上 下
10 / 26

8 惹かれ合う二人

しおりを挟む
 初めて出会って会話をしてから、イグニスは頻繁に祖父母の家を訪れるようになった。一番の目的はティファニアの作るクッキーやパイなどのお菓子なのだろうが、それでも、ティファニアにとってイグニスとの会話はアーデルのことで傷付いていた心を癒していってくれた。
 イグニスの笑顔や人となり、祖父母や周りの住民に対する接し方から見てとれる他者への思いやりの強さに、ティファニアは次第にイグニスに対し友人としての好意ではないものが芽生えてきた。
「ねえ、イグニス」
 今日も遊びに来てくれたイグニスに、ティファニアは話しかける。糖分控えめに作ったクッキーを美味しそうに頬張る姿はまるで少年のようで、つい笑みが零れてしまう。
「なんだい?」
 ゆっくりと咀嚼し終えたイグニスは、紅茶を飲みながら返事をする。この気持ちを、伝えてもいいだろうか――。
「仮定の話だけど……もし仮に、親御さんに今すぐ好きな人を連れてこい。なんて言われたら、どうする?」
 恋人や好きな人が居ないかを知るべく、唐突にそんな質問をしてしまう。自分でも変なことを聞いているというのはわかっているが、どうしても、イグニスのことがもっと知りたくなったのだ。
「うーん……そうだな」
 カップをソーサーの上に戻し、指を顎に添えて考えだす。これで誰かの名前を出されたらどうしようと不安になるも、どうしてもイグニスの答えが聞きたかった。ティファニアは生唾を飲み込み答えを待つ。
「もし両親にそんなことを言われたら、真っ先に君を紹介するよ」
「えっ!」
 まさかの答えに、ティファニアは頬を紅潮させる。まさか、自分の名前が出てくるなんて思いもよらなかった。どうして? と聞きたいのに、開いた口から言葉が出て来ない。
「どうして、って顔してるね。君、意外と鈍いだろ」
 くすくすと肩を震わせて笑うイグニスに、ティファニアは首を傾げる。どういう意味だろうか?
「まさか気付いてなかったのか……」
「え、え? どういうこと?」
 漸く言葉が発せられたティファニアだが、イグニスの言葉の意味がわからない。そんなティファニアの膝上に置かれた手をそっと握り、イグニスは答えだす。
「そもそも、三日に一度も遊びに来るなんて非常識だろ」
「何故? 話し相手に来てくれていたのでしょう?」
「そこからか……僕だって、話し相手になってくれと頼まれてもそこまで頻繁に会いにはこないよ」
 イグニスはやれやれと溜息を吐きながら言葉を続ける。
「君のことだ。どうせ僕は君の作るお菓子目当てだと思っていただろう」
「……違うの?」
 そこでがっくりと肩を落とすイグニス。どうやら、違っていたようだ。ここまで来てしまうと、自分の都合のいいように考えてしまう。きっと違う。違うだろうに、自分の為に来てくれていたのだと錯覚してしまう。
「正直に言おう。君に会いたいから来ていたんだ。さっきの質問の答え、理解してくれたかい?」
 イグニスは微笑みながら、ティファニアの手を握り締めた。何かの聞き間違い? それとも、イグニスにからかわれている? ううん、イグニスは嘘は言わない人だ。
「……その言葉、私の都合のいいように捉えてしまってもいいの?」
 暫しの沈黙の後、頬を赤く染めたままのティファニアは小さく訊ねた。「勿論」とイグニスは答えると、ティファニアを抱き寄せた。
 嘘みたい。でも嘘じゃない。イグニスの温もりが、真実だと物語ってくれる。ティファニアはそっと、イグニスの背に手を回した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者も両親も家も全部妹に取られましたが、庭師がざまぁ致します。私はどうやら帝国の王妃になるようです?

鏑木 うりこ
恋愛
 父親が一緒だと言う一つ違いの妹は姉の物を何でも欲しがる。とうとう婚約者のアレクシス殿下まで欲しいと言い出た。もうここには居たくない姉のユーティアは指輪を一つだけ持って家を捨てる事を決める。 「なあ、お嬢さん、指輪はあんたを選んだのかい?」  庭師のシューの言葉に頷くと、庭師はにやりと笑ってユーティアの手を取った。  少し前に書いていたものです。ゆるーく見ていただけると助かります(*‘ω‘ *) HOT&人気入りありがとうございます!(*ノωノ)<ウオオオオオオ嬉しいいいいい! 色々立て込んでいるため、感想への返信が遅くなっております、申し訳ございません。でも全部ありがたく読ませていただいております!元気でます~!('ω')完結まで頑張るぞーおー! ★おかげさまで完結致しました!そしてたくさんいただいた感想にやっとお返事が出来ました!本当に本当にありがとうございます、元気で最後まで書けたのは皆さまのお陰です!嬉し~~~~~!  これからも恋愛ジャンルもポチポチと書いて行きたいと思います。また趣味趣向に合うものがありましたら、お読みいただけるととっても嬉しいです!わーいわーい! 【完結】をつけて、完結表記にさせてもらいました!やり遂げた~(*‘ω‘ *)

村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。

木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。 彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。 ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。 その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。 そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。 彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。 紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。 すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。 しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。

【完結】悪女を押し付けられていた第一王女は、愛する公爵に処刑されて幸せを得る

甘海そら
恋愛
第一王女、メアリ・ブラントは悪女だった。 家族から、あらゆる悪事の責任を押し付けられればそうなった。 国王の政務の怠慢。 母と妹の浪費。 兄の女癖の悪さによる乱行。 王家の汚点の全てを押し付けられてきた。 そんな彼女はついに望むのだった。 「どうか死なせて」 応える者は確かにあった。 「メアリ・ブラント。貴様の罪、もはや死をもって以外あがなうことは出来んぞ」 幼年からの想い人であるキシオン・シュラネス。 公爵にして法務卿である彼に死を請われればメアリは笑みを浮かべる。 そして、3日後。 彼女は処刑された。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

精霊に愛されし侯爵令嬢が、王太子殿下と婚約解消に至るまで〜私の婚約者には想い人がいた〜

水都 ミナト
恋愛
精霊王を信仰する王国で、マナの扱いに長けた侯爵家の娘・ナターシャ。彼女は五歳でレイモンド王太子殿下の婚約者に抜擢された。 だが、レイモンドはアイシャ公爵令嬢と想い合っていた。アイシャはマナの扱いが苦手で王族の婚約者としては相応しくないとされており、叶わない恋であった。 とある事件をきっかけに、ナターシャは二人にある提案を持ち掛けるーーー これはレイモンドとアイシャ、そしてナターシャがそれぞれの幸せを掴むまでのお話。 ※1万字程度のお話です。 ※他サイトでも投稿しております。

(完結)妹の為に薬草を採りに行ったら、婚約者を奪われていましたーーでも、そんな男で本当にいいの?

青空一夏
恋愛
妹を溺愛する薬師である姉は、病弱な妹の為によく効くという薬草を遠方まで探す旅に出た。だが半年後に戻ってくると、自分の婚約者が妹と・・・・・・ 心優しい姉と、心が醜い妹のお話し。妹が大好きな天然系ポジティブ姉。コメディ。もう一回言います。コメディです。 ※ご注意 これは一切史実に基づいていない異世界のお話しです。現代的言葉遣いや、食べ物や商品、機器など、唐突に現れる可能性もありますのでご了承くださいませ。ファンタジー要素多め。コメディ。 この異世界では薬師は貴族令嬢がなるものではない、という設定です。

処理中です...