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8 惹かれ合う二人

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 初めて出会って会話をしてから、イグニスは頻繁に祖父母の家を訪れるようになった。一番の目的はティファニアの作るクッキーやパイなどのお菓子なのだろうが、それでも、ティファニアにとってイグニスとの会話はアーデルのことで傷付いていた心を癒していってくれた。
 イグニスの笑顔や人となり、祖父母や周りの住民に対する接し方から見てとれる他者への思いやりの強さに、ティファニアは次第にイグニスに対し友人としての好意ではないものが芽生えてきた。
「ねえ、イグニス」
 今日も遊びに来てくれたイグニスに、ティファニアは話しかける。糖分控えめに作ったクッキーを美味しそうに頬張る姿はまるで少年のようで、つい笑みが零れてしまう。
「なんだい?」
 ゆっくりと咀嚼し終えたイグニスは、紅茶を飲みながら返事をする。この気持ちを、伝えてもいいだろうか――。
「仮定の話だけど……もし仮に、親御さんに今すぐ好きな人を連れてこい。なんて言われたら、どうする?」
 恋人や好きな人が居ないかを知るべく、唐突にそんな質問をしてしまう。自分でも変なことを聞いているというのはわかっているが、どうしても、イグニスのことがもっと知りたくなったのだ。
「うーん……そうだな」
 カップをソーサーの上に戻し、指を顎に添えて考えだす。これで誰かの名前を出されたらどうしようと不安になるも、どうしてもイグニスの答えが聞きたかった。ティファニアは生唾を飲み込み答えを待つ。
「もし両親にそんなことを言われたら、真っ先に君を紹介するよ」
「えっ!」
 まさかの答えに、ティファニアは頬を紅潮させる。まさか、自分の名前が出てくるなんて思いもよらなかった。どうして? と聞きたいのに、開いた口から言葉が出て来ない。
「どうして、って顔してるね。君、意外と鈍いだろ」
 くすくすと肩を震わせて笑うイグニスに、ティファニアは首を傾げる。どういう意味だろうか?
「まさか気付いてなかったのか……」
「え、え? どういうこと?」
 漸く言葉が発せられたティファニアだが、イグニスの言葉の意味がわからない。そんなティファニアの膝上に置かれた手をそっと握り、イグニスは答えだす。
「そもそも、三日に一度も遊びに来るなんて非常識だろ」
「何故? 話し相手に来てくれていたのでしょう?」
「そこからか……僕だって、話し相手になってくれと頼まれてもそこまで頻繁に会いにはこないよ」
 イグニスはやれやれと溜息を吐きながら言葉を続ける。
「君のことだ。どうせ僕は君の作るお菓子目当てだと思っていただろう」
「……違うの?」
 そこでがっくりと肩を落とすイグニス。どうやら、違っていたようだ。ここまで来てしまうと、自分の都合のいいように考えてしまう。きっと違う。違うだろうに、自分の為に来てくれていたのだと錯覚してしまう。
「正直に言おう。君に会いたいから来ていたんだ。さっきの質問の答え、理解してくれたかい?」
 イグニスは微笑みながら、ティファニアの手を握り締めた。何かの聞き間違い? それとも、イグニスにからかわれている? ううん、イグニスは嘘は言わない人だ。
「……その言葉、私の都合のいいように捉えてしまってもいいの?」
 暫しの沈黙の後、頬を赤く染めたままのティファニアは小さく訊ねた。「勿論」とイグニスは答えると、ティファニアを抱き寄せた。
 嘘みたい。でも嘘じゃない。イグニスの温もりが、真実だと物語ってくれる。ティファニアはそっと、イグニスの背に手を回した。
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