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7 話し相手
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話を聞くと、イグニスは同じ街に住む侯爵家の長男らしい。たまたま散歩をしていて、祖父母のお茶会に誘われたのがきっかけで今では定期的に遊びに来ては祖父母の話し相手をしてくれているとのことだった。
「いつもありがとうね。イグニスさん」
祖母がそう礼を述べると、イグニスはクッキーを片手に持ちながら笑みを浮かべた。
「僕は貴方のクッキーの虜になってるので、寧ろ感謝するのはこちらですよ。マダム」
「妻の作るクッキーは世界一だからな」
「まあ、あなたったら……」
祖父の言葉に嬉しそうに頬を緩める祖母。そんな光景を見て、幸せだなと感じるティファニアだった。振り返ったイグニスと視線が交わり、思わずドキリとしてしまう。
「そうそう、ティファニア嬢の趣味は何か聞いても?」
「私もお菓子作りが趣味です。孤児院にお菓子を配りに何時も行っていたくらいなので」
その言葉に、祖母が「今日のクッキーは孫も一緒に手伝ってくれたのよ」と付け加える。するとイグニスは頷き、一人納得したような表情を向けた。
「だからか。今日のクッキーは味が違うように感じたのは」
「嫌だわ、お口に合いませんでしたか?」
慌てて謝罪するティファニアに、イグニスは「逆だよ」と笑顔を向けた。
「凄く美味しい。とても愛情込めて作られているよ。ありがとう」
ありがとうだなんて、孤児院の子ども達に何度も言われてきた言葉なのに……イグニスに言われると凄く嬉しいと感じてしまう。何故だろうか――。紅茶を飲んで恥じらいを誤魔化すティファニアに、イグニスは笑みを向けたままだ。
「そうだ、イグニス君」
「何でしょう?」
二人を見て何かを思いついたのか、祖父がイグニスに声を掛ける。何かあっただろうか?
「実はティファニアは家出中でね。暫く隠れての生活になるかもしれないんだ。君さえよければ、ティファニアの話し相手になってくれないだろうか」
突然の祖父の言葉に目を丸くするティファニア。そんなティファニアを余所に、イグニスは「いいですよ」と考える素振りもなく即答した。
「お、おじい様!?」
「いいだろう、イグニス君も老人の話し相手だけではつまらんだろう。ティファニアとしても、少しでも傷を癒すのに話し相手が必要になる」
祖父の言葉は尤もであり、ぐうの音も出ない。ティファニアはイグニスの方をみるが、彼は乗り気のようだった。
「君にも色々とあるみたいだね……僕で良ければ話し相手になるよ」
にこやかに言われてしまい、ティファニアは反論することも出来そうになかった。
祖父母がアニマと共に庭の剪定をしている中、お茶の席は二人だけになってしまった。祖父母たちなりの気遣いなのだろうが、まだ会って数時間も経っていない人に何を話せばいいか、凄く悩んでいる。
「君は家出をしているのかい?」
突然、イグニスが話しかけてきた。ビクッと肩が揺れてしまったのは仕方ないと思って欲しい。
「え、ええ……。恥ずかしいですよね、こんな年になって家出だなんて」
自分でも勢いに任せての行動だったとは思っている。だが、後悔はしていないにしても、この年になって家出するなんて恥ずかしいことだったかもと今になって思いだしている。
そう思っているティファニアに、イグニスは笑うこともなく首を横に振った。
「恥ずかしがることなんてないさ。君にとって耐えがたいことが実家であったのだろう? なら自分を守るためにしたことを恥ずかしがることはないよ」
「イグニス様……」
自分を守るため……そう考えることは出来なかった。我慢できなくなって、自分の我が儘で家出したと考えていたティファニアには、目から鱗な発想だった。
「ありがとうございます。少し、気分が楽になりました」
「お構いなく。この美味しいクッキーのお礼だと思ってくれればありがたいな」
「ふふっ、そうですね」
初めて会った人なのに、とても親しみやすい。ティファニアは微笑みながら少しずつイグニスとの会話を楽しんだ。
「いつもありがとうね。イグニスさん」
祖母がそう礼を述べると、イグニスはクッキーを片手に持ちながら笑みを浮かべた。
「僕は貴方のクッキーの虜になってるので、寧ろ感謝するのはこちらですよ。マダム」
「妻の作るクッキーは世界一だからな」
「まあ、あなたったら……」
祖父の言葉に嬉しそうに頬を緩める祖母。そんな光景を見て、幸せだなと感じるティファニアだった。振り返ったイグニスと視線が交わり、思わずドキリとしてしまう。
「そうそう、ティファニア嬢の趣味は何か聞いても?」
「私もお菓子作りが趣味です。孤児院にお菓子を配りに何時も行っていたくらいなので」
その言葉に、祖母が「今日のクッキーは孫も一緒に手伝ってくれたのよ」と付け加える。するとイグニスは頷き、一人納得したような表情を向けた。
「だからか。今日のクッキーは味が違うように感じたのは」
「嫌だわ、お口に合いませんでしたか?」
慌てて謝罪するティファニアに、イグニスは「逆だよ」と笑顔を向けた。
「凄く美味しい。とても愛情込めて作られているよ。ありがとう」
ありがとうだなんて、孤児院の子ども達に何度も言われてきた言葉なのに……イグニスに言われると凄く嬉しいと感じてしまう。何故だろうか――。紅茶を飲んで恥じらいを誤魔化すティファニアに、イグニスは笑みを向けたままだ。
「そうだ、イグニス君」
「何でしょう?」
二人を見て何かを思いついたのか、祖父がイグニスに声を掛ける。何かあっただろうか?
「実はティファニアは家出中でね。暫く隠れての生活になるかもしれないんだ。君さえよければ、ティファニアの話し相手になってくれないだろうか」
突然の祖父の言葉に目を丸くするティファニア。そんなティファニアを余所に、イグニスは「いいですよ」と考える素振りもなく即答した。
「お、おじい様!?」
「いいだろう、イグニス君も老人の話し相手だけではつまらんだろう。ティファニアとしても、少しでも傷を癒すのに話し相手が必要になる」
祖父の言葉は尤もであり、ぐうの音も出ない。ティファニアはイグニスの方をみるが、彼は乗り気のようだった。
「君にも色々とあるみたいだね……僕で良ければ話し相手になるよ」
にこやかに言われてしまい、ティファニアは反論することも出来そうになかった。
祖父母がアニマと共に庭の剪定をしている中、お茶の席は二人だけになってしまった。祖父母たちなりの気遣いなのだろうが、まだ会って数時間も経っていない人に何を話せばいいか、凄く悩んでいる。
「君は家出をしているのかい?」
突然、イグニスが話しかけてきた。ビクッと肩が揺れてしまったのは仕方ないと思って欲しい。
「え、ええ……。恥ずかしいですよね、こんな年になって家出だなんて」
自分でも勢いに任せての行動だったとは思っている。だが、後悔はしていないにしても、この年になって家出するなんて恥ずかしいことだったかもと今になって思いだしている。
そう思っているティファニアに、イグニスは笑うこともなく首を横に振った。
「恥ずかしがることなんてないさ。君にとって耐えがたいことが実家であったのだろう? なら自分を守るためにしたことを恥ずかしがることはないよ」
「イグニス様……」
自分を守るため……そう考えることは出来なかった。我慢できなくなって、自分の我が儘で家出したと考えていたティファニアには、目から鱗な発想だった。
「ありがとうございます。少し、気分が楽になりました」
「お構いなく。この美味しいクッキーのお礼だと思ってくれればありがたいな」
「ふふっ、そうですね」
初めて会った人なのに、とても親しみやすい。ティファニアは微笑みながら少しずつイグニスとの会話を楽しんだ。
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