦めるわ。だからお願い。ちゃんといい子にしているから、今日一日だけ、最後にお姉さまと一緒に居させて……」
 涙ながらに言われてしまうと、こっちも躊躇ってしまう。おまけに既に日が傾きだしている。フィーリアの身なりを確認しても、お金を持っているかも怪しい。宿に泊まりなさいとは言えなさそうだ。
「……フィーリア、約束して。何も騒動を起こさないで。それが出来るなら、私は反対しない」
 祖父に視線を向ければ、祖父もフィーリアの身なりに気付き頷いた。そんなティファニアと祖父を前にし、フィーリアは何度も首を縦に振った。
「わかったわ! 絶対に、何もしない。約束するわ」
 その言葉を信じ、フィーリアを屋敷に迎え入れた。




 夕飯も済ませ、フィーリアは約束通り何も問題を起こさなかった。ティファニアの私物を欲したりすることもなければ、我が儘を言うこともなかった。イグニスには、念の為にと客間で食事をとって貰ったが、フィーリアは気付いていないようだった。
「じゃあ、おやすみなさい。フィーリア」
「おやすみなさい、お姉さま」
 ティファニアのナイトドレスを借り、互いに預けられた部屋に向かう直前、挨拶を交わす。明日にはお金を渡し、家に帰らせようと祖父母と話したのはまだ伝えていない。だが、明日までいい子にしていればいうことも聞くだろう。そう、思っていた。










 深夜、ある部屋のドアが静かに開けられる。物影は静まり返った屋敷の部屋を一つずつ開け、中に人がいるかを確認していく。
 そうして、ある部屋に入ると、物影はベッドに向かって行った。足音を立てず近付いていくと、小さな小瓶の蓋を開け、勢いよくベッドに飛び乗った。次の瞬間、小瓶の中身をぶちまけた。
「あはは、これであなたは私のもの!」
 物影は、暗い部屋で声高らかにそう告げる。その瞬間、部屋の明かりが灯された。
「……やっぱり、ね」
 扉の陰に居たイグニスが、やれやれと呆れ顔で物影……フィーリアを見下ろす。イグニスの隣で一部始終を見てしまったティファニアは静かに目を閉じ、唇を噛み締めた。
「嘘、なんで……」
 フィーリアが慌ててベッドを見ると、そこには丸められた布団が入っていた。
「そんな幼稚なことにも気付かないとはね……君の幼稚さに救われたというか、何と言うか……」
「っ」
 フィーリアはベッドから下り、イグニスに向かって走り出す。再び小瓶を持つ手を振り上げた瞬間、ティファニアの反対側隣にいた男性二人がフィーリアを拘束した。
「何よ、離して! 離せったら!」
 イグニスは男が拘束したフィーリアの手から、小瓶を奪う。反対の手に持っていた蓋も奪い、念入りに栓をした。
「これは証拠にもなる。アーデル君にも使ったものと同じなら、証拠にもなるだろう」
「謀ったのね!?」
 イグニスの言葉に、フィーリアは噛みつく。イグニスは呆れ顔で彼女を見た。
「謀ったも何も、先に行動を起こしたのは君だろう。アーデル君同様に僕にも薬を使おうとしたんだろうけど、用心に越して警察の派遣要請をしておいて正解だったよ」
 そう、イグニスが泊まると決めた後に電話をしていたのは、警察だったのだ。用心に越したことはない、と彼は言っていたが、まさかそれが本当に起きてしまうなんて思いもよらなかった。
「彼女を連れて行ってくれ」
 小瓶を手渡し、警察官に声を掛けるイグニス。警察に連れて行かれるフィーリアに、慌ててティファニアは声を掛けた。
「フィーリア……信じたかったのに……」
 唇を噛み締め嘆くティファニアを険しい表情で睨み付けながら、フィーリアは警察官二人に連れて行かれた。祖父母も駆け付け、フィーリアに何も告げることなく彼女が連れて行かれるのを見送った。

 もう、彼女に会うことはないのだろう。そう思えたティファニアだった。
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